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ときめきファンタジー
断章 JUST COMMUNICATION

その I'LL BE THERE

「ま、少なくともユイナよりは強いだろうなぁ」
 ジュン・エビスタニは、彼らの知る限り最強の黒魔術師の名前をさらりと流した。もし、本人がここにいたらなかなか見物だっただろう。
 カツマ・セリザワはじりっと足をずらし、剣を抜く体勢になりながら、呟いた。
「そりゃ、なかなか面白いことになっちまったわけだ」
「ジュンくぅん、この人、生きてないよぉ」
 メグミ・ジュウイチヤは、震えてジュンの黒いローブの後ろに隠れながら言った。
 精霊使いであるメグミには、相手が生きているか死んでいるかを、その生命の精霊の有無によって見分けることが出来るのだ。
 その相手、ピオリックは片手を上げて、彼らの方を指した。
 咄嗟にジュンはメグミを突き飛ばし、叫んだ。
「カツ! ナツエ! 伏せろ!」
 バリバリバリッ
 ピオリックの指先から紫色の電光が走った。
 素早く自分も伏せながら、ジュンは呪文を唱えた。
『我が魔力によりて我らを守りし盾を創らん』
 同時に、ナツエも神に祈る。
「神よ、あなたの敬虔なりし使徒とその友を守り給え」
 更に、メグミが床に鼻をぶつけて半泣きになりながらも言う。
「風の精霊さぁん!」
 雷に代表される電気エネルギーは、精霊の分類では風に属する。メグミはその風に干渉して、雷の威力を弱めようとしたのだ。
 こうして、3人がかりで魔法防御を使い、紫色の電光は弾かれて天井を砕いた。
 間髪入れず、カツマが剣を抜きながらダッシュする。
「覇翔斬!!」
 ガキィン
 異様な音がして、カツマは思わず目を見張った。
「なっ!?」
 剣をピオリックは素手で受けとめていたのだ。
「俺の剣が通用しない!?」
 素早く飛びすさるカツマ。
 ピオリックはそのカツマの剣を見て、呟いた。
『流星剣か……』

