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めぐみちゃんとでぇと
第六話 嘘つき!!

沙希ちゃんと夕子ちゃんは、好雄くんとゆかりちゃんを追って、カラオケボックスに入りました。
運良くカラオケボックスはすいていて、二人はうまいこと、好雄くんたちの隣のボックスに入ることが出来たのですが……。
「よぉし、朝日奈夕子、“アンテナ・ライフ”歌いまぁす!」
「ちょ、ちょっとひなちゃん、歌いに来たんじゃないでしょ!?」
「気にしない気にしない。ピッポッパ、と」
夕子ちゃんがリモコンを操作すると、ポップな前奏が流れ出しました。夕子ちゃんはマイクを握って、すっかりその気のようです。
「はぁ」
思わず溜息ついて、沙希ちゃんは本を広げました。
「“出逢えてよかった”入ってるかなぁ?」
さてその頃。
ピンポォン
「はい」
チャイムの音に、めぐみちゃんはドアを開けました。
「おー、寒かったぁ」
見晴ちゃんが入ってきました。
「どうぞ、上がって」
「うん」
見晴ちゃんは靴を脱ぐと、めぐみちゃんの家にお邪魔します。
「そんなに寒かったの?」
「とってもしばれちゃったわぁ」
見晴ちゃんは答えると、奥から駆け出してきたムクを抱き上げました。
「ムクちゃん、元気だったぁ? ムクちゃん?」
ムクの様子が、なんとなくいつもと違います。いつもなら、見晴ちゃんが抱き上げても、ムクは必ずめぐみちゃんを見ているのですが、今日のムクは見晴ちゃんの胸に顔を埋めているのです。
ますますもって羨ましい犬ですね。
「愛ちゃん、あの……」
振り返って、見晴ちゃんはそのまま後ずさりました。
めぐみちゃんは、ただ黙ってじっと見晴ちゃんを見つめています。その唇には笑みが浮かんでいます。
でも、それはいつものあの、人をホッとさせてくれるめぐみちゃんの気弱げな笑みではありません。
トン
見晴ちゃんの背中が、廊下の壁に当たりました。見晴ちゃんはそのまま、壁づたいにズルズルと下がります。少しでもめぐみちゃんから離れようとするように。
そんな見晴ちゃんを見て、めぐみちゃんは呟きました。
「やっぱり、見晴ちゃんも詩織ちゃんと同じなんだ……」
「な、何を、言ってるの?」
見晴ちゃんは聞き返し、そして声を出すことでちょっと落ちついたようです。ムクを抱き抱えたまま、めぐみちゃんに言いました。
「何かあったの、めぐみちゃん。私じゃ、何もできないの?」
その見晴ちゃんの言葉は、めぐみちゃんにある人を思い出させました。
『メグ、何かできることがあったらいつでも言ってね。きっと、力になってあげる』
「嘘つき!!」
パァン
めぐみちゃんは、右手を振り上げて、目の前の幻の詩織ちゃんをひっぱたこうとしました。
でも、見晴ちゃんにとっては、めぐみちゃんが自分をひっぱたこうとしたとしか思えませんでした。咄嗟に首をすくめます。
めぐみちゃんの右手が、見晴ちゃんの頭をかすめ、そして右の髪飾りを引っかけました。
プチン
微かな音がしてゴムが切れ、見晴ちゃんの右の髪が広がります。
パサァッ
長く綺麗な髪は、微かにウェーブが掛かっています。
見晴ちゃんはそのまま、廊下にぺたんと座り込んでしまいました。
「め、愛ちゃん……」
はぁはぁはぁ めぐみちゃんは、荒い息をつきながら、その見晴ちゃんをじっと見おろしていました。
その栗色の瞳から、涙が一筋流れ落ちます。
めぐみちゃんの唇から、呟きが漏れました。
「ずっと、ずっと友達だって……嘘つき……詩織ちゃんの嘘つき」
「詩織……ちゃん?」
見晴ちゃんは目をぱちくりさせながら、めぐみちゃんを見上げました。
さて、その頃。
「こうしてても埒があかないな。こうなったら男は正々堂々正面突破だ!」
公くんはついに覚悟を決めたようです。堂々と正面から自分の家に乗り込みました。
ドアを開けて、そのまま凍り付きました。
土間に腰掛けていた詩織ちゃんが立ち上がります。
「あ、公くん!」
詩織ちゃんが家の中にいるのはわかっていたものの、まさか玄関にいるとは思わなかった公くん、慌てましたがもう遅いです。
「し、詩織?」
「ずっと、待ってたんだからね!」
詩織ちゃんは、口を尖らせて言いました。
「い、いやぁ、なはは」
片手を後頭部に当てて意味不明な笑いをあげる公くんに、詩織ちゃんは訊ねました。
「でも、どうしてあの時……行っちゃったの?」
「え?」
さすがに鈍い公くんでも、詩織ちゃんが何のことを言っているのかはわかりました。どうしてキスしかけたくせに、途中で消えちゃったのかと詩織ちゃんは責めているのです。
公くんは頭の中をフル回転させて、やっと一昔前の青春小説の筋を思い出しました。詩織ちゃんの肩に手をかけて、ふっと笑います。
「詩織の事を大事にしたかったからさ」
今時、こんな言葉でごまかせるとも思えませんが……。
「こ、公くん……、それ、本当?」
「もちろんさ、詩織。僕は君が大事だからこそ、焦りたくはなかったのさ」
「嬉しい……」
目に涙まで浮かべて喜ぶ詩織ちゃんです。さすがに純情な乙女はひと味違いますね。
公くんはほっとしました。
(これで、何とかごまかせたかな?)
