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こみっくパーティー Short Story #3
あさひのようにさわやかに その15

「……詠美」
「あ、あの……。あたし帰るっ!」
 くるっと振り返る詠美の首筋を、後ろからがしっと掴む由宇。
「さよかぁ〜。そりゃ奇遇やなぁ。うちらもちょうど帰るところやったんや。ほな一緒に帰ろか」
「うきーっ! 離しなさいよっ! このパンダっ!!」
 じたばたする詠美。
「はいはい、詠美ちゃん良い子にしてまちょうねぇ〜」
「うっきゃーーーっ!」
 ますますいきり立つ詠美。っていうか、煽る由宇も由宇だ。
「わかったわよっ! 一緒に行けば良いんでしょっ! ……あ」
 そこまで言ってから、はっと口に手を当てて、俺をちらっと見る詠美。
 めざとくその様子に気付いた由宇がにまぁっと笑った。
「まさか、同人界のクイーン・詠美様ともあろう方が、一度言ったことを翻したりせぇへんやろぉなぁ?」
「あっ、当たり前ようっ!」
 腕組みして胸を張る詠美。
「そ、そんなわけないわようっ! なによ、ただ一緒に帰るだけじゃないのっ!」
「よっしゃ。ほなら行こか、和樹。あ、彩はんも一緒に来はる?」
「えっ? わ、私は、その……」
 ちらちらと俺と詠美を見比べながら俯く彩。と、詠美がその彩に駆け寄った。
「誰かと思ったら彩じゃないっ。ちょうどよかったわ。あんたも来なさいよねっ!」
「は、はい……」
 うーん、彩と詠美が知り合いだったとは意外だった。じゃなくて!
 詠美の奴、彩を無理矢理に連れていこうとしてるんじゃないのか?
「おい、彩。嫌なら無理して来なくても……」
「あ、いいえ、違います。私、構いませんから……」
 ふるふると首を振る彩。
 由宇がパンと手を叩いた。
「よっしゃ。これで決まりやな。ほな行こか。ええフランス料理の店、知っとんねん」
 ……由宇さん、今なんとおっしゃいました?
 俺の表情を見て、大笑いする由宇。
「冗談や、冗談。和樹の懐具合に期待するつもりはあらへんわ」
「あのな……」
「ほら、あんまここでしゃべっとったら、牧やんらの邪魔や。うちらはさっさといの」
 由宇はそう言うと、さっさと歩き出した。
「あっ、待ちなさいよパンダっ!」
 慌ててその後を追いかける詠美。
 俺はため息を付くと、彩に言った。
「それじゃ、行こうか」
「……」
 こくんと頷くと、彩は俺の後について歩き出した。

 こみパ会場を出ると、広い駐車場の方にいくつもの灯りが見えた。徹夜で並んでいる連中のつけているものらしい。
 由宇が舌打ちしたげにそっちに視線を送る。
「今まではあんまり気にせぇへんやったけど、やっぱりこんな事態になると、腹立つなぁ」
「徹夜組のことか? だけど、由宇だって規則を破ってるってことじゃ、人のことは言えないだろ?」
「そんな昔の話、ここで出さんといてぇや」
 由宇はけろっと言った。それから、もう一度駐車場の方に視線を送って呟く。
「そやけど……なんや最近の同人界は歪んでるような気がしていかんのや」
「……由宇?」
「ま、前夜に辛気くさい話せぇへんでもええわな。ほら、早う行こ」
 そのまますたすたっと歩いていく由宇。
 詠美は……と見ると、とっくに駅の方に歩いていってしまっている。
 俺は振り返った。
「彩はどう思う?」
「……」
 駐車場の方を見ていた彩が、俺に視線を向けた。そして、小さな声で呟く。
「私に出来ることは、書くことだけですから……」
「……まぁ、そうだよなぁ」
 俺は、黒々と不気味にすら見える徹夜組の行列を眺めて、肩をすくめた。
「こらぁーっ、和樹っ! なにぼやぼやしとんねんっ!」
 駅の方から怒声が聞こえた。由宇が拳を振り回しているのが見える。
 俺達は、駅に向かって歩き出した。

