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あかりちゃんとでぇと(後編)
日曜日の朝。
天気も晴れ渡り、この上ない行楽日和になりました。
「浩之ちゃ〜〜〜ん!」
いつにもましてうきうきしたあかりちゃんの声に起こされる浩之くん。
「な、なんだぁ!?」
「朝だよぉ、朝、新しいあさぁ〜」
妙な節を付けて歌いだすあかりちゃん。
浩之くんは慌てて窓を開けました。
「くぉら、あかりぃ!」
「あ、浩之ちゃんだぁ。やっほー!」
めざとくそれを見て手を振るあかりちゃん。
「やっほーじゃねぇだろうが! 第一朝っぱらから大声で叫びまわりやがって、何考えてるんだ、このバカ!」
怒鳴りつけられて、あかりちゃんはしょぼんとしてしまいました。
「……うっ。ご、ごめんなさい」
その場にしゃがみ込んで、地面に指でのの字を書くあかりちゃん。
「やっぱり私、浩之ちゃんには相応しくないんだね。ごめんね浩之ちゃん、私はもう生きていく資格なんてないんだわ、きっと。さよなら私の青い空……」
「わぁっ! 待てよおい!!」
いきなり危険な方向に突き進み始めたあかりちゃんに、浩之くんは慌てました。
「何もそこまで言ってないって! 勝手に突っ走るんじゃねぇ!」
「それじゃ、許してくれるの?」
「ああ、許す許す」
「浩之ちゃん!!」
いきなりあかりちゃんは両手を組んで浩之くんを見上げました。その赤い瞳には、お星様がキラキラしてるようです。
「やっぱり浩之ちゃん大好き!!」
「……と、ともかく玄関に入って待っててくれ」
後頭部に大粒の汗を浮かべながら、とりあえずそう言う浩之くんでした。
30分後、あかりちゃんと浩之くんは、仲良く並んで駅に向かって歩いていました。
「おい、あかり……」
「なぁに、浩之ちゃん?」
先を進んでいたあかりちゃんは、浩之くんに呼ばれて振り返りました。
浩之くんは額を押さえながら言いました。
「頼むから、スキップしながら歩くのはやめてくれ」
「ご、ごめんなさい」
ついつい嬉しくてスキップしていたあかりちゃん、赤くなって俯きました。
「嬉しかったから、つい……」
「ついじゃないだろ、ついじゃ」
そう言ってから慌てる浩之くん。
あかりちゃんは、目に涙を表面張力の限界までためて、ぽつりと呟きました。
「そうだよね。浩之くんは姫川さんや来栖川先輩みたいな大人しい娘が好きなのね。やっぱり、私なんかじゃダメなんだよね」
「だ、だれもそんな事言ってないだろ! 大体なんでここで琴音ちゃんや芹香先輩の名前が出てくる?」
「だって、志保ちゃんが言ってたもん。浩之ちゃん、最近その人達と仲良くしてるって……」
「そ、そんなことないって、絶対に!」
そう言いながら、浩之くんは心の中でわら人形に釘を打ってました。
(志保めぇ〜〜〜!)
