喫茶店『Mute』へ
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時間は少しさかのぼる。
スライダの街で一人先走ったがために敵の手中に落ち、無惨に殺されたユミ・サオトメ。しかし、幸か不幸かその前に掛かっていた呪いのために、彼女にはもう一つの命があった。
今、彼女がいるのはその呪いをかけられた場所。つまり、古代の遺跡として名高いピオリックの大迷宮であろうと、チュオウの魔女ことユイナ・ヒモオは明言した。
その言葉に従い、ユミの兄であるヨシオ・サオトメと彼に協力を申し出た4人−カツマ・セリザワ、ナツエ・マリカワ、ジュン・エビスタニ、メグミ・ジュウイチヤ−はピオリックの迷宮へ赴くことになり、メモリアルスポットの探索を続けるコウ達とはしばし別れることになった。
ときめきファンタジー
断章
JUST COMMUNICATION
その
ETERNAL MOTION

「ここがピオリックの迷宮かぁ」
カツマは長い剣を背中に担ぎながら、巨大な門を見上げた。
「ほら、カツマ。ぼーっとしてないで、さっさと入りなさいよ。ただでさえ、あんたのせいで1日潰れちゃったんだから」
後ろからナツエがせかす。
むっとしてカツマは振り返った。
「うるせぇんだよ、ナツエは。少しくらいいいだろ? それに、無駄に1日使ったわけじゃねえよ。この剣をだなぁ……」
「何言ってるのよ。ユミちゃんを早く捜さなくちゃいけないでしょ」
「まーた、始まったかぁ。おい、カツ。俺達は先に行ってるぜ」
「ごゆっくり、ナツエちゃん」
ジュンとメグミがそう言って二人を追い越して、迷宮の中に入っていった。
「あ、ちょっと待ちなさいよ、メグミ!」
「待てよおまえら!」
二人も口げんかを中断して、ジュン達を追いかけた。
ユイナに送ってもらって、迷宮の前に広がるピオリックの町に来た一同は、まず現在の迷宮の最新状況を知るべく盗賊ギルドで情報収集することになった。
とはいえ、盗賊ギルドに入れるのは、王都キラメキの盗賊ギルドのギルドマスターの息子であり、彼自身も優秀な盗賊であるヨシオだけだ。
というわけで、残る4人はピオリックの町をぶらつくことになった。もともと迷宮を探検する人々のベースキャンプが発展して出来た町だけに、迷宮で発見された様々な宝物が売っており、掘り出し物も見付かる。
そして、露店の一つを通りかかったとき、カツマが不意に目を輝かせてその前に座り込んだ。
地面に無造作に広げられた敷物の上には色々な何に使うのかよく判らないようなものが並べられていた。しかし、彼はそれには目もくれず、一番奥に置いてあった錆だらけの剣に目を止めていた。
「あ、あの……」
か細い声に、カツマは目を上げて驚いた。
そこには、15、6歳くらいの可愛らしい女の子がいたのだ。どうやら彼女がここの売り子をしているらしい。
「何かお気に入りのものがありますでしょうか?」
「え? あ、あの……」
「カツマ!!」
いきなり耳を引っ張られて、カツマは無理矢理立たされた。
「ナ、ナツエ、やめろって!」
「また、このバカは。ちょっと可愛い女の子を見るとすぐこれなんだから、もういやらしい」
「ち、違うって……」
「いいからくるの!!」
そのまま引きずられていくカツマを見送って、女の子はため息を一つつくと、しゃがみこんだ。
その彼女の前に、数人の男が立つ。
「あ、いらっしゃい……ませ……」
その男達の人相に、女の子の声が尻すぼみに消えた。いかにもチンピラ風のその男達は、少女を取り囲んでいた。
「おら、姉ちゃんよ。誰に断ってこんなところに店を開いてるんだ?」
「俺達に挨拶なしとは、なめられたもんだぜ」
「ご、ごめんなさい。あの、私、お父さんが病気で死んじゃって、借金を返さないといけなくって、それで形見を売って少しでもお金を作らないと……」
「へ、可愛らしいこと言ってくれるじゃん」
「スグに金を作る方法を教えてやるぜぇ、その身体によ!!」
男の一人がにやにや笑いながら、女の子の腕を掴む。
「ひっ」
恐怖に身を竦ませる少女。
と、
「やめろって」
その男の肩がポンと叩かれた。
「あんだぁ?」
男が振り向くと、そこには黒いローブとマントの青年がいた。
彼は爽やかに白い歯を見せて笑った。
「お嬢さん、このジュン・エビスタニが来たからにはもう安心ですよ」
「すかしてるんじゃねぇ!」
男の一人が殴り掛かろうとしたところを、彼はスゥエイバックしてそれをかわし、そして小声で呟く。
『我が魔力によりて、恐怖せし幻影をここに現出させん』
数秒後、奇声を上げて走り去る男達を唖然と見送ってる少女に、ジュンが話しかける。
