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ときめきファンタジー
外伝2 勇者王誕生!

その1 奇跡! 神秘! 真実! 夢!

 勇者コウが、魔王を倒し、シオリ姫を救い出してから、早くも半年あまりがたっていた……。

「……オリ、シオリ……」
(誰? 私を呼ぶのは……誰なの?)
 シオリは、周囲を見回した。しかし、周囲は闇に包まれていて何も見えない。
「シオリ……」
 闇の中で、なにかどろりとしたものがうごめいた。
 シオリは声をあげようとした。しかし、声が出てこない。いや、出ているのかも知れないが、出た瞬間、周囲の闇がそれを吸い取ってしまっているかのようだった。
「力を返せ……」
(何のこと!?)
「力を返せ……」
 ガバッ
 シオリは跳ね起きた。胸に手を当てて、荒い呼吸を繰り返しながら、周囲を見回す。
 そこは、シオリが寝起きしている寝室だった。
「……また、この夢……」
 そう呟いて、シオリは額に手を当てた。汗がべっとりとその手を濡らす。
 トントン
 ノックの音がして、侍女の声が聞こえた。
「いかがなさいました、シオリ姫様?」
「……いいえ、ごめんなさい。何でもありません」
 やっと動悸が静かになってきたところで、シオリは答えた。
「そうですか」
「ええ。ですから、あなたももう休んでください」
 そう答えると、ドアの向こうの侍女が下がる気配を確かめて、シオリはため息を一つ付き、ベッドに横になった。
「……シオリちゃん?」
 親友の声に、シオリははっと顔を上げた。
「ご、ごめんなさい、メグ……」
「どうしたの? 顔色悪いみたいだけど……」
 メグミは、シオリの顔をのぞき込んだ。
「うん……」
 シオリは俯いた。
「最近、なんだか変な夢ばっかり見るの……。だから、寝不足なのよ……」
「変な……夢?」
 小首を傾げるメグミ。
 二人は、キラメキ城を望む丘の上に来ていた。シオリにとって、週に一度、この丘でエルフの少女と過ごすことは、以前ほど彼女が気軽にコウに逢えなくなった今、彼女にとって格好の息抜きになっていた。
 サワサワッ
 そよ風が草をなびかせ、緋色と栗色の長い髪をかき乱す。
「……シオリちゃん」
 メグミは、シオリの手をきゅっと握った。
「……うん。ありがとう、メグ」
 シオリは微笑むと、話し始めた。
「……って、シオリちゃん言ってたんです。他の人には言うなって言われてたんだけど、私、心配で……」
 それから数時間後。城に戻るシオリを、珍しく城門の前まで来て見送ったその足で、メグミは大神殿に来た。そして、そこで勉強を続けているミオに相談したのだった。
 彼女の話を聞き終わったミオは、伊達眼鏡の位置を指で直しながら、呟いた。
「やはり……」
「えっ?」
 メグミは、長い耳をぴくりと動かした。
「ミオさん、何か知ってるんですか?」
「……ええ。私の予想が正しければ……、おそらくそれは……」
 そこまで言いかけて、不意にミオは立ち上がった。それから、ドアの方に視線を向けた。
 メグミは、はっとした。そのドアの向こうに人のいるのが感じとれたからだ。
 といっても、彼女に透視能力があるわけではない。精霊使いである彼女は、人の精神を司る精霊の姿をも、見ることができるのだ。
 つまり、人の精神に関わる精霊の姿が見えれば、直接姿は見えなくても、そこには人がいるということにほかならない、というわけだ。
 そして、メグミはさらにその精霊を操ることもできる。
「あの……」
「お願いします」
 ミオの返事を受けて、メグミは囁くように言った。
「精霊さん……」
 パタン
 不意にドアが開いた。そして、その向こうでは、修道女の制服を着て、×印の髪留めを左右につけた少女が、目をぱちくりさせて立っていた。
「あっ、あれぇ?」
 彼女は、ドアを押した自分の手を引っ込めて、まじまじと見つめて、それからミオとメグミの視線に気付いて「えへへ」と照れ笑いした。
 メグミは、くすっと笑った。彼女は、精神の精霊に働きかけて、“自分の姿を現したくてたまらない”ようにしてしまったのだ。
 ミオは、きりっと厳しい顔になって、少女に声をかけた。
「ミノリさん。立ち聞きはよくないですよ」
「すっ、すみませんっ。あのっ、べつに立ち聞きしようかなとかそういうつもりじゃなくて、そのっ」
「これは、修道女長さんに報告しなくてはいけませんね」
 そのお仕置きの恐ろしさはキラメキ王国全土に知れ渡っている名を聞いて、ミノリはさらに慌てた。
「ごめんなさいっ! もうしませんから許してくださいっ!」
「あれっ? どうしたの、ミノリちゃん?」
 後ろから聞こえた快活な声に、ミノリは振り返った。
「サキ先輩……」
 そこに立っていたのはサキだった。洗濯物を取り込んできたところらしく、両腕で大きな洗濯かごを抱えている。
「サキさん、お久しぶりです」
 メグミがぺこりと頭を下げた。サキは慌ててお辞儀をすると、ミオに訊ねた。
「ミノリちゃんが何かしたの?」
「それは……」
 ミオが言うよりも早く、ミノリはサキに飛びついていた。
「わぁ〜ん、サキ先輩〜、助けてくださぁい!」
「ちょ、ちょっとミノリちゃん?」
 びっくりして、サキはミオに視線をむけた。ミオは肩をすくめた。
「わかりました。今回はサキさんに免じて、修道女長さんには報告しないでおきますね」
「わぁ〜い、サキ先輩、だから大好きっ
「は?」
 きょとんとするサキに抱きつくミノリだった。
 ミオは苦笑してから、メグミに言った。
「お話は伺いました。あとは任せてください」
「お願いします……。ダメですよね、私」
 メグミは俯いて呟いた。
「コウさんと旅をして、少しは強くなったつもりだったのに……。こんなときはミオさんに頼るしかできないなんて……」
「……何でも自分で出来ることが、強さの証明じゃありませんよ」
 ミオは微笑んだ。
「人には得手不得手がありますから。それをわきまえないで、何でも自分でしようとするのは、強い人じゃありませんよ。本当に強い人は、自分の出来ることをわきまえている人だと、私は思います」
「ミオさん……。ありがとうございます」
 メグミは、頭を下げた。そして、そのまま歩いて行った。
「ミオちゃん……。メグミさん、どうしたの?」
 まだミノリに抱きつかれたまま、サキが訊ねた。ミオは、それには答えず、じっとメグミの後ろ姿を見送っていたが、不意にサキに訊ねた。
「サキさん、レイさんはまだ王城にいらっしゃいましたよね?」
「レイさん? 王城か、施療院だと思うけど……」
「施療院、ですか?」
 ミオは怪訝な顔をする。ちなみに施療院というのは、平たく言えば病院であるが、サキのような僧侶が治療をしてしまうこの世界では、長期の療養が必要な者が静養するための場所である。
「うん、ソトイさんがいるの。まだ、怪我がまだ治ってないから……」
 サキの言葉に、ミオは頷いた。
「ありがとう。サキさん、大神官様に、ちょっと出かけますから、今日の講義には遅れますと伝えてくださいますか?」
「う、うん、いいけど……」
 サキは心配そうに訊ねた。
「何か、あるの?」
