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シュン
微かな音と共に、ドアが開いて、目の前に薄暗いブリッジが広がりました。
「……ここが?」
「ええ。“セントエルシア”のメインブリッジよ」
みちるさんは、そういうと、大きな鍵みたいなものをお兄ちゃんに渡しました。
「これが、セントエルシアのマスターキーです」
マスターキーっていうのは、メインエンジンを動かす為に必要な鍵です。本当は、反乱を防ぐ、という理由で、艦長登録された人しか使えないんですけど、この船はまだ正式な艦長さんが来てないから、コンピュータにも何も登録されてないのでお兄ちゃんでも動かせるんだそうです。
「ありがとう、天都さん」
お礼を言って、お兄ちゃんはマスターキーを片手に、メインブリッジに足を踏み入れました。
私たちもその後に続きます。
やっぱり、新しいだけあって、いい匂いがしています。……戦艦って、新しいときはこんな匂いがしてるんでしょうか?
「あれ? これって……お香?」
菜織ちゃんも、匂いに気付いたように、鼻をくんくんさせています。
「最新鋭の軍艦なんかだとね、リラクゼーションのために空調にちょっとハーブの香りとか付けてるんだよ。ま、サエみたいながさつな娘には関係ないけどね〜」
「あたしは関係ねぇのかっ!?」
「あううっ、チョークチョーク!」
ミャーコさん、冴子さんに後ろから首を絞められてます。
私は、艦長席でコンソールを確認していたお兄ちゃんに駆け寄りました。
「お兄ちゃん……」
「乃絵美? ……大丈夫だよ」
お兄ちゃんは、笑顔で頷いてくれました。……やっぱり、お兄ちゃんは、私のして欲しいこと、すぐにわかっちゃうんだ。
「よし、それじゃ……やるぞ!」
そう声をかけて、お兄ちゃんはマスターキーを差し込みました。
音もなく、マスターキーがパネルに吸い込まれて、次の瞬間、薄暗かったメインブリッジが、ぱっと明るくなりました。
「わっ!」
「きゃぁ!」
一瞬、目がくらっとしてよろめいた私を、お兄ちゃんがしっかりと抱き留めてくれました。
「大丈夫か、乃絵美?」
「う、うん。ありがとう、お兄ちゃん」
「こらこら正樹、兄妹で浸ってないで、さっさとこの船動かすわよっ!」
後ろから菜織ちゃんが笑って声をかけてきました。私は慌てて体を起こします。
「ご、ごめんね、お兄ちゃん」
「いや、えっと、ともかく全員席について! 天都さんは……そこの参謀シートに」
お兄ちゃんは艦長席の隣のシートを指しました。それから私の肩をぽんと叩きます。
「乃絵美、また頼むよ」
「うんっ、大丈夫だよ」
私は、走ってオペレータシートに座りました。
……“舶用”のシートよりもふかふかです。
とと、いけない。
キーボードに指を走らせます。……あれ? これ、何かな?
システム自体は、“舶用”とあんまり変わりないんだけど、一つだけ見慣れないアイコンがあります。
とりあえず、何か判らないのでそれには触れないようにしましょう。
それにしても、コンソール画面が小さいです。“舶用”のほうがずっと大きかったのは、練習艦だったからでしょうか? これには、手のひらくらいの大きさのモニターが一つ付いてるだけなんです。
とりあえず、メインコンピュータを動かさないと。
「メインコンピュータ、システム起動します」
声に出して、システムを起動させました。途端に、目の前の空中に、いくつも画面が開きます。
「きゃっ」
……びっくりしました。どうも、ホログラムを使っているみたいです。道理でモニターがコンソールパネルにないはずでした。
「どうした、乃絵美?」
「あ、何でもないです」
お兄ちゃんが後ろから声をかけてくれました。ちゃんと見ててくれたんだな。
頑張らなくちゃ。
「発進シークエンス、パターンS、緊急発進モードで」
隣の通信席では、ミャーコさんがインカムを付けてしゃべっています。
「はぁ〜い、こちら宇宙戦艦“セント・エルシア”でぇ〜す。“星名”のみなさぁん、すみやかに“セント・エルシア”に移動してくださいねぇ〜。今ちょっと“星名”は危ない状態なのよ〜」
……毎度思うんですけど、あれでいいんでしょうか?
