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宇宙戦艦セント・エルシア その10
 

「……えみ、乃絵美っ!」
 お兄ちゃんの声が聞こえて、私ははっと我に返りました。
「あっ、お、お兄ちゃん、どこ? あれっ、わ、私どうなって……」
 全然何がどうなっているのか判らなくなって、私は何も考えられなくなっていました。
 今まで、ロボットのコクピットにいたはずなのに、気が付くと何も身につけずに、宇宙にふわりと浮いていたのです。
 耳元で冴子さん達の声が聞こえてきます。
「まずいぞ! 乃絵美のやつ、認識失調症だ!」
「うわー、超ヤバって感じだぴょん!」
「乃絵美っ、しっかりしてっ! ちょっと正樹っ、早く乃絵美を!」
「ウィンディ、3号機の神経接続を一時遮断。マニュアルに切り替えて」
 真奈美ちゃんの声がしたかと思うと、不意に回りが元のコクピットに戻りました。
「……っ!」
 私は、自分で自分の肩を抱いて、震えていました。
 ……お兄ちゃん、寒いよ……。
「乃絵美っ!! 大丈夫かっ!?」
 お兄ちゃんの声に顔を上げると、目の前のモニターに、お兄ちゃんの青いロボットが写っていました。
 と、そのモニターが自動的に切り替わって、お兄ちゃんの心配そうな顔が写ります。
「乃絵美……」
「お兄ちゃん……」
「伊藤准尉の呼吸数および心拍数、安定しました」
 ウィンディさんの声が聞こえて、私は恥ずかしくなりました。だって、これじゃ私がお兄ちゃんを見てやっと安心したみたいで……。実際、そうなんですけど……。
 そして、やっと、さっき何があったのかが理解できるようになりました。
 認識失調症。
 神経接続すると、その機械のセンサーで感じたことを自分の五感で感じたように体感できるようになります。その時、今まで実際に感じたことのないような情報を送られてくると、その情報を脳が処理できなくなってしまうことを、認識失調症って呼ぶんです。
「ごめんなさい……」
「いいって。初めてなんてそんなものなんだから」
「そうそう。正樹だって初めて宇宙に出た時なんて……」
「わぁっ、菜織、てめぇどさくさ紛れにいらんことばらすなっ!!」
「あ、それミャーコちゃん聞きたいなぁ」
「やかましいっ! 菜織、絶対ばらすなよっ!」
「正樹、あたし今度買ってほしいアクセサリーがあるんだけどなぁ」
「……」
 あ、お兄ちゃん黙っちゃいました。可哀想……。
「お兄ちゃん、私ならもう大丈夫だから、元気出して」
「ううっ、乃絵美は優しいなぁ。それに比べてどっかの誰かは……」
 や、優しいって……。えへへ、照れちゃう……。
「誰のことよっ!」
「誰も菜織なんて言ってないだろ!」
「いい加減にしろよな!! さっさと行くぞっ!!」
 途中まで行きかけていた冴子さんが引き返してきてそう怒鳴るまで、お兄ちゃんと菜織ちゃんは言い合いをしていました。

「本当に大丈夫か、乃絵美?」
「うん」
 お兄ちゃんに聞かれて、私は頷きました。
「もう大丈夫だよ」
 今、私達は編隊を組んで、敵の船の残骸に近づいている途中です。先頭が冴子さん、その右後ろにお兄ちゃん、左後ろでお兄ちゃんの隣に私。
 だんだん、残骸が大きくなってきました。
「止まれ」
 冴子さんの機体が止まりました。私もそれに合わせて機体を停めます。……うん、上手くできた。
「よし、あそこから中に入るぞ」
 爆発でも起こったらしく、装甲が大きく破れているところを指す冴子さん。
「了解。乃絵美、いけるか?」
「うん、大丈夫だよ、お兄ちゃん」
 私が頷くと、モニターに写ったお兄ちゃんがよしっと頷いてくれました。
「よし、それじゃ行くぞっ」
 バッ
 冴子さんの機体が、バーニアを吹かして中に入っていきました。
「次は乃絵美だぞ」
「うん、お兄ちゃん」
 私は頷きました。
 お兄ちゃんにも、ちゃんと出来るんだって見てもらわなくちゃ。
