ときめきファンタジー
断章　蹉跌
その　1･2･3･4･5･6･7 NIGHTS

「病気？」
　ミラは眉をしかめた。それから、右腕の腕輪を触る。
「私の腕輪は病気には効かないから……。でも、サキなら……」
「この病気は、治らないんです。たとえ、サキさんの祈りでも……。ただ、進行を止めることは出来ます。安静にしてさえいれば、これ以上の病気の進行はないでしょう。でも……」
　そう言うと、ミオはミラの紫色の瞳を見つめた。
「ミラさん。コウさんにだけは、黙っていて欲しいんです。コウさんがこのことを知ったら、きっと私を止めるでしょう。でも……。私、私……」
　ミオは、ぎゅっと胸元のロケットを握りしめた。そして、たたきつけるように言った。
「私、死ぬことは怖くありません。でも、コウさんの力になれないで死ぬのは、嫌なんです。私も“鍵の担い手”です。コウさんの役に立つはずなんです」
「ミオ……」
　ミラは、ミオの激しい面を初めて見た。静かな湖面の下には、激流が渦巻いていたのだ。
「お願いです、ミラさん……」
　ミオはそう言うと、じっとミラの答えを待った。
　ミラは目を閉じて、考え込んでいた。

「ふぅーん。お姉ちゃん達、すごいことしてるんだねぇ」
　サツキは感心してミハルとメグミを見比べた。
「そ、そんなこと……」
　メグミは赤くなってミハルの背中に隠れた。
「あたしも、そんな大冒険してみたいなぁ」
　大きく伸びをしながら、サツキは言った。
「来る日も来る日も、ぐーたらなお兄ちゃんの世話ばっかりでさぁ」
「そういえば、シィーズさんって何してる人なの？」
　ミハルが聞き返した。
　サツキは肩をすくめた。
「わかんない。でもちゃんとお金は持って帰ってくるし、ちゃんと仕事はしてるみたい」
「そういえば、ここ、サツキちゃん達の家じゃないんでしょ？」
「うん。シーン叔父さんの家よ」
　そう言うと、不意にサツキは悪戯っぽく笑った。
「もう叔父さんって歳でもないと思うんだけどね。どう見たっておじいちゃんなのよ。でも本人は『叔父さんとよべ』ってうるさいんだ」
「そうなんだぁ。がんこなのねぇ」
「そうそう」
　二人は顔を見合わせて笑った。
「それで、そのシーン叔父さんって、サツキちゃんの叔父さんなの？」
「ううん。泊めてもらってるだけよ。もちろん、あたしは食事の世話とかお掃除とか働いてるし、お兄ちゃんはちゃんと家賃払ってるみたいだけどね」
「ねぇねぇ、なんか事情あるの？」
　ミハルは興味津々といった面もちで訊ねた。
「ミ、ミハルちゃん、あんまりそういうことは、聞かないほうが……」
「何言ってるのよ！　あたし達の秘密は話したんだもん」
「で、でも……」
「いーの」
　おずおずと言ったメグミにぴしゃりと言うと、ミハルはにこにこしながらサツキに向き直った。
　サツキは頷いた。
「実はね、あたしとお兄ちゃん、血がつながってないの」
「実の兄妹じゃないってわけね。どういう関係なの？」
「うん。あたしの本当のお父さんとお母さんは、あたしが小さいときに死んじゃったの。で、いろいろあってね、あたしはお父さんの仕事仲間だったお兄ちゃんに引き取られたの」
「仕事仲間？」
「うん。もっとも、その後お兄ちゃん、その仕事やめちゃって、それからずっと旅してたんだけどね」
「そういえば、シィーズさんもサツキちゃんも東方系の顔してるねぇ。もしかして、トキメキ国から来たの？」
「そんな遠くじゃないわよぉ。チュゴクから来たの」
「……そ、そう、チュゴクなの？　あははぁ。遠いねぇ」
　ミハルは後頭部に汗を浮かべながら笑った。実はミハル、トキメキ国の外がどうなっているのか未だに知らないのだった。
（あとでミオちゃんに聞いてみようっと）
　と、そのとき、ドアがノックされた。
　トントン
「はぁい」
　サツキが立ち上がると、玄関に出た。しばらくして戻ってくる。
「メグミさんとミハルさんにユーキカのミオさんからお手紙です」
「え？　ミオちゃんから？　なんだろ？」
　ミハルが受け取り、封を切った。それから、滂沱と涙を流して、サツキに渡す。
「お願い、サツキちゃん。読んで」
「え？　あ、はい」
　サツキは手紙を受け取ると読んだ。

