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めぐみちゃんとでぇと
第伍話 公くんのいくじなしぃ!

 バタン
 突然ドアを乱暴に閉める音が響き、お昼寝を楽しんでいたムクはびっくりして目を覚ましました。
 彼の優しいご主人様が、ベッドに倒れて泣きじゃくっています。
「うっ、ううっ」
 クゥーン ムクは、ベットに上がると、めぐみちゃんの頭を鼻でつんつんと押しました。
 しかし、めぐみちゃんはひたすら枕に顔を埋めて泣きじゃくるだけでした。

 その頃、一緒に帰ってきた詩織ちゃんと公くんは、近所の公園でお別れしていました。
「それじゃ、俺はこれで」
 と、手を振って自分の家に帰ろうとしていた公くんを、詩織ちゃんが呼び止めます。
「公くん」
「え?」
「あ、あのね、今度の日曜、あいてる?」
「え?」
 公くんははっとしました。日曜日には、公くんはゆかりちゃんとデートする約束があるのです。
 とはいえ、それを正直に言おうものなら、せっかく仲良くなった詩織ちゃんが烈火のごとく怒りだすのは、火を見るよりもあきらかです。
(ど、どうしよう、どうしよう、どうしよぉぉ!!)
 思わず阿波踊りを踊り出す公くんでした。
「こ、公くん?」
「し、詩織!」
 不意に踊りやめると、公くんは詩織ちゃんの両手をぎゅっと握りました。
 ポッ 詩織ちゃんのほっぺたが、電球をつけたみたいに赤く染まります。
 そんな詩織ちゃんの瞳を覗き込むように、公くんは詩織ちゃんの顔に自分の顔を近づけます。
「……うん」
 詩織ちゃんは、そっと目を閉じました。
 ドキドキドキ
(い、いつかは来ると思ってたんだけど、まさか今日だなんて。あーん、帰る前に歯を磨いておけばよかったぁ)
(し、詩織が目を閉じたぞ。これは覚悟完了の証なのか? こうなったら特攻形態か?)
 公くんの考えは相変わらずわけがわかりませんねぇ。
「だからね、あたしはヨッシーなんてなんとも思ってないってば」
 たまたま帰り道が一緒になった夕子ちゃんと沙希ちゃんは、マクドナルドでポテトを一緒にぱくついていました。
 沙希ちゃんが、長いポテトを片手で振りながら言いました。
「そっかなぁ。でも、夕子ちゃんと好雄君、よく一緒に遊びに行ってるじゃないの。この間も見ちゃったわよ。二人でいかがわしいところから出てくるブッ」
「なんて事言うのだ、このクチはぁぁ」
 夕子ちゃんが、沙希ちゃんの口を思いっきり引っ張っています。
「いひゃいいひゃい、ふぉふぇんなふぁい」
「判ればよろしい」
 夕子ちゃんは手を離すと、ストローをくわえながら言いました。
「大体、いかがわしいところって何よぉ。駅前のゲーセンじゃない」
「十分いかがわし……あ!」
 口をさすりながら何か言い返そうとした沙希ちゃんは、窓越しに通りの向こうを見て、夕子ちゃんを突っつきます。
「夕子ちゃん、夕子ちゃん。ほら、あれ」
「あ、ヨッシーと……ゆかり?」
 思わず夕子ちゃんは目をぱちくりさせました。
 確かに夕子ちゃんはゆかりちゃんとも仲がいいですし、好雄君も美少女にはチェックを入れる癖がありますから、二人ともお互いのことは知っているはずですが、一緒に帰るほど仲が良かったとは、夕子ちゃんは知りませんでした。
 二人はなごやかに笑いあいながら、マクドナルドの前を通り過ぎていきました。
 夕子ちゃんは不意に立ち上がりました。シェーキの蓋を開けると、中身を一気に飲み干し、そして沙希ちゃんの襟を掴んで引っ張り上げます。
「きゃん」
「沙希、追いかけるわよ!」
「え? な、なによ、あたしまだ……」
「うだうだ言わないの! ほらほら行くわよ!」
「ああーん、あたしのチョコシェーキとポテトのLがぁぁぁぁ」
 じたばたする沙希ちゃんを引っ張りながら、夕子ちゃんはぶつぶつ呟いていました。
「ヨッシーのやつぅ、あたしに彼氏がいないってのに彼女作ろうってわけぇ? 上等じゃん。邪魔して邪魔して邪魔しまくってやるもん。見てなさいよぉ。うふ、うふふ」
 さてその頃、きらめき高校では、結奈さんが電送実験に成功していたり、未緒ちゃんが図書室で禁断の秘蔵書を発見したり、鏡FCと伊集院親衛隊が激突したり、望ちゃんが非公認日本記録を作ったりしていたのですが、この話には関係ないので省きます。
 ドキドキドキドキドキ
 詩織ちゃんの胸は、張り裂けんばかりに高鳴っていました。
