喫茶店『Mute』へ
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ときめきファンタジー
断章
JUST COMMUNICATION
その
COME ON!!

「あっという間だったなぁ」
「便利なのね、これは」
ミラは、身軽に馬から飛び降りた。
「お役に立てて何よりです」
ミオは微笑みながら馬から下りた。そして、メグミに訊ねた。
「どうでしたか?」
「あ、はい。ちょっと戸惑ったけど、大丈夫です」
メグミはそう言うと、ムクを抱いて馬から下りた。
「あたしは全然気にならなかったよ。これが紙で出来てるなんて信じられないな」
ノゾミはたてがみを撫でながら、ミオに言った。
「お役に立てて良かったです」
ミオはそう言うと、馬から降りようと悪戦苦闘しているミハルに訊ねた。
「大丈夫ですか、ミハルさん」
「は、はぁい……あきゃっ!!」
ドシィン
「あいたぁぁ。鼻打ったよぉ」
顔面から転落して鼻を押さえるミハル。その頭を、背中の袋から這い出した変な動物がポンポンと叩く。
「ふぇぇー、こあらちゃぁん」
その様子に、周りで見ていた一同の顔に笑みが浮かぶ。しかし、その表情は、彼女らの目の前の大きな門に注がれたとき、一変して厳しいものになるのだった。
カイズリア湖のほとりユーキカの町で、彼女達は町を悩ませていた水竜を見事に退治し、めでたくメモリアルスポットと思われる町に伝わってきた宝物を手に入れられた……はずだった。
しかし、メグミによって復讐を阻止された魔術師アベルが彼女を逆恨みし、彼女達が欲しがっていたその宝を横取りして挑戦状をたたきつけてきたのだった。
この宝を返して欲しければ、ピオリックの迷宮に来い、と。
ミオ達は相談し、ミオの呪符でつくった馬を使い、ピオリックの迷宮にやってきたのだ。疲れを知らない魔法の馬は休むことなく走り続け、歩いて10日以上かかる行程を、わずかに丸1日で走破したのだった。
通常ならそんなスピードで飛ばせば乗っている者にもかなりの負担が掛かるが、ミオはそれすらも呪符で押さえ込んだ。いぜん使った“新陳代謝を押さえる呪符”で、身体をいわば冬眠状態にして運んでしまったのだ。
しかし、瞬間移動の魔法も使える黒魔術師のアベルならば、とっくにここに来ているであろうこと、そしてわざわざここを指定してきたということは、この迷宮の中に罠を張っているであろうことは、少なくともミオにはわかっていた。
そして、彼女達の中に黒魔術を使える者はいない。ユイナも、そして黒魔術と同じ系統の陰陽道を使うユカリも、ともに今は遠いノウレニック島である。
無論、術のレベルで言えば彼女達もアベルに負けることはない。むしろ勝っているとミオは確信していた。精霊魔術の中でも最上級の精霊王召還まで使いこなせるようになったメグミがおり、そしてミオの呪符魔術は魔法特有の精神力の消耗を伴わないという利点がある。
もし、黒魔術独特の使い魔(ゴーレムなど)との直接戦闘になったとしても、新必殺技を会得したノゾミや、変幻自在の戦闘をこなせるミラ、さらにメグミのガーディアンであるムクとミハルのガーディアンであるこあらちゃんがいる。
それでいても、まだミオは不安を拭うことが出来なかった。
得てして、こういう不安は的中してしまうものである。
一同は迷宮に入った。
「はいったはいいけど、アベルとかいう野郎は何処にいるんだろう?」
ノゾミは辺りを見回しながら言った。
ちなみに、このメンバーの中でノゾミ、ミオ、メグミの3人はここに来るのは2度目になる。
ミオは、ヨシオの持っていた地図の写しを見ながら考え込んだ。
「さぁ……」
と、不意に声が響いた。
「よく来たな。さぁ、来てもらおうか」
「アベル!」
ミハルが叫んだ。
「何処にいるのよぉ!」
「まずは、前の通路を進んでもらおうか」
声はそれだけ告げ、消える。
ミラはパッと扇を広げて、呟いた。
「どこかから見ているというわけね」
「多分」
ミオは頷いた。そして歩き出した。
「ミオ!」
「とりあえずは、言われたとおりに行くしかないでしょう?」
声をかけたノゾミに言うと、ミオはそのまま歩いていく。
皆は顔を見合わせ、その後を追った。
アベルの姿無き声に導かれて、一同はどんどん進んだ。そして、ついに行き止まりに突き当たった。
その行き止まりには扉がある。