「……あるかも、しれません」
 ミオはそう言うと、足早に歩き出した。
 ミノリは、ミオが廊下を曲がって見えなくなると、べーっと舌を出した。
「なによっ、ミオさんって嫌な感じぃ」
「ミノリちゃん。ミオちゃんは、あたしの大事な友達よ。ミノリちゃんが好きになれないのは仕方ないけど、あたしの前で悪口言われると、悲しいな」
「ああっ、ごめんなさいっ! そういうつもりじゃなかったんですっ!」
 慌てて謝るミノリの頭をなでながら、サキはミオの見えなくなった廊下の方を見つめていた……。
 トントン
 ノックの音に、ベッドの脇にある椅子で本を読んでいた、長い豪奢な金髪が印象的な少女は顔を上げた。
「はい」
「すみません、ミオ・キサラギです。レイさんはこちらと伺って参りましたのですが……」
 ドアの向こうの声に、少女は微笑んだ。
「どうぞ」
 カチャ
 ドアを開けて、ミオが入ってきた。ベッドの方を伺う。
「すみません、お邪魔します」
「大丈夫です。ソトイは眠っていますよ」
 その少女――今は滅びたザイバ王国の王女、プリンセス・レイ・フォン・ザイバは、読んでいた本を閉じると、ベッドで眠る男性に視線を移した。
 その男性は、ユキノジョウ・ソトイ。元はザイバ王国の親衛隊長であり、レイのかけがえない部下である。先の魔王との戦いで重傷を負い、未だに療養を続けていたのだ。
「ソトイさん、お加減はいかがです?」
「ええ、順調に回復しています」
 そう答えてから、レイはミオに訊ねた。
「で、ご用件はなんでしょう?」
「判りますか?」
 ミオは微笑んだ。レイも微笑んでうなずく。
「ええ。何か私に用事があるのでしょう?」
 黙って、ミオは部屋をぐるっと見回す。レイはすぐにうなずくと、小さな声で何事か呟いた。
「障壁を張りました。これで、私達の話は誰にも聞こえませんよ」
「ありがとうございます。実は……」
 ミオは、話し始めた。
 ミオの話が終わると、レイは無意識のうちに堅く握りしめていた拳を、ゆっくりと開いた。
「それでは、ミオさんはシオリ姫が……?」
「想像に過ぎません。でも、可能性はありますし、『常に、一番起こって欲しくないことは、必ず起こる』という格言もあります。それに……」
 ミオは、首にかけてあるロケットを指で触った。
「メモリアルスポットは、その力を失っていません」
「!」
 レイも、自分の額に輝いているティアラに触れた。
「……ただ、気になるのは」
 一拍置いて、ミオは呟いた。
「最近急に、ということなんです。もしかしたら、外から何らかの力が作用しているのかもしれません。これはうがちすぎかもしれませんけれど……」
「わかりました。それとなくシオリ姫の周辺には気を配っておきます」
 レイはうなずいた。ミオは頭を下げた。
「ありがとうございます。こんなことは、レイさんにしか相談できませんでしたから」
 金髪の少女は首を振った。
「私に出来ることは、こんなことくらいしかありませんから……」
 そして、二人は顔を見合わせて、微笑み合った。
 ミオは、ソトイの入院している病院を出ると、空を見上げた。
 青空が、頭上に広がっており、柔らかな太陽の光が、眩しく射している。
「……いい天気」
 片手で日差しを遮りながら、ミオは呟いた。
「でも、いつまでもいい天気は続かない……。いつまでも雨が続かないのと、同じ……」
 ため息を付くと、ミオは歩き出した。
「それが、この世界の理(ことわり)ですものね。私たちが、そしてコウさんが守った、この世界の……」
 深夜。
 シオリは、また暗闇の中に一人、いた。
(また……いつもの夢……)
「シオリ……」
(なんなの、いったい……。私に何の用があるっていうの!?)
 シオリは、叫んでいた。声は出ないが、それは相手に伝わったようだった。
 今まで彼女の名を呼ぶだけだったその闇が、初めてシオリに答えを返したのだ。
「お前の力を返せ」
(返せって、何を? 私の力って、何なの? 答えてっ!)
「判っているはずだ。それは元々お前の力ではない。だが、今やお前の中にしかないのだ……」
(何のことよっ!!)
 ずるり
 その声と同時に、闇の中で何かがうごめいた。
 いや、それは闇そのものだった。
 シオリがそれを理解するのと、彼女が闇に包まれるのは同時だった。
 彼女の全身から、闇が体の中に進入してくる。
(いやっ、やめてっ! 助けて……)
 助けを呼ぶ力も、すべての感覚と共に、だんだん失われていく。
(……私、このまま……死んじゃうの……)
 その刹那、シオリの脳裏に、少年の笑顔が浮かんだ。
 シオリは、最後の力を振り絞って、その笑顔に向かって叫んだ。
(助けて、コウくんっ!!)
 その瞬間、シオリの身体から閃光がほとばしった。闇が切り裂かれる。
「……っ!」
 不意に水晶玉からまばゆい光が発した。次の瞬間、その水晶玉は砕け散った。
 とっさに腕で顔をかばった男は、その腕をおろした。バラバラと水晶の破片がテーブルに落ち、耳障りな音を立てる。
「やはりな……。一筋縄ではいかぬか……」
 その唇からつぶやきが漏れた。
 と、ドアが開き、少女が入ってきた。
「クレンスさま、今の音は? ……クレンスさま、お怪我を!」
「ミスズか……」
 クレンスと呼ばれた男は、水晶の破片で切ったのか、腕を伝う血を見て、唇をゆがめた。
「待ってください。今、手当を……」
「いや、かまわんよ」
 彼はそう言うと、さっと腕をひと撫でした。見る間に血が止まり、傷が消える。
「それよりも、ミスズ……」
「はい?」
 聞き返す少女に、クレンスは今までの表情とはうって変わった優しげな笑みをみせた。
「ついに、機は熟した。君たちにも、やっと思いをとげさせてあげられそうだよ」
「それじゃ!?」
「ああ」
 彼は、うなずいた。
「だが、そのためには、まず倒さねばならぬ奴らがいるのだ」
「倒さねばならぬ……奴ら……」
 ミスズは繰り返した。
「そうだ。そして、その奴らを倒すためには、勇者が必要だ」
「勇者が……」
 彼女は、こくりとうなずいた。
 クレンスは、どこからともなく一本の剣を出して、少女に渡した。
「これを使うがよい」
「えっ? でも、私には、剣は必要が……」
 言いかけて、少女は、はっと気づいた。
「判りました。魔剣“FKS”、使わせていただきます。勇者の剣には、ふさわしいですわ。ふふっ」
 ガバッ
 シオリは、ベッドから半身を起こした。荒い息を付く。
 薄い夜着の下で、激しく鼓動が打ち続けていた。
「……また、あの夢……」
 シオリは呟くと、窓の方に視線を向けた。
 折からの月の光が、窓から薄いカーテン越しに部屋の中に射し込んできていた。
「……コウくん……」
 シオリは、その光に照らし出されている街の方に視線を向け、呟いた……。
「逢いたいよ……」
 かつて、キラメキ王国を二分した内乱が終わり、シオリが王女として城で暮らすようになってからも、彼女が時折城を抜け出してコウと逢っていたのは、半ば黙認されていた。しかし、かの魔王との戦いが終わってからは、それも出来なくなっていた。それはコウが“鍛冶屋の息子”から“勇者”になったからである。とても今までのように、お忍びで会いに行くというわけにもいかなくなっていたのだ。
