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 アベルの術によって、精神世界に封じ込められたミオ。
 メグミはそのミオの精神世界に直接潜り込んで、彼女を呼び覚まそうとする。
 ところが、精神の精霊の力を借りて、ミオの精神に触れた瞬間、少年の声が聞こえてきたのだ。

ときめきファンタジー
断章 JUST COMMUNICATION

その T・R・Y

「助けてよ……」
 その声と共に、メグミの前に少年の姿が現れた。
「あ、あの、あなたは……」
「おいらは、レプラコーンのシーナ。ミオさんを見守ってるんだ」
 えへんと胸を張るシーナだったが、スグに心配そうな顔になる。
「でも、ミオさん……、急に心を閉ざしちゃったんだ」
「心を……ですか?」
「うん」
 シーナは頷いた。俯いたまま、呟く。
「おいら、ミオさんのそばにいるって誓ったのに……、ミオさんに辛い思いはもうさせないって誓ったのに……」
 メグミは思い出した。ミオの持つメモリアルスポット、黄金のロケット。その黄金のロケットを魔王の手の者から守るために命を落とした妖精がいたことを。
 不意にシーナは顔を上げた。
「なぁ。メグミならできるんだろう? ミオさんの心を開くことが」
「……わかりません」
 メグミは首を振った。
「確かにミオさんの心の奥まで降りていくことはできます。でも……。ミオさんが自分から心を開いてくれないと、私にはどうすることもできない……。だけど」
 彼女は言った。
「だけど、やらないで後悔するよりは……」
「ねぇ、メグミ。おいらも連れて行ってよ」
 シーナはメグミに言った。
「え? で、でも……」
「おいら、ミオさんの力になりたいんだ!」
「危ないです。ミオさんの心の奥まではいることは……」
 メグミは首を振った。
 心に潜るのとは、海に潜るのと似ている。浅いところなら自由に泳ぎ回れもするが、深く潜るにつれて水圧がかかるように、心の奥に潜れば潜るほど、精神の圧力は大きくなる。
 メグミは精神の精霊の力でその圧力を中和することが出来る。しかし、純粋な精神体であるシーナは、潰されたら二度と復活することは出来ないかも知れない。
 そう、メグミは説明した。
「もしかしたら、本当に死んでしまうかも知れないんですよ」
「そうなったら、おいらは星になってミオさんを照らすよ」
 シーナはじっとメグミを見つめた。
 メグミは躊躇った。
「でも……」
「時間がないんだろ? メグミ」
「……わかりました」
 とうとう、メグミは頷いた。
「それじゃ、これから潜ります。あの、私に掴まっててください」
「こう?」
 シーナはメグミの服を掴んだ。
「あ、はい。それじゃ、行きます」
 メグミがそう言うと同時に、辺りは光に包まれた。

