喫茶店『Mute』へ
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ときめきファンタジー
断章
蹉跌
その
TRY AGAIN

紙飛行機を追って街路を駆けていたミオが不意に立ち止まった。そして、胸元のロケットを握りしめ、ミラに視線を向ける。
「ミラさん、今……」
「ええ、私も感じたわ」
ミラは右腕の腕輪に手をかけた。
「今、確かにメモリアルスポットの波動を感じたわ。どこかで新しいメモリアルスポットが……」
「メグミさんですね」
ミオは微笑んだ。
「私たちの中で、封印されたメモリアルスポットを持っているのはメグミさんだけですから」
「そうでしょうね」
ミラは頷き、そして紙飛行機を指した。
「ほらほら、早く追いかけないと」
「あ、そうですね」
ミオは顔を引き締め、また走り出した。
その後を追いながら、シーンはミラに訊ねた。
「なにかあったんかい?」
「そのうちに説明してさしあげてよ。おっほっほ」
「そうかい」
シーンはなんとなく釈然としないモノを感じつつ、ミオの後を追いかけて走った。
ミオは、湖のほとりをとぼとぼ歩くノゾミを見つけた。息を切らしながらも、振り向いて言う。
「いました!」
「え? どこかしら?」
ミラは湖の方を見て、頷く。
「いたわね」
紙飛行機は、そのまま彼女のところに飛んでいくと、彼女の頭にこつんと当たって落ちた。
ノゾミは、それを拾い上げて辺りを見回した。
「ノゾミさん!!」
ミオが駆け寄った。
「あ、ミオ……」
ノゾミはなんだかぼんやりしながら言った。
と、その時。
ドバァッ
突然湖を割って、水竜が現れた。
「きゃぁっ!!」
その水竜の起こした波に、ミオがさらわれる。
「ミオ!!」
ノゾミは叫んで、反射的に腰に手を当て、はっとした。
「あたし……」
「ノゾミ殿!」
シーンが駆け寄りざまに“スターク”を投げた。
ノゾミはそれを受け取り、鞘を払った。
水竜は、大きく口を開けて、気を失って波に揺られているミオを噛み砕こうと迫ってくる。
(ダメだ! 大海嘯も海王波涛斬も、ミオを巻き込んじゃう。それにどっちもあいつには……)
躊躇うノゾミ。
「おのれぇぇ!! お嬢様には指一本触れさせぬ!」
シーンが、腰にたばさんでいた斧を取り、ぶんぶん振り回すと投げつける。
ガキィン
ものすごい音がした。水竜が飛んできた斧を噛み砕いたのだ。
「ちぃぃっ!!」
歯がみするシーン。
ミラは鉄扇をばっと開いた。その縁には鋭い刃が隠されている。
「はぁっ!!」
気合いと共に、その鉄扇を投げつけるミラ。
ザシュッ
鉄扇は、水竜の額に突き刺さったが、大して効果を為していないようだ。ミオが話せる状態であれば、水竜の額の皮は特に分厚いということを説明してくれたことだろう。
「だめだ。遠すぎるわい!!」
シーンが湖岸で叫んだ。
湖岸から遠距離戦をしようにも、二人ともろくな飛び道具など持っていない。だいいち、普通の飛び道具で水竜を倒そうと言うなら、攻城弓でも持ってこなければならないだろう。
魔法使いがいればまだ何とかなるのだが、あいにく二人とも魔法の心得はなかった。
かといって、迂闊に水に入って接近戦をしようものなら、ノゾミの二の舞だ。シーンやミラだけならまだしも、ミオに電撃を浴びさせるわけにはいかない。彼女の身体の具合を知るだけに、二人は迂闊に動けなかった。
ミラはノゾミを見た。
「ノゾミ! あなたの技なら!」
「あたし……だめよ」
「ノゾミ殿!」
シーンも叫ぶが、ノゾミは俯いたままだった。
と、そのノゾミに“スターク”が語りかけてきた。
『我が主人よ。我を信じよ。そして自分を信じよ』
「“スターク”?」
『勇者は、いかなる時も逃げなかった。我が主人よ、逃げてはならぬ』
「コウ……」
ノゾミは呟いた。
「……コウはいつも、みんなをかばってた。自分よりも、女の子をいつもかばってたよ……」
彼女は、“スターク”の柄をぎゅっと握りしめた。
「あたしは……、あたしは……」
『自分の想いを信じよ!』
「あたしの……想い……」
ノゾミは一瞬目を閉じ、そして目を見開いた。
そして、“スターク”を足下に突き刺す。
「ノゾミ、なにを……」
「しっ」
駆け寄ろうとしたミラを制し、シーンは言った。
「感じるわい。“気”の流れを」
「え?」
「いい“気”じゃな。あのフジサキに似ておる」
シーンはかつての部下を思い出していた。
ノゾミはその姿勢から、裂帛の気合いと共に“スターク”を振り上げた。
「いっっけぇぇぇっっっ!!」
ドォッ
いきなり、水竜の身体をぶち抜いて、水柱が吹き出した。それはまさに、真下から巨大な水の槍で水竜を貫いたように見えた。
ギャァーッ
叫びをあげ、じたばたもがく水竜だったが、水の槍はびくともせず、水竜をその場に縫い止めている。
やがて、動きが弱々しくなり、そして水竜は動かなくなった。
そこまで見届け、ノゾミは“スターク”をピッと振り下ろした。