 シオリがコウと逢うのは、王城の謁見の間で、しかもその時の二人は“シオリ”と“コウ”ではなく、“キラメキ王国の王女”と、“世界を救った勇者”として、という関係が、既に半年近く続き、その間二人は他愛のない世間話すら出来ない状況だった。
 シオリは、もう一度ため息を付くと、静かにベッドに横になった。
 ドアの向こうで、物音がしなくなった。やがて、やや乱れてはいるものの、寝息が聞こえるようになってから、レイは身を翻した。
「やはり、ミオさんの言うとおり……。危険ですね……。早く手を打った方が……。あっ!」
 呟きながら歩き去ろうとして、不意に足を止めると、レイは振り返った。
 そこには、壁にもたれるようにして眠っている侍女がいた。
 レイは、パチンと指を鳴らした。と、侍女がはっと目を覚まして、辺りを見回す。
「あ、やだ。私ったら、眠ってたのかしら?」
 そう呟くと、もう一度廊下の左右を見回すが、既にレイの姿はそこにはなかった。
 翌日の昼過ぎ。
 ミオは、またソトイの病室でレイと会っていた。
「そうですか……」
 レイから、昨晩のシオリの様子を聞いて、ミオは眉を曇らせた。
 レイは言った。
「間違いなく、シオリ姫には、外からの波動が影響を与えています。ミオさん、あなたの予想通りに……」
「……」
 ミオは少し考え込んだ。レイは言葉を継いだ。
「その波動の発生源も探知してます。すぐに手を打ちましょうか?」
「……いいえ」
 レイの言葉に、ミオは首を振った。
「叩くのは簡単ですけど……。また同じ事が起こるだけではないでしょうか?」
「それでは……」
「もっと、根本的な方法を採るしかないでしょう」
 ミオはそう言うと、立ち上がった。
「少し、時間をいただけますか? 方法を考えてみます。それまでは、くれぐれも動かないでくださいね。それから……」
「他言無用、ですね」
 レイは微笑を浮かべて、頷いた。彼女は、“鍵の担い手”の智将と魔の者に恐れられたこの少女に、全幅の信頼をおいていた。
 ミオは一礼して言った。
「私は、大神殿におりますから、何かありましたら……」
「ええ、必ず連絡します」
「ありがとうございます」
 礼を言うと、ミオは病室を出て、ドアを閉めた。そして廊下を歩きながら呟いた。
「急がないといけないようですね……」
 しかし、事態はミオの予想を遙かに超える速度で、動き出そうとしていた……。
「ふぅ」
 コウ・ヌシヒトは、城門を出たところで大きく伸びをした。
 城門を守る兵士が、その声で彼に気付いて、慌てて敬礼する。
「勇者さま、お疲れ様です!」
「あ、うん。ありがとう」
「い、いいえっ」
 コウよりも年上、といっても20前後くらいの若い兵士は、頬を紅潮させてコウを憧れの眼差しで見つめていた。
 多分、後で「俺、勇者さまに声をかけてもらったんだぜ」と仲間に自慢することだろう。
 なんといっても、コウは『世界を救った勇者』なのである。
 もうひとつため息をつくと、コウは自分の家に向かって歩きだした。
 もともと、コウは鍛冶屋の跡取り、つまり一般庶民である。
 しかし、『世界を救った勇者』が一般庶民ではダメだ、という声に押されるようにして、コウは毎日のように城に上がって、騎士になるための勉強をしているのだった。
 別に、その勉強がイヤなわけではない。
 ただ、周囲の見る目が変わってしまったのが、イヤだったのだ。
 と。
「勇者コウさま……ですよね?」
 不意に呼ばれて、コウは振り返った。
 そこには、花束を持った少女が一人、立っていた。
 彼女は、真っ赤に頬を染めると、おずおずとその花束を差しだした。
「わ、私、コウ様のファンなんです。こ、これ、あの、受け取って下さい」
「え? あ、うん。ありがとう」
 コウは苦笑して、その花束を受け取った。『勇者』になって、半年。それこそ、数え切れないほどこういうシチュエーションに遭遇して、すっかり慣れてしまったのだ。
 だから、気が付かなかったのかもしれない。
 チクッ
 コウの指にかすかな痛みが走った。
「痛っ……。あ、あれ?」
 不意に目眩がし、コウは片ひざを付いた。
 立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
 ドサッ
 そのまま横倒しに倒れると、コウは少女を見上げた。
「き、君は……」
「くすくすくす、あっけないものね、勇者コウ。それとも、あの方のおっしゃるとおり、人間なんて、みんなこの程度なのかしら?」
 少女は無邪気な笑顔で、倒れたコウを見下ろした。
 そのまま、コウの意識は薄れていった。
「今日はこれくらいにしておこうか」
 大神官シナモン・マクシスは、そう言うと、開いていた分厚い本を閉じた。それから、彼の自慢の生徒に微笑みかける。
「しかし、お主が勉強を後回しにして用事に出かけるとは、珍しいのではないか?」
「すみません、大神官さま」
「いやいや、かまわんよ。勉強は人生の手段であって、目的ではない。もっと優先されるべき事があるのなら、いくらでも後回しにするがよかろう」
 大神官は、愛弟子の顔をのぞき込んだ。
「それこそが、お主があの旅で学んだことなのであろう?」
「はい」
 ミオ・キサラギはうなずき、使っていたペンをペン立てに入れて立ち上がった。大神官の後ろに回ると、椅子を引いて彼が立ち上がる手助けをする。
「すまんな」
「いいえ」
 と、その瞬間。
 ミオは、不意に身を強ばらせた。
 聞き慣れた声が、聞こえたのだ。
『ミオさん、大変だ!』
「……シーナさん?」
 彼女にだけ聞こえるその声は、半妖精レプラカーンのシーナの声だった。
 彼は、魔王との戦いで生命を落としたが、ミオを思う心が彼女の持つメモリアルスポットと融合し、その意志としてミオと共に闘ってきた。
 しかし、魔王が勇者に倒され、メモリアルスポットである彼の声も、聞こえなくなって久しかった。
「シーナさんの声が聞こえるということは、コウさんに何かあったんですか?」
 ミオは聞き返した。
『そうみたいだ。おいらにも詳しいことは判らないけど、でも勇者に何かあったのは確かなことだよ!』
 シーナの声はそう告げた。
 思わず、ミオはロケットを握りしめた。
「……こんなときに……。ううん、こんなときだからこそ、なの?」
 と、不意にそのロケットを通して、声が聞こえてきた。
『ミオさん!』
「レイさん!? 今のは……」
 ソトイの病室で、レイは額のティアラに手を当てて、じっとしていた。
 このティアラこそ、彼女のメモリアルスポットであり、他のメモリアルスポットを統べるという“ケニヒス”なのだ。そして、彼女はこれを使うことによって、他のメモリアルスポットの持ち主と会話することが出来る。
 そして、今彼女はミオと会話を交わしていた。
「やはり、先ほどの話の……?」
 ミオの声が聞こえてくる。
『まだ、関連してるとは言い切れません。……レイさん、シオリ姫のことは、口外しないで頂けますか?』
「でも……」
『お願いします』
(ミオさん……、何か、考えがあるんですね?)