 それもそのはず、純潔の乙女詩織ちゃんは、今までキスしたことがないんです。
 まさに未踏峰。初めての体験です。
(ファーストキッスはレモンの味って言うけどホントなのかな。ああ、もうすぐ私も大人になっちゃうのね。さよなら、少女の私)
 わくわく半分、怖さ半分といったところですか。
 しかし、それにしても遅いですね。
「……?」
 何も起きないので、詩織ちゃんは薄目を開けました。
 公くんの姿がありません。
「あら? 公くん? 公くん!? ……んもう!」
 詩織ちゃんは、ぷんすかと膨れて腕を組みました。
「公くんのいくじなしぃ! もう、知らない!!」
(でも、ちょっとほっとしたかなぁ……)
 そのまま帰っていく詩織ちゃんを、茂みに隠れて見送る公くん。ご丁寧に頭に木の枝をさしています。
「あーあ、怒らせちゃったかなぁ。でも、これでいいのだよな。お互いに卒業までは清い身体でいなくっちゃね。それに、なんとか日曜もごまかせたし」
 そう呟くと、公くんは立ち上がってズボンをぱんぱんとはたきました。
「それじゃ、帰るか」
 鞄を担ぎ上げて家に帰りかけたところで、公くんの足はぴたりと止まりました。
 詩織ちゃんが、公くんの家の門柱にもたれて立っています。
(ま、待ち伏せか!?)
 公くん、絶体絶命の危機となりました。
「なんであたしがぁ……」
「しっ!! 黙って!」
 夕子ちゃんと沙希ちゃんは、雑踏の中を歩く好雄君とゆかりちゃんを追いかけています。二人はのんびりと歩いているので、見失うことはないのですが、ともすれば追い抜いてしまいそうになるのが欠点でしょうか。
 と、二人は不意に立ち止まりました。夕子ちゃんは耳をそばだてました。
「必殺、朝日奈センサーオン!」
「沙希ぃ、くだらない事言ってるとスターダストくらわすよ」
 そういうと、二人に視線を移す夕子ちゃん。
 会話が聞こえてきました。
「はぁ、そうなのですか。それはぜひとも、教えていただきたいですねぇ」
「まかせとけって。あ、ここ空いてるな。入ろうぜ」
「はい、よろしいですよ」
 二人はお店に入っていきます。夕子ちゃんは二人の姿が無くなってから、その店の前に駆け出して、確かめます。
「カラオケかぁ……」
「どうするの、夕子ちゃん」
「モチ、行くわよ、沙希!」
「え? だって、あたしお金持ってないよぉ」
「しょうがない。経費で落とそう」
「何の経費よぉぉ」
 というわけで、二人は好雄君とゆかりちゃんの後を追ってカラオケボックスに潜入するのでした。
(どうしたもんかなぁ。やっぱ塀を乗り越えて裏口から突入かなぁ)
 物陰に身を潜めて、公くんは自分の家にどう帰るかで頭を悩ましていました。なにせ、門のところでは、詩織ちゃんがじっと待っているのです。これでは正面突破もままなりません。
 と、不意に公くんの家の玄関が開きました。公くんのお母さんが買い物に出掛けようとしています。
「あら、詩織ちゃん」
「あ、こんにちわ、おばさま」
「どうしたの、こんなところで。公なら、まだ帰ってないけど」
「やっぱりそうですか。いえ、ちょっと公くんに話があるので……」
「そうなの。そんな所じゃ寒いでしょう? 中で待ったら?」
「いえ、そんな……」
「構わないわよ。私、今からちょっと買い物に行くから、お留守番って事で」
「そうですか? じゃ、お邪魔します」
 詩織ちゃんは軽く頭を下げて、家の中に入っていきました。
(お、お袋ぉぉぉ)
 思わず涙する公くんでした。でも、自業自得ですね。
 さて、その頃。
(許せない)
 泣いていためぐみちゃんは、むっくりと体を起こしました。
 ムクは、その瞳がいつもの優しいめぐみちゃんとは違っていることに気付いて、思わず後ずさりしました。
 めぐみちゃんは、そのまま怯えるムクを抱き上げて、話しかけました。
「ムクは、ずっと私のお友達だものね。うふっ、うふふふふっ」
 と、その時。
 トルルル、トルルル
 電話のベルが鳴りました。めぐみちゃんはのろのろと手を伸ばして、受話器を取ります。
「はい、美樹原です」
「もしもし、館林です。あのね、今日暇? 暇なのね? それじゃ、遊びに行くね。それじゃ」
 プツッ
 一方的に喋って、電話は切れました。めぐみちゃんは、ゆっくりと立ち上がり、そして制服を脱ぎはじめました。

《続く》

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