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「なんやて!?」
《続く》
いきなりキャビンから、委員長の怒声が響きわたった。
並んで星空を見上げていたオレとあかりは、思わず飛び上がった。顔を見合わせる。
「なにかあったのか?」
「行ってみよ、浩之ちゃん」
「ああ」
オレは立ちあがると、ジーパンについた砂を叩き落とした。それから駆け出す。
「あ、待ってよ、浩之ちゃん!」
オレ達がキャビンに飛び込むと、委員長はセリオが分解してしまった無線機を前にして、深刻な表情で腕を組んでいた。
既に砂浜で練習をしていた綾香と葵ちゃん、そして琴音ちゃんと芹香先輩も来ている。
「どうしたんだ、委員長?」
「……セリオ、もういっぺん説明したり」
「わかりました」
頷くと、セリオはオレ達のほうに向き直った。
「無線機に異常は認められませんでした」
「……は?」
委員長は腕を組んで、壁にもたれかかった。
「よう考えてみるとおかしいんや。そもそも、船に積んどる無線機が水被ったくらいで壊れるわけがないんや」
「……それもそっか。ちゃんと防水くらいしてるものね」
綾香が頷く。
「スイッチ入れて呼び出しても応答も何も無かったんで、壊れたんだって思い込んだんだけど……」
「あのときはみんな大慌てでしたから」
葵ちゃんが苦笑気味に言った。確かに、オレも飛び降りて船を押そうとしてたくらいだから、他人の事は言えないんだが……。
そのとき、不意に委員長がもたれていた壁から身を起こした。
「もしかして……」
「どうした?」
オレの質問には答えず、委員長はセリオに訊ねた。
「セリオはん。この船の自動航行装置のプログラムのウィルスチェックはやれるんか?」
「完璧に行うためには、専用ソフトのダウンロードが必要です。現状のままでは、60%の精度しか見込めません」
即座に答えるセリオ。
「ウィルスチェック?」
「そや。もしかしたら、もしかするかもしれへんでな。セリオはん、とりあえずそれでええからチェックしてな」
セリオは綾香の方に視線を向けた。綾香はうなずく。
「セリオ。保科さんの言う通りにしなさい」
「了解。プログラムのウィルスチェックを実行します」
答えるセリオを横目にして、綾香は委員長に視線を向けた。
「この事故が、あたしのせいじゃなくて、誰かに仕組まれてたっていうことね」
「まだ、そうとは言いきれへんけどな。でも、ありそうなこっちゃ」
「目的は?」
「あんまり愉快な想像やないけどな。まぁ、お2人さん絡みで色々考えられるわな」
「やっぱり美人姉妹って狙われちゃうのねぇ」
にぃっと笑って髪を掻き上げる綾香。
確かに綾香と芹香先輩は、来栖川財閥の会長の孫。跡目を狙っての謀略とか、ライバル会社による誘拐とか、色々ありそうだ。
とすると……。
「委員長、もし狙いがこの2人だったとすれば……」
「そや。もし仕組まれたことやとすれば、相手はうちらを無人島に放り出しただけで済ますはずない。第2ステージがあるはずや」
委員長は硬い表情で頷いた。
そのとき、セリオが告げた。
「チェックが終了しました。自動航行装置のプログラムに対して侵入した形跡が認められます。プログラムの変更が認められます。変更内容の詳細は不明です。変更者のアクセス日時の特定は不能です」
「やっぱり、私のせいじゃ無かったってことね」
えへんと胸を張る綾香。オレは呆れて呟いた。
「そうじゃないだろう?」
それを無視して、綾香は委員長に尋ねる。
「で、結局セリオのサテライトシステムはどうなったの?」
「あかんやった」
肩をすくめる委員長。
「やっぱ、そう簡単に直るもんやあらへんなぁ」
「そっか。うーん」
考え込む綾香。
と、不意に葵ちゃんが顔を上げた。
「!」
「どうした、葵ちゃん?」
「え? あ、はい。なにか音が聞こえたような……」
「へりの音ね」
綾香が頷くと、キャビンの窓から外を見た。
向こうの方から、点滅する赤い光がだんだん近づいてくるのが見えた。
「助けにきたのかな、浩之ちゃん?」
「……おまえ、今までの話聞いてたか?」
「……違う、みたいね」
あきらめたように呟くあかり。
「どうする? ジャングルに逃げるか?」
「そうね。今のうちに逃げて様子を見ましょうか」
綾香は立ちあがった。
だんだん近づいてくるヘリ。オレ達は砂浜を横切り、ジャングルに向かって走っていった。
と、オレは立ち止まった。
「……いけね」
「浩之ちゃん?」
立ち止まるあかりに、オレは言った。
「ちょっと忘れ物した。あかり、おまえはみんなと逃げてろ。オレも後から行く」