 レイは、窓から、ミオのいる大神殿の方向を見つめ、うなずいた。
「わかりました。ひとまず、さっきのことは忘れる事にします」
『すみません』
「で、これからどうします?」
『レイさんは、シオリ姫に、コウさんのことを伝えてくださいますか?』
「わかりました」
 レイは、ティアラからそっと手を離した。そして、空を見上げた。
「……いずれにしても、コウさんに何かしたのは、シオリ姫じゃない。それだけは確か、か……」
 そう呟き、レイは身を翻した。
 キラメキ城の地下に、王家につたわる膨大な書物を収めた書庫があることは、余り知られていない。
 ましてや、その奥に、一人の魔法使いがいるなどということを知っている者は、ほとんどいない。
 しかし、それは事実であり、今もその魔法使いは、本を片手にして、呪文を唱えていた。
 青いローブをまとったその姿を見た者には死が訪れる、と噂されている“チュオウの魔女”ことユイナ・ヒモオである。
『我が名において……』
 呪文を唱えかけたところで、不意に彼女はそれを中断した。
 足下に描かれた魔法陣の上に集約しかけていた魔力が、一瞬で拡散する。ユイナは舌打ちしたげにそれを見て、懐から黒い立方体を取りだした。
「“ライブラリ”の声なんて、久しぶりに聞いたわね。それにしても……」
 彼女は頭上を見上げた。むろん、石の天井しか見えないが。
「……ふぅん。もう、転移した後、というわけね」
 そう呟くと、彼女は唇に、微かな笑みを浮かべた。
「おもしろくなるかもね」
 ひなびた田舎町の中央にある広場で、一人の吟遊詩人がリュートをかき鳴らして歌っていた。
 周りに集まった子供達や、農夫や、そのおかみさん達が聴きほれるのも無理はない。
 彼女の腕は、キラメキ王国でも最高級と謳われるほどなのだ。しかも、その歌の内容は、「勇者コウと魔王の戦い」である。
 後には世界中に知らぬ者なしとまで言われるようになる有名なサーガだが、この時点でこれを歌える者は、彼女一人しかいない。
 そう、勇者と行動を共にしてきた、アヤコ・カタギリにしか。
 歌は最高潮に達しようとしていた。

  勇者の剣に流れ込む
  12人の乙女の祈り
  その力は魔王でさえも……

 ビィーン
 いきなり異様な音がして、うっとりと聴き入っていた人々は、夢から覚めたように辺りを見回した。
「な、なんだ?」
「どうしたんですか?」
 アヤコは、黙ってリュートを見つめていた。
 メモリアルスポットの一つであり、彼女が“ファイヤーボンバー”と名付けて愛用してきたリュートの低音弦が切れていたのだ。
 彼女は立ち上がった。そして、周りの者達に頭を下げる。
「ソーリー、ごめんなさい。今日の演奏はこれでジエンド、おしまい」
「えー? もっと聴かせてよぉ」
 いいところで中断された子供が、泣きそうな顔をする。
 アヤコはウィンクした。
「今度また、聴かせてあげるわよ」
「本当?」
「オフコース、もちろんよ。それじゃね!」
 軽く手を振ると、アヤコはリュートを背負い、歩きだした。
 その表情は、さっきまで皆に向けていたものとは違っていた。
“サキ!”
 自分を呼ぶ声に、サキは反射的に今まで祈りを捧げていた神の像を見上げた。それから、はっとして胸に手を当てる。
 彼女のメモリアルスポット“ウィンクル”は、聖印と同化していた。形が変わってしまったそれは、本来はもはや聖印とは呼べない筈ではあるが、大神官の特別な許可を得て、彼女はいまでもそれを胸に付けていたのだ。
「今の、ウィンクルさん?」
“はい”
 その瞬間、サキの周囲の風景が変わった。大聖堂の中で祈りを捧げていたはずのサキは、何処とも知れぬ空間にいたのだ。
 以前、魔王の部下と戦ったときに来たことがある空間。
「ここ……。あたしの心の中?」
『そうです。勝手にお呼びしまして、申しわけありません』
 サキの前に、青い長い髪の女性が現れ、優雅に一礼した。その女性こそ、“ウィンクル”が実体化した姿である。
 サキは首を振った。
「ううん、いいの。でも、どうしたの?」
『勇者に、危機が迫っています』
「コウくんに!?」
 驚きの声を上げるサキに、ウィンクルは静かにうなずいて見せた。
「それって本当か、“スターク”?」
 ノゾミは、剣の束に手を当てて訊ねた。
 ちょうど彼女は、練習試合をしていた所だった。そこに、彼女だけに聞こえる聞き慣れた声がしたのだ。
 彼女の相手をしていた騎士は戸惑った。ノゾミがいきなり剣を降ろして、その剣に向かって話しはじめたのだから。
 しかし、考えてみれば“鍵の担い手”のノゾミから一本を取れる、またとない機会だった。
「隙あり!」
 そう叫んで跳びかかった瞬間、その騎士はノゾミからすさまじい“気”が迸るのを感じた。
 そして、いきなり彼の足下から、水が噴きだした。その水は、彼を飲み込み、数メートル放り上げた。
 ノゾミの必殺技のひとつ、“水竜破”である。無論、本気で放ったわけではない。彼女が本気で放ったら、彼はキラメキ城の城壁を跳び越えることになっただろう。
 それでも、重い鎧ごと数メートル落下し、気絶してしまった騎士には見向きもせず、ノゾミは剣に話しかけた。
「コウが危ないって?」
『本当だ』
 ノゾミの剣、メモリアルスポットの一つである“スターク”は、短く答えた。
「コウが……」
 彼女は、仲間に運びだされていく相手の騎士には目もくれずに歩きだした。
 キラメキ王国から東へはるか彼方。メモリアル大陸の東の端にあるトキメキ国はユウエンの町にあるコシキ道場。
 その一室にも、メモリアルスポットを持つ少女がいた。
「まぁ、それは大変ですねぇ。どうしましょう?」
 茶室でお茶をたてていたユカリは、正座したまま、ちっとも大変そうには見えない様子で、頬に手を当てた。それから、目の前にかしこまっている若武者に尋ねる。
「それで、コウさんはどうなったのでしょうか? はにまるさんは御存じですか?」
「そこまでは、私にも判りかねます」
 片ひざをついた姿勢のまま、若武者は首を振った。
 ユカリのメモリアルスポットである黄金のはにわの実体化した姿であるこの若武者。本当は“セタン”という名があるのだが、ユカリが「はにまる」と名付けてしまったのである。
「ともかく、他の“鍵の担い手”の方々と合流した方がよろしいかと思います」
「そうですねぇ。ミラさんは、どう思いますか?」
 はにまるの言葉を受けて、ユカリは右の方を向くと訊ねた。
 大柄な身体を着物に包み、髪を結い上げた格好で、ユカリの“お茶”に付き合わされていたミラは、肩をすくめた。
「私のも同じ事を言ってるわ。コウに何かあったと」
 その髪に刺さっている金色のかんざしが、彼女のメモリアルスポットである。以前は腕輪の形をしていたが、ミラの意志で今はこの形を取っている。
 ミラは立ち上がった。
「ともかく、キラメキに行くしかなさそうね」
「そうですね。それでは、お父様にそう言ってきましょう」
 ユカリも立ち上がった。はにまるはうなずいたかと思うと、その姿をかき消した。
