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お料理対決! その6


 承前

「すっかり遅くなっちゃったな」
 薄暗くなった道を息せききって詩織は走っていた。
 奈津江と勝馬がようやく詩織に気づいて口げんかをやめてくれたので、やっと彼女は奈津江の家から出ることが出来たのだった。
「……うふ。でも、本当に仲がいいのね、二人って。ちょっぴり妬けちゃうな」
 詩織はくすっと笑った。それから、速度を弛めて歩き出す。
「昔は私と公くんもあんな風によく喧嘩してたのにな……。いつからかな、何となく距離を置くようになっちゃったのは……」
 寂しそうに呟く詩織。
 その詩織の肩がポンと叩かれた。
「藤崎さん」
「え? あ、虹野さん。どうしたの?」
「うん。ちょっとね」
 そこには沙希がにこにこしながら立っていた。
「もう薄暗いでしょ? 一人で帰るのってなんとなく、ね。だから、一緒に帰らない?」
「そうね。いいわよ、家も同じ方向だし、一緒に帰りましょう」
 詩織は微笑んで頷いた。
 二人は雑談をしながら歩いていた。
「それじゃ、藤崎さんは優美ちゃんのお手伝いしてたんだ」
「ええ。可愛い後輩だしね。虹野さんは朝日奈さんのお手伝いなんでしょう?
「うん。なんとなく、頼まれると放っておけないって言うか……ね」
 沙希は照れたように笑った。
 詩織は、西の空に輝く宵の明星を見つめながら言った。
「なんだか、どっちも負けて欲しくないなぁ……」
「そうよね。二人とも、すごく頑張ったんだもんね……」
 それから、しばらく二人は黙って並んで歩いた。
 不意に、詩織が立ち止まる。
「そうだ! 虹野さん、ちょっといいかな?」
「え? なぁに?」
 立ち止まった沙希に、詩織は耳打ちした。
「……っていうのは、どうかな?」
 沙希は、びっくりしたように詩織を見た。
「でも、それじゃ……」
「大丈夫よ。公くんなら、私が保証するわ」
 詩織は悪戯っぽく笑った。

 そして、ついに決戦の時来る!

 月曜日の昼休み。
 何となく寝不足気味の顔で、しかし目だけは爛々と輝かせた二人は、主人公の教室の前で落ち合った。
「いよいよね、優美ちゃん」
「負けませんよ、朝日奈先輩!」
「あたしだって、負けないもん!!」
 既に賭けのことは知れ渡っていると見え、近くの教室から生徒たちが窓に鈴なりになって、廊下でにらみ合う二人を息を詰めて見守っていた。
 やがて、緊張が頂点に達したとき、二人は同時に動いた。教室のドアを二人して開ける。
「公くん!」
「主人先輩!!」
 同時に叫ぶ二人の前に、しかし目指す少年の姿はなかった。
 詩織が二人の前に駆け寄ってくる。
「二人とも、ごめんねぇ」
「なんれすか、藤崎先輩?」
「どしたん?」
 聞き返す二人に、詩織は静かに答えた。
「公くんね、お腹痛いって保健室に行っちゃったの」

 ……天使の集団が通り過ぎた。

 一転しょげ返った二人の肩を、後ろから沙希が叩いた。
「ねぇ、二人とも。今日は天気がいいから、外でお弁当食べない?」
「そうね。二人とも、せっかくお弁当作ってきたんだし、ね」
 詩織も頷いた。
 仕方なく頷く二人。
「決まりね。それじゃ、屋上に行きましょうか?」
 詩織はそう言うと、先に立って歩き出した。
 屋上に着くと、詩織は二人に言った。
「ねぇ、二人ともお弁当作ったんだし、二人で交換して食べたらいいんじゃない?」
「優美はいいれすよ」
「あたしもかまわないけど」
「それじゃ、そうしましょう」
 詩織はにこっと笑った。

 優美は夕子に自分の弁当箱を渡して、夕子のを受け取った。
 夕子はにっと笑った。
「心して食べるんだぞ。あたしのお手製なんだから」
「朝日奈先輩こそちゃんと食べてくださいね。優美の愛情弁当なんだから」
 二人はくすっと笑い、そして同時に弁当の蓋を開けた。
「うわぁ……」
「や、やるわね、優美っぺも」
 二人は思わず感嘆の声をあげた。
 脇から沙希が促す。
「味の方は、どうかしら?」
 そう言いながらも、沙希は心の中で少なからずショックを受けていたのだった。
(綺麗な盛りつけ……。ひなちゃんも優美ちゃんもすごいんだぁ……)
「そーね。やっぱ問題は味よねぇ」
 そう言いながら、夕子は空揚げをつまんだ。ぱくりと口に入れる。
「ん。これいけるじゃん。ケン○ッキーよりおいしーと思うよ」
「えへへ」
 照れたように笑うと、優美はハンバーグをぱくりと食べた。
「美味しいれす、このハンバーグ。もしかして、朝日奈先輩の手作りれすか?」
「モチ! なかなかのもんっしょぉ?」
 なごやかに食べながら話す二人を見て、詩織と沙希は目配せしあって微笑んだ。

 さて、その頃……。
「おい、好雄。どうして保健室で弁当喰わなけりゃならないんだ?」
「気にするな。虹野さんと藤崎さんの弁当が食えるんだから、場所が何処であろうと問題ない」
 そう言いながら、好雄はハートマーク付きの弁当箱を開けた。
「これは噂の虹弁だな! よーし、チェックだチェックだ!」
「こら、それは俺のだ!」
 弁当箱を奪おうとする公をあしらいながら、好雄は苦笑した。
(それにしても、藤崎さんも虹野さんも気を回すんだなぁ。それとも……?)
「取ったぁ!」
「あ!」
「もうやらんぞ! いっただきまぁす!!」
 彼は弁当をむさぼり喰う公の横顔に視線を向けた。
(まさか、優美や朝日奈の弁当にこいつがふらふらっとなるのを恐れて……。まさかなぁ?)
 彼は苦笑すると、もう一つの弁当箱に手を伸ばした。
「じゃあ、虹野さんのはお前にやるから、藤崎さんのは俺がもらって良いな?」
「ああ。それはやる」
「うっしゃぁ! さぁーて、何が出るかな、何が出るかな……」
 彼は蓋を開けると、一礼した。
「頂きま〜す! ぱく……」
 そのまま硬直した好雄に、食後のお茶を飲みながら、公は訊ねた。
「今日はなんだ? 塩と砂糖を間違えたか? それともみりんの入れ過ぎか?」

「くしゅん」
 不意に詩織はくしゃみをした。沙希が視線を向ける。
「どうしたの? 風邪?」
「うん……そうかも」
 そう答えながら、詩織は仲良く雑談している夕子と優美に視線を向けて、微笑んだ。
「いつまでも、仲良く出来ればいいのにね……」
「え?」
 沙希が聞き返すと、彼女は首を振った。
「ううん。なんでもないの」

 こうして、優美と夕子のお料理対決は、良く判らないうちに決着を見た。
 しかし、公が態度をハッキリさせるまで、第二、第三の対決が発生しないと誰が言えるだろうか?
 それとも、総ては運命の導かれるまま、ということなのだろうか?
 伝説の樹は、何事も知らぬげに、今日も風に葉をそよがせている。
 卒業式のその日まで……。

《おしまい》

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