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ときめきファンタジー
断章 JUST COMMUNICATION

その DEAR MY REGRET

(ピオリックの迷宮にいたはずですよね、私は。どうしてこんなところにいるんでしょう?)
 ミオは辺りを見回したが、間違いなくそこは王都キラメキの王宮前であった。
(もしかして、アベルの術でしょうか? いえ、きっとそうなんでしょうね……)
 と、彼女の目に一人の少年が飛び込んできた。
 思わず、ミオは口に手を当てた。
「コウ……さん?」
 平服を着ているが、間違いなくその少年はコウであった。辺りをキョロキョロ見回しているところをみると、誰かと待ち合わせをしているようだ。
 ミオは駆け寄ろうと2、3歩近寄った。しかし、そこで凍り付いたように足が止まった。
 通りの向こうから、一人の少女が走ってくるのを見て。
 王宮の召使いの服を着たその少女の顔は、ミオも良く知っているものだった。
 コウはその少女を見つけ、ぱっと顔を明るくした。そして彼もそっちに駆け寄っていく。
 二人は、ミオのちょうど目の前で立ち止まった。
 コウが笑みを浮かべながら言う。
「久しぶり、シオリ」
「コウも」
 その少女……キラメキ王国の王女、プリンセス・シオリ・フォン・キラメキはにっこりと微笑んだ。
 ミオはその瞬間、全身から力が抜けていくような気がした。
(コウさん……)