 キラメキ王国の最南端、海辺のリゾート地として有名なスライダの街。
 ここにある一件の宿屋、『沈黙亭』は、最近静かな人気を集めていた。
 というのも、ここで二人の女の子が働くようになったからだ。
「いらっしゃいませぇ。何になさいますかぁ?」
 今も、入ってきた一人の若者に、赤いショートカットの髪を揺らしながら、少女が駆け寄ってきた。
「あ、あの、一泊お願いしたいんですが」
「一泊ですね。お一人様ですかぁ?」
「あ、はい」
「はぁい、お一人様ご案内……」
 不意にその少女が黙り込んだ。若者は、怪訝そうにその少女の顔を覗き込む。
「あ、あの……?」
「……マジ?」
 少女は呟いた。かと思うと、すっとその姿がかき消える。
「わ、わぁっ」
 思わずその場にぺたりと座りこむ若者に、奥から歩み寄ってきた女性が声をかける。
「あら、ごめんなさいね。驚かせてしまいました?」
「あ、あの……」
 その女性は、ちらっと奥のカウンターに視線を送って呟いた。
「……勇者を助けられるのは、あなた達だけよ、ユーコさん」
「え?」
「あ、ごめんなさい。一泊ですね。夕食と朝食はどうなさいますか?」
 かつて、トキメキ国のテブイクの街を影で握ると言われた巫女、マイ・カミオカは微笑を浮かべて訊ねた。
 その後ろを、さっきの赤い髪の少女が駆け抜ける。
「超ごめぇん、マイ姉ぇさん。後は任せた! んじゃ!」
「はいはい」
 その後ろ姿を微笑んで見送るマイだった。
「えっ? ……まさか……」
 大木の枝に腰掛けたまま、メグミ・ソーンバウム・フェルドは顔面蒼白になっていた。
 その腕に抱かれた子犬が、また吠える。
 ワンワン
「ムク、それ、本当なの?」
 ワン
 一声吠えて返事をする子犬。
「そんな……。コウさんが……」
 ワンワン
「そ、そうね。とにかく、シオリちゃんに会って、お話ししないと……」
 ザァッ
 風が大木を揺らした。その揺れが収まったとき、既にメグミの姿はそこから消えていた。
「あ、これもいいなぁ」
「それもですか? わかりました。あの、これ下さい」
 店の主人と話しはじめた少年。その腕にはもう山のように荷物がある。
 そんな少年をよそに、オレンジがかった茶色の髪をポニーテイルに結い上げた少女は、別の店をのぞき込んだ。
「あ! ね、ユーゾくん。これもいいと思わない?」
「え? どれですか?」
 荷物を1つ加えた少年は振り返った。
 少女は、ブローチを胸に当てて見せた。
「ほらほらぁ」
「そうですね。よく似合ってますよ」
「ホント? コウさんもそう言ってくれるかなぁ? それじゃ、これも!」
「はいはい。あの、すいません、これ包んでもらえますか?」
 少年が話しはじめたときには、少女はまた別の店をのぞき込んでいた。
 少年の名はユーゾ・オキタ。キラメキ市の商業を一手に引き受けるギルドマスターの一人息子である。そして、少女はユミ・サオトメ。キラメキ市の闇の実権を握る盗賊ギルドのマスターの娘であり、そして“鍵の担い手”の一人である。
 少し離れた所で、そんな二人を見ながらおばさんが数人固まって噂話をしている。
「ユーゾさんもご苦労なことだねぇ」
「ホント。ユミちゃんに振り回されちゃって。あんなんじゃ、結婚した後も尻に敷かれて大変だよ」
「あら、ユミちゃんは勇者さまにぞっこんなんでしょ?」
「でも、勇者さまにはシオリ姫さまがいらっしゃるし」
「勇者さまは大神殿のサキさんをお嫁にほしがってるって聴いたけど」
「え? ミオさまと結婚して、キサラギ卿の跡を継ぐんじゃないの?」
 身勝手な噂を小耳に挟んで苦笑するユーゾに、ユミが声をかける。
「どうしたの、ユーゾくん?」
「なんでもないですよ。それより、次はどこに行きますか?」
「うん、次はね……」
 不意に、ユミが立ち止まった。荷物のせいで前が見えなかったユーゾは、その背中にぶつかって荷物をばらまいてしまう。
「わぁっ。ご、ごめん!」
「……」
 無言で、ユミは俯いていた。完全に怒らせたと思ったユーゾは、おそるおそる前に回ってその顔をのぞき込む。
「ユミさん?」
「ユーゾくん、ごめん! また今度ね!」
 そう言い残して、ユミはいきなり駆け出した。ぼう然とそれを見送るユーゾが、おばさん達の噂の種になったのは、言うまでもない。
「!!」
 森の中を歩いていたミハルは、不意に立ち止まった。
 その指にはまっていた指輪が、緑の光を明滅させている。
「そんな……、コウさんが?」
 呟くと、ミハルは背中のリュックサックに話しかけた。
「こあらちゃん、ごめんね。コウさんが危ないんだって。私、行かなくちゃ」
 リュックサックからは、変な動物が顔を出している。ミハルの言葉に、その動物はニヤリと笑った。
 と、不意にその笑みが消えた。
「え? どうしたの、こあらちゃん?」
 ミハルのその質問に答えたのは、その変な動物ではなかった。
「やっと見つけたわ」
「え?」
 ミハルは前に向き直った。
 木の影から、一人の少女が姿を現した。
 ミハルと同じ色の緑の髪をおかっぱにしたその少女の右肩には、ミハルの背中のリュックに入っているのと同じ、変な動物がしがみついていた。
 違う点と言えば、その額に白い傷跡がついているところだけだ。
「その子も、こあらちゃん?」
「随分捜したわよ、ミハル・ホワイト」
 その少女は、ミハルの声を無視して話しかけた。
 左右をきょろきょろ見てから、ミハルはおそるおそる自分を指した。
「私の、こと?」
「そうよ」
 その少女は腕を組んで、きっぱりと言った。
「あなたはミハル・ホワイト。この私、チハル・ホワイトの姉にして、我らホワイト族の長となるべき存在なのよ」
「ホワイト族?」
「だけど……」
 チハル、と名乗った少女の瞳が、危険な光を帯びた。
「何を考えてるの、姉さんは!? 勇者に組みして魔王を滅ぼす、なんて!」
「え? ええっ?」
「私は、認めない! そんな姉さんは、必要ないわ!」
 そう叫ぶと、チハルはサッと右手を天にかざした。
「ふゅーじょん!」
 カァッ
 光が辺りを包んだ。その光が薄れると、そこにはミハル曰く“こあらちゃん”を大きくしたような動物がいた。
 ミハルは息を飲んだ。
「あなたも、私と同じ……?」
「ミハルっ! さぁ、あなたもふゅーじょんしなさいっ!」
「は?」
 と、不意に指輪がひときわ大きく明滅した。はっとするミハル。
「コウさん!」
 チハルは、そのまま動かないミハルを見て肩をすくめた。
「そう、それならいいわ。そのまま死になさいっ!!」
 そう叫ぶと、跳びかかろうとするチハル。
 ミハルは、右手をチハルに向けて叫んだ。
「出でよ、こあらっ!!」
 ドドドドドッ
 その言葉に合わせて、すさまじい勢いで変な動物が大群になって突っ込んできた。
 あっという間に、その津波に飲み込まれるチハル。
「きゃぁぁぁ、お、覚えてなさぁい!」
 その声がどんどん遠くなり、消えていった。
 ミハルは、肩をすくめると、くるっと向き直った。
「さぁ、コウさんの所に行かなくちゃ。……だけど、どうやって行けばいいの? そもそも……
ここはどこなのよぉぉ!!