「で、でも……」
「いいから、早く!」
「うん。絶対来て」
そう言って、あかりは駆け出した。
オレはクルーザーに駆け戻った。キャビンに飛び込むと、クローゼットを開いた。
そこには、マルチが眠っていた。
「すまねぇ。忘れて行くところだったぜ」
オレはそう言うと、マルチをかつぎ上げた。ついでに、クローゼットの中にある予備バッテリーをいくつか掴んでポケットに入れる。
そのままオレはキャビンを飛び出した。
パタパタパタパタ
ヘリがクルーザーの上空からサーチライトで辺りを照らしているのを、オレ達はジャングルの中から息を殺して見守っていた。
やがて、ヘリから数人が飛び降りて、クルーザーに入って行く。と、すぐに出てくる。
「気づかれたみたいだな」
「そうね」
オレ達……オレと綾香、葵ちゃんの3人は、頷きあった。
他の連中はもっと奧に逃げている。身軽なオレ達3人が偵察がてら、ここに残っているわけだ。
「ど、ど、ど、どうしましょう?」
葵ちゃんは、オレにすがるようにして訊ねた。かたかたと震えているようだ。
オレは葵ちゃんの手をぎゅっと握った。
「大丈夫。葵ちゃんは強いんだから」
「先輩……。はい」
葵ちゃんは頷いた。心なしか、震えも納まってきたようだ。
と、綾香が小さく叫んだ。
「浩之、葵!」
「!!」
俺達が視線を戻すと、へりが移動を始めている。
「どうやら、私達を捜し始めたみたいよ」
一瞬、サーチライトが俺達を照らした。
「見つかった?」
「まだよ。でもここはもう危険ね」
すぐにサーチライトの光はそれた。どうやらジャングルを照らして見ただけのようだ。
「行くわよ、葵、浩之」
「わかりました」
「お、おう」
俺達は後ろ向きに茂みを抜けた。
シューッ
「ひゃぁ」
「これで、よし」
オレは虫除けスプレーをあかりの足に吹きかけると、立ちあがった。
「うん、ありがとう」
「んで、今日はここで野宿するのか?」
「そうね」
綾香は頷いた。
俺達はジャングルをかき分けて、川のほとりに来ていた。昼間に水を汲みに来たところだ。
「しかし、逃げまわるしかないってのは、性に合わないんだがなぁ」
「それじゃ、一人で全員倒してヘリを奪ってきて来る?」
綾香にそう言われて黙るオレ。情けないが、一介の高校生だしなぁ。
「でも、このままじゃ……」
葵ちゃんが川面をながめながら呟いた。
「そやな。このまま一生逃げまわるっちゅうわけにもいかんやろ」
委員長はそう言うと、木の根元に座りこんだ。
「うん……」
「……」
今まで黙っていた芹香先輩が、不意にぽそっと言った。
綾香が、思わず聞き返す。
「姉さん、本気?」
こくんとうなずく先輩。
オレは訊ねた。
「なんだって、綾香?」
「あ、浩之も姉さんを止めてよ。今から海岸に出るって言うのよ」
「海岸? だって、海岸には奴らがいるんじゃ……」
オレがそう言うと、先輩は首を振った。
「……」
「幽霊の人を恋人に逢わせないといけないからって、何も今じゃなくても……」
「……」
う。
先輩は、黒い瞳でじぃっとオレを見つめた。
「いや、ダメだ。先輩の身があぶねぇ」
「……」
先輩は悲しそうに俯いた。でも、ダメなものはダメだよな。うん。
「……ちゃん、浩之ちゃん」
身体を揺すられて、オレは目を覚ました。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
「ん? あかり……か?」
「来栖川先輩が」
あかりの言葉に、オレの意識は一瞬で覚醒した。
「先輩がどうかしたのか?」
「いないの。セリオさんも」
「……まいったなぁ」
先輩、海岸に行ったのか。セリオを連れて……。
まずいぞ、猛烈にまずい。かと言って、のこのこと追い掛けて行っても……。
「あかり、とにかく他のみんなも起こそう」
「うん」
あかりは頷いた。
「まいったわね」
話を聞いて、綾香は欠伸をひとつしてから呟いた。
「どうする?」
「放っておけないでしょ? でも、セリオまで連れて行かれちゃったとなると……。後を追い掛けるのは難しいわね。セリオがいれば、センサーを使って追い掛けることも出来たんだけど……」
「それを知ってて、先輩はセリオを連れて行った?」
「たぶんね。ああ見えて、姉さん以外と気が回るからねぇ」
「気が回るんなら、何も今行くことないだろうに……」
オレは頭を抱えた。それから顔を上げる。
「追い掛ける方法はないのか?」
「可能性は低いけど、ひとつあるわ」
綾香は言った。
RAM CHECK ... 2024TB OK
Booting Now...