　　

メグミさま、ミハルさま
　たびたび申しわけありません。シーンさんとはユーキカの町で偶然逢うことができました。つきましては、お二人とも、すぐにユーキカの町に来て欲しいのです。
　実は、ユーキカの町で少々厄介事に巻き込まれてしまいました。お二人の力が必要なのです。お願いします。
　私たちは町の領主様のお屋敷にご厄介になっています。この手紙を持って来れば、通して下さるように話はついています。
ミオ・キサラギ

　……ですって」
「しょうがないなぁ、もう」
　ミハルはぷんすかと腕を組んだ。それからえへへと笑った。
「まぁ、サツキちゃんのご飯食べられたからいいかぁ」
「行きましょう」
　メグミも立ち上がった。それから、サツキに丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いいえ。あ、途中まであたしも一緒に行っていい？　ユーキカに買い物に行こうと思ってたんだ」
　サツキはそう言うと、奥に入って買い物かごをとってきた。
「それじゃ、行きましょう！」

「ミラさん……」
　ミオはミラに言った。
　ミラは頷いた。
「わかったわ。他の人には言わないわ」
「ありがとうございます」
「ただし……」
　ミラは、厳しい表情をしてミオに言った。
「コウの邪魔になるようなら……」
「判っています。私がコウさんの妨げになるようなら、私は……」
　ミオは静かに言いかけた。
　と、その時ドアが開いてシーンが入ってきた。
「シーンさん？」
「失礼。どうしても報告せねばならぬ事が起こったゆえ」
「何があったのかしら？」
　聞き返したミラに、シーンは答えた。
「ノゾミ殿がいなくなった」
「！？」
　二人は顔を見合わせた。

　ミオとミラはノゾミの寝かされていた部屋に入った。
　ミラは掛け布団が乱れたベッドに手を差し込んだ。
「まだ暖かいわ。時間的にもそんなにたってないわね」
「ミラさん」
　ミオが部屋の隅を見て、言った。ミラもその視線の方を見た。
「……“スターク”？」
　そこには一本の剣が忘れ去られたように置いてあった。
　ミオは呟いた。
「いままで、ノゾミさんが剣を手放すなんてなかったのに……」
「探すわよ、ミオ！」
　そう言うと、ミラは部屋を飛び出していった。ミオもそれを追いかけようと部屋を出かけたところでくるりと踵を返した。
「ミオお嬢さん？」
「これを持って行かないと……」
　ミオは“スターク”を持ち上げるとよろけた。
「お、重い……」
「お嬢さんには無理でしょう。わしが持ちますぜ」
　シーンが笑いながら“スターク”を持った。そして二人は走り出した。

　ノゾミは、カイズリア湖のほとりにいた。
　チャプン、チャプン
　細かな波が岸辺に打ち寄せている。
　彼女は岸辺にかがみ込み、手を水に浸そうとした。
　その瞬間。
「！！」
　彼女には、自分が水竜に喰いちぎられるヴィジョンが鮮明に写った。
「い、いやぁぁぁ！！」
　彼女は悲鳴を上げて、その場にうずくまった。
　何度も頭を振ってそのヴィジョンを打ち消そうとする。
「あたし、あたしは……どうすればいいの？　どうすれば、いいのよ！！」
　彼女は叫んだ。しかし、叫び声は虚しく湖面を叩くだけだった。
　彼女は立ち上がり、ふらふらと歩き始めた。その視線は、何も捉えていなかった。

　ミラとミオとシーンの３人は、領主の館の玄関のところで落ち合った。
「いましたか？」
　訊ねるミオに、ミラは首を振った。
「もう館にはいないのかもしれないわ。でも、そうなると……どこを探していいのか」
「そうですか。では……」
　ミオは、懐から紙片を出した。その紙で紙飛行機を折ると、すっと飛ばす。
　紙飛行機は、そのまま飛んでいく。
「あっちです」
　ミオはそう言うと、その後を追って走り出した。後の二人も顔を見合わせてからその後を追った。