 ちょっと勢いよく、私の機体は裂け目の中に突入しました。
 回りの星明かりが、ふっと消えて、真っ暗になります。
 自動的に、機体の肩に付いているライトが点灯して、周囲を照らしました。
「……」
 思わず、私は言葉を出すことも出来ないで、辺りを見回していました。
 だって……。
「なんだ、これ?」
 続いて入ってきたお兄ちゃんの声に、我に返ります。
「あっ、お兄ちゃん……」
「おい、なんだよ、これ……」
 冴子さんも、気持ち悪そうな声です。
 辺りは、妙な曲線を描いた、見慣れないもので一杯でした。
 でも、それは……。
「……冥王星の遺跡と……おんなじだよ」
「乃絵美?」
 お兄ちゃんの声に、私は我に返りました。
「あ、ごめんなさい……」
「いや、いいんだけど。冥王星の遺跡?」
「あ、そういえば、乃絵美って冥王星にいたんだよな」
 ぽん、と手を打つ冴子さんの機体。なんて言うか、芸が細かいです。
「はい。その時に一度だけ遺跡に行ったことがあるんですけど、その時見た光景に何となく似てる気がして……」
「へぇ……」
 と、その瞬間でした。
 ガッ
 いきなり背後から衝撃を受けて、私はそのまま突っ伏しました。
「きゃっ」
「乃絵美っ! うわぁっ!」
「なんだぁっ!?」
 お兄ちゃんと冴子さんの声。
 お兄ちゃん!?
 私は、顔を上げました。そして、思わず息を飲んだのです。
 お兄ちゃんと冴子さんの機体が、ぎりぎりと締め上げられていました。それは、たとえるなら金属製のムカデのようなもので。
「乃絵美っ、に、逃げろっ!」
「お、お兄ちゃんっ!」
「くぉのぉっ!!」
 ズガガガガガガガッ
 冴子さんの機体が、右手に持っているライフルを、自分の機体を締め上げていたムカデに突きつけて引き金を引きました。まぶしい光が何度もはしって、ムカデがバラバラになっていきました。
 続いて、冴子さんはライフルをお兄ちゃんの機体に向けます。
「正樹っ、動くなよっ!」
 ガガガガッ
 ライフルが火を噴いて、お兄ちゃんの機体を締めていたムカデもバラバラになりました。
「ふぅ、助かった。ありがとう、冴子ちゃん」
「貸しにしとくぜ」
 よかった。……でも、私が助けてあげたかったな……。
「でも、こんなのがまだ生きてるなんて……」
 ムカデの残骸を蹴飛ばしながら、冴子さんは呟きました。そして辺りを見回します。
「他にもまだ残ってるとしたら、かなりヤバそうだぜ……」
「ああ。ここは撤収した方が……」
 お兄ちゃんがそう言いかけた時でした。
 私の機体が、いきなり後ろに引っ張られました。
「えっ!?」
「乃絵美っ!?」
 私の機体の、ちょうどお腹の辺りに、何かが巻き付いているのが感じられました。そして、ものすごい勢いで、後ろに引っ張られているのも。
 あっという間に、お兄ちゃんや冴子さんから引き離されていきます。
「お兄ちゃんっ!!」
「のえ……」
 ガガッ、ザザーーーッ
 お兄ちゃんの声が、途中でノイズに遮られて聞こえなくなってしまいました。

「……う、うん……」
 気が付いてみると、私の機体は、動きを止めていました。
 お腹に巻き付いて、私の機体を引っ張っていたものも、今はありません。
「お兄ちゃん……」
 そっと呼んでみたけど、返事はありませんでした。
「……お兄ちゃん」
 もう一度呟くと、よけいに、自分は独りぼっちなんだって確認出来て、とっても心細くなってしまいました。
 ううん。
 大丈夫。きっと、お兄ちゃんは来てくれる。
 頭を振って、私は機体のチェックをします。
 ……通信系とセンサー系が、かなり壊れてます。
 生命維持システムは、あと1時間は大丈夫。
 1時間……。
「お兄ちゃん」
 もう一度、口に出して呟くと、私は辺りを見回しました。
 肩のライトも壊れてしまったみたいで、辺りは真っ暗です。
 あ……。
 その時、正面に、ぽつんと赤い光が見えているのに気付いて、私は思わず身体がすくんでしまいました。
 怖いよ、お兄ちゃん……。