「で、ここかよ?」
「ええやん。安くて味もええんやし」
 由宇は、そこまで言うと俺の耳元で囁いた。
「それに、和樹にはええ目の保養になるんやろ?」
「ば、馬鹿っ!」
「にゃはは、照れんでもええって。ま、明日への活力や」
 オヤジみたいな事を言いながら、由宇はそのファミレスのドアを開けた。
 入り口にいたウェイトレスが声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。Pia☆キャロットへようこそ〜。何名様ですかぁ?」
「4人や」
「4名様ですね。かしこまりました。お煙草はお吸いになられますか?」
「吸わへんよ」
「はい。それではこちらへどうぞ」
 ウェイトレスはメニューを片手に歩いていった。その後に続く俺達。店内は夕飯時のピークを過ぎて、そこそこ空いているようだった。

 全員がオーダーをした後、由宇が「ちょっとごめん」と言って席を外した。
 俺もその後を追うように立つと、彩が俺に視線を送ってきた。
「あ、ごめん。ちょっとお手洗い」
「……は、はい」
 ぽっと赤くなって、こくりと頷く彩。
 俺はそのまま由宇を追いかけた。

 トイレのある一角は、俺達の席からはちょうど見えなくなっていた。
 それを確かめながら待っていると、しばらくして由宇が女子トイレから出てきた。俺の姿を見て、眉を潜める。
「なんや? 女子トイレの前でたむろっとるとは、あんまりええ趣味やないで?」
「アホかっ!」
 大声を出しかけて、慌てて俺は声を潜めた。
「それより、なんで詠美を連れてきたんだ? 俺と詠美のことは知ってるだろ?」
「そのことか」
 由宇は壁にもたれた。
「あんたと詠美のことは牧やんに任せよって思っとったんやけど、気ぃ変わったんや」
「どういうことだ?」
「牧やんに仲裁頼むにしたって、どうしても夏こみの後になるやないか。あんたはええとしても、詠美はそれほど器用やない。このままやったら、もやもやを抱えたまま夏こみに臨むことになってしまう。違うか?」
「……そりゃ、そうかもしれないけど……」
「どうせ、あれ以来顔合わせとらへんのやろ?」
 確かに、詠美が俺に告白して以来、俺と詠美は一度も会っていなかった。
「とりあえず、飯食った後で二人きりで話出来る場、作ったる」
 そう言うと、由宇は席に向かって歩き出した。
「それでどうなるかは賭けやけどな」
「そんな無責任な……」
「うちが出来るのはこれくらいや。ま、頼むで」
 由宇は肩越しにひらひらと手を振った。どうやらこれで話は終わり、ということらしい。
 俺はため息をつくと、もう少し時間を潰してから席に戻ることにした。

 夕食を食べた後(味なんて全然判らなかった)、俺達は外に出た。
 支払いが終わって最後に俺が出てくると、由宇が嬉しそうに俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「ごっそさん」
「あのな……」
「さて、うちはホテルに戻るわ。彩はんは確かまた電車やろ?」
 言われて、彩はこくりと頷いた。
「はい……」
「それやったら、駅やさかい、うちと一緒の方向やな」
 由宇は俺に視線を向けた。
「ほな、和樹は詠美を送ってやってな」
「なっ!!」
 俺と詠美が同時に声を上げかけて、お互いに顔を見合わせた。
 詠美は慌てて視線を落とす。
 俺は由宇の腕を掴んで引っ張り寄せた。そして小声で訊ねる。
「何考えてんだよ、おめぇは!?」
「さっき言うたやろ。ちゃんと話し合いしぃ」
 由宇はそう言うと、俺の脇腹を肘でこづいた。
「ぐほっ」
「んな、さいなら。また明日な」
「おやすみなさい」
 彩もぺこりと頭を下げて、由宇の後を歩いていった。
 仕方なく、俺は詠美に声を掛けた。
「どうする?」
「ど、どうするって、何をよっ?」
「由宇はあんなこと言ってたけど、詠美が嫌だったらここで別れてもいいんだけど……」
「……」
 詠美は俯いたまま、しばらく黙っていた。
 そして、俺がもう一度声をかけようとしたとき、不意に顔を上げた。
「ちょっと、歩かない?」

