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それはそよ風のごとく 第10話
反撃

「……仕方ない、か」
 不意に綾香はつぶやいた。そして、オレ達に視線を向ける。
「あの連中の狙いは、あたしと姉さんよ。だから、あたしが行けば、あいつらは引き上げると思う」
「ダメです!」
 慌てて葵ちゃんが綾香の腕にすがりつく。
「そんな、自分だけ犠牲にしようなんて!」
「でも、他に方法はないわ」
 そう言うと、綾香はオレに視線を向けた。そして微笑んだ。
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「綾香……」
「迷惑ついでに、もう一つ頼まれて。……葵を、頼むわ」
 そう言いながら、綾香は自分の腕から葵ちゃんの手を引き離した。
「葵」
「綾香さん……」
「あなたはもっと強くなる。いいわね? もっと強くなって」
「……はい」
 葵ちゃんは頷いた。そして拳で涙をぬぐうと、きっぱり言った。
「私、綾香さんよりも強くなります」
 綾香はふっと微笑んだ。それから、砂を蹴って駆け出した。大きく回って、オレ達から離れて行く。
 ……これでいいのか? これしかねぇのかよ……。
 オレは拳を握りしめて、心の中で呟いていた。
 その拳がやわらかなものに包まれる。オレはそちらに視線を向けた。
 あかりがいた。
 あかりは、微笑みながら、オレを見つめていた。そして、静かに囁いた。
「浩之ちゃん。いいよ、思う通りにして」
「……あかり」
 オレは頷いた。それから、振り返る。
「葵ちゃん」
「わかってます。綾香さんを失うわけにはいきません」
 葵ちゃんはきっぱり言った。その瞳には微塵の迷いもない。
「琴音ちゃん」
「私の力って、こういうときのためにあるんです。それを教えてくれたのは、浩之さんです」
 琴音ちゃんは微笑んだ。
「委員長」
「しゃぁないな。毒を食らわば皿まで、や。付き合うで」
 にぃっと笑う委員長。
「マルチ」
「はい! きっとお役に立ちます!」
 マルチはぎゅっと手を握って言った。
「……あかり」
「ずっと、一緒だよ」
「よし、行くぞ」
 俺達は、茂みの中を移動し始めた。

「おい、何とか言ったらどうなんだ?」
「……」
 男達に囲まれても、芹香先輩はいつもの通りだった。哀しそうな目で、頭に銃弾を撃ち込まれて、その場に倒れているセリオを見つめている。
 リーダー格の男が、声を荒立てる。
「お前の仲間はどこだ、って聞いてるんだよ。聞こえねぇのか?」
「……」
 先輩は、男達を無視して、海の方に視線を向けた。
 男の一人が、その顔を掴んで、無理矢理自分達の方に向ける。
「てめぇ、いい度胸してるじゃねぇか!」
「その手を離しなさいっ!」
 凛とひびく声。彼等は一斉に声の方を見た。
 そこには、腕組みをした綾香がいた。
「……」
「姉さんったら、ホントに無茶するんだから」
 肩をすくめて、綾香は歩み寄った。
 男が訊ねる。
「他の連中はどうした?」
「必要ないでしょ? あんた達の狙いは、あたしと姉さんだけのはずよ」
 ピシリと言う綾香。男はうなずいた。
「確かにな。よし、それじゃ行くぞ!」
「……」
 芹香先輩は、まだ海を見つめたまま、ぽそっと告げた。それを聞いて、綾香が男達に向かって言う。
「ちょっと待ってよ」
「何を時間稼ぎしようとしてる?」
「あのね。こんな所で時間稼いでなんの意味があるってのよ。姉さんが何かしたいことがあるって言ってるのよ。どうせあたし達、これじゃ逃げられないんだし、別にいいでしょ?」
 一気にまくし立てる綾香。男達は顔を見合わせた。