 ヨシオははっと目を開けた。その瞬間、目の前を爆風が吹く。
「わっ!」
 咄嗟に目を覆い、そして風が収まってから辺りを見る。
 前では、カツマ達とピオリックの戦いが続いていた。といっても、カツマ達が全力で攻撃しているのだが、ピオリックは遊び半分に相手をしているように見えた。
 その膝の上では、猫が丸くなっている。
「ユミ!!」
 ヨシオは立ち上がった。そして、ピオリックに駆け寄る。
 それに気付いたカツマは、同時に逆方向からピオリックに駆け寄っていった。
「ピオリック!!」
 大剣を振り上げる。
「覚悟!!」
『愚か者!!』
 ピオリックが一喝した。衝撃波がカツマを襲う。
 咄嗟にカツマは大剣を垂直に立てて衝撃波に向かって振り下ろした。
「でやぁっ!」
 その一撃が、衝撃波を切り裂いた。
 その間に、ヨシオはピオリックの膝から猫を奪い取っていた。
 フギャッ
 そのままゴロゴロと転がってピオリックから間合いを取って、ヨシオは猫に訊ねた。
「大丈夫だったか、ユミ? ……ユミ、おい暴れるなって!」
 猫はじたばたともがいていた。尋常ではない暴れようだ。
「おい、ユミ! 痛っ!」
 ガブリ
 猫はヨシオの指に噛みついた。そして、その隙をついてヨシオの手を逃れると、ピオリックの元に駆け戻り、フーッとうなり声を上げて威嚇する。
「ユミ……」
「そうか、そういうことか」
 ジュンは呟き、カツマに言った。
「カツ、このままじゃ不利だ。一旦撤退して体勢を立て直すぜ」
「撤退ったって……」
「大丈夫。このじいさんはこの部屋からは出られないはずだ」
 彼はそう言うと、ナツエに目配せした。ナツエは肩をすくめた。
「仕方ないわねぇ」
「バカ言うな! ユミをこのままにして行けるか!」
 ヨシオが振り返って叫んだ。その肩をナツエは叩いた。
「ヨシオくん……」
「あんだ!?」
「ゴメン!」
 ボグッ
 ナツエはヨシオのみぞおちに“気”を込めた一撃を食らわした。
「ユ……ミ……」
 そのまま崩れ落ちるヨシオを肩に担ぎ上げて、ナツエは頷いて見せた。ジュンは頷き返し、メグミに言った。
「頼む」
「うん。風の精霊さん!」
 ゴウッ
 風がピオリックの周囲で渦を巻く。
 その隙をついて、4人は部屋から飛び出した。
「はっ」
 ナツエが活を入れると、ヨシオは息を吹き返した。辺りを見回す。
「ここは?」
「ピオリックの部屋の前の廊下だ」
 カツマが言う。その言葉で、ヨシオは今までのことを思い出した。
「ユミ!」
 立ち上がろうとするヨシオをカツマが押さえつける。
「落ち着け、ヨシオ!」
「邪魔するな!」
 その有り様を見て、ジュンはため息混じりに言った。
「メグミ」
「うん。精神の精霊さん、おねがぁい」
 メグミはそう言ったが、ヨシオはなおも暴れ続ける。メグミは泣きそうな顔でジュンを見た。
「ジュンくぅん、ヨシオくんの精神の精霊に干渉できないよぉ」
「跳ね返されたか。やっぱ、厄介だなぁ」
 ジュンは苦笑して、呪文を唱えた。
『かの者の身体を麻痺させよ』
 今度は術が掛かったらしく、ヨシオは動かなくなった。もっとも、口は動くらしい。
「なにしやがる! てめぇ!!」
「落ち着けって言ってるだろう? ユミちゃんはあのままじゃあのじじいのものだぜ」
 ジュンはそう言うと、壁にもたれ掛かった。
「どういうことだ?」
「ユミちゃんのもう一つの命は魔法による命だ。それはわかるだろう?」
「……」
 ヨシオは頷いた。
「ここからは俺の想像だけどな。魔法による命は魔法に対する抵抗力がないんだと思う」
「魔法に対する抵抗力って何だ?」
 カツマが訊ねた。ジュンは答えた。
「魔法に対する抵抗力だ」
「答えになってないでしょ」
 ナツエが苦笑した。
「そうだな……例えば眠りの魔法があるよな。あれは掛かったり掛からなかったりするだろう? それは、その相手が無意識に眠りの魔法に抵抗しているからなんだ。で、抵抗しきれば魔法は掛からないし、抵抗しきれなければ魔法に掛かって眠っちまう、と」
「ほら、カツマくんも、さっきあのおじいさんの魔法を剣で切っちゃったでしょ? あれも魔法に抵抗したっていうことなのよ」
 メグミが補足する。
「そうなのか?」
「うん。だって、普通魔法を剣で切れるわけないでしょ?」
「……うーん、奥が深い」
「話を戻すと、だな」
 ジュンは話を続けた。
「魔法に対する抵抗力がないとすれば、どんな魔法だろうとほいほいとかかっちまうわけだ。それが魅了の術だろうと、な」
「ユミがそういう状態なのはわかった。で?」
 ヨシオは先を促した。
「あのじいさんは……」
 ジュンはピオリックのいる部屋の方をちらっと見た。
「あの部屋から出られないんだ。あの部屋全体に、あいつを出さないようにする強力な封印が施されている。だけど、あいつ本人以外は自由に出入りできる。そこであいつは考えた。ここに迷い込んできた子猫を自分の手足として、外の世界を支配してしまえ、と」
「そんなことできるの?」
「さぁ」
 聞き返したメグミに、ジュンは肩をすくめた。
「気が狂ってしまった過去の亡霊の考えることなんて俺にもわからないよ。単に暇だったから支配してみただけかもしれないしな。いずれにせよ、ユミちゃんがそういう状態なのは間違いない」
「で、どうすればいいの?」
 ナツエが訊ねた。彼は答えた。
「支配を破る方法は3つ。一つは、本人の意思の力で呪縛を破る方法。二つ目は、より強力な解呪の術を使う方法。そして三つ目は、術をかけた本人を倒す方法」
「でも、ユミちゃん本人は……」
 メグミが呟いた。ジュンは頷いた。
「そうだな。本人の意思がどうあれ、魔法に対する抵抗力がない状態なんだから、本人に呪縛を破ることは出来ないだろう」
「とすれば、残り二つってことか」
「どっちも厄介なんだよなぁ」
 ジュンはため息をついた。
「どっちにしても、古代の魔法を極めた奴を相手にしなけりゃならないんだから」
「力押しじゃどうしようもないわね」
 ナツエもため息をついた。
「そうか? この剣があれば……」
 カツマは自分の剣をポンと叩いた。ナツエはそのカツマをじろりと睨んで呟く。
「ったく、このバカは」
「誰がバカだよ、誰が」
「あんたよ!」
「何を! この暴力女が!」
「うっさいわね、この能無しの剣マニア!」
「んもう、止めてよぉ、ナツエちゃんもカツマくんもぉ」
 慌ててメグミが間に入り込んで二人を止める。
 ジュンが組んでいた腕を解いて、カツマに言った。
「あのじいさん、その剣の事は判ってるぜ」
「え?」
「確かに、流星剣って言ってたぜ、その剣のこと」
「流星剣?」
 カツマは聞き返し、自分の剣をじっと見つめた。それから、ジュンに視線を移す。
「なんだ、そりゃ?」
 ズル
 ジュンはものの見事にずっこけた。

《続く》

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