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めぐみちゃんとでぇと
第四話 おいたがすぎるぞ

 さて、その頃。ゆかりちゃんは、教室でお友達の夕子ちゃんとお話ししておりました。
「ねぇねぇ、ゆかりぃ、あの公とデートするって噂だけど、マジマジィ?」
「はい、本当ですよ」
 ゆかりちゃんはにっこりと笑って頷きました。
 夕子ちゃんは肩をすくめました。
「怖いもの知らずよねぇ、ゆかりってば」
「そうでしょうか?」
 ゆかりちゃんは小首を傾げました。
「そうだってば!」
 夕子ちゃんは顔をゆかりちゃんの前に突き出して、大声で言いました。
「知ってんの? あの公って、もう何人もの女の子を泣かしてるってもっぱらの噂じゃん」
「まぁ。公さんは小さい頃はいじめっ子だったんでしょうか?」
「だぁー。ちがうってば」
 夕子ちゃんは机の上に突っ伏してしまいました。
 ゆうこちゃんは、にこにこと笑いながら言いました。
「わたくし、公さんと一緒にいられるだけでも楽しゅうございますから」
「はいはい、そーですか?」
 げんなりしたお顔で夕子ちゃんはヒラヒラと手を振りました。仲がいいだけに、夕子ちゃんはゆかりちゃんが結構頑固なことも良く知っているのです。