 その間に、俺達は砂浜を這うように進んでいた。
 めざすは、砂浜に着地しているヘリコプター。
「……ヘリの様子は見えるか、マルチ?」
「ちょっと待ってくださぁい……。えっとぉ……」
 マルチが立ち上がってヘリコプターを見ようとするので、俺は慌ててその頭を押さえつけた。
「悪い。やっぱりいい」
「は、はぁ……」
「葵ちゃん、見える?」
 俺は葵ちゃんの方に訊ねた。葵ちゃんはヘリコプターの方を伺いながら、言った。
「ヘリコプターの脇に、2人です。……いえ、ちょっと待って下さい。ヘリコプターの中にもう一人いるみたいです」
「パイロットかな。ヘリのドアはどうなってる?」
「閉まってるみたいです」
「うーん。それじゃ不意を突くわけにもいかないしなぁ……」
「どないすんの?」
 委員長が訊ねた。
 俺が答えようとしたとき、不意に砂浜の方で騒ぎが起こった。
「何だ?」
 俺達が視線を向けるよりも早く、ヘリの脇にいた2人がそっちに向かって駆け出す。これで、ヘリにはパイロットしか残っていない。
「ひ、浩之ちゃん。あ、あれってもしかして……」
「見るなあかり」
「せ、先輩っ!」
「な、なんやあれ?」
 結局、みんなそっちを見て、呆然自失としてる。
 砂浜の方で、白いものがいくつもフワフワと飛び回ってるのだ。いわゆる、人魂ってやつだ。
 芹香先輩、どうやらオカルト研の部員を召喚したらしい。

「な、なんだこいつは!?」
「わ、わぁっ!」
 砂浜はパニックになっていた。
 男達のまわりをふわふわと人魂が舞い、かと思えば、突然目の前に怖ろしげな顔のようなものが現れる。どこからともなく悲鳴のような声まで聞こえてくるという念の入りようだ。
「こ、こいつ!!」
 一人が、腰から拳銃を抜いて撃った。それを引き金に、男達は一斉に目の前に向かって撃ち始める。
「見境無いわね、こいつら」
 とっさに芹香先輩を押し倒しながら、綾香は呟いた。その目の前を銃弾がかすめたが、特に気にした風もないのはさすがというかなんというか。
「とにかく、姉さん、どさくさまぎれに逃げ……。え? 何言ってるのよ、こんな時に!」
 芹香先輩は、静かに言った。
「……」
 静かすぎて聞こえない。もっとも、さすが妹だけあって、綾香にはわかったらしい。ブンブンと首を振る。
「冗談じゃないわよ。今は逃げるの!」
 ふるふると、こちらは小さく首を振る芹香先輩。
「……」
「だから、そのなんとかっていう幽霊は後にして、今は逃げるのよっ!」
 怒鳴ると、綾香は横たわっているセリオに向かって叫んだ。
「セリオ、セキュリティ解除、システム解放!!」
 今まで、銃痕から薄く煙をたなびかせて、まさしく人形のように横になっていたセリオが、不意に起動した。
「……声紋確認、来栖川綾香。システムレベルS。セキュリティレベル確認。システムを解放します」
 次の瞬間、運悪くセリオの側に立っていた男が、ギャッと悲鳴を上げて倒れる。セリオが横たわったままの姿勢で、その男の臑をなぎ払ったのだ。
 綾香は命じた。
「セリオ、そいつらの相手をお願い! さぁ、姉さん!!」
 セリオは無言でうなずくと、男達に向かって歩き出した。男達はそれに気付いて、銃をセリオに向けて撃つ。
 パン、パンパンッ
 数発の銃弾を受けてよろめくが、すぐに姿勢を戻して男達に近づいていくセリオ。
 ただでさえ、オカルト研部員の襲撃を受けて切れかけていた男達、あっさりと再びパニックに陥って逃げ出し始めた。