 それが、だんだん近づいてくるのが、何となく判ります。
 機械仕掛けの、大きなムカデ……。
「い、いや……。来ないで……」
 呟くけど、それはゆっくりと近づいてきて……。
「お……、お兄ちゃん……」
 そして、触手を振り上げて……。
「お兄ちゃ〜〜〜〜んっ!!」
 私は思わず、叫んでいました。
 ダダダダダダダッ
 激しく機体が揺さぶられて、そして静かになりました。
 ……私、死んじゃったんでしょうか?
 一瞬そう思ったとき、不意に声が聞こえました。
「おい、大丈夫か?」
「……えっ?」
 お兄ちゃんの声じゃない、男の人の声。
 だけど……。
「返事しろよ。……ふぅ、ダメだったのか」
「あ、い、いえっ! 違いますっ」
 慌てて返事をすると、向こうからも、ほっとしたような声が戻ってきました。
「なんだ。聞こえてるならさっさと返事しろよな」
「す、すみません……」
「それにしても、その機体、最新型だな。それなのにムカデにやられるなんて。もっと上手く使えないのか?」
「ご、ごめんなさい……」
 謝ると、ため息が聞こえてきました。
「やれやれだな」
「ご、ごめんなさい……」
「通信システムも壊れてるのか? 同じセリフしか聞こえないが」
「ご、ごめんな……あ、いえ……」
 また同じ言葉を繰り返しそうになって、私は慌てて口を押さえました。
「えっと、あの、通信システムが故障して、それにセンサー系も……」
「火器管制と動力システムは?」
「えっと、そちらは……大丈夫みたい、です……」
 私は、ざっとチェックしてから答えました。
「そうか。……にしても、なんかおどおどしてるな。びびってるのか?」
「あ、……す、すみません……」
「もしかして、実戦は始めてなのか?」
「えっ? あ、はい……」
「……なら、仕方ない、か」
 あ、なんだか少しだけ、声が柔らかくなったみたいです。
 私も少しだけ、落ち着きました。
 と、不意に外部カメラが機能回復したようで、周りの様子が写りました。
 さっきの人は……、と見回してみると、私の機体の肩のところに、装甲宇宙服を着た人が掴まっているのが見えました。
 えっ? それじゃ、この人が……。
「あ、あの、あなたは……」
「ああ、俺は巡洋艦“呉石”所属、第2戦闘隊隊長、柴崎拓也少佐だ」
 その人は答えました。
「わ、私は伊藤……乃絵美、です……」
「は? 所属と階級は?」
「あっ、ご、ごめんなさい。えっと……、戦艦“セント・エルシア”の主任コンピュータオペレータで、准尉待遇……だったと思います」
「主任オペレータ? そんなのが何で最新の人型に乗って敵戦艦に突っ込んでくるんだ?」
「そ、それが、その……」

「なるほどな。それじゃ、“セント・エルシア”はそんな状態で動かされてたってわけか」
「はい、そうなんです」
 15分後。
 私は、柴崎さんを肩に載せて移動しながら、“セント・エルシア”の今までのことを、柴崎さんに説明していました。
「それで、柴崎さんは……?」
「ああ。見ての通り、こいつらと派手に戦って、その結果がこのざまってわけ。俺も戦闘機を叩き落とされて、脱出できたは良いが、気が付いたらこんなところに取り残されてた」
「そうだったんですか……」
「さっきの話じゃ、どうやら“呉石”も沈められちまったらしいな……。ちっ……」
 悔しそうに舌打ちする柴崎さん。と、不意に上に首を向けました。
「乃絵美、上だっ!」
「えっ? きゃぁっ!!」
 真上から、大きな蜘蛛のような機械が落ちてきて、私の機体をそのまま押さえつけました。
 正確に言うと、急に激しく揺れたかと思うと、私の機体が床に倒れて押さえつけられていたのです。
「しっ、柴崎さん、大丈夫ですかっ!?」
 返事がありません。
 慌てて周りのモニターを見回すけど、柴崎さんの装甲宇宙服はどこにも見えなくて……。
 そんな……。
「柴崎さんっ! そ、そんな、いやぁっ!」
「一々、悲鳴を上げるなよ」
 えっ?