「……」
 周囲をざわめきが包んでいる。活気に満ちた街の中。
 メグミは目をぱちくりとさせた。
「ここは……?」
「……」
 シーナの返事がない。メグミは慌てて辺りを見回した。
「シーナさん? 何処に行ったんですか?」
 ふと、メグミは足下にネズミのぬいぐるみが落ちているのに気づいて拾い上げた。
 その目を見て、ピンときたのだ。ただのボタンで出来ているようにしか見えない、その目に、だがメグミは心のきらめきを感じたのだ。
(きっと、そのままの姿ではここまで入れなかったのね)
 メグミはそのぬいぐるみを胸に抱いて、改めて周囲を見た。
「……このどこかに、きっとミオさんがいるはずです」
「それじゃ、二人は任せたわよ」
 そう言うと、ミラは立ち上がった。ミハルは彼女を見上げる。
「ミラさんはどうするんですか?」
「私は、ちょっと忘れ物を取りに、ね」
 ミラは表情を引き締めて答えた。ミハルははっと気づいた。
「ミラさん、もしかしてノゾミさんを助けに……?」
「……似合わないことをしてるとは思ってるわ」
 ミラは苦笑した。
「でも、貸しを作るのは好みじゃないしね」
「で、でも……危ないですよぉ。あの魔法使いに、魔法使えないミラさんだけで……」
 ミハルはミラのすらりと伸びた足にしがみついた。
「ちょ、ちょっと!」
「離しません!」
「……仕方ない娘ね」
 ミラはため息を付いて、屈み込んだ。
「負けたわ、ミハル」
「それじゃ!」
 ミハルは表情を緩めた。ミラは頷いた。
「もう少し、待つわ。でも、それまでにメグミがミオを起こせなかったら、私は一人でノゾミを助けに行く。それでいいわね?」
「は、はい」
 ミハルはこくこくと頷いた。
 ミラは、廊下の壁に寄り掛かって、目を閉じた。少しでも休めるときに休んでおこうというわけだ。
 ミオは、壁に背をもたれさせたまま、心の中で呟いた。
(そう。私は、大神官様に旅に出る許可を貰うために、嘘をついたの……)
 キラメキ王国の大臣であるキサラギ侯爵の一人娘であるミオは、神殿で大神官について勉強していた。しかし、シオリ姫が魔王にさらわれ、そしてコウが勇者として旅立とうとしたとき、ミオは反対する大神官を説得して、この旅に加わったのだった。
 そのとき、ミオは大神官にこう言ったのだ。
『大神官様について勉強しているだけでいいのでしょうか? それで、将来国を背負っていくことが出来ると思いますか? それに、シオリ姫をお救いできなければ、キラメキ王国の将来もありません。そしてシオリ姫をお救いするのには、勇だけではなく、知も必要なはずです』
(確かに、あの時はそう思っていた……。でも、旅を続ける間に、それだけじゃなくなってきていた……)
「そうよ」
 不意に、ミオに厳しい声が突き刺さった。ミオは顔を上げた。
 ミオの親友が、そこには立っていた。
「……サキさん……」
 サキは、いつもの人をホッとさせる笑みを消して、ミオを冷たく見つめていた。
「ミオ、あなたは嘘つきよ」
「……」
「今やっていることは何のためのことなの? 魔王を倒して世界に平和をもたらすため? ううん、違うわね。そんな崇高で立派な目的の為じゃない」
 嘲るように言葉を紡ぐサキ。
「あなたは自分の為だけにやってるのよ。ただ、自分の働きをコウさんに認めて欲しい。あわよくば、自分のことを好きになって欲しい。コウさんの愛を自分のものにしたい。それだけのために、一生懸命になってる。違うの?」
「……」
 何一つ言い返せずに、ミオは黙りこくった。
 サキは、ぴっとミオに指を突きつけた。
「すべて自分のためにしていながら、みんなにはあたかも自分のことは何も考えずに他人のために一生懸命にしているようにみせかけて、そんな人を何て言うか教えてあげようか。偽善者っていうのよ! そう、ミオ・キサラギ。あなたは偽善者よ!」
「そうだな」
 新しい声が聞こえ、ミオはそちらに視線を向けた。
「ノゾミ……さん」
 ノゾミだけではない。そこには、ミオの仲間達が口々にミオをののしっていた。
「偽善者、偽善者、偽善者!!」
 ミオは、呟いた。
「……そう。私は……偽善者……」
「違います!!」
 不意に、叫び声が聞こえた。皆が一斉にそちらを向く。
 そこには、小柄なエルフの少女が、ネズミの人形を抱いて立っていた。
 彼女はもう一度繰り返した。
「違います。ミオさんは……違います」
「……ん?」
 ノゾミは、ゆっくりと目を開けた。
「ごきげんよう、お嬢さん」
「!!」
 正面に、黒衣をまとった魔術師が立っていた。ノゾミは、自分の状態を確認して、かぁっと赤くなった。
 彼女は下着姿で壁に磔けられていた。
「こ、この!」
「なかなか感度良好で楽しめたよ」
 アベルはそう言うと、にやりと笑った。
 ノゾミは怒鳴った。
「まさか、あたしに何かしたんじゃないだろうね!」
 彼は笑うだけで答えなかった。それから、歩み寄ってくる。
「く、来るな!」
 彼女は叫んだが、叫んだ所でどうなるものでもなく、アベルはノゾミのすぐ前までくると、その顎に手をかけて自分に向けた。
 ノゾミはアベルを睨み付けた。
「……いい目をしてるな。名前は?」
「あんたに教える名前なんて無いね」
 ノゾミは答えた。
 アベルがノゾミの顎を掴んでいる手に力を込めた。
「俺に逆らってもいいこと無い状況だということもわからないのかな?」
「あいにく、あたしは頭はよくないんでね」
 ノゾミはせせら笑った。
 パァン
 乾いた音がした。アベルは手を降ろすと、凄みを帯びた声で言った。
「俺はいつまでも寛大じゃないぞ」
 ノゾミは、かぁっと頬が熱くなるのを感じながら、笑った。
「その程度ってことかい」
「黙れ!」
 アベルは怒鳴りつけると、不意に笑みを浮かべた。
「まぁ、よいわ。いずれおまえは俺のものだ」
「バカ言ってるよ」
 ぷいっと横を向きながら、ノゾミは言った。
「あたしは絶対にあんたなんかのものにはならないよ」
「いつまでそう強がれるかな? まぁ、おまえの仲間達がおまえの目の前でこの俺に為すすべなく倒されていくところを見れば、考えも変わるだろうよ」
 彼はそう言うと、すっと彼女から離れ、そして姿を消した。
 ノゾミは一人、その部屋の中に取り残された。

《続く》

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