 一方その頃、別の教室では、めぐみちゃんと見晴ちゃんがお話ししておりました。
「それでね、コアラちゃんってば喜んでいっぱい食べるもんだから、あっという間に無くなっちゃったの」
「そうなの?」
「うん。そしたらね、もっともっとって私にねだるんだけど、それがもう可愛くって!」
 見晴ちゃんはいやいやするみたいに首を振りながら、コアラの縫いぐるみをぎゅっと抱きしめました。
 めぐみちゃんは、その縫いぐるみを羨ましそうに見ました。
「見晴ちゃん、その縫いぐるみ、何処で買ったの?」
「あ、これ? えへへ。実はね……」
 見晴ちゃんは辺りを見回して、ぼそぼそとめぐみちゃんの耳に囁きました。
「……で、買ったの」
「そ、そうなんですか? でも、そこって同人誌……」
 慌ててめぐみちゃんの口を塞いで、見晴ちゃんは叫びました。
「ダメだってば、言ったらぁ!」
「もがもが」
 見晴ちゃんは何を慌ててるんでしょうねぇ?
 その頃、屋上では……。
「お願い……」
「し、詩織……」
 公くんと詩織ちゃんが抱き合っておりました。もっとも、二人とも花も恥じらう高校生ですから、抱き合うといっても大人から見れば微笑ましいものです。
 詩織ちゃんは、公くんの制服の胸に顔を埋めておりました。その瞳からは熱い涙が流れています。
 こんな可憐な女の子のお願いを聞かないなんて男がすたるというものなのですが、あいにく公くんには詩織ちゃんが何をお願いしているのかが良く判っていないのでした。
(とにかく、いかに据え膳といっても、学校で、その、いくところまでいってしまうのはまずいだろうなぁ。しかし、このまま断っても、それはそれで詩織に恥をかかせてしまうことになっちゃうんだろうなぁ。うーむ。どうしたもんかなぁ……)
 こんな事を考えているのでした。
 と、何時までたっても何も言わない公くんに、詩織ちゃんが顔を上げました。
「公くん……。お願い、答えて……」
「お、おお」
 反射的に頷いてしまい、自分を追い込んでしまう公くんでした。
 詩織ちゃんは顔を輝かせました。
「ホントに? 信じていいのね?」
「え?」
「ありがとう。嬉しい……」
 そのまま、詩織ちゃんはまた公くんをぎゅっと抱きしめました。
「し、詩織!?」
(こ、これはやっぱりやっぱということなのか? それならばそれは受けねばなるまい)
 公くんは咳払いしてから、静かに言いました。
「詩織」
 詩織ちゃんの身体がぴくりと反応しました。そして、顔を上げます。
「こ、公くん、どうしたの? 顔が怖いわ……」
「詩織。俺は、俺は〜っ!!」
 ガシャァン そのまま、公くんは詩織ちゃんをフェンスに押しつけました。大きな音がします。
「きゃ!」
「もう君しか見ないよ、詩織!」
 そんなことを言いながら、左手で詩織ちゃんの……。
 バシィィ
 鈍い音がして、そのまま公くんは白目をむいてぶっ倒れました。
「な、なに?」
 びっくりして、詩織ちゃんは公くんの後ろにいる人影を見ました。
「ひ、紐緒さん?」
「まったく」
 休み時間だというのに、セーラー服の上に白衣を着ているような女の子は、きらめき高校には一人しかいません。
 紐緒さんは左手に持った妖しげな機械を懐にしまい込むと、肩をすくめました。
「私の思考を邪魔するような無粋な音を立てないで欲しいものだわね」
「ご、ごめんなさい」
 いえ、別に詩織ちゃんが謝る事はないと思うのですが。
 紐緒さんは公くんを見下ろしました。
「あら、最近噂になってる主人とかいう男子生徒ね。確か古式不動産の次期社長とかいう……」
「違います! 公くんは私の……」
 詩織ちゃんは大声で言ってから、はっと気付いて真っ赤になりました。紐緒さんはもう一度肩をすくめました。
「ま、何でもいいけど、そろそろあの主人を何とかしないと、授業が始まるわよ」
「え? あ、そ、そうよね」
 詩織ちゃんは慌てて、気絶している公くんに駆け寄りました。
「公くん! 公くん!!」
「まぁ、私の作ったハイパースタンガンをまともに受けたから、すくなくとも、あと15分は目が覚めないと思うわ」
 あっさりと紐緒さんは言いました。詩織ちゃんは振り返ると、紐緒さんに飛びかからんばかりの勢いで駆け寄りました。
「公くんは、どうすれば元にもどるんですか?」
「放っておけば目が覚めるわよ。じゃ、私はくだらない授業に出てあげなくちゃいけないから、これで」
 紐緒さんはそう言い残して、屋上から降りていってしまいました。
 詩織ちゃんは、誰もいなくなった屋上を見回してから、公くんの傍らにしゃがみ込み、その頭をそっと持ち上げると、やわらかそうな太股の上にそっと置きました。そして、その耳にそっと囁きます。
「こら、公。おいたがすぎるぞ」
 冬の柔らかな日が二人を照らしていました。
 さて、放課後。
 公くんは首をひねりながら校門にさしかかりました。
「ううーん。どうして1時間目俺はさぼったんだろう? 全然記憶がねぇなぁ……」
「公くん……」
 恥ずかしげな声を聞いて、公くんは振り返りました。
 そこには、頬を紅く染めた詩織ちゃんが、鞄を提げて立っていました。
「あ、詩織じゃないか」
「あのね、公くん。その、……家もお隣同士だし、一緒に帰らない?」
 詩織ちゃんがそう言うと、公くんはあっさりと頷きました。
「いいよ。一緒に帰ろう」
 詩織ちゃんはほっとした顔をしました。
「よかったぁ。それじゃ、帰りましょう」
「うん」
 二人は仲良く帰っていきました。しかし、こうして二人が並んで帰るところは、一人の少女に見られていたのでした。
「詩織ちゃん……。どうして、公くんと一緒に帰ってるの?」
 めぐみちゃんは立ち尽くしていました。
 めぐみちゃんの前を、詩織ちゃんと公くんが仲良く話などしながら歩いていきます。
 ほんの数日前まで、めぐみちゃんを襲おうとする公くんを追い払ってくれていた詩織ちゃんが、その公くんと並んで談笑しながら帰っていく。
 それは、めぐみちゃんにとっては、信じられない事実だったのです。
 それでなくても、あまり人付き合いをしてこなかっためぐみちゃんは、往々にして短絡的なものの見方をしてしまいます。今回も、めぐみちゃんはあっさりと一つの結論を出してしまうのでした。

 −詩織ちゃんは、私を裏切った……−

《続く》

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