 ガガガガガッ
 思わず辺りを見回す私でしたけど、それよりも早く銃弾の弾ける音が、私の機体を押さえている蜘蛛の表面で聞こえました。
 一瞬置いて、正面に柴崎さんの装甲宇宙服が降り立ちました。そして、手にしたマシンガンでもう一度、蜘蛛を撃ちます。
 けど、蜘蛛はその弾を全部弾いてしまっています。
 柴崎さんは、弾を撃ち尽くしたらしく、マシンガンを放り捨てました。
「ちっ、豆鉄砲じゃダメだな……。乃絵美!」
「はっ、はいっ!」
「ハッチ開けて、脇にのいてろ!」
「はい……。えっ?」
「早くっ!」
 そう、柴崎さんが言うと同時に、装甲宇宙服がばっと白い煙に包まれました。爆発? ううん、違う。あれは……。
 私はシートベルトを外してハッチを開け、そして腰を浮かせました。でも、それより早く、開いたハッチから飛び込んできたものがありました。
「きゃっ!」
「おっと」
 装甲宇宙服を脱いで、インナースーツ1枚になった柴崎さんでした。ヘルメットも被っていないんです。もう一瞬こっちに飛び込むのが遅かったら……。
「しばらく我慢してろっ!」
 そう言うと、私の上からシートに座った柴崎さんは、ベルトも締めずにコンソールに手を置いて、スイッチをいくつか切っていきます。
「な、何を……」
「黙って見てろっ!」
「ご、ごめんなさい……」
「いくぜっ!」
 柴崎さんはそう叫んで、レバーをぐいっと入れます。
 あ、そうか……。今、マニュアルに切り替えたんだ。
 私が、初めてなのに、一応だけどこの機体を使えたのは、神経接続してるからなんですけれど、一度神経接続してしまうと、その機体はその人にしか使えなくなってしまうんです。……正確には、一度リセットすればいいんですけど、それにはちゃんとした設備が必要だから。
 だから、柴崎さんはその神経接続システムを全部オフにしちゃって、今は手動でこの機体を動かそうとしてるんです。
 やっぱり、本当の軍人さん、なんですね……。
 そんなことを考えたのは一瞬だけでした。
 ドガガガガガガガガッ
 すごい衝撃が機体を揺さぶって、モニターからは閃光が何度も走りました。
 思わず目を閉じたけど、目蓋の向こうから白い光がなんども瞬いているのが判ります。
 そして、私の身体の上に、柴崎さんの身体。
 柴崎さんのインナースーツも、私の着ているパイロットスーツも薄いので、堅い柴崎さんの身体の感触まではっきり判ってしまいます。
 でも、その時の私は、それどころじゃなくて。
「う……うっ」
「よし、離れたな。ふっ」
 続いて、ぐぅっと柴崎さんの身体が私の身体をシートに押しつけます。
 さらに爆発音と閃光。
「なるほど、いい機体だ。これも、テクノロジーの流出のせいか……」
「う……」
「ん? なんだ、気絶したのか? ヤワだな」
 と、不意に通信機から声が聞こえました。
「乃絵美ーーーっ! どこだーーーっ!?」
 あ、お兄ちゃんの……声……。
 微かに聞こえるお兄ちゃんの声に、私は……。
 パァン
「……っ!」
「いい加減に起きろ」
 薄れかけた意識が、さっと元に戻りました。かぁっと右の頬が熱くなっていくのが判ります。
「えっ?」
「お前のことじゃないのか?」