「ここが、ユーキカよ」
「そうなんだぁ」
　ミハル達はユーキカの町の門をくぐった。
　サツキは、彼女達の前の通りを指さした。
「領主様のお屋敷はね、この道を真っ直ぐ行くの。一番大きなお屋敷だからすぐ判るわよ」
「色々ありがとうね。お食事、美味しかったよ」
　ミハルがサツキの手をぎゅっとにぎった。
　メグミはぺこりと頭を下げる。
「色々ありがとうございました」
「ううん。また遊びに来てね」
　サツキは笑った。
　と、ミハルがふとサツキの肩を叩く。
「ほら、あの通りの向こうにいるの、シィーズさんじゃないの？」
「え？　あ、本当だ」
　通りの反対側で、シィーズが露店の前にかがみ込んで、その店の主人と何か話していた。
「おにーちゃん、なにしてんのぉ」
　サツキは通りを横切って、シィーズのほうに駆け寄りかけた。
　メグミが、不意に耳をぴくりとさせて、門の方を見た。
「あぶなぁーい！！」
　悲鳴と共に、大きな荷馬車が門を突破して突っ込んでくる。馬は気が狂ったように泡を吹きながら走ってくる。
　その荷馬車の正面に、道を渡りかけていたサツキがいた。
「え？」
「サツキちゃん！！」
　ミハルとメグミが悲鳴を上げる。
　そして、シィーズが振り返った。眼鏡の奥の瞳が見開かれる。
「サツキ！！」

　メグミには、その次の瞬間のシィーズの動きが、はっきりと見えた。鋭い視力と聴力を持つエルフならではのことで、普通の人間には見えなかっただろう。
　シィーズは両手を組んだ。それは、ユカリが術を使うときにする動作に似ていて、それでいて微妙に違う。
　そして、彼は呟いた。
「我が盟友たる管狐（くだぎつね）よ。我が呼びかけに答えよ！」
　バァッ
　その瞬間、シィーズの手元から、すさまじい勢いで狐が何十匹も飛び出した。正確に言えば、狐に似ている妖獣か。
　その狐の群は、猛スピードの荷馬車に正面から体当たりし、次の瞬間荷馬車は粉々に砕けた。その飛び散った破片すらも、その狐はすさまじいスピードで総て押さえ込んだのだ。
　さらに馬の足を押さえつけ、その場にやんわりと引き倒したり、御者を地面にそっと降ろしたりと八面六臂の活躍を見せるその狐達。
　そして、それらのことを一瞬にしてやり遂げると、シィーズの手の中に吸い込まれていった。
　最後にシィーズが「ふぅぅ」と息を吐きながら手を降ろすまで、わずかに数秒間。
　沿道で見ていた人達には、いきなり荷馬車が爆発したとしか思えなかっただろう。
　ほんの数名を除いては。
　ミハルが、メグミの隣で呟いた。
「飯綱使いだぁ……。私、初めて見たなぁ」
「飯綱使い？」
「うん。メグちゃんも見たでしょ、さっきの狐さん。あれはね、管狐っていってね、いろんな事が出来るんだよ。それでね、その管狐を操る人を飯綱使いっていうの」
　ミハルがメグミに説明している間にも、シィーズはサツキに駆け寄った。
「サツキ！　大丈夫か」
「お兄ちゃん……」
　サツキは、自分の身体を自分で抱くように、道の真ん中でうずくまっていた。
「どこか、怪我したのか？」
　シィーズが訊ねて、肩に手を掛けようとした。
　サツキが俯いたまま、呟いた。
「お父さんとお母さん、狐に殺されたんだ……」
　シィーズの手が、サツキの肩に触れる直前で止まった。
「サツキ……」
「今、はっきり思い出したの。私のお父さんとお母さんが殺されたときのこと……。お父さんとお母さんはいっぱいの狐に殺された」
　サツキは顔を上げ、シィーズを見上げた。
「……答えて、お兄ちゃん。もしかして……」
　シィーズは、静かに頷いた。
「ああ、そうだ。サツキの親を殺したのは……僕だ」

《続く》

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