「大丈夫でしたか、お嬢さん」
「え? ええ」
「それはよかった。それじゃ、どこかその辺りのお店に……」
「ジュンくぅん」
不意に耳元で声が聞こえた。ジュンは思わず辺りを見回したが誰もいない。
(はっ!! 今のは風の精霊!? み、見張られてるのか)
「無事でよかったね。それじゃ。あはははは」
冷や汗をかきながらも、ジュンはにこやかに挨拶してすたすたと歩き去っていった。
「あ、あの……」
「君っ!!」
不意に後ろから声をかけられて少女が振り返ると、目の下に痣を作ったカツマが彼女に尋ねた。
「その剣、見せてくれないか?」
その後ろでは、腕を組んでナツエがぶつぶつ言っている。
「剣なら剣っていいなさいよね、まったくぅ」
そうやって手に入れた剣をカツマは宿で徹夜して研ぎ上げた。
翌朝、その剣を見てみな「ほぉ」と口を丸くした。錆だらけの時からは較べものにならないほどの美しい、それでいて見ているとぞくっとする凄みを感じる剣だった。
その刀身には、きらきらと光るものが浮かんでいた。まるで、星が散りばめられたような輝きが醸し出されていたのだ。
すっかり気に入ったカツマは、それまで使っていた剣を売り払い、その剣を持って迷宮に向かったのだった。
迷宮の入ってすぐの広間で、ジュンとメグミ、そしてとっくに入っていたヨシオが二人を待っていた。
この広間は、地上まで突き出した水晶が天井に露出しており、十二分に明るい。
ヨシオはまず、以前来たときに使った地図を出して広げた。
「まず、ユミが呪いに掛かった場所に行ってみようと思う」
「ま、妥当なところだな」
ジュンが頷いた。それからヨシオに視線を向ける。
「どれくらいかかる?」
「そうだなぁ。大体1日くらいかな」
「そんなにかかるのぉ?」
メグミが目を丸くした。
「そりゃ、大迷宮って言うくらいだからなぁ」
ジュンは肩をすくめ、メグミに視線をやった。
「今まで何百人という探検家が入っていったけど、そのうち出てこられたのはほとんどいないっていうぜぇ」
「や、やだぁ。やめてよぉ」
メグミは不安げな顔をしながら、ジュンに言った。
ジュンは真面目な顔で続けた。
「迷宮の中で行き倒れた探検家達は、迷宮に捕らわれた亡霊になるんだぜ。この世に恨みを残して、今も迷宮の中をさまよってるんだ〜〜」
「ジュ、ジュンくぅん」
「ほら、メグミの後ろ!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
大広間にメグミの悲鳴が響きわたり、メグミはナツエにしがみついて泣き出していた。
「ほら、メグミ。大丈夫だってば」
「ふぇぇーん、ナツエちゃぁーん」
「大丈夫かねぇ?」
そこはかとない不安を抱くヨシオだった。
迷宮内を進む一同。先頭はヨシオ、続いてカツマ、メグミ、ジュン、そしてしんがりがナツエという布陣だ。
ヨシオが角を何の気なしに曲がったところで、不意に彼は何かにぶつかった。
「あてっ。ってわぁっ!!」
振り下ろされる爪をかわして、慌てて角を戻るヨシオ。
「なんだ、どうした?」
「喰人鬼だ!」
ヨシオは叫んだ。
喰人鬼はいわゆる「生きる屍」の一種である。その名の通り、死んだ人間でも生きている人間でも構わずにむさぼり喰う。その爪には麻痺毒があり、それで麻痺した人間を食べてしまうのが得意技だ。
喰人鬼が角を曲がってくる。全部で4体。
「さがってろ、ヨシオ! ジュン、明かりだ!」
「ああ」
カツマの声に応えて、ジュンが呟く。
『我が魔力によりて明かりよ灯れ』
バシュン
辺りが昼間のように明るくなる。
カツマが、背中の大剣の鞘を払いながら切りかかった。
ザシュッ
先頭の喰人鬼が、まさしく一刀両断され、腐った汁を辺りにまき散らしながら倒れた。
「ちょっと、カツマ! やめなさいよ」
ナツエがそう言って前に出る。そして聖印を構える。
「神よ。哀れなる死者を浄化せし力をお与え下さい」
短く祈りを捧げ、聖印を高く掲げた。
「聖なる光よ!!」
カッ
辺りが更に眩く照らされ、その光が納まったときには、残る3体の姿も消えていた。
ヨシオは思わず口笛を吹いていた。
「やるもんだね」
「まぁな」
カツマが剣を納めながら言った。
「伊達にマーセナリィカルテットなんて名乗ってないって」
更に奥に進んだ所で、ヨシオ達は今度は少々本格的な戦闘をすることになった。
今度でくわしたのは、下級の悪魔だったのだ。
「下がれ、カツ!」
叫ぶと、ジュンが呪文を唱える。
『我が魔力よ、我らを守りし盾となれ!』
『魔界の炎よ!』
下半身が羊、上半身が人間の男、そして顔は山羊という姿の悪魔が呪文を放つ。