 私の目の前に、柴崎さんの顔がありました。
「えっ? あ、はい……」
 私は、その柴崎さんの顔から目をそらして、通信機のスイッチを入れました。
「あの、……お兄ちゃん?」
「乃絵美っ! 乃絵美なんだなっ! 無事かっ!!」
「あ、うん、大丈夫……」
「乃絵美、どこだ? すぐにそこに行くからなっ! 待ってろっ!」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん……」
「お兄ちゃん、ねぇ」
 柴崎さんが、笑いました。
 私は、俯きました。なぜだか判らないけど、恥ずかしくなって。
「乃絵美、今男の声がしなかったか? 誰かに掴まってるのかっ!?」
「なんでそうなるんだよ、正樹。乃絵美、誰かそこにいるのか?」
 冴子さんの声が割り込んできました。
 えっと……。
 どう説明したらいいのか、迷っていると、柴崎さんが口を挟みました。
「自分は、巡洋艦“呉石”所属、第2戦闘隊隊長、柴崎拓也少佐だ。伊藤准尉の機体に同乗している。詳しい報告は後でする。すぐにそちらの母艦に収容してもらいたい」
「少佐!? は、はい、了解でありますっ!」
 冴子さんが、慌ててしゃちほこばった返事をしました。
 その時、正面からお兄ちゃんの1号機が接近してくるのが見えました。
 ところが、不意に、柴崎さんが壊したはずの蜘蛛が、不意にむくりと起き上がったのです。
「なにっ!?」
 とっさにお兄ちゃんの機体がバーニアを吹かして急停止したかと思うと、ライフルを構えました。
「どけぇっ!」
「なっ、馬鹿! こんなところで重火器を使うとっ!!」
 柴崎さんが叫んだ時には、お兄ちゃんのライフルから……正確には、ライフルの銃身の下に付いていたランチャーから、だそうですけど……大きな弾が打ち出された後でした。
 その弾は蜘蛛に命中して、そして爆発しました。
 ドォォォン
「きゃぁっ!」
「くっ、馬鹿が……」
 柴崎さんが舌打ちして、計器をいくつか入れました。そして振り返ります。
「乃絵美、センサー系はいかれてるのか!?」
「えっ? あ、はい、……ごめんなさい……」
「くそ。さっきの馬鹿!」
「誰が馬鹿だっ!! そんなことよりてめぇ、乃絵美に何もしてねぇだろうなっ!!」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い馬鹿! 貴様は自分が何をしたのか判ってないのかっ!? いいから、センサーリンクをこっちに回せ!」
「お兄ちゃん、柴崎さんの言うとおりにして……」
 私が言うと、お兄ちゃんは頷きました。
「判ったよ、乃絵美がそう言うなら……」
「……」
 柴崎さんは、続いてモニターに映し出された数値を見て、息を飲みました。
「いかん。ワープリアクターが暴走を始めてる」
「なんだ、そのわーぷなんとかって?」
「説明してる場合か馬鹿。すぐに脱出しろ。ここから出来るだけ離れるんだ!」
「言われるまでもねぇ。乃絵美、動けるか?」
「う、うん」
「よし、行くぞ。出口はこっちだ!」
 お兄ちゃんの機体が背を向けました。
「乃絵美、操縦は頼む。高機動戦闘じゃないなら、神経接続してるそっちの方が早い」