 そこまで詳しい様子は、俺達には判らなかったが、なにかパニックが起こってるのは見てとれた。
「とにかく、今のうちがチャンスだな!」
 俺は振り返った。
「琴音ちゃん。ヘリのドアを開けられる?」
「やってみます」
 琴音ちゃんはコクンとうなずくと、真剣な目つきでヘリコプターをじっと見つめた。
 その額を、つぅっと汗が流れ落ちる。
「……っ」
 不意に脱力したように大きく息をつく琴音ちゃん。
「琴音ちゃん?」
「すみません、もう一度やります」
 そう言って、再び集中しようとする琴音ちゃん。
 超能力って、すごいパワーが必要なんだ。一度使えば、30分は睡眠をとらないといけないくらい。それなのに……。
 俺は、琴音ちゃんに近寄ると、その手をきゅっと握った。
「ふ、藤田さん……」
 ぽっと赤くなる琴音ちゃん。
「……琴音ちゃん、無理はしなくていいぜ」
「で、でも……」
「それじゃ、俺が突っ込んで囮になるから、あいつがドアを開けたら葵ちゃん、頼む」
「そんな! 囮なんて危険です、先輩!」
 慌てて叫ぶ葵ちゃん。
 と。
 きゅっ
 俺の手が握り返された。俺は振り返った。
「琴音ちゃん?」
「私、やります」
 そう言うと、琴音ちゃんは少しはにかんで言葉を続けた。
「あの、手を握っていてくれますか? そうした方が、集中できるような気がするんです」
「ああ、いいとも」
 俺はうなずくと、さらに強く、琴音ちゃんの手を握った。
 琴音ちゃんは微笑むと、ヘリコプターに視線を向けた。
 不意に、バクンとヘリのドアが開いた。同時に、
「行きます!」
 葵ちゃんが、小さくそう叫ぶと、砂を蹴立ててヘリに向かって突っ込んでいった。
「……」
 琴音ちゃんは、満足そうに微笑んで、意識を失った。俺はその琴音ちゃんをあかりと委員長に預けて、葵ちゃんの後を追った。

 俺がヘリに辿り着いてみると、既にヘリのパイロットは気絶していた。どうやら、シートベルトを外す間もなく、葵ちゃんの電光のような突きを鳩尾にくらったらしい。
「お、やったな、葵ちゃん」
「はい、やりました!」
 にこっと笑ってうなずく葵ちゃんの頭を撫でると、俺は小さな声で叫んだ。
「よし、みんな来い!」
 琴音ちゃんを背負った委員長、あかり、そしてマルチが小走りにこっちに来る。
 俺は、パイロットの身体に絡みついているシートベルトを外して、その男を砂浜に放り出した。そして声を掛ける。
「みんな、早く乗れよ!」
「これで、この島を脱出するん?」
 先頭を切って乗り込んできた委員長が、背負っていた琴音ちゃんを後ろのシートに寝かせながら訊ねた。俺は肩をすくめた。
「冗談。誰がヘリの操縦なんてできるんだよ」
「なら、どないするんや、これから?」
「このヘリがないと、あいつらだってこの島から出られないんだ。そこを……」
 俺が言いかけたとき、不意にあかりが悲鳴を上げた。
「浩之ちゃん!!」
「何だ、あかり!?」
 振り返って俺は慌てた。男達がヘリに向かって走ってくるのだ。
「マルチ、早く乗れ!」
「はわわぁっ」
「マルチちゃん、こっち!!」
 慌てて乗り込もうとするマルチをあかりが引っぱり上げる。委員長がタイミング良くドアを閉めた。
 俺はとりあえずほっと一息ついて、外の様子を見た。
 どうやら、俺達に気付いてこっちに来るわけじゃないようだ。何かに追いかけられて……、あれは!
「セリオさんです!」
 マルチが歓声をあげた。しかし……。
 時々男達が振り返っては拳銃を撃っている。何発もセリオに命中してるのだが、セリオは倒れない。昔、ターミネーターって映画を見たけど、あのときのロボットもあんな感じだったよなぁ。
「セリオさん……」
 マルチも、セリオが撃たれているのに気付いたようだ。涙ぐんでいる。
 俺はそんなマルチの頭を撫でてやると、操縦席に座った。遅かれ早かれ、あいつらはここに来て、俺達がヘリを奪ったって知るだろう。こうなったら、やるしかない!
「ちょ、ちょっと藤田くん、何すんのや!?」
 俺の様子に気付いた委員長が慌てて叫ぶ。
 俺が適当にスイッチを押したり引いたりし始めたからだ。
 いくつか目のスイッチで、エンジンがかかったらしい。機体が唸りを上げ始めた。
 さすがに、外の男達もそれには気付いた。こっちを指さして何か叫んでいる。
「……!!」
 後ろの席から、あかりが何か言ったのだが、轟音で何も聞こえなかった。
 俺は、ゲーセンでヘリのシミュレータに乗った時のことを思い出していた。あの時は確か……、これがスロットルだよな? よし。
 右のレバーを少しだけ押すと、轟音が高まる。よし、行けぇ!
 不意に、ふわりとした浮遊感。浮いた?
 と、そのまま斜めに傾ぐ。
「……!!」
「……!」
 後ろから悲鳴のようなものが聞こえたような気がした。そして轟音、衝撃、暗転……。

《続く》

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