 俺達は、公園にやってきた。
 並木道は、水銀灯が寒々とした光を投げかけて、昼間とは違った雰囲気を醸し出している。
 ずっと無言で、俺の前を歩いていた詠美が、不意に立ち止まった。振り返る。
「本、出来たの?」
 そういえば、詠美はあの後どうなったか、なんて知らないんだよな。
「ああ。彩や瑞希に手伝ってもらって、なんとかな」
「そっか……。おめでと」
 詠美は、微かに笑った。
「あたしがいなくても出来ちゃったんだね」
「……」
 何て答えていいのか判らずに黙っていると、詠美は夜空を見上げた。
「明日はいい天気になりそう……」
 つられるように空を見上げる。
 いくつかの星が見えた。さすがに街中の公園では、晴れていても満天の星空とはいかない。
「そのままで聞いて……」
 詠美の声が聞こえた。
「あたし、ずっと考えてた」
 俺は、夜空を見上げたまま、その声を聞いていた。
「あなたが好き。それは変わらないけど。でも、好きだからって何をしてもいいってわけじゃない……。そうだよね?」
 詠美の声が震えた。
「あたしがあなたを好きでいても、あなたは絶対にあたしには振り向かない。それが判ってて、それでも好きでいるって、単にその先に進むのが怖くて立ち止まってるだけ。そんなの、あたしらしくないよね……」
「詠美……」
「でも、和樹……。恋人がだめでも、友達には、なれるよね……」
 視線を下げる。
 詠美は俺に背中を向けていた。その肩が、震えていた。
「こんなの、虫が良すぎるかな……?」
「……俺が言うのもなんだけど、辛いんじゃないのか、それって?」
「……かもしれない。でも、大丈夫だよ」
 振り返った詠美の頬を、涙が流れ落ちる。その雫が、水銀灯の光にきらめいた。
「誰かが言ってたじゃない。失恋は女を磨くって。和樹、覚悟してなさいよ。あたしを振ったこと、絶対後悔させてやるからねっ!」
 その笑顔は、今まで見た詠美の笑顔のなかで、一番輝いていた。
 だから、俺は右手を差し出した。
「いい友達になれるといいな……」
「……とりあえずは、明日」
 詠美は、ぐいっと腕で涙を拭うと、俺の手を握った。
「がんばろ」
「おう」
 俺は大きく頷いた。

「本当に送って行かなくてもいいのか?」
 俺の家のあるマンションの前で、詠美は笑って答えた。
「いいわよ。襲われちゃたまんないもんね」
「誰が襲うかっ!」
 俺が腕を振り上げると、詠美は軽く手を振って、歩道を駆けていった。
「また明日ね〜」
「おう。風邪引くなよ」
 とりあえず、その後ろ姿に向かってそう叫んでおいて、俺はマンションに入っていった。
 自分の部屋のドアを開けると、声をかける。
「ただいまぁ」
「あっ、おかえりなさい、和樹さん」
 あさひが駆け寄ってきた。
 俺は部屋を見回した。その視線の意味を悟ったのか、あさひが説明した。
「みらいちゃんなら、瑞希さんがご両親と一緒に来られて、預かってもらってますよ」
「そっか。夕飯は?」
 訊ねると、あさひは満面の笑顔になって、部屋の中を指した。
「用意して待ってたんですよ」
 そっちをみると、ちゃぶ台の上に立派な食事が用意してある。
「……もしかして、あさひ?」
「はいっ。私が作りましたっ」
 えへん、と胸を張って答えるあさひ。
「この1ヶ月の間、瑞希さんに教えてもらった集大成です。さ、どうぞ」
「……」
 言えない。実は夕飯はもう食ってきたなんて、とても言えないぞ。
「明日は私も和樹さんも大変だから、せいのつくものをいっぱい作ったんですよ」
 満面の笑顔のあさひに、俺は心の中で悲壮な覚悟を決めて、箸を取ったのだった。

To be continued...

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あとがき

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