 そう言うと、柴崎さんはため息をつきました。
「判りました。神経接続」
 一瞬で、また機体に私の感覚が行き渡ります。
 そして、私はお兄ちゃんを追いかけました。

 戦艦の外に飛び出した瞬間、ミャーコさんの声が飛び込んできました。
「3人とも、返事してよぉっ!!」
「ミャーコちゃん、こちらは正樹。乃絵美も一緒だ」
「あっ、正樹くん。サエちゃんは!?」
「こっちも今脱出したぜ」
 冴子さんの声が聞こえました。振り返ると、私たちとは別のところから、冴子さんの2号機が飛び出してきたところです。
「……よかった」
「ミャーコ、なんか言ったか?」
「なんも言ってないのねん。あ、それより大変だぴょん! 急に敵戦艦内部でエネルギー反応、それも特大のやつが出てきたんだよっ!」
「3人とも、すぐに“セント・エルシア”に戻って」
 真奈美ちゃんの声が、被さるように聞こえてきました。
「早くっ!」
「どうしたんだよ、真奈美ちゃん?」
 お兄ちゃんが聞き返す声が聞こえたとき、柴崎さんが小さく呟きました。
「真奈美……? まさか、な……」
 ウィンディさんの声が割り込んできました。
「現在、観測できるデータによると、ソリトン粒子が異常に増大しています」
「えっ?」
「乃絵美、冴子ちゃん、とにかく急いで戻るぞっ!」
 バッ
 お兄ちゃんの1号機が、バーニアを吹かして“セント・エルシア”に戻っていきます。
 私も、慌ててその後を追いかけました。

 プシューッ
 ハッチが開くと、お兄ちゃんがコクピットを覗き込んできました。
「乃絵美っ、だいじょ……。なっ、なにしてんだっ、てめぇはっ!」
「えっ? あ。きゃっ」
「非常時だ。詳しい報告は後でする。それよりも貴様は何者だ?」
「えっ、お、俺は……」
「少佐殿、まずはブリッジへどうぞ」
 冴子さんが駆け寄ってくると、敬礼して言いました。柴崎さんは「ああ」と頷いて、お兄ちゃんを押しのけるようにしてコクピットから出ていきました。
 お兄ちゃんはその後ろ姿を見送って舌打ちしました。
「ちっ、やな奴。……乃絵美、大丈夫か? 本当に何もされてないんだろうな?」
「あ、うん、……大丈夫、だよ」
「ほら、手を出せよ」
「うん……」
 私が右手を差し出すと、お兄ちゃんが引っ張り出してくれました。
 トン、と床に足がついて、私はなんだかほっとしました。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「いや、なに……。あれ? あいつ……」
 お兄ちゃんの視線を追ってみると、柴崎さんが戻ってきました。
「なんだよ、まだ用があるのか?」
「貴様にはないがね」
 そう言って、柴崎さんは私の手を取りました。って、ええっ?
「助けてもらったのは事実だから、感謝するよ」
「し、柴崎……さん」
「てめっ! 乃絵美から手を……」
 ちょうどその時でした。
 いきなり、“セント・エルシア”全体が激しく揺れました。
「きゃっ!」
「うわっ!!」
 続いて、辺りのライトが一斉に消えて、真っ暗になってしまいました。
 あ……。
 なんだか、暖かい。
 私、抱きしめられてる……。お兄ちゃん……?