「ん?」
 アベルの用意した使い魔と戦っていたノゾミは、不意に異様な気配を感じて、頭上を見た。
 何かが降ってくる。何かが……。
「なんだ? うわぁーっ!!」
 ノゾミは思わず声を上げた。その声に、ミラはノゾミを見る。
「どうしたの?」
「あ、あれ、あれ」
 ノゾミは上を指す。
「上?」
 上を見たミラの顔に何かがぺたっとへばりついた。
「何よ、これ?」
 ミラはそれを顔から引きはがして、じっと見た。
 ニヤリ
「きゃぁぁーっ!!」
 盛大な悲鳴を上げて、ミラはそれを飛びかかろうとした使い魔に投げつけた。そして壁際に引っ付いた。
 ノゾミも反対側の壁に既に張り付いていた。
 二人の間の床に、ぼたぼたぼたと変な動物が落ちてきては、ニヤリと笑っている。ただでさえ薄暗いので気持ち悪いことこのうえない。
 と、使い魔はその変な動物も敵と見なしたようで襲い掛かり始めた。しかし、変な動物はその爪で次々と使い魔を引き裂いていく。
「す、すごいわね」
「そ、そうだね」
 二人は半ば唖然としてその様子を見ていた。
 と、不意にその顔が引き締まる。
「上で何か光ったわね」
「魔法か、あのアベルの……」
 辺りを見回すが、垂直の壁は手がかり一つ無く、よじ登るのは無理そうだ。
 ノゾミが言った。
「水竜破を使うわ」
「?」
「水竜破なら、ミラだけでも外に出られる」
 ノゾミの新必殺技の水竜破は、目標の真下から高圧のジェット水流を噴出させる技だ。その水流でミラを持ち上げようというのだ。
「ノゾミはどうするの?」
「ミラが出られれば何とかなるだろ?」
 ノゾミは笑うと、剣を構えた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなたを置いていくなんて……」
「水竜破!!」
 グォッ
 床から水の柱がそそり立つ。その頂点にはミラがいた。
「ノゾミーッ!!」
 声が小さくなり、聞こえなくなった。ノゾミはふっと息をつくと、呟いた。
「あとは、任せるぜ」
 ミオは呆然として、道の真ん中に立っていた。
 彼女の前で、コウとシオリ姫は笑いながら何かを話していた。だが、ミオはそれを見ることが出来なかった。
 なぜなら、目からは涙があふれていたから……。
(……なぜ? なぜ泣くの、ミオ・キサラギ? こんなことはわかっていたはずでしょう?)
 ミオは、眼鏡を外した。周りの世界がぼんやりとぼやける。
   コウさんに、認めてほしい……。
   コウさんに、誉めてほしい……。
(私は、そんな考えでコウさんのお手伝いをしているの?)
   コウさんに、好かれたい……。
(私は……)
 ミオは、ふらふらとよろけ、壁にぶつかった。そのまま、ズルズルとしゃがみ込む。
「私は……嫌な女なんですね……」
 彼女は呟いた。その頬を、また新しい涙が流れ落ちた。
「くらえ!!」
 アベルは光の矢を放った。
「きゃぁっ!!」
 思わずしゃがみ込むミハル。
 その前で、光の矢は砕けた。
「……え?」
 不思議そうに顔を上げるミハル。その前には、ミハルの背中の袋から這い出した変な動物がいた。振り返ってニヤリと笑う。
「こあらちゃん!」
 ミハルはその変な動物を抱きしめた。そして振り返る。
「メグちゃん!?」
 メグミは、目を見開いていた。
「精霊さんが……」
「そうとも。外部からの力はすべて遮断してある。則ち、ここには精霊は入って来れない。たとえ、精霊王とてな!」
 彼は哄笑した。
「そ、そんな……」
「貴様は俺の復讐の邪魔をした。だが、そんなことはどうでもいい。貴様の犯した罪は、俺のプライドを傷つけたことだ。そう、この俺のな!」
 叫びざまに、彼は光の矢を放つ。
 ドムドムドムッ
「きゃぁ」
 足下に次々と光の矢が突き刺さっては爆発する。
「はっはっはっは。ただでは殺さん。いたぶり尽くしてやる!」
 ミハルは、変な動物をぎゅっと抱きしめた。
「こあらちゃん、怖いよぉ……」
 次の瞬間、アベルは飛んだ。そして空中から光を放つ。
「貴様は邪魔だ!!」
 光の矢は真っ直ぐにミハルを貫くかに思えた。
 キィン
 思わず目を閉じたミハルの前で、何かに当たって光の矢が爆発する。
「……え?」
「おーっほっほっほっほ。殿方のひがみは美しくなくてよ」
 ミラがジャンプして、ミハルの隣に降り立つ。
「あの穴から脱出してくるとは、貴様、魔法使いか!?」
「さぁ、どうかしら? おっほっほっほ」
 アベルの詰問に、ミラは口元を扇で隠して優雅に笑ってみせた。
「なめるなぁ!!」
 アベルは呪文を放とうとする。
「そう甘くはなくてよ!」
 叫びざまに、ミラはつぶてを放った。それがアベルに当たった瞬間爆裂する。
 ドムドムドム
「お、おうっ!?」
 思わずマントで身を覆うアベル。その瞬間、ミラは別の玉を出して足下にたたきつける。
 ボムッ
 煙が吹き上がって、そこにいた少女達の姿が見えなくなる。
「目くらましか!!」
 アベルは風を起こして煙を払うが、その時にはそこにいた少女の姿は消えていた。
「ち、逃がしたか。まぁよいわ。くっくっく、はっはっはっは」
 アベルの哄い声が、部屋の中にこだました。
「ここまで来ればいいかしら?」
 ミラはそう呟くと、立ち止まり、背中からミオを降ろした。それから、二人に訊ねる。
「ミオはどうしたの?」
「あのアベルに何か術をかけられちゃったみたいなのよ。あいつ、『そいつの心は封じ込めた。未来永劫元にはもどらぬ』とかなんとか偉そうに言ってた」
 ミハルが答えた。
「参ったわね……。メグミ、何とかならない?」
 ミラはメグミに視線を向けた。
「メグちゃん……」
 ミハルも、メグミをじっと見る。
 メグミは困ったような顔をして、二人を見た。
「私……」
 ワンワン
 ムクが吠えると、メグミの頬をペロリとなめた。
 メグミは頷いた。
「私、やってみます」
「精神の精霊さんの力を借りて、ミオさんの精神に潜ってみます」
 メグミは静かに言った。
「そういうことが出来るの?」
「はい。本当は、やっちゃいけないんですけど……」
 ミラの質問に、メグミは口ごもった。
「でも、それしか私にはできませんから……」
「任せるわ」
 ミラは頷いた。そして、ミハルは笑顔でガッツポーズをしてみせる。
「メグちゃん、ガンバ!」
「うん」
 メグミは頷くと、ミオの前にかがみ込んで、その額に手を当てる。
 そのままの姿勢で、彼女は呟いた。
「ミオさんの心の中にいる精霊さん……」
 と、不意にメグミに少年の声が聞こえた。
「助けてくれ……」
 その瞬間、メグミの意識はメグミの身体を離れていた。

《続く》

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