 どうやら、ミハルは道に迷っているようだった。
 何処とも知れぬ空間。
 ザッ
 その場に膝をついたチハルは、ぐっと拳を握りしめ、呻いた。
「おのれぇ……」
「無様ね、チハル」
 不意に声をかけられ、チハルはばっと顔をあげた。
 そこには、一人の少女がいた。チハルやミハルと同じ緑の髪を左右でお団子にくくった髪形をした少女。
 彼女はあざ笑うように口元に手を当てた。
「勢い込んで出ていった結果がこれとはねぇ」
「うるさい。それより、そっちはどうなのよ、ミスズ!」
 チハルは憤然と立ち上がると、彼女に食ってかかった。しかし、ミスズと呼ばれた少女は余裕たっぷりの笑顔でさっと右手を振った。
「あなたと違ってぬかりはないわよ。さ、ご挨拶なさい」
 その右手に従うように、彼女の背後の暗がりの中から、一人の青年が出てきた。
 漆黒の鎧に身を固めたその青年は、チハルの前で片ひざをつき、臣下の礼を取る。
「初めまして、チハルさま」
「……」
 無言で見おろすチハルに、その青年は顔をあげ、名乗った。
「私は、あなた方にお仕えすることになりました、コウ・ヌシビトともうします。以後、お見知りおきを」
 その顔は、間違いなく勇者と呼ばれたコウのものだった。しかし、その瞳から意志の力は感じられない。
「どうかしら、チハル? これで私達ホワイト族は、世界を手に入れたも同じよ」
 そう言って、笑うミスズ。
 チハルは首を振った。
「まだよ。あのミハルが生きている限り……」
「あら、それなら問題ないわよ。なにせ、こちらには勇者さまがいらっしゃるんだもの。ねぇ?」
 ミスズの言葉に、コウはさらに頭を下げた。
「ミスズ様の仰せのままに」
「あっ、ミオちゃん!」
 大神官の部屋から、彼女にしては珍しく慌てて出てきたミオは、こちらは慌てていることが珍しくはないサキに呼び止められた。
「サキさん。コウさんのこと、ですね?」
「うん。さっき、“ウィンクル”さんが……」
 サキは、胸の聖印に手を当てた。そして、心なしか青ざめて、ミオに訊ねた。
「どうしよう?」
「とにかく、コウさんの安否を確認するのが一番でしょう」
 と、こちらははっきりと判るほど青ざめたミオは言った。それから、窓の外をちらっと見た。
 まだ、陽は高い。
「いまなら、まだお城に上がっているかも知れません」
「うん、わかった。お城に行ってみるね! ミオちゃんはここで待ってて!」
 そう言うなり、サキは身を翻した。その途端、向こうから歩いてきた小柄な修道女にぶつかってしまう。
「きゃん!」
「あ、サキ先輩!」
 ぶつかられたその少女は、相手がサキと判ると、浮かべかけた怒りの表情を一瞬で陶酔に変えた。
「あ、ミノリちゃん、ごめんね」
「いいえ、いいんです」
 ミノリは、一歩引くと、両手の指をツンツンし始めた。
「サキ先輩にぶつかられるだなんて、今日はついてますぅ。やっぱり、毎日真面目におつとめしてた甲斐がありましたぁ」
「そ、そう?」
 後頭部に大粒の汗を浮かべていたサキは、はっと我に返った。
「あ、いけない。それじゃ、ミオちゃん、大神官さまによろしく言っておいて!」
 そう言い残して駆け出すサキ。
「ああん、待ってくださぁい、サキせんぱぁい!!」
 ミノリはその後を追って、ばたばたと走っていった。
 2人の後ろ姿を見送って苦笑したミオは、表情を引き締めて向き直った。そして、眼鏡の位置を直しながら、小さな声で言った。
「あなたは、無駄だと思われますか?」
「その通りね」
 いつからそこにいたのか、廊下の柱の影からゆっくりと、濃紺のローブをまとったユイナがその姿を現した。
「それにしても、さすがね。私に気付くとは」
「勘ですよ」
 そう言って振り返るミオ。
「私だけでなく、サキさんにもメモリアルスポットの警告は来ていた。ということは、当然ユイナさんを含めた、他の人にも警告が行っている筈です。そして、ユイナさんなら、きっとここに来るだろうと思ってましたから」
「そして、その前にコウの所在も確かめているだろう、と?」
「はい」
 ミオは微笑すると、片手で自分の部屋を指した。
「ともかく、立ち話も何ですから」
「そうね」
 ユイナは、彼女にしては珍しく素直にうなずいた。
 その頃。
「そんな……、コウくんが!?」
 シオリは思わず立ち上がった。
 ガタン
 椅子が倒れ、控えていた侍女が思わず肩をすくめる。
「ええ」
 机を挟んでシオリの正面にいた少女は、静かにうなずくと、頭につけているティアラを軽く触った。
 長い金髪が、その動きに従って揺れ、きらきらと光を跳ね返す。
「この“ケニヒス”なら、他のメモリアルスポットの場所、そして勇者の場所を知ることが出来ます。ですが、今は、他の11人の場所は判るんですが、勇者の存在が感じられなくなっているんです」
 その少女……、他の11のメモリアルスポットを統べる存在である“ケニヒス”の持ち主、プリンセス・レイ・フォン・ザイバは、冷静な声で告げた。だが、その手は微かに震えていた。
 シオリは手を口に当てた。
「コウくん……」
 かくんとその膝が折れる。
「姫様!」
 その場に崩れるように座りこんだシオリを見て、侍女達が駆け寄ろうとした。
「……大丈夫」
 シオリはそう言うと、机に掴まって立ち上がった。そして、レイに視線を向ける。
「でも、どうして? どうしてコウくんに危機が迫るの? もう魔王は……いないのに……」
「……」
 レイは、一瞬だけシオリを見つめた。いや、むしろ睨んだ、というくらいのきつい視線だった。しかし、その視線にシオリが気付く前に、彼女はその視線を伏せ、口を開いた。
「ええ。魔王、つまり“終末の神”ブルーザーは確かにあのとき倒れました。ですが、“魔”がなくなったわけではありません」
 レイは唇を噛んだ。
「私も迂闊でした。魔王は倒れ、それに次ぐ力を持った十三鬼も私たち“鍵の担い手”が倒しました。しかし、まだ他にも魔物はいた、ということです」
「他にも……いた?」
 シオリは怪訝そうに訊ねた。レイはうなずいた。
「ええ。それは……」
 ミオは、眼鏡の奧の瞳を見開いた。
「それじゃ、魔王や十三鬼の他の魔物の仕業、と?」
「ええ」
 ユイナは肩をすくめた。
「確かに魔王が滅んだおかげで、魔王の影響で活性化していた魔物連中の力は弱まったわ。でも消えたってわけじゃない」
「……!」
 ミオは、ユイナが言いたいことを悟った。
「魔の者すべてが魔王と一蓮托生ではない、ということですね?」
「ええ。十三鬼クラスになると、まぁ一蓮托生って言ってもいいでしょうけどね。だから、あの連中は、魔王が滅んだ以上、二度と復活しない」
「でも、それがどうしてコウさんと結びつくんですか!?」
「……」
 一瞬、ユイナは言葉を切って、ミオを見つめた。
 ミオは青ざめていた。良く見ると、机の上に置いたこぶしが、かすかに震えている。
「……コウの事になると思考能力が低下する、か」
「え?」
「勢力争い」
 そう言うと、ユイナは立ち上がった。窓に近寄ると、そこから王城を見上げる。
「勢力争い……?」
 ユイナの言葉を口の中でくり返してから、ミオははっとした。
「魔物の中で勢力争いが起こっている、と?」
「魔王がいなくなった今、一番手っとり早く自分をアピールするには、その魔王を倒した勇者を倒すこと」
「そんな……」
 ミオは、口に手を当てた。ユイナは肩をすくめた。