「乃絵美ちゃん、メインリアクターの出力、メインエンジンに回して」
「あ、はい」
菜織ちゃんに言われて、私は全出力をメインエンジンに繋ぎました。
「チャンバー内圧力上昇」
「トリムチェック完了」
「メインジェネレータ出力、20%から上昇中」
「“星名”、格納庫ドックのゲートオープン」
「ゲートオープン……。あっ、お兄ちゃん!」
私は、声を上げました。
「“星名”の管制システムと接続できない……。これじゃ、ドックの扉が開かないよ」
「ええっ!?」
みんなが一斉に私の方を見ました。
ミャーコさんが訊ねました。
「向こうが接続させないんなら、こっちからハッキングしちゃえば……」
「そうじゃなくて、……どうやら“星名”のコンピュータシステムが全部やられてるみたいなんです。まったく動作している形跡がなくて……」
「あっちゃぁ」
私が答えると、ミャーコさんは額をぺしんと叩きました。
「いくらあたしでも、動いてないコンピュータのハッキングはできないな〜」
「それじゃ、“星名”は、完全に機能停止しちゃったってことか?」
冴子さんに聞かれて、私は頷きました。
「多分……。最低限の生命維持システムはまだ動いてるみたいですけど、船としての能力は失われてます」
「……チッ」
パシンと拳を叩き合わせる冴子さん。
「それじゃ、あたし達はここで缶詰か?」
「冗談じゃないわよ。それじゃ、さっきの“舶用”みたいにやられちゃうわ」
慌てて立ち上がる菜織ちゃん。
あっ!!
「右から熱反応と重力振動!」
「えっ?」
次の瞬間、右のドック内壁が輝きました。その光が納まると、そこにはぽっかりと穴が空いています。
その向こうに、黒い戦艦の姿が。
「や、やべぇっ!」
「乃絵美! “星名”の艦内を赤外線探査して、人が残ってないか調べて。至急だ」
「あっ、はい。センサー出力最大、探査モード赤外線。感知対象温度、35度から38度。マトリクスレンジSで」
目の前にもう一つモニターが開いて、チェックを始めました。
「全チェック終了まで40秒」
「よし。菜織、緊急発進できるように、エンジン暖めとけ」
「やってるけど……、でも扉が開かないと出られないでしょ?」
「とにかくやっといて。冴子」
「何?」
「今から外に出て、手で扉を開けてこい」
「……てめ、ミャーコ! あたしはターミネーターか!?」
お兄ちゃんの声色をしたミャーコさんに拳を振り上げて見せてから、冴子さんは振り返りました。
「で、あたしに何しろってんだい?」
「主砲を三点斉射。目標は、前方の扉」
「ば、馬鹿野郎! 何言ってんだ! こんな狭いところでぶっ放してみろ、扉も吹っ飛ぶだろうけど、エネルギーが逆流してきてあたし達も無事じゃ済まねぇんだぞ!」
冴子さんの言うことは判ります。
でも、お兄ちゃんの言うことだから、絶対大丈夫なんです。
私はキーボードを叩きました。
「主砲管制系統をオペレータに委譲。主砲エネルギーチャージ、120%。目標、前方の扉。ターゲットロックオン」
「あっ、こら乃絵美っ!」
「冴子、乃絵美を呼び捨てにするんじゃねぇっ!」
「そういう問題じゃねぇだろっ!!」
「お兄ちゃん、いつでもいいよ」
私は振り返って言いました。
ピピーッ
その時、警告音が鳴りました。
「あっ。敵戦艦から重力波反応増大中。打ってきます! ……“星名”内に残っている人間はいません」
「よし、乃絵美、撃てっ!」
「はい、お兄ちゃん」
ピッ
“セント・エルシア”の主砲は、3連装位相光線砲……だそうです。どんなものかはよく判りません。
カァッ
一瞬、スクリーンの前方が輝き、すっと薄暗くなります。コンピュータが自動的にスクリーンの光量を調整しているんです。
「全員、対ショックに備えろっ!」
お兄ちゃんが叫んで、私はシートの肘掛けをぎゅっと握りました。
……。
軽く揺れました。でも音も何も聞こえません。
「あ、あれ?」
「乃絵美、どうなった?」
お兄ちゃんに聞かれて、私はレーダースクリーンを呼び出しました。もう一枚ウィンドウが開きます。
