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ときめきファンタジー
断章
JUST COMMUNICATION
その
INNOCENT DANCE

翌日。一同はユミが呪いに掛かった“子猫の像”の所に来ていた。
「なるほど。魔力をビンビンに感じるぜ」
ジュンは像を見ながら言った。それから辺りを見回し、メグミに訊ねる。
「何か感じるか?」
「……」
メグミは目を閉じて集中していたが、やがて首を振った。
「ごめぇん。精霊さんは何もわからないって」
「……手がかりなしか」
ジュンはパシンと自分の額を打った。それから、ヨシオに言う。
「一旦ピオリックの街に戻ろうぜ。そんなに焦って探しても見つかりゃしないって」
「そうかもしれないけどよ……」
ヨシオは悔しげに像を睨んだ。そして、不意に床にがばっと伏せた。
「ヨシオ?」
「みんな、動かないでくれ」
その言葉に、思わず息まで止める皆。
ヨシオは、呟いた。
「猫の……足跡だ。それも、新しい……」
「猫の足跡?」
「ああ」
ヨシオは顔を上げ、迷宮の奥の方を見た。
「あっちに続いてるな」
「よし、行ってみよう」
カツマが言った。
一同は、ほとんど這い蹲って進むヨシオに従ってゆっくりと進んだ。
いつ果てるとも知れない追跡劇に、まずメグミが音を上げる。
「ねぇ、いつまで行くのぉ? あたしもう疲れちゃったよぉ」
いつモンスターが襲ってくるとも知れない迷宮の中、常に神経を緊張させておかなければならないのだ。特に精神的に疲労しがちな精霊使いのメグミが音を上げるのは無理からぬところである。
それを良く知ってるジュンは、ヨシオの肩を叩いた。
「この辺りで少し休憩しないか?」
「いや、俺は……」
「ヨシオ」
カツマも、ヨシオを諭すような口調で言った。ヨシオは不承不承頷いた。
「ああ。それじゃ、みんなは休んでてくれ。俺はもう少し先を偵察してくるから」
「じゃ、休もう」
カツマが言い、皆は思い思いに通路の途中で座り込んだ。
くたーっと壁にもたれるようにその場に座り込んだメグミの隣にジュンがしゃがみ込んだ。そして、先の方に行って左右を見ているヨシオに視線を向けながら囁く。
「疲れてるのはわかるけどさ、あいつの気持ちも判ってやってくれよ、メグミ」
「うん……」
メグミはジュンの横顔を見上げた。
「優しいんだ、ジュンくんって」
「今頃気がついた?」
ジュンはおどけて肩をすくめた。
カツマが呼びかける。
「ヨシオ、あんまり一人で先に行くなよ!」
「わかってるよ!」
そう答えると、ヨシオは角を曲がった。
それから数分が過ぎた。
「おかしいな」
カツマが呟いて、腰を上げた。
「何が?」
聖印に向かって何か祈っていたナツエが、顔を上げる。
「静かすぎる。みんな、ここにいてくれ」
そう言うと、カツマは大剣をかつぎ上げて、駆け出した。そして、角の前で立ち止まると、そっと向こうを覗く。
「おかしいな。誰もいない……」
「何だって?」
ジュンが駆け寄ると、カツマの後ろから廊下を覗き込んだ。それから、はっとしたように呪文を唱えた。
「しまった!」
小声で悪態をつくと、彼は不審げな目を向ける残りの3人に告げた。
「魔法の罠だ。盗賊には関知できない、な」
「魔法の?」
「ああ。瞬間移動の罠、テレポーターだ。ヨシオの奴、それにひっかかっちまったらしい」
「ヨシオが?」
「見てろよ」
ジュンは石ころを通路に放った。と、
フッ
石ころが消えたのだ。
メグミが目を丸くしてジュンを見上げる。
「な、何、今の?」
「見てのとおり。どこかに吹っ飛ばされたんだ」
「どうする?」
カツマが訊ねた。ジュンは頭を掻いた。
「難しいところだな。このテレポーターってやつ、何処に飛ばされるのかわからないからなぁ」
「わからない?」
「ああ。正確に言えば、見ただけではわからないって奴だよ。実際に入ってみないとな」
「ヨシオが飛ばされちまったのは間違いないんだろう?」
カツマは訊ねた。そして、ジュンが頷くのを確認すると、皆に向き直る。
「俺達はヨシオの手伝いをするって決めたよな」
「そう言うと思ったわよ」
ナツエが「はいはい」といいたげな表情で肩をすくめた。
「ジュンくぅん」
「心配するなって、メグミ。俺がついてるだろ?」
「うん」