「もっとも、そう簡単にコウが殺されることはないわ」
「……え?」
「そのための、“鍵の担い手”でしょう?」
 ユイナはあっさりと告げた。
「“鍵の担い手”とは、私たちのことですか?」
 ミオは、胸にかかっている黄金のロケットに手をおいて、訊き返した。
「そうよ。よほどのおおたわけな魔物でない限り、直接、勇者を殺そうとはしない。少なくとも、私たち“鍵の担い手”がいる限りはね」
「コウくんが、簡単には殺されないって?」
 少し落ちついたシオリは、倒れた椅子を立て直しながら訊ねた。
 それにレイが答える前に、侍女がシオリに声をかけた。
「姫様、お話中申しわけありませんが、メグミ・ソーンバウム・フェルド殿がいらっしゃられたそうです。いかが致しましょうか?」
「メグが?」
 一瞬、シオリはレイを見た。レイはうなずく。
 シオリもうなずくと、侍女に言った。
「ここにお通しして下さい」
「わかりました」
 侍女がうなずいて退室し、しばらくしてから、ドアがおずおずと開いた。
「シ、シオリちゃん……」
「メグ」
 シオリは駆け寄ると、親友を抱擁した。そして、そのまま静かに言う。
「判ってる。コウくんのことでしょ?」
「うん。ムクが教えてくれたの……」
 クゥーン
 メグミの足下で、ムクが鳴いた。キラメキ城に唯一無条件で出入りを許されている犬なのであるが、本人(?)はメグミと一緒にしか来ようとしない。
 シオリは屈み込んでムクの頭を撫でた。そして振り返る。
「レイさん、教えて下さい。コウくんが、簡単には殺されないっていう、そのわけを」
 レイはうなずいた。
「判りました」
 メグミはムクを抱き上げた。
 そのメグミのために椅子を引いてあげながら、シオリはレイの言葉に耳を傾けた。
「魔物全てを統べていた魔王が倒れた今、魔界……これは魔物の世界のことを指しますが、その魔界は混沌としていると思います。ただ、その魔界を統べようというほどの力ある魔物がいたとしたら、少なくとも魔王と勇者、そして勇者を守る“鍵の担い手”のことはよく知っているはずです」
 一旦言葉を切り、レイは目を閉じた。あたかも、魔皇子レイ・イジュウインとして魔王の傍にいた、あの頃のことを思い出しているように。
「レイさん……」
「“鍵の担い手”は強いです。特に、勇者のために戦うときは。魔界を統べようというほどの者ならば、その“鍵の担い手”と正面切って戦うはずがありません。自らが滅びては、魔界を統べるどころではないでしょうから」
「そっかぁ」
 シオリは、メグミの肩に手を置いて、ひとつうなずいた。
「コウくんを殺しちゃったら、それこそみんなに地の果てまで追いかけられちゃうもんね。でも、それじゃどうして……?」
「どうしてコウさんを魔の者が連れ去ったか? ですね」
 レイは、間を置いて、静かに告げた。
「恐らく……、私たちと戦わせるためでしょう」
「……え?」
 シオリは、瞬きした後、聞き返した。
「私たちって……?」
「ええ。私たち、つまり、勇者を殺す最大の障害である“鍵の担い手”と戦わせるために……」
「そ、そんな……」
 今度こそ、ミオは蒼白になった。
 ユイナは、あくまでも静かに言葉を続ける。
「私ならそうするわね」
「で、でも、それって……」
「“鍵の担い手”の力は強大よ」
 そう言うと、ユイナはすっと右手を上げた。その手の中に、どこからともなく、漆黒の立方体が現れると、くるくると回りだす。
「この“ライブラリ”だけで、このキラメキ王国を瞬時に灰にする事も出来るわ」
「……」
 それが真実と知っているミオは、無言でうなずいた。ユイナの手にしているメモリアルスポットのひとつ、“ライブラリ”は、今や失われて久しい古代の超呪文が収められているのだ。
「でも、そんな“鍵の担い手”でも、絶対に勝てない相手がいるわ」
 ユイナはすっと手を下ろす。“ライブラリ”は、何ごともなかったかのように姿を消した。
「……それが、勇者よ」
「……で、でも……」
 弱々しい声で反論しようとするミオ。ユイナは肩をすくめた。
「正確に言うならば、メモリアルスポットは勇者に対しては攻撃できない。そう言えば判るかしら? 確かに私は、自分の野望に敵対するなら、たとえコウでも倒すわ。でも、そのために“ライブラリ”を使うことはできないのよ」
「勇者に対しては……攻撃できない……」
「まぁ、そうなんですか」
 不意に声がして、二人は顔を上げ、ドアの方を見た。
 そこには、ユカリとミラがいた。
「ユカリさん、ミラさん……」
「あら、御挨拶がまだでしたねぇ。これは失礼いたしました。では、改めまして。お久しぶりでございます、ミオさん、ユイナさん」
 ユカリはにっこり微笑むと、深々と頭を下げた。その後ろでミラが、彼女にしては珍しく苦笑している。
「あ、どうも! ……ああっ、貧血が……」
 慌てて立ちあがったミオが、立ちくらみを起こしてフラッと倒れかかる。それを支えて、ユイナも苦笑した。
「やれやれってところかしら」
 一方、シオリのところには、さらに2人の客が増えていた。王宮に向かったサキと、そのサキとちょうど城門でばったり逢ったノゾミの二人が、相談してここにやってきたのだった。
「……そうですか。コウくん、いないんですか……」
 既にコウが行方不明と聞いて、がっくりと肩を落とすサキ。
「それどころじゃ……ないかも」
 シオリは小さく呟いた。ノゾミはそれを聞き逃さなかった。
「シオリ姫、それはどういう?」
「……」
 シオリはレイに視線を向けた。レイはうなずいた。
「彼女達も“鍵の担い手”です。教えるべきでしょう」
「え?」
 二人は、レイとシオリに交互に視線を走らせた。
 シオリは、うつむいて告げた。
「もし……。もしコウくんが敵になったら、どうする?」
「……?」
 二人は、きょとんとした。
「シオリ姫? それってどういう……」
 シオリは答えない。その代わりにレイが告げた。
「コウさんをさらったのは、恐らく魔の者。その目的は、コウさんを私たちと戦わせ、私たちを倒した後でコウさんを殺し、それをもって魔界の頂点に立つことではないかと思われます」
「!!」
「まぁ……。それは大変ですねぇ」
 話を聞いて、ユカリは目を丸くした。もっとも、その口調からはとても大変なようには思えないのだが、いつものことなので3人は別にとがめもしなかった。
 ミラが聞き返す。
「その推論に間違いはないの?」
「……」
 ユイナは、「私をなんだと思ってるの?」と言いたげにミラを睨んだ。慌ててミオが割って入る。
「確かに、今のところは状況から推測するしかありません。でも……」
 と、ノックの音がして、ミノリが顔を出した。
「すいませーん。ミオさんにお客さま……あれ? 誰ですかぁ、そっちの人達は?」
「私にお客さまですか?」
 ミオが立ちあがって訊ねた。ミノリはうなずいた。
「はい。ま、お客さまって言ってもユミちゃんなんですけど。最初はサキ先輩に逢いに来たんですけど、今いないって言ったら、それじゃミオさんに逢わせてくれって」
「判りました。こちらにお通ししてください」
「はーい! ……で、そっちの人達は?」
 ミノリはじろっとミラとユカリを見た。ユカリがにこっと笑って一礼する。
「初めまして。わたくし、ユカリ・コシキと申します」