Kurusugawa Homemaid System Version 9.07
Ok
[multi]startup
Multi AI System Booting...OK
Memory reading process start
Memory reading process success
パチッとマルチが目を開ける。そして、2、3度目をしばたたいてから、オレに気づいて笑顔になった。
「あ、浩之さん。おはようございます」
「お、マルチ。目が覚めたか? 調子はどうだ?」
「はい、……大丈夫です。どこにも異常はありません」
一瞬置いて(その間にチェックしてたんだろう)マルチは元気良く答えた。オレは頷いて頭をなでてやった。
「よしよし」
「あ……。浩之さん……」
ぽっと赤くなるマルチ。オレはそのマルチに声をかけた。
「早速だがマルチ」
「はい! きっとお役に立ちますっ!」
ぎゅっと拳を握って立ちあがると、マルチはきょろきょろと辺りを見回した。
「ところで、ここはどこなんですか? あ、皆さんもご一緒なんですね」
「……やっぱり、可能性低そうやな」
「私もそう思う」
綾香と委員長が顔を見合わせてため息をついた。
「というわけで、セリオと芹香先輩の後を追い掛けるんだ。できそうか?」
「はいっ!」
元気良くマルチは答えると、きょろきょろと辺りを見まわした。そして泣きそうな顔でオレに言う。
「すみませ〜ん。暗くて良く見えないんですぅ」
「……」
綾香があきらめたようにため息をついた。
「しょうがないな。使いたくなかったんだけど」
「?」
振りかえるオレを無視して、綾香は言った。
「マルチ」
「はいっ」
元気良く答えるマルチ。綾香はつかつかっと近づくと、その左の耳カバーを外した。
「はわわっ! 綾香さん、それは外すと怒られますぅ」
慌てて耳カバーを取り返そうとするマルチの頭を掴んで止めると、綾香は告げた。
「マルチ、セキュリティ解除。システム解放」
「……声紋確認、来栖川綾香。システムレベルS。セキュリティレベル確認。システムを解放します」
「マ、マルチ?」
オレの声に構わずに、綾香はマルチに尋ねた。
「姉さんとセリオを追い掛けて」
「了解」
マルチはそのまますたすたと歩きだした。
「それじゃ、行くわよ、みんな!」
そう言うと歩きだす綾香。オレは慌てて綾香を追いかけると、たずねた。
「おい、綾香、マルチに何をしたんだ?」
「システム解放したのよ」
「なんじゃそりゃ?」
「試作型メイドロボのマルチの体は、普通のメイドロボの何倍もの高性能の部品が使われている。でも、その性能限界まで機能を使う事なんて無いから、普段はリミッターがかかってるの。そのリミッターを解除したってわけ」
そう言うと、綾香はマルチの背中に目を向けた。
「ただし、性能限界まで体を使うと、マルチの教育型コンピュータシステムじゃ情報処理が追い付かなくなるから、その間は旧式だけど処理の早い、昔からの処理システムを使わざるを得ない。つまりマルチの心は今は眠って、体だけが活動してる状態よ」
「催眠術かけて、限界まで力を出させるっちゅうあれと、おなじこっちゃな?」
委員長が訊ねた。綾香は頷く。
「まぁ、そんなもんね」
藪をかき分けて、マルチは告げた。
「目標を確認しました」
「!」
俺達は息を飲んだ。
そこから見える海岸に、先輩とセリオがいた。ついでによけいな連中も。
先輩達は、数人の男達に取り囲まれていた。
「あっちゃぁ、遅かったかぁ」
綾香が小さな声で呟くと、マルチに言った。
「システム解放終了」
「了解。通常モードに移行します」
そう言って、かくんとうなだれるマルチ。と、また顔を上げてキョロキョロする。
「あ、あれ? 私どうしてたんでしょう?」
「しっ」
オレが静かにという身振りをすると、マルチは慌てて自分の口を塞いだ。
「さて、どうする?」
「……」
綾香は黙って先輩達を見つめていた。その額に一筋の汗が流れた。