不安げな表情から一転、幸せそうな笑みを浮かべるメグミに、ナツエはもう一度肩をすくめてカツマを見た。
(カツマに、ジュンくんみたいな機微を期待しても無駄だもんねぇ)
「あ。何だよ、ナツエ」
「べっつに。さ、早く行きましょうか」
ナツエは半ばなげやりに肩をすくめた。
その頃、ヨシオは大ピンチだった。
「参ったぜ」
愛用のナイフを構えながら、ヨシオは毒づいた。
彼の前には、数体の巨人がいた。体中をびっしりと白い霜に覆われている。
氷の巨人、フロストジャイアントである。高度な知能を持ち、口からは極低温のブレスを吐くこともできる。そして、好物が暖かい生肉というから、始末に負えない。
先頭のフロストジャイアントが笑い声をあげた。
「何年ぶりの獲物だろうなぁ」
その声に、逆にヨシオはほっとした。ユミがここを通ったとして、こいつらの餌になってしまったということはないようである。
それで余裕が出来たヨシオは、引っかけてみることにした。
「バカ言え。ネコ一匹捕まえられねぇようなのろまな奴等にこの俺様が捕まるわけないだろう!」
「ぬぬ! こやつ、見たような事言いやがって!」
案の定、フロストジャイアント達はムッとした様子だ。
(やっぱり、ユミはここを通ったわけだな)
ヨシオはにっと笑うと、腰を落とした。
「てめぇらに付き合ってる暇はねぇんでな」
「何を!?」
「行くぜ!! 奥義、比翼火炎斬!!」
「何!?」
「と見せかけてグレートヨシオキーック!!」
バキィッ
一体のフロストジャイアントの顔面を蹴り飛ばし、ヨシオは彼らの背後に降り立った。
「あばよ、てめぇらに構ってる暇はないんでな!」
そのままダッシュで逃げに掛かるヨシオ。
「逃がすか!」
ボウッ
フロストジャイアント達は息を吹き付けた。それは極冷の吹雪となってヨシオを襲う。
「うわっち!」
飛び退いてそれを避けるヨシオ。次の瞬間、ブレスの当たった壁が凍り付き、砕ける。
「ひええ。くわばらくわばら」
盗賊ギルドに伝わるおまじないを唱えながら、ヨシオは振り返ってぎょっとした。
フロストジャイアント達が一斉に呪文を唱えはじめていたのだ。
高度な知能を持つフロストジャイアントは、凍気の魔法を使うことが出来るのだ。ブレスほどは効かないにしても、魔法は見切ってかわすことが難しい。
『魔界の極北に在りし凍える山の息吹をここに』
「やべ!」
ゴゴーッ
吹雪が襲いかかり、咄嗟に飛び退いたヨシオは、身体への直撃は避けたものの、足が床と一緒に凍り付いてしまった。
「しまった!」
その場に縫い止められた格好になったヨシオに、フロストジャイアント達が笑いながら近づいてくる。
「手間取らせやがって。さぁ、食事にしようぜ」
「その食事はもうちょっと待ってくれないかなぁ」
不意に後ろから声が聞こえた。フロストジャイアント達が一斉に振り返る。
ヨシオは叫んだ。
「遅いぞ、おまえら!」
「……なぁ、帰ろうか」
「わぁーっ、ごめんなさいごめんなさい。今のは嘘です!!」
「それでよし」
そう言いながら、カツマは剣を抜いた。そしてナツエに言う。
「ナツエ、ヨシオを頼むぜ」
「わかってるわよ」
「ジュン、メグミ、援護はよろしく」
「オッケイ、カツ」
「任せといて」
「ゴーッ!」
叫んでカツマが床を蹴る。同時にジュンとメグミは呪文の詠唱に入る。
先にジュンの呪文が完成する。
『魔界の炎よ、武器に宿りて炎の剣と為せ!』
ゴォッ
カツマの剣が赤く燃え上がる。ジュンの呪文で炎をまとったのだ。
その炎を見て、フロストジャイアントが後ずさる。
「遅ぇ!!」
ザシュッ
一撃で一体を切り倒すカツマ。
やや遅れてメグミが呪文を放つ。
「炎の精霊さん、お願い! あの敵をやっつけて!!」
ゴゴーッ
カツマの剣から、いきなり炎が伸びて他のフロストジャイアントに突き刺さる。
「ぎゃーっ」
悲鳴を上げるフロストジャイアント。
その足下をナツエが駆け抜け、ヨシオの傍らまで来る。
「あ、ナツエさまぁ」
「んもう、しょうがないんだから」
ナツエは肩をすくめ、凍り付いたヨシオの足に手をかざして呟いた。
「神よ、ナツエ・マリカワの名のもとに、かの者の傷を癒し給え……」
ポウッ
ナツエの手が光を帯びると同時に、ヨシオの足を覆う氷がゆっくりと溶けていく。
その間にも、後方では戦いが続いていた。
ジュンがちらっとメグミを見る。
「メグミ、例のやつ、いくぜ」
「え? ここでぇ?」