炎が、ジュンの張った障壁に阻まれ、細かく砕けた。
今度はジュンが仕掛ける。
『魔界を吹きし冷風よ、いまここに来たりて我が敵を凍てつかせよ!』
ゴウッ
一瞬にして、ジュンの前方の通路が凍り付く。しかし、その真ん中で悪魔はへらへらと笑っていた。
「愚か者め。我が魔界の住人であることを忘れたか。いっそ心地よいわ」
「愚か者はどっちか、そっちがとくと思い知れ!」
ジュンはせせら笑った。
「何!?」
その瞬間、悪魔の後ろで声がした。
「風の精霊さぁん。せっかく連れて来ちゃったんだからぁ、てつだってぇ。おねがぁい」
その甘えた声に、悪魔が振り向こうとした刹那、背中から鋭いカマイタチが襲い掛かり、縦横無尽に切りつけた。
Gyyyyyyyrr
なんとも表記しようのない悲鳴を上げる悪魔。
ジュンは振り返った。
「今だ、カツ、ナツエ!」
「神よ、我が祈りに応え、かの武器に聖なる力を与え給え」
聖印を握って祈るナツエ。その声に応えるように、カツマの剣が輝きを帯びる。
「よぉし、行くぜ!」
カツマの足が、床を蹴った。
「覇翔斬!!」
ザシュン
悲鳴を上げながら、両断された悪魔が消えていくのを見て、カツマは親指を立てた。
「ま、こんなもんさ」
4人の活躍に押されっ放しだったヨシオがその真価を発揮し始めたのは、地図にもはっきり載っていない“未踏破領域”に入ってからだった。
4人では気付きそうにもない罠を次々と発見しては解除していくヨシオに、4人は今までと違う賞賛の目を向けるのだった。
「さて、と」
ジュンは立ち止まると皆に呼びかけた。
「今日はそろそろここらで休まないか?」
「うん。もうあたし、くったくたぁ〜」
メグミが賛成して、その場に座り込む。
ナツエは辺りを見回し、ドアを見つけた。ヨシオに訊ねる。
「ヨシオくん、あのドアの向こうは?」
「ちょっと待ってな」
ヨシオは早速ドアにへばりつくように調べ始める。しばらくしてから、慎重にドアを開け、中を見る。
「空き部屋みたいだな」
「いいわね。じゃ、その部屋で休みましょうか」
ナツエは頷いた。
一同は持ってきた保存食で簡単な食事を済ませ(ヨシオ「同じ保存食でも、料理する人で全然違うなぁ」ナツエ「何か言った? ヨシオくん」ヨシオ「いえ、なんでも」)、くつろいでいた。ドアにはジュンが魔法の鍵をかけているので、外からはそう簡単には入って来れないはずだ。
こうなってみると、元々古い付き合い同士、昔話に花が咲く。途中で、ヨシオの失言で、ジュンがメグミにつねられるなどあったが、一応なごやかに皆は話をしていた。
と、不意にヨシオが立ち上がった。
「どうした?」
「今、猫の声が聞こえなかったか?」
「猫?」
皆、耳を澄ませてみたが、何も聞こえない。
「何も聞こえないぜ」
「いや、今確かに聞こえた!」
ヨシオは辺りを見回し、天井を見た。
迷宮の他の場所と同様に、石を張り合わせた天井だ。古代の土木技術のすごさを物語る証拠ではあるが。
彼は自分のザックを引っかき回して小石を出すと、何度か天井にぶつけてみた。そして何度目か。
コォン
他の場所に当てたのとは明らかに違う、うつろな音がした。
ヨシオはジュンに訊ねた。
「俺がいま小石を当てた場所を壊せるか?」
「ちょっと待てよ。もう少し調べてからにしようぜ」
ジュンはそういうと、呪文を唱えた。そして天井を見上げる。
「……空洞だなぁ。どこかに続いていそうだ……。換気口かなぁ」
「換気口?」
ナツエが怪訝そうに訊ねた。ジュンは頷いた。
「空気の通り道さ。これがあるから、この迷宮はじめじめしてないんだ」
「そうなの。ふぅん、良くできてるわね」
ナツエは頷いた。
ジュンは言葉を継いだ。
「換気口の中には、契約によって風の精霊が封じられていて、常に風を送ってる。迂闊に穴でもあけたら……」
「風でも吹き込んでくるのか?」
暢気に聞き返すカツマに、ジュンは首を振った。
「精霊が狂って襲い掛かってくるかも知れない」
「でも、メグミは精霊使いでしょ? 何とかならないの?」
ナツエはメグミに訊ねたが、メグミはふるふると首を振った。
「狂っちゃった精霊はもうだめなの。一旦精霊界に帰るまで、誰の言うことも聞いてくれないのよ」
「ま、そういうことだ」
ジュンは言うと、ヨシオの肩をポンと叩いた。
「危ないことはやめようぜ。猫の鳴き声っていっても、ユミちゃんと関係あるって決まったわけじゃないだろ?」
「……ああ」
ヨシオは不承不承頷いて腰を下ろした。
《続く》

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