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ときめきファンタジー
断章 蹉跌

その 第10の鍵

 シィーズは寂しげに微笑んだ。
「サツキ。君の両親を殺したのは僕だ」
「!!」
 サツキは目を見開いた。
「いつかは、知られる日が来ると思っていた。だが、その日が来なければいいとも思っていた……」
 シィーズは呟いた。
 ミハルは、ふと辺りを見て違和感に捕らわれた。
 道の真ん中でシィーズが「自分は人殺しだ」と言っているのに、大勢いる通りの人々は彼に何の関心も払わない。それどころか、彼らがいないかのように荷馬車の破片を片づけたり、御者や馬を助けたりしている。
「ねぇ、もしかして、メグちゃん?」
 彼女はメグミに視線を向けた。メグミは頷いた。
「うん。他の人には知られないようにした方がいいと思うの」
 メグミは精神の精霊を操り、周囲の人に彼らの存在そのものを感じさせないようにしていたのだ。精霊使いとしてはそんなに難しい技ではない。
 一方、サツキはシィーズの腕にすがりついた。
「ねぇ、お兄ちゃん! どうして、どうしてお父さんやお母さんを殺したの!?」
「総ては……僕の間違いだ」
 シィーズは話し始めた。

 シィーズは元はトキメキ国の出身だった。彼の家は代々の飯綱使いとして、時の王に仕えてきた。ハス家は、ユカリの母親の実家であるカグラ家と並ぶ陰陽寮(キラメキ王国で言えば、魔術師団のこと)の実力派でもあった。
 それだけに堅苦しいしきたりも多く、シィーズはそんな家に反発し、ある日トキメキ国を飛び出して、チュゴクの国に渡った。
 そこで、彼はひょんなことからとある組織に属することになった。晴らせぬ恨みをお金で晴らす、いわゆる“仕事人”といえばわかりやすいだろう。
 しかし、ある時彼は罪もない夫婦を殺してしまった。元はと言えば、その事件の裏付けを十分に取らなかった組織の責任なのだが、シィーズは偽りの依頼をした依頼人を片づけると、組織を辞め、身寄りを無くした当時赤ん坊だった娘を引き取って旅に出た……。
 シィーズは話し終わると、ため息をついてサツキを見た。
「サツキ。今の話は信じてくれなくてもいい。僕が君の両親を殺してしまったことには違いないのだから」
「……」
 サツキは無言のままだった。
 シィーズは、そのサツキの前に、銀の短剣を出した。
「これは、君のお父さんの形見だ。これで……」
「え……」
「……これで僕の罪が許されるとは思っていないけれど……」
 サツキは、銀の短剣を受け取った。そして、その切っ先をシィーズに向けた。
 彼は両腕を広げた。
「さぁ!」
「だめ!!」
 ミハルが、飛び出した。
「だめよ、サツキちゃん! シィーズさんも!」
「ミハルちゃん……」
 ミハルは、サツキに向かって言った。
「サツキちゃん。シィーズさんを殺したって、何にもならないでしょ。そりゃお父さんとお母さんを殺しちゃったのはシィーズさんかも知れないけど、でもサツキちゃん、シィーズさんのことを嫌い?」
「それは……」
「止めてくれ、ミハルさん。僕は償わなければならないんだ」
 シィーズは言った。
 と。
「ひどすぎます……」
 静かな声に、皆が一斉に視線を向けた。
 メグミは、しゃがんでムクを抱きしめていた。その姿勢のまま、もう一度呟く。
「ひどすぎます、シィーズさん」
「ひどい? 僕が?」
「ええ。シィーズさんはサツキさんに殺されて、それでいいかも知れません。でも、サツキさんはどうなるんです? シィーズさんがずっと苦しんできたように、サツキさんをずっと苦しませるんですか? そんなの……ひどすぎます」
「そうよ」
 カラーン
 石畳に、短剣が落ちた。
 サツキは、袖でぐいっと涙を拭いた。
「私、お兄ちゃんが私に隠し事してたほうがずっと悲しい」
「サツキ、僕は君の兄じゃないんだ」
「じゃ、私を今まで育ててくれたのは誰なの!? 私には、お兄ちゃん以外に呼ぶ名前なんてないもん!!」
 サツキは叫んだ。そしてそのまま、シィーズに抱きつく。
「サ、サツキ」
「うわぁーん、お兄ちゃんのばかぁ〜〜」
 そのまま泣きじゃくるサツキ。
 一瞬躊躇い、そしてシィーズはサツキを優しく抱きしめた。
「わかったよ……」
 彼は呟いた。
 ミハルとメグミは顔を見合わせてにこっと笑った。
 と、不意に声が聞こえた。
「見せつけてくれるな、シィーズ・ハス」
「その声は!?」
 シィーズは顔を上げた。
 町の門の所に、黒尽くめの男が立っていた。
 彼はにぃっと笑みを浮かべた。
「とうとう、見つけたぞ。シィーズ」
「くっ」
 シィーズはサツキを背中にかばって立ち上がった。
「ど、どちらさま?」
 ミハルは忙しく視線を左右に走らせながら訊ねた。シィーズが厳しい表情のまま答える。
「アベル・ドク。サツキの両親を殺させた男の息子だ」
「その通り。あんな親でも一応親でね」
 彼は肩をすくめると、右手を振り上げた。その手に、光が集まるのを見て、メグミは悲鳴を上げた。
「魔法!!」
「まずは、挨拶代わりだ!!」
 キュゴッ
 いくつもの光がシィーズに襲い掛かる。
 シィーズは叫んだ。
「管狐!」
 ゴウッ
 旋風を伴って、管狐が次々と襲い掛かる光の玉を破壊していく。