「さぁ、その扉を開くがいい」
「ああ!」
ノゾミが、扉を押しあけた。
その中は広い部屋になっており、その奥に黒いローブ姿のアベルがいた。
彼はばさりとマントを翻した。
「ようこそ」
「お、お願いします。宝物を、返してください!」
メグミが叫んだ。その腕に抱かれ、ムクはうなり声を上げながらアベルを睨んでいる。
アベルは肩をすくめた。そして、懐から小さな箱を出した。
「これのことか?」
その瞬間、ノゾミとミラがダッシュしていた。左右一杯に広がり、互いに逆の壁沿いを走るのは、広域魔法を警戒してのことだった。
同時にミオは魔力中和の呪符を投げかけ、そしてはっとした。
「ノゾミさん、ミラさん、戻って!!」
その叫びが間に合わないことは、ミオ自身にもわかっていた。
いきなり床が消失した。いや、最初から床は無かったのだ。
「わぁっ!」
「きゃぁぁーっ」
二人の姿は、ミオ達からはかき消えたように見えたが、ミオにはわかっていた。
「幻覚の……床」
ミオは唇を噛み、アベルを睨み付けた。そして改めて、符を投げようとする。
と、不意に辺りの景色が一変した。
周囲の喧噪に、ミオは辺りを見回した。
「ここは……? そ、そんな!」
彼女は呆然としていた。そこは王都キラメキの王宮前だったのだ。
「くっ!!」
ノゾミは空中で“スターク”を引き抜いた。
ミラが訊ねる。
「どうなさるおつもり?」
「こうさ。大海嘯!!」
ゴウッ
水が迸る。そしてその風圧で落下速度が鈍った瞬間。
バシャ
二人は床にぶつかっていた。
「いてて。ミラ、大丈夫かい?」
「なんとか。助かったわ」
ミラは腰をさすりながら立ち上がった。そして言う。
「でも、悠長に痛がっている暇はなさそうね」
「だな」
ノゾミも“スターク”を構えながら答えた。
二人の前に、赤い光点がいくつも灯る。
そのうちの一つが飛びかかってきた。
「でやあっ!」
ノゾミが剣を振り下ろすと同時にそれは消滅する。
「なんだ、こいつ?」
「敵には間違いなさそうね。あの魔法使いの使い魔、といったところかしら」
そう呟きながら、ミラは鉄扇を腰に挟んだ。代わりに輪にしてぶら下げていた鞭を取る。
「ミラ?」
「おーっほっほっほっほ!」
不意に高笑いを上げると、ミラは鞭でそちらをびしっと指した。
「私の鞭さばきはちょっとばかり痛くてよ!」
「……はいはい」
ノゾミは額を押さえながら剣を振るった。
ミラがいきなり鞭を使ったのには理由がある。鉄扇は閉じて使おうと開いて使おうとそれほど広範囲には使えない。無論ミラの本来の戦い方は相手の間合いの中に入り込んで倒すというやり方だ。だが、このように敵が多い場合はそれよりは広範囲にダメージを与えられる鞭の方がより効果的と判断したのだ。決して趣味ではない。
「おーっほっほっほ。女王様とお呼び! この悪党ども!」
……趣味ではないと思う。
一方その頃。
「ミ、ミオさん……」
「ミオちゃん!!」
呪符を投げつけようとした姿勢のまま動かなくなったミオに、メグミとミハルが駆け寄る。
アベルが高らかに笑う。
「無駄だ。そいつの心は封じ込めた。未来永劫、自分の内に閉じこもったまま出てくることなど出来ぬわ」
「なんてことを!」
ミハルは、アベルをきっと睨むと、右手の指輪を掲げた。
「何の真似だ?」
せせら笑うアベルに、ミハルは叫んだ。
「こんな真似よっ! 出でよ、えーと、えーと」
いきなり悩んでしまったミハル。
「茶番を!」
叫ぶなり、アベルは光の矢を放った。
「きゃぁ! 出でよこあらちゃん!!」
どさどさどさどさっ
いきなり空中から目つきの悪い動物が大量に現れて、ミハルとメグミの前に積もるように折り重なった。
光の矢はその中に吸い込まれるように消える。
「な、なんだ?」
アベルは、あまりといえばあまりな光景に、一瞬唖然とした。
その隙をのがさず、ミハルはぴっとアベルを指して叫んだ。
「行けぇ、こあらちゃん!!」
ざわざわざわっ
一斉にその変な動物は、アベルめがけて走り……、雪崩を打って下に落ちていった。
「ああーっ、こあらちゃぁぁーん!!」
慌てて駆け寄ろうとするミハルをメグミが引っ張る。
「ダメです!」
「だってぇ……。わーん、こあらちゃぁーん」
滂沱と涙を流すミハルであった。
《続く》

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