「……前方障害物無し。進路クリア」
「菜織っ!」
「オッケイ! “セント・エルシア”発進! メインエンジン出力全開っ!!」
また、“セント・エルシア”は軽く揺れました。
「“星名”ドックを出ます!」
「え? もう?」
聞き返す冴子さん。
戦艦っていうのはとっても重いので、特に一番最初に動き出すときにはすごく時間がかかるのが普通だそうです。
「あっ! “星名”が!」
ミャーコさんが声を上げました。後ろで、“星名”が、爆発しています。敵の攻撃みたいです。
何回も閃光をあげながら、“星名”はバラバラになっていきます。
「乃絵美、敵は!?」
「あっ、はい……。敵は後方、船数2。距離1200。こちらに向かってきます」
「このまま逃げる?」
菜織ちゃんがお兄ちゃんに尋ねました。お兄ちゃんは少し考えてから、頷きました。
「そうだな。まだこの戦艦の詳しいスペックもわからない状態で戦うのは、リスクが大きすぎる」
「なんだよ、また逃げるのかぁ?」
と冴子さん。あ、いけない。主砲管制を冴子さんに戻しておかないと。
「サエちゃん、ずっと逃げてるからよっきゅーふまんなのよねん」
「だ、誰が欲求不満だぁっ!」
「あっ、お兄ちゃん! 菜織ちゃん! 船を停めて!」
私はレーダーを見て思わず叫んでいました。
「どうした乃絵美!?」
「どうしたの?」
「前方に機雷原! このままじゃ突っ込んじゃう!」
「やべっ! 菜織、緊急制動!」
「うんっ」
ゴウッ
“セント・エルシア”の船首に付いている緊急制動用の48基のバーニアが一斉に火を噴きます。
「後方から敵急速接近!」
「ちっ。しょうがない。菜織、船首回頭180、敵に向けろっ!」
「わかってるっ!」
戦艦っていうのは、構造上、主砲みたいな威力のある武器は前の方向にしか撃てないから、戦う時は敵に前を向ける必要があるんです。
“セント・エルシア”は、大きく右に船首を振りました。
でも……。
「敵戦艦、砲撃っ!!」
「なにぃっ!!」
「ちょ、ちょっとっ!!」
こっちは旋回中で、敵にむけて横を向いてます。敵にとっては一番狙い時です。
「菜織!」
「無茶言わないでっ!」
「デフレクトシールド、展開します」
ぼうっと、“セント・エルシア”の回りに薄い光の繭ができました。間一髪、敵の放った光が、その繭によって方向を変えて、上下に逸れていきます。
「ふぅ。サンキュ、乃絵美。助かった」
お兄ちゃんが誉めてくれました。良かった。
「よーし、方向を変えたらこっちから砲撃だ!」
「あ、冴子さん。主砲管制はそちらにお返ししました」
「よっしゃぁ。それじゃあとは任せとけ!」
冴子さん、よっぽど嬉しいのか腕まくりです。
「旋回終了!」
「よし、このまま前進だ、菜織」
「了解っ!」
「2つとも、主砲射程内です」
「うっしゃ。ターゲットロックオン、ファイヤーっ!」
冴子さんの放った光が、敵の片方に当たりました。ちかっと光ったかと思うと、爆発しています。
「敵艦、沈黙しました。もう一隻は、後退を始めています」
「逃がしちゃだめですっ! この船はまだ秘密なんですからっ!」
天都さんが声を上げました。お兄ちゃんは頷くと、冴子さんに言います。
「できそう?」
「任せとけって。おらおらいくぞっ!」
冴子さんの次の一撃で、もう一隻も爆発しました。
私はレーダーをもう一度確認して、報告します。
「他に、レーダーレンジ内に敵影なし、です」
「……勝った、のか?」
「ま、そういうことみたいね」
菜織ちゃんが、お兄ちゃんのつぶやきに答えて、大きく伸びをしました。
「うーん、緊張したぁ」
「でも、これからどうすればいいのかしら。……“星名”まで沈んじゃったし……」
天都さんが考え込んでいます。
「ま、なるようにしかならねぇって」
「サエは単純でいーよね〜」
「あ、てめ、ミャーコ!」
「きゃぁきゃぁ、助けて乃絵美ちゃん。サエちゃんがいじめるよぉ〜」
……とりあえず、助かったことは事実みたいですね。
ね、お兄ちゃん。