「ならば、これでどうかな」
 アベルは懐からちいさな杖を出すと、振りかざした。
『我が意に従いて、雷撃よ、敵を討て!』
 バリバリバリッ
 すさまじぃ雷撃が迸った。つぎつぎと管狐が打ち落とされては消えていく。そして……。
「くっ」
「お兄ちゃん!」
 シィーズががくりとひざを突いた。
 アベルが哄う。
「勉強させてもらったよ。飯綱使いについてね。管狐の弱点が雷であること、そして使い魔である管狐がダメージを受ければ、そのダメージは直接使い手である君自身にふりかかる。そうだろう?」
「……」
「トドメだ!」
 彼は叫ぶと、大きく杖を振り上げた。
『遥か魔界の氷壁よ! その欠片を今ここに!』
 ゴウッ
 数千本単位の尖ったつららが、アベルの前に出現する。
「だめ!」
 サツキが前に飛び出し、手を大きく広げた。アベルが哄う。
「美しいねぇ。兄妹愛。なら、一緒に死ねぇ!!」
 彼の叫び声と共に、つららが一斉に飛ぶ。
 サツキはぎゅっと目を閉じた。
「お兄ちゃん!!」
「風の精霊シルフィードよ、私の思いと同じなら、手を貸して下さい」
 次の瞬間、いきなりすさまじい風が吹き上がり、つららは見当違いの方向に吹き飛ばされていった。
 皆が、一斉に視線を向ける。
 アベルがにやりと嗤った。
「エルフ、か」
「お願いです。止めて下さい」
 メグミはムクを抱きしめたまま、言った。
『我が魔力によりて、この場に在りし精霊を抹消せん』
 彼は低く呪文を詠唱した。メグミははっとして辺りを見回した。
「精霊さんが……」
「ああ。消させてもらったよ。これで、精霊魔法はもう使えない。さぁて、邪魔をしてくれた礼をたっぷりとさせてもらおうかな」
 彼は杖の先をメグミに向けた。
 メグミは後ずさりした。壁に背中がとん、とつく。
 ムクが、不意にメグミのほっぺたをぺろりとなめた。
「きゃ」
 その瞬間、声が聞こえた。
『メグミ、心を強く持って。ボクを使いこなすんだ』
「え?」
『キミにはできる。きっとできる。信じるんだ』
「……ムク、なの?」
『偽っちゃいけない。自分の心に正直に。シオリ姫はそう言ったんだろう?』
「シオリちゃん……」
 メグミはムクを抱き上げ、自分の目の高さまで持ってくると、静かに言った。
「私、強くなりたい。コウさんを守れるように、強くなりたいの!」
 アベルは叫んだ。
「死ね!」
「メグちゃん!!」
 ミハルは叫ぶと、自分の指輪を掲げようとした。そのとき、声が聞こえた。
『待て、我が主人よ』
「え? 誰?」
『新たなる“鍵の担い手”の誕生だ』
「……指輪さんなの?」
 思わず自分の指輪をじっと見つめてしまうミハル。
 アベルは呪文を唱えた。
『魔界をも焼きつくす地獄の炎よ、今来たりて我がささげし贄を焼き尽くせ!』
 ゴォォォッ
 炎が渦を巻いて、メグミに突っ込んでいく。
 その瞬間、メグミが抱き上げていたムクが輝いた。
「なっ!?」
 重々しい声が聞こえる。
『娘よ。汝が心のうちに秘めし勇者への想い、とくと確かめた。汝にメモリアルスポットが一、“愛”の象徴を託す』
「こけおどしを!!」
 アベルはさらに火炎を放つ。
 メグミの唇から、呟きが漏れた。
「水の精霊……」
「莫迦め、精霊は封じておるわ」
 アベルはあざ笑った。
 だが、メグミも、それは百も承知だった。
「水の精霊王、偉大なる水の母よ。私はあなたの名を知る者です。私に力を貸して下さい」
「なに!?」
 アベルは愕然とした声を上げた。
 次の瞬間、アベルの放った炎がかき消えた。正しく最初から存在しなかったかのように。
 ミハルは目を丸くした。
 メグミの前に、美しい女性の姿が見えたのだ。豪奢な衣装を身に纏った青い髪と赤い瞳の女性。その姿は半分透けている。
 シィーズが呟く。
「水の精霊王が……現実界に降臨するとは……」
「まやかしを!!」
 アベルはその女性に向けて、更に火炎を放つ。
 女性は厳しい表情のまま、静かに右手を翳した。火炎はその手の前で消滅する。
 彼の表情が変わる。
「ま、まさか、本物の……。くっ、やむをえん!」
 アベルは何事か呟いた。かと思うと、その姿はかき消えた。
 その女性は、ゆっくりとメグミの方に向き直ると、優雅に一礼した。
 鈴を振るような声で言う。
「お怪我は、ありませんか? メグミさん」
「あの、ありがとうございます」
「いいえ。困ったときはいつでも呼んで下さいね。私たちはいつでも駆けつけますから」
 彼女は微笑した。次の瞬間、そこに水柱が上がったかと思うと、彼女の姿はかき消えていた。
 メグミはムクを抱きしめた。
「ありがとう、ムク」
 クゥーン
 ムクは鼻を鳴らした。
 シィーズにミハルが訊ねる。
「あの、今の女の人、知ってるんですか? なんか、精霊王とか言ってたみたいですけど」
「あの方こそ、この世界を構成する地、火、風、水の四元素のうち、水を司る精霊の王なのです。つまり、神と言ってもいい……」
「ええーっ!? 神様だったのぉ!?」
 ミハルは目を丸くして、ムクになめられてくすぐったそうに笑っているメグミを見つめた。
「メグミちゃんって、すごかったんだぁ……」

《続く》

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