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ときめきファンタジー
断章 JUST COMMUNICATION

その ENDLESS LOVE

 ジュンはもったいぶって咳払いしてから言った。
「説明してやろう。いいか、流星剣ってのはなぁ……」
「空から降ってきた流れ星から造った剣のことでしょ?」
 とナツエが横から言った。ジュンは驚いてナツエを見た。
「良く知ってるなぁ」
「そりゃ、ね」
 照れたように笑うナツエの後ろからぴょこりとメグミが顔を出して
「ナツエちゃん、よく勉強してるもんね。少しでもカツマくんの手伝いがしたいって……あ痛ぁい」
 ナツエは慌ててメグミの頭をぽかりと叩いた。
「よ、余計なこと言わないの!」
 その顔が真っ赤になっているのは言うまでもない。
 ジュンはもう一度咳払いしてから話を続けた。
「つまり、この世界にない金属から出来ている剣なんだよ、それは」
「へぇー。道理で研ぎにくいと思ったぜ。なにせ、砥石の方が擦りへっちまうんだもんなぁ」
 カツマは感心して剣を見つめた。
 いい加減にじれたらしく、身動き取れないヨシオが叫んだ。
「それより、ユミはどうするんだよ!!」
「ああ、そうだった」
 カツマはポンと手を叩いた。そして、ジュンに言った。
「この剣じゃ倒せないのか? そのじいさんを」
「ああ。確かに流星剣だけあって、壊されなかったけどな。多分、普通の剣ならあのじいさんが触った瞬間に腐り果ててたんじゃないかな」
「え?」
「気付かなかったか。まぁ、無理もないけどな。あのじいさん、時間促進の魔法をかけてたぜ。触れたら、その物体は一気に1000年くらい時間を進んじまうってやつだ」
「ええー? それじゃ、あたしが触られたら、しわしわのおばあちゃんになってたのぉ? ふぇぇーん、そんなのやだぁ!!」
 メグミが泣き出した。
(エルフじゃあるまいし、1000年たっちまったら、おばあさんどころじゃないと思うが……)
 4人は顔に縦線を描いて、恐がるメグミを見つめていた。