「ねぇ」
不意に、詩織ちゃんは公くんの胸に自分の頭を預けながら、訊ねました。
「公くん。日曜日、あいてるかな?」
「あう」
さすが詩織ちゃん。公くんの青春攻撃にごまかされませんね。
「そ、それは、その……」
「あいて、ないの?」
ムッとした顔で、詩織ちゃんは公くんの胸から離れて、向かい合います。
「あ、その、お袋が……」
「公くんのおばさんはPTA総会でしょう?」
「いや、親父の……」
「公くんのおじさんは、確かゴルフじゃなかったっけ?」
(どうして詩織が俺も知らんような親父やお袋のスケジュールを知ってるんだ?)
ますます公くん焦ります。
「あ、えっと、その……」
詩織ちゃんの口調が急変します。
「まさか、もう予定が入ってるんじゃないでしょうね?」
「え、あ、あの……」
「あまつさえ、他の娘とのデートとか?」
ああっ、ますます寒い口調。既に氷点下でしょうか?
「あの、ですね、詩織……さん?」
「それも、古式さん、じゃないでしょうね?」
(み、見すかされている……)
公くん、絶体絶命のピンチになりました。さらに詩織ちゃんは追い打ちをかけます。
「公くん、言ってくれたもんね。古式さんとはもう付き合わないって。あの言葉は嘘だったのかしら?」
(お、俺そんなこと言ったっけ?)
思わず聞き返しかけ、慌てて公くんは口を閉ざしました。賢明な判断といえましょう。そんなことを聞いた日には……、くわばらくわばら。
この局面を乗り切る方法はもう一つしかありません。
公くんはがっくりと肩を落として頷きました。
「いいよ。何処へ行くの?」
「わぁい」
一転、詩織ちゃんは無邪気に喜びました。
「それじゃね、中央公園に行かない?」
(よりによって中央公園!? 詩織、俺に恨みでもあるのかぁ?)
そう言いたくても言えない男の辛さ。公くんは頷きました。
「そこでいいよ」
「よかったぁ。断られたらどうしようかと思っちゃった」
詩織ちゃんはえへへと笑って、ぺろっと舌を出しました。
「なはは」
公くんは意味不明な笑いをあげながら、心の中で呟いていました。
(俺の青春、ここに潰えり)
トルルル、トルルル
インターホンが鳴り、沙希ちゃんはそれを取って耳に押しつけました。
「もしもし……? あ、時間ですか? ちょっと待って下さい。夕子ちゃん、延長するの?」
「え? もうそんな時間かぁ。今日はやめとくね」
「わかったわ。じゃ……あ、はい。もう出ますから……はい」
カチャ
インターホンを元の位置に戻して、沙希ちゃんは振り返りました。
「それじゃ、もう出る?」
「そーね。……ああーっ!!」
不意に夕子ちゃんは叫ぶと、脱兎のごとく外に飛び出しました。
「え? 何々?」
沙希ちゃんは、夕子ちゃんの鞄と自分の鞄を持って、夕子ちゃんを追いかけます。
夕子ちゃんは隣の部屋の前で、拳を握り締めて立ち尽くしていました。
「くっそぉ。逃げられたかぁ」
2時間も熱唱していれば、当たり前ですね。
合掌。
《続く》

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