「ユカリ……コシキ……。ああ〜〜〜っ! も、もしかして“鍵の担い手”の一人で伝説の魔法剣士のサムライさんですかぁ! わぁ、すごぉい!!」
「あ、あの、ミノリさん?」
 ミオが声をかけるが、ミノリは聞こえない様子でたたっと駆け寄ってきた。
「そ、それじゃこちらは、もしかして……、ミラさん!」
「そ、そうだけど……」
「わわーっ、すごいすごい! あ、あの、握手してくれませんか?」
「……」
 思わず額を押さえるミオであった。
「そ、そんな……コウくんが……」
 サキは口に手を当てた。
「でも、証拠はないんだろ? そもそもコウがどうなったのかもわかんないってのに……」
 ノゾミは、腰の剣に手をかけて自分を落ちつかせると、言い返した。
 レイは静かに首を振る。
「私もそう思いたいのですが……。メモリアルスポットが警告を出したのは、みなさんも感じられたと思います」
 その言葉に、サキ、ノゾミ、メグミの3人は顔を見合わせた。シオリだけがきょとんとしている。
「そうなの?」
「はい。そして、コウさんの行方は判らなくなっています。もし、コウさんを連れ去った相手が普通の者ならば、メモリアルスポットは警告しません。なぜなら、メモリアルスポットは魔に対抗するための存在なのですから」
「……うん」
 サキは胸の聖印をぎゅっと握りしめた。
 そんなサキをチラッと見て、シオリは手を上げた。
「ちょっといいかな? 整理しておきたいんだけど、そもそもさっきから言ってる“魔の者”って何なの?」
「……そうですね」
 レイはうなずいた。
「この手の話に一番詳しいのはユイナさんなんですけど……」
「呼んだかしら?」
 不意に声が聞こえたかと思うと、一同が囲んでいたテーブルが真っ二つに裂けた。閃光が走り、視界を白く染める。
 その閃光が収まった後には、ユイナ達がいた。ユイナと、ミオ、そしてユカリ、ミラ、ユミの面々である。
「驚かせてしまってすみません、シオリ姫、レイ姫」
 ミオが頭を下げる。ミラが苦笑した。
「神殿じゃ、落ちついて話も出来なかったからね」
「え?」
 聞き返すサキに、ミオが苦笑混じりに告げた。
「ミノリちゃんに見つかっちゃいまして」
「あ、あはは」
 こちらも苦笑するサキだった。
 結局講師役を受け継いだのはミオであった。
「この世界を後ろから支えているのは、3つの力です。光の力、闇の力、そしてどちらでもない中立の力の3つ。
 光の力は、サキさんが使う白魔術に代表される、いわゆる“神の力”と呼ばれるものです。
 中立の力は、言いかえれば大地の力。大地から生まれてきた私たちも、この力に支配されています。あと、魔術で言えば、ユイナさんの黒魔術の源である魔力(マナ)、そしてメグミさんのお友達の精霊達の力も、この中立の力を元にしています。
 そして、闇の力。闇を闇として構成させている力です。逆にいえば、この闇の力によって支配されている者が、闇の者です」
「闇の力を持っているのが、魔の者なんですか?」
 聞き返すユカリに、ミオはうなずいた。
「そうです。そして、私たちのメモリアルスポットは、その闇の力に反応します。今回に限って言えば、コウさんが闇の力によって危機に陥ったとみて間違いないと思います」
 サキは、一見冷静に言葉を紡ぐミオの手が、微かに震えているのに気づいた。
(ミオちゃん……)
 ミオは、静かに言葉を継いだ。
「現在、魔王が消滅したことによって、闇の力は明らかに減少しています。そんな今、私たちの妨害を受けることなく、コウさんを連れ去った。これはかなりの力を持った魔の者に違いありません」
「……連中の中でもかなり強力な、ってことかい?」
 ノゾミが訊ねた。ミオはうなずいて続ける。
「ええ。ただ、コウさんを殺そうとしても、多分私たちの誰かが妨害する。ですから、その前に私たちを倒す。それが敵の狙いでしょう」
「……」
 沈黙が部屋を満たした。
 それを破ったのは、シオリだった。
「それじゃ、もしかして!」
「ええ」
 ミオは、硬い表情でうなずいた。
「私なら、すぐに、次の手を打っているでしょう」
「次の手?」
 首をかしげるサキに、ミオは告げた。
「“鍵の担い手”の抹殺です」
「ここに来てないヤツからってことか!?」
 ノゾミが声を上げた。
 この場にいない“鍵の担い手”は、アヤコ、ユウコ、ミハルの3人。
「ど、どうしよう?」
 おろおろするサキを尻目に、レイは頭のティアラに手をかけた。
『レイさん……』
 ここにはいない3人の思念を探ろうとした矢先に、レイにはティアラを通してミオの声が聞こえた。ちらっとミオを見ると、彼女はこくりとうなずいた。
 レイもうなずき、言葉に出さずにティアラを通して答えた。
『どうしたんですか?』
『一つ、思いついたことがあるんです。それで、ユウコさんとアヤコさんに、伝えて欲しいんです……』
 ミオは、静かに告げた。
 それを聞いて、レイはいぶかしげにミオに視線を向けたが、すぐに、目を閉じた。
「!!」
 街道を馬に乗って疾走していたユウコは、不意に顔を上げた。
「レイ?」
『はい。今、メモリアルスポットを通して話しかけています。ユウコさんは今どちらに?』
「キラメキの街に向かってるとこ。コウは!?」
『残念ながら……』
「わかった。コウが敵になったかもってことね」
『はい。それから、ミオさんから伝言が……』
「ミオっぺから?」
『はい。それが……』
 伝言を聞き終わると、ユウコは「難しいこと言うじゃん」と呟き、手綱を打った。
「ハッ!!」
 馬は走りつづけた。この馬は、何かのときにとミオからもらっていた紙の馬で、3日しか保たない代わりに、その間なら疲れを知らずに走りつづけるという優れものである。
「リアリィ、ほんとに?」
 歩きながらアヤコは聞き返した。とは言っても、その相手が手に抱えたリュートなので、はたから見ると、彼女がリュートを相手に独り言を言ってるだけにみえる。
『ええ。残念ながら本当です。それから、ミオさんから伝言です……』
 レイの声が、“ファイヤーボンバー”を通して聞こえてきた。アヤコはうなずいた。
「オッケイ、判ったわ。そうね、明日にはキラメキに着くと思うんだけど……」
 そう言いかけて、アヤコは立ち止まった。そして苦笑する。
「もしかしたら、行けないかもしれないわね」
『どういうことですか? まさか!?』
「その、まさかよ」
 そう答えると、アヤコはリュートを構えた。
 彼女の前のほうに、一人の青年が立っていた。今まで誰もいなかったはずなのに。
 黒い鎧を身にまとったその青年の傍らに、少女がいる。
 アヤコは、肩をすくめた。
「察するところ、あれがレイの言う魔の者ってところかしら?」
「“鍵の担い手”の一人、アヤコ・カタギリね」
 その少女が笑みを漏らしながら言った。アヤコは、うなずいた。
「イエス、そうよ。で、ユーは誰?」
「あたしは、ミスズ。そして、これは……」
「あ〜、聞きたくない聞きたくない。その代わり、あたしの歌を聞きなさ〜〜〜いっ!!」
 アヤコは右手を滑らせた。
 ギュイィィィン
 リュートらしからぬハデな音が鳴り響く。
 ミスズは耳を押さえながら叫んだ。
「行け!!」
 ザッ
 地面を蹴ると、駆け寄りながら剣を抜く青年。鋼鉄の刃が、大陽の光を反射してギラリと光った。

《続く》

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