それと同時に、水の槍がふっと消え、水竜の身体はそのまま水に沈んでいった。
「ミオ!」
ノゾミは、慌てて湖にジャブジャブと入っていくと、ミオを抱き起こした。
「大丈夫?」
ミオは、ぱっちりと目を開けると、にこっと微笑んだ。
「ノゾミさん。新しい技、出来ましたね」
「ミオ、あんたまさか、わざと……?」
「私、信じていましたから」
ミオはそう答えると、咳き込んだ。
「ご、ごめんなさい」
「ノゾミ殿! ミオお嬢さんを早く!」
シーンが叫ぶ。ノゾミは頷いてミオを抱き上げた。
「ごめんなさいね」
ミオは胸を押さえて咳を静めると、もう一度謝った。ノゾミは軽く笑った。
「いいって」
湖岸に上がってミオを降ろして、言葉を継ぐ。
「みんなのおかげで、“水竜破”が完成したんだしね」
「“水竜破”、ですか」
「ああ」
メグミは、“スターク”をポンと叩くと、笑みを浮かべた。
「水竜を倒した技だからね。そういう名前にしたよ」
「いい名前ですね」
ミオはにこっと笑った。そして、皆を見回して言った。
「さぁ、戻りましょうか」
町長の屋敷の前までミオ達が来ると、ちょうど向こうからミハル達が来るのが見えた。
「あ、ミオちゃんだ! やっほーぃ」
ミハルは駆け寄ってくると、一同を見てびっくりしたように目を丸くした。
「どぉしたの? みんなびしょびしょじゃないのぉ」
「ええ、ちょっとありまして」
ミオはそういうと、くしゃみした。シーンが慌てて言う。
「そこなおなご、話は後でもよかろう」
「えへ、そうだね」
ミハルはぺろっと舌を出した。
シーンは彼女の後ろから来たシィーズ達に目をやった。
「なんじゃ、お前達も来たのか」
「買い物のついでだったんだけどねぇ、色々あってね」
サツキがシィーズの腕にぶら下がりながら言った。突然力を掛けられてシィーズがよろける。
「おっとっと」
「んもう、お兄ちゃん非力なんだからぁ」
サツキはそう言って笑った。その笑顔は、曇りのない笑顔だった。
夕食を一緒にしながら、ミハル達とミオ達は互いの身に起こったことを話していた。とは言っても、ミハルが再び健啖ぶりを発揮していたので、主に話をしたのはメグミとサツキだったのだが。
「そういうことじゃったのか」
シーンは得心したように頷いた。シィーズが頭を下げる。
「すみません、隠しだてしてしまって」
「まぁ、今回は不問に伏してやろう」
ワイングラスを片手に、シーンは不器用にウィンクして見せた。
ミオは、メグミに視線を向けた。
「精霊王ですか……」
「あ、はい」
メグミは頷いた。
「まだ、自分でも信じられないんですけど……」
「大丈夫ですよ。メグミさんはきっと使いこなせるはずですから」
ミオが微笑んだとき、食堂のドアが開いて、町長が飛び込んできた。
「ミオ様! 大変です!!」
「なんじゃ、食事中に騒々しい」
シーンがたしなめたが、町長は構わずにミオの前に駆け寄って言った。
「ミオ様のおっしゃっていた、わが町に代々伝わる宝物ですが……」
その言葉に、全員が一斉に町長を注目した。
町長は言葉を継いだ。
「先ほど宝物殿に使いをやったところ、取り出したところを賊に襲われて奪われたと……」
「奪われた?」
ミオは眉をひそめた。
「それは、一体……」
「その賊は、突然何処からともなく現れて、使いの者から宝を奪うと、大胆不敵にもこう言ったそうです。『俺の名はアベル。この宝物を返して欲しくば、メグミとかいうエルフを連れてこい。俺様はピオリックの迷宮にて待つ』と」
皆は一斉にメグミを見た。
メグミは口に手を当てていた。
「私のせいで……」
「そんなことないってばぁ。メグちゃんのせいじゃないよ」
隣にいたミハルが声を掛けるが、左手にステーキを突き刺したフォークを持ったままだったので、いまいち説得力がなかった。
ミオは立ち上がった。
「行きましょう。ピオリックの迷宮へ」
「ミオ?」
ノゾミはミオに視線を向けた。
ミオは答えた。
「ピオリックの迷宮にはヨシオさん達が行っているはずです。うまくすれば合流できるでしょうし」
「そっか。ユミちゃんを復活させに行ってるんだったね」
ミハルが頷いた。
「それでは、お元気で」
翌朝、カイズリア湖を望む丘の上で、ミオ達は別れを告げていた。
シーンは、ミオの手を包むように握りしめた。
「お嬢様、身体には気を付けてな」
「はい、わかっていますよ」
ミオは微笑んだ。
一方、メグミはシィーズに頭を下げていた。
「お世話になりました」
「いえいえ、僕の方こそ」
「サツキちゃん、シィーズさんを大切にね」
「ミハルちゃんに言われなくっても、大事にしますよぉーだ」
サツキはミハルにぺろっと舌を出して見せ、そして笑った。
「それじゃ、行きましょうか」
ミオはそう言うと、歩き出した。ピオリックの迷宮に向かって。
《断章4 終わり》

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