 気を取り直して、カツマはジュンに訊ねた。
「で、ユミちゃんを助けるには、あのじいさんを殺すか、その魔法をこっちが破るか、どっちかってことだったよな?」
「ああ」
 ジュンは頷いた。
 ナツエが頬に指を当てて小首を傾げる。
「でも、あのお爺さんはもう死んでるんだから、もう一度殺すのは出来ないんじゃ……」
「!!」
 皆は顔を見合わせた。
「そうか、『不死なる者』なら、ナツエの領分だよなあ」
 『不死なる者』とは、一旦死んだ者が何らかの原因によって再び甦ったものをさす。
「ち、ちょっとまってよ。あたしはそんなにレベル高くないし……、普通のならともかく、あんな強力なやつは……」
 ナツエは慌てて手を振ってから、ぎょっとした。
 いつの間にか、メグミがナツエを見上げるように両手を合わせてうるうるしていたのだ。
「ナツエちゃぁん、おねがぁい」
「ナツエちゃぁん、おねがぁい」
「あんたらはせんでもいいわっ!!」
 メグミの後ろで同じポーズを取っていたカツマとジュンをはり倒してから、ナツエはため息をついた。
「まぁ、やってみるわ」
 というわけで、4人は再びピオリックの間に突入した。
 まず、先頭に立ってカツマが切り込み、それをメグミとジュンが魔法で援護する。
 その後ろで、ナツエは両手をゆっくりと上げた。
「我が神に祈ります。我が前に立ちし冥界の者を、今一度、あなたの楽園にて憩わせたまえ……」
 ホワッ
 ナツエの手から、柔らかい光が放たれる。
『な、なに?』
 今まで何をしても余裕綽々だったピオリックの口調が、初めて変わった。そして、片手をナツエに向ける。
「まずい! ナツエ!!」
 ゴウッ
 すさまじい勢いで、黒い衝撃波が飛んだ。咄嗟に、メグミとジュンが障壁を張るが、あっさりとそれを砕いてナツエに迫る。
「うおおおっ!! 光鷹斬!!」
 カツマが咄嗟に剣を振り下ろした。その軌跡が輝く鷹の姿を一瞬とり、そのまま黒い衝撃波の前に飛び出して行く。
 ドォン
 二つの衝撃波がぶつかりあい、もうもうと爆炎を上げた。そのむこうから、朗々とナツエの声が響く。
「昇天なさい! 古代の亡霊よ!!」
『ぬおおおっ!!』
 叫び声が聞こえ、そしてピオリックの身体がぼろぼろと崩れていく。かと思うと、悲鳴が部屋に響きわたり、皆は思わず耳を押さえた。
「何が起こってるんだ……?」
「あ、見てぇ!!」
 メグミが指さした。いままでピオリックが座っていた玉座には、今はもうだれも座っておらず、ただ猫だけが目をぱちくりとさせていた。
「ユミ!!」
 ヨシオが駆け寄った。そして猫を抱きしめようとした瞬間。
 フギャッ
 バリッ
「なっ!?」
 猫は、ヨシオの手を引っかくと、そのまま椅子の背もたれに飛び上がり、彼の頭上を飛び越えて走った。皆がその動きを追って視線を動かす。
「よく、きたわね。ユミちゃん……そう、ユミちゃんというのね、この子は」
 白い手が、猫を抱き上げた。
「ナツエ、お前まさか……」
 カツマの声がかすれた。
 ナツエは唇のはしに笑みを浮かべ、そして胸に下げていた聖印を掴み、引きちぎった。
 カラァン
 石の床に、乾いた音がこだました。
「ナツエ、おい、何の冗談だよ」
 カツマは剣を下げて、歩み寄っていった。そして、その肩に手を置いた。
 ナツエはじろりとカツマを見た。
「下郎が!」
「なっ!?」
 ゴウッ
 吹き飛ばされ、カツマは天井にたたきつけられた。そのまま床に落ちる。
「きゃあ、カツマくん!!」
「カツ!」
 ジュンとメグミはカツマに駆け寄った。
「な、何があったんだ?」
 猫に引っかかれた左手の甲を押さえながら、ヨシオが訊ねた。
 ジュンが、カツマを抱き起こしながら答えた。
「あいつ、ナツエにのり移りやがったんだ……」
「信じるかよ」
「え?」
 カツマは、ジュンの腕を払いのけると、よろよろと立ち上がった。
「そんなこと、信じやしねぇよ。ナツエが、あんな奴に支配されるわけないじゃないか」
「カツマ、お前……」
 カツマは、ふらりと無防備なまま、ナツエに近づいた。
 ナツエは、そんなカツマに向けて右手を挙げて狙いを定めた。
「愚かな……」
「愚かなのは、てめぇだ!」
 カツマは叫んだ。
「てめぇなんかにわかるかよ! ナツエは、てめぇなんかに支配されるかよ!!」
 ナツエは無言で衝撃波を放つ。
 ドォン
「がふっ……」
 カツマの胸の鎧が砕け散った。そのまま、仰向けに倒れるカツマ。
 その胸からこぼれ落ちるように、水晶のペンダントが飛んだ。
「カツ!!」
「カツマ!」
「カツマくん!!」
 駆け寄る3人。その手を払いのけるようにカツマはもう一度立ち上がった。そして、水晶のペンダントを掴む。
「あの時、約束したんだよ……」
 ボウッと水晶のペンダントが光を放つ。
「俺は、ナツエを……」
 ナツエの胸にも、光が灯る。ナツエが持つもう一つの水晶のペンダントの光だ。
「守るって……」
 カツマの言葉と共に、水晶のペンダントの放つ光は強くなる。
 そして、カツマは叫んだ。
「ナツエ!!」
 何処とも知れない空間を、ナツエの意識が漂っていた。
 あの瞬間。
 ピオリックを冥界に追放できたと思って一瞬気を抜いた、まさにその瞬間、ナツエの意識はナツエの身体から弾き飛ばされていたのだ。
(これが、死ぬってことなのかなぁ……)
 ぼんやりとした頭でそんなことを考えながら、ナツエは半ば無意識に辺りを見回した。
 その視界に、一組の男女が飛び込んできた。
「!! お、お父さん、お母さん!!」
 13年前の内乱のときに、最後まで村の皆を逃がすために力を尽くして、死んでいった村の神父だった父と、その良き妻だった母。
 ナツエの頬を涙が伝う。そして、彼女はそっちに向かって駆け出そうとした。
 その足がぴたりと止まる。
 彼女の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできたのだ。
 ナツエは、ぎゅっと拳を握りしめ、目を堅く閉じて俯いた。そして、顔を上げて微笑んだ。
「ごめんね、お父さん、お母さん。あたし、まだそっちには行けないわ。だって、あたしがいないと困るやつがいるからね」
 ナツエの両親は、にっこりと笑って頷いた。ナツエはくるりと振り返ると、駆け出した。
「ぐぅっ」
 不意にナツエはがくりと膝をついた。そして、胸を押さえて叫ぶ。
「お、おのれ! 貴様、消えていなかったのか!?」
「?」
 ジュン達が顔を見合わせる中で、カツマの顔に安堵の表情が浮かんだ。
「やっぱりな。あいつがそう簡単にくたばるわけないと思ったぜ」
「……当たり前でしょ」
 ナツエは、汗だくになりながら顔を上げた。
「あたしは、あんたがくたばるまでは先には死なないからね」
「だったら、その陰険なじじいをさっさと追い出せよ」
「わかってるわよ」
 そう答えながら、倒れかかるナツエ。
「おっと」
 そのナツエを、カツマが抱き留めた。そして、そのまま抱きしめる。
「……ナツエ」
「うん」
 ナツエは頷いた。そして、カツマの胸に頭を預けた。
 と、二つの水晶が輝きを放ち、そしてナツエの身体から何かがすうっと抜けていくのを皆が感じた。
 二人はそのままの姿勢でじっと動かなかった。
 カツマが呟く。
「やったな」
「……うん」
 ナツエはこくんと頷いた。
 そんな二人を見つめながら、メグミはうるうるしていた。
「愛よ、これは愛の勝利なのよ! ねぇ、ジュンくん!」
「ま、まぁ、そうかも知れねぇけどなぁ」
 ジュンは頭をポリポリと掻きながら答えた。そしてヨシオはなにやらメモに書き込んでいた。
「よぉし、チェックだチェック」

《続く》

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