「本当?」
あかりちゃんは心細そうに浩之くんを見つめます。
浩之くんは大きくうなずきました。
「うん。天地神明に誓って」
「よかった! やっぱり大好き!」
そう言って、きゅっと浩之くんに抱きつくあかりちゃん。
「お、おい、こんなところで、やめろよ」
とは言いつつ、柔らかな胸の感触にすっかりにやける浩之くんでした。
電車のなかでもちょっと一悶着ありましたが、二人は動物園にやってきました。
「くま! 熊を見に行こうよ!」
「お、おいおい!」
ゲートをくぐるなり、あかりちゃんは浩之くんの手を引っ張って歩きだします。めざすは言うまでもなく、クマ舎。
「わぁ! 見て見て、ヒグマよ、ヒグマ!」
「はいはい」
「わぁ! 見て見て、ツキノワグマよ、ツキノワグマ!」
「はいはい」
「わぁ! 見て見て、アライグマよ、アライグマ!」
「はいはい」
「わぁ! 見て見て、シロクマよ、シロクマ!」
「はいはい」
「わぁ! 見て見て、マルチちゃんよ、マルチちゃん!」
「はいはい……って、なにぃ!?」
あやうく聞き流しかけて、浩之くんはあかりちゃんの指さす方を見ました。
たしかに、目の前のクマの檻の中で、モップを手にして床をゴシゴシこすってるのは、耳飾りと緑のおかっぱが特徴の、しばらく前に学校に来ていたメイドロボのマルチちゃんです。
「マ、マルチ!」
浩之くんが呼びかけると、マルチちゃんはきょろきょろと辺りを見回して、浩之くんに気がつきました。たたっと駆け寄ってくると、檻ごしに笑顔を振りまきます。
「こんにちわ、浩之さん! お久しぶりです!」
「ど、どしたんだよ、こんなところで。お前、研究所に帰ったんじゃ?」
マルチちゃんはうなずきました。
「はい。それから、今度はこちらの動物園でご厄介になってるんです」
「これも運用試験ってやつなのか?」
「はい。ライオンさんとかトラさんとかクマさんの檻のお掃除をやってます」
どうやら、猛獣の檻の掃除をやっているみたいですね。
「なるほど。人間が掃除すると危ないところをやってるんだ」
「そうなんです。飼育係の皆さんにも誉められたんですよ。セリオさんよりも筋がいいって」
そう言われて、なんとなく納得する浩之くん。
「動物相手だもんなぁ。セリオよりマルチのほうが向いてるかもしれないな」
「ありがとうございますぅ。そういえば、今日は一人なんですか?」
「いや、あかりと……」
言いかけて、浩之くんはあかりちゃんがいないのに気づきました。
「あれ? あかりの奴、どこに行ったんだろう? あ、マルチ、それじゃ頑張れよ」
「はい。浩之さんもお元気で」
笑って手を振るマルチちゃんを後にして、浩之くんは動物園の中を走り出しました。
「ったくぅ、あかりの奴、どこに行きやがったんだ?」
猿山の前まで来て、浩之くんははぁはぁと荒い息をつきながら、辺りを見回しました。
その目が、ベンチにポツンと座っているあかりちゃんを見つけます。
「あかり!」
浩之くんは叫んで駆け寄りました。
「……」
あかりちゃんは俯いたまま、浩之くんの方を見ようとしません。
「どうしたんだよ。急にいなくなるから、捜したんだぜ」
「……浩之ちゃんは、マルチちゃんの方がいいのね」
ぽつりと漏らすあかりちゃん。
「は?」
「だって……、せっかく浩之ちゃんと一緒に来てるのに、浩之ちゃんってば、マルチちゃんとばっかりお話ししてる……」
「……」
聞く耳持たなかったのはそっちじゃねぇか、と言いかけて、浩之くんはやめました。そのかわりに、あかりちゃんの隣に座ると、独り言のように呟きました。
「それにしてもいい天気だなぁ」
「……」
「走り回ったおかげで腹減っちまった。お、そういえばちょうどお昼じゃないか」
「……あ、あの」
「なにか食べたいなぁ。あ〜〜〜、食べたい」
そう言いながら、ちらっとあかりちゃんを見る浩之くん。
「あ、あのね、浩之ちゃん、その……、お弁当、食べる?」
そう言いながら、あかりちゃんは、肩から提げていたディバックから、お弁当をいそいそと取りだしました。
「ふぅ、美味かったぜ」
「ありがとう。はい、お茶」
あかりちゃんは、水筒からお茶をついで、浩之くんに渡しました。
「お、サンキュ。気が利くじゃん」
「そんなぁ……」
真っ赤になって照れるあかりちゃんを見て、浩之くんはにっと笑いました。
「ところで、デザートはないの?」
「デザート? あ、ごめんなさい。そこまでは用意してなかったの」
たちまちしょげてしまうあかりちゃん。
「しょうがないなぁ。それじゃ……」
浩之くんはそんなあかりちゃんの肩をポンと叩きました。顔をあげるあかりちゃん。
「え?」
「デザート代わりに……」
「んっ!? ……んん……ん」
どうでもいいですけど、二人とも注目の的ですね。
何はともあれ、それから二人は仲良く象やキリンやライオンを見てまわりました。それから、また電車に揺られて、家に帰ってきたのでした。
浩之くんは、鍵を開けると、ノブを回しました。それから振り返ります。
「あかり、疲れただろ? ちょっと休んでくか?」
「うんうん」
こくこくとうなずくあかりちゃん。
浩之くんはドアを開けて、「ただいま」と言ってから苦笑いします。
「っても、誰も返事するわけでもねぇんだけどな」
(……おかえりなさい)
心の中で呟いて、あかりちゃんはぽっと赤くなりました。
(きゃぁきゃぁ、まるでだんな様の帰りを待ってた奥さんみたい!)