「ああ。ものは試しってやつだ」
「うん、わかった」
メグミは頷いた。そして、目を閉じる。
「タイミングはあたしに合わせてね」
「オッケイ。カツ、ちょっと頼むぜ」
「任せろ!」
カツマは親指を立てると、唸りをあげて打ち込まれた棍棒をかわし、剣を振るう。
メグミは腰の袋に手を当てて、言った。
「風の精霊さぁん。おねがぁい」
その後ろから、ジュンが叫ぶ。
『魔界の炎よ!!』
ゴウッ
ジュンの発生させた炎が、メグミの生み出した風に煽られ、炎の竜巻となる。
二人は叫んだ。
「いけぇ!」
ゴォォォッ
炎の竜巻が、そのままフロストジャイアント達を飲み込んだ。
「ぎゃぁぁっ」
悲鳴を上げながら、燃えるフロストジャイアント達。それもやがて小さくなり、消えていく。
「よし」
「やったね、ジュンくん」
二人は手をポンポンと叩き合う。その後ろから、黒こげのアフロになったカツマがぬっと顔を出した。
「おまえらなぁー」
フロストジャイアントを倒した彼らは、一直線に伸びる通路を進んでいった。
無論、通常の罠と魔法の罠の両方に注意しながらである。
しかし、特に罠もなく、通路は一つの扉で終わっていた。
ヨシオはその扉を慎重に調べ、そして開いた。
扉の向こうは部屋になっていた。中央には椅子があり、そこには……。
「ミイラ男? いや、違うな」
ヨシオは呟いた。
椅子には包帯でグルグル巻きになっている人らしい姿があった。
ヨシオの言ったミイラ男とは、太古の遺跡などでは比較的良く見られる怪物である。昔は王が死ぬと、その召使いは皆殉死と言って一緒に自害したものである。そうした者の死体は畏敬を込めて普通のように火葬にせずに、包帯で巻いてその上から特殊な処理をして埋葬された。
しかし、やはりいやいや殺されてしまった者も数多く、そうした者が未だに成仏できずに、なまじ特殊処理されているだけに今も残っている自分の身体にしがみついている。それがいわゆるミイラ男と言われる奴だ。
そこそこの強さは誇るが、カツマ達クラスの者になるとさしたる敵ではない。ナツエなら2、30体はまとめて成仏させられるだろう。
しかし、彼らの前にいるのはそんなたやすい相手ではないようだった。
ヨシオは、その膝の上に一匹のネコがいるのに気づいた。
オレンジがかった栗色の毛色をしたそのネコを見た瞬間、ヨシオは突進した。
「ユミ!!」
と、包帯の男は顔を上げ、ヨシオを見た。
その瞬間、ヨシオは弾き飛ばされ、壁にたたきつけられた。
「ぐはぁっ!」
「ヨシオ!!」
「ヨシオくん!!」
4人は部屋に飛び込んだ。
そいつは、ゆっくりと彼らを見回し、言った。
『よくぞここまで来たものだな、下賎の輩が』
「……古代魔法語だと? まさか、こいつ……」
ジュンは呟いた。メグミが不安げにジュンを見る。
「ジュンくん、まさかって?」
「この迷宮の主……」
「じゃ、このピオリックの大迷宮の支配者なの?」
ヨシオに治癒術をかけながら、ナツエが聞き返した。
「でなけりゃ、古代魔法語なんて使うかよ」
我知らず唇を舐めながら、ジュンは言った。
古代魔法語は、文字どおり、古代の魔法王国で使われていた言語である。現在は黒魔法の呪文の言語としてだけ残っている。
ジュンは呼びかけた。
『おっさん、名前くらい聞いてやるぜ』
『礼儀をわきまえぬ虚け者よ。まぁよい、死にゆく者にはせめて我が名くらいは教えてやろう。我が名は“全能なる”ピオリックだ』
「やっぱりそうか」
ジュンは最悪の予想が的中したことを知った。そして、カツマ達に言った。
「このおっさんが、間違いなくピオリックその人だぜ」
「!!」
3人は顔を見合わせ、そして代表してカツマがジュンに訊ねる。
「誰だ、それは?」
「はぁー」
ジュンは盛大にため息をついた。そして、ピオリックを指さしながら叫んだ。
「いいか、こいつがな、古代魔法王国で最強最悪で空前絶後のとんでも無い魔術師なんだよ! 伝承だとな、大陸を一つ消しちまって、その罪を問われて、当時の魔術師達がその努力を結晶させて作った迷宮に封印されたっていう野郎なの!」
「で、どれくらい強いの?」
メグミが震える声で訊ねた。ジュンは肩をすくめた。
「ま、少なくともユイナよりは強いだろうなぁ」
《続く》

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