 と、ぱっとライトが付きました。
 私は顔を上げました。
「ありがとう、おにい……。えっ?」
 そこで、私は言葉を続けられなくなって、だって、私を抱いて守ってくれていたのは……。
「柴崎……さん」
「今のはなんだ?」
 私をきゅっと抱きしめたまま、辺りを見回す柴崎さん。
「ててっ。あーーっ! てめぇ、乃絵美に何してんだっ!」
 その場で転んでいたお兄ちゃんが、起き上がって駆け寄ってきました。
 柴崎さんは、私を抱いていた手を解きました。
「ふん」
「なんだ、その態度はっ!」
「そ、それよりお兄ちゃん、今のは……」
 と、不意に真奈美ちゃんの声が聞こえました。
「正樹くん、乃絵美ちゃん、どこ?」
 お兄ちゃんは、もう一度柴崎さんを睨んでから、通信機を叩いて返事をしました。
「正樹だ。乃絵美と一緒に格納庫にいるよ」
「すぐにブリッジに来てくれないかしら?」
「オッケイ、すぐに行く」
 頷いて、お兄ちゃんは私の腕を掴みました。
「行くぞ、乃絵美」
「えっ? で、でも……」
「ほらっ!」
 そのまま、私を引きずるようにして、お兄ちゃんは格納庫を出ていきました。

 シュン
 ブリッジに入ると、プリシアさんが私たちを見つけて、笑顔で頭を下げました。
「いらっしゃいませ〜」
「プリシアさん?」
「はい。ウィンディとタッチしましたから」
 ……ウィンディさんは戦術用コンピュータ、プリシアさんは通常用コンピュータですから、つまりプリシアさんがいるっていうことは、危険はないっていうことですね。
「あっ、正樹くん、乃絵美ちゃん、お帰りなさい」
 真奈美ちゃんが振り返って、私たちに言ってくれました。
 あれ? でも、なんだか表情が硬い……ような。
 ぐるっと見回してみると、菜織ちゃんをはじめ、ブリッジにいる全員が、真奈美ちゃんと同じように硬い表情をしていました。
 お兄ちゃんもそれは感じたみたいで、真奈美ちゃんに尋ねました。
「どうしたんだ、真奈美ちゃん。なにかあったのか?」
「……プリシアさん、さっきの説明をもう一度、お願い」
「はぁい」
 プリシアさんは頷いて、私たちに向き直りました。
「現在の“セント・エルシア”の位置について、報告しますね。観測できた星の位置に、各種の計算を加え、計算を行った結果で、誤差は0.000000001%以下です」
 そこで一度言葉を切ってから、プリシアさんは右手を、手のひらを上にして広げました。その上に、フワリとスクリーンが現れます。
 続いて、そこに星図が浮かび上がりました。
「“セント・エルシア”は、おそらくこの付近にいるんだと思いますよ」
「……え?」
 私は、それを見て思わず声を上げました。
 お兄ちゃんは怪訝そうに首を傾げます。
「なんだ、これ? 俺にはよくわからないけど……」
「だって、お兄ちゃん、これって……」
「プリシアさん」
 真奈美ちゃんが口を挟みました。
「現在の“セント・エルシア”の地球からの距離は?」
「誤差は先ほどの通りで、地球から294光年です。正確に言えば、294.22658光年」
「……はい? 今、光年、って言った?」
 お兄ちゃんは聞き返しました。プリシアさんは頷きます。
「はい。ちなみに、“セント・エルシア”の最高巡航速度で、おおよそ25年ほどかかります」
 ……25年って……。
 私、その後のことは、よく覚えてません……。

《宇宙戦艦“セント・エルシア”第1部 完》

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あとがき
 これもお久しぶりな“セント・エルシア”です。
 VOY本国放映終了記念、ってことで(謎)

 思い起こせば、その1が世に出たのは99年4月。
 その4に、全作品を通して初めての感想メールシステムが搭載されたという、記念すべき作品だったんですねぇ。ちなみにそれが00年1月。で今回ようやく、話数が2桁に乗りました。
 多分、とんでもなく長い作品になるんでしょうね、これは。あんまり人気はないけど(笑) 感想が1通も来ないという苦杯をなめたこともありますし。

 宇宙戦艦セント・エルシア その10 00/6/18 Up

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