「さて、シャワー浴びるか? それとも……、あれ?」
あかりちゃんが話に乗ってこないのに気づいて浩之くんが振り返ると、あかりちゃんは、まだ三和土に立ったままでぽぉ〜っとしていました。
(浩之ちゃんがドア開けて「ただいま」って言って、私は奧からぱたぱたっって出て来て「お帰りなさい、あなた。ごくろうさま」って言うの。それから「先にお風呂にします? それとも夕御飯?」って聞くの。そしたらそしたら、浩之ちゃんったら、「そうだな、今日はまず、あかりが欲しい」なんて言うの。それからそれから…………きゃぁきゃぁ!!)
「あかりぃっ!!」
「わきゃぁっ!!」
いきなり耳元で大声を上げられて、思わず飛び上がるあかりちゃん。
「ひ、浩之ちゃん?」
「ったく。ぼぉーっとしやがって」
半分笑いながら言うと、浩之くんはあかりちゃんの頭にポンと手を乗せました。
「汗かいただろ? シャワー浴びて来いよ」
「う、うん。そうだね。あ、でも浩之ちゃんの方が先に入ったら?」
「いやいや、レディファーストだよ」
そう言って笑う浩之くん。でも、なにか企んでる笑顔ですね。
「うん。それじゃ、先に使わせてもらうね」
それに気づかなかったのか、あかりちゃんはこくんとうなずいて、バスルームに入っていったのでした。
「さぁて、と」
おや? 浩之くん、いそいそとバスルームに入っていきますね。何をするつもりなんでしょう? それに、まだあかりちゃんが……。
(空白の37分25秒)
「あー、いい風呂だったなぁ〜〜」
「…………」
冷たいウーロン茶のグラスを片手にしてソファに座りながら、浩之くんはあかりちゃんに話しかけました。
おやおや、あかりちゃんは真っ赤になっていますね。何があったんでしょう?
「あ、もうこんな時間だ。あかり、そろそろ帰らないとやばいんじゃないか?」
「え? あ、うん」
時計を見上げて、あかりちゃんは淋しそうにうなずきました。そして立ち上がります。
「それじゃ、今日は帰るね」
「あ、送っていこうか?」
「ううん、いいよ」
あかりちゃんは首を振りました。そしてにこっと笑います。
「浩之ちゃん、今日は楽しかったね」
「おう。また、行こうな」
「うん。きゃ……」
不意に浩之くんがあかりちゃんの手をひっぱりました。バランスを崩して、あかりちゃんは浩之くんの腕の中に倒れ込みます。
そのまま浩之くんはあかりちゃんを抱きしめました。
「ひ、浩之ちゃん?」
「……愛してる」
浩之くんは、そっと囁きました。
あかりちゃんは、微笑みました。
「……私も」
翌朝。
「はぁはぁ、浩之ちゃん、ちょ、ちょっと待ってよぉ」
「そんなんじゃ遅刻しちまうぜ。ほらほら」
浩之くんは、そう言いながらも、その場で足踏みしてあかりちゃんを待っています。
爽やかな風が、二人の頬をなでて、通り過ぎて行きました。
今日も、いい天気のようですね。
めでたしめでたし
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