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めぐみちゃんとでぇと
第七話 白のレースはやめとけ

「やっぱり片方だけおろすと、へんよねぇ」
 見晴ちゃんは大きな鏡に映った自分を見てそう呟くと、左側の髪留めも外しました。
 左の輪っかが、水が流れ落ちるようにさらりと崩れて、ふわりと肩の上に広がります。
「あ、愛ちゃん、ブラシ貸して」
「う、うん。はい」
「ありがとぉ」
 そう言って、ブラシで髪をとかす見晴ちゃん。いつも編み上げてるわりには髪の毛はつやつやしてて枝毛もないようです。きっと日頃のお手入れがちゃんと行き渡っているのでしょうね。
「でも、このままだとじゃまよねぇ。よしっと、こうしちゃおう」
 見晴ちゃんは、髪の毛をまとめて後ろに持ち上げると、ゴム輪でとめました。鏡を見ながらちょいちょいと形を整えます。
「こんなものかなぁ」
 見事なポニーテイルですね。
「あ、あの……」
 めぐみちゃんが話しかけます。その胸にはムクが抱かれています。
 どうやら、いつものめぐみちゃんに戻ったようですね。
「え? どうしたの?」
「ご、ごめんなさい」
 めぐみちゃんは泣きそうな顔をして見晴ちゃんに頭を下げました。
「わ、私、その、……」
「ううん」
 見晴ちゃんは目を閉じて、首を横に振りました。そして、にっこりと笑いました。
「私たち、お友達でしょ?」
「見晴ちゃん……」
 ポタリ
 ムクは、鼻の頭に水滴が落ちてきたので、それをなめとりました。それから、不思議そうに頭上を見上げます。
 ポタリ
 もう一滴、水滴がムクの顔に掛かりました。
「うえっ、ひっく」
「ほらほら、泣かないの」
 見晴ちゃんは、めぐみちゃんの頭をそっと抱き寄せました。めぐみちゃんはその胸にすがりつくように泣き崩れました。
 それにしても、見晴ちゃんとめぐみちゃんの胸の間に挟まれたムク。実にうらやましいですね。

「それじゃあね、公くん! るんるんるーん」
 詩織ちゃんは上機嫌で帰っていきました。
 公くんは、がっくりと土間に座り込んでいます。
「ああー、どうしよう。ゆかりちゃんに断りの電話でも入れるかなぁ」
 そう言いながら、のろのろと立ち上がる公くん。
 と、
 トルルル、トルルル
 タイミング良く電話が鳴りました。公くんは受話器を取ります。
「はい、主人です」
「もうしわけありません。古式、ともうしますが、主人公さんはご在宅でございましょうか?」
 この丁寧でいて上品な言葉遣いは、間違いなく、古式ゆかりちゃんその人です。
「あ、俺だけど」
「まぁ、公さんでしたか」
 いかにも嬉しそうな声を聞いて、思わず罪悪感に浸る公くんでした。
「あ、あのさ、ゆかりちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「あの、日曜日のことなんだけど」
「日曜日ですか。とても楽しみですねぇ」
「あう」
 先制パンチを浴びてしまった公くん、慌てて言おうとします。
「そ、そのね」
「実は、公さんをちょっと驚かせて差し上げましょうと思いまして、準備しておりますのよ」
「え?」
「でも、日曜日までのヒミツですから、教えるわけには参りません。申しわけありません」
「あ、いや、そうじゃなくて、その……」
「とっても楽しみですねぇ。それでは、失礼いたします」
 カチャ 電話が切れてしまいました。公くんは受話器を握りしめたまま天を仰ぎました。
「あうー、どうしてこんな事になってしまったんだぁ〜〜?」
 自業自得ですよね。
 さてその頃。
 沙希ちゃんとお別れした夕子ちゃんは、公園で一人ブランコに座っていました。
「ちぇ、沙希めぇ、どうしてカラオケ代半分しか出してくれないのよぉ」
 元はと言えば、夕子ちゃんが強引に引っ張って行ったのですから、半分出してくれただけでも、沙希ちゃんの人の良さが窺えるというものですが。
 と、不意に彼女は顔を上げました。
 公園の前の道を、見慣れたオレンジがかった茶色の髪の男の子が歩いていくのを見つけたのです。
「よっしー!」
 叫びながら、駆け出す夕子ちゃん。夕子ちゃんは、好雄くんが帰るときに必ずこの公園を通ることを知っていて、ここで待ちかまえていたのでした。
「や、朝日奈じゃないか」
 と言いかけたところで、好雄くんは夕子ちゃんのラリアットをくらって道路にブッ倒れました。それでもスグに立ち上がるあたり、さすがに毎日優美ちゃんの特訓を受けているだけのことはありますね。
「何をするんだ!」
「うっさいわね! さぁ、正直に話してもらいましょうか?」
 夕子ちゃんは、好雄くんの襟首を掴んで引きずり起こします。
「な、何をだ?」
「あたし、見たんだかんね! ゆかりとどっかに行ってたっしょ!?」
「え?」
「言い逃れはきかないかんね! さっさと答えなさいっ」
 言いながら、好雄くんのあたまをかっくんかっくんと振る夕子ちゃん。
「あ、いや、それはぁ……」
「むぅ、まだ言わないかぁ!!」
 しかし、天下の往来で、好雄くんに馬乗りになっている夕子ちゃん。考えようによってはかなりアブナイですね。
 ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら、めぐみちゃんは見晴ちゃんに全部を話しました。
 公くんにデートで襲われそうになったこと。
 それを守ってくれていた詩織ちゃんが、突然公くんと仲良くなったこと。
 めぐみちゃんが裏切られたと思ったこと。
「……そうだったんだ」
 見晴ちゃんは、不意にぎゅっとめぐみちゃんの頭を抱きしめました。
「愛ちゃん、可愛いんだからもう!」
「み、見晴ちゃん?」
「いいよ、愛ちゃん。私が手伝ってあげるね」
 めぐみちゃんを解放すると、見晴ちゃんは腕捲くりをしました。
「まかせといて! 鉄山靠だって崩拳だって何でも教えてあげちゃうね」
「あ……」
「遠慮すること無いのよ。だって、私たち、お友達でしょう?」
 見晴ちゃんは、めぐみちゃんの手をぎゅっと握りました。
「見晴ちゃん……」
 めぐみちゃんの目に涙が浮かびました。でも、その涙はさっきの涙とはまた違う涙でした。
「わかった、喋る、喋るからどけって!」
 好雄くんはとうとう根負けしたように叫びました。
「マジに?」
「マジマジ」
「ん、わかればよろしい」
 夕子ちゃんは好雄くんの上から退きました。それから立ち上がると、腰に手を当てて訊ねました。
「で?」
「その前にひとついいか?」
 道路に横になったまま、顔だけ起こして好雄くんが言いました。
「あによぉ」
「あのな、朝日奈。最新流行か何かしらんが、白のレースはやめとけ。透けて見え……」
 好雄くんは最後まで言えませんでした。夕子ちゃんがスカートを押さえながら超音速のローリングソバットを好雄くんの後頭部に叩き込んだからです。
「ぐはぁっ」
 そのまま好雄くんはブッ倒れました。慌てて夕子ちゃんは好雄くんを引きずり起こします。
「こ、こら、よっしー、起きなさいっ! 起きろー!!」
 薄れゆく意識の中で、好雄くんはVサインをしていたに違いありません。
 そんなこんなで、翌日になりました。
 朝公くんが重い気持ちでドアを開けると、門の前に詩織ちゃんが立っていました。
「し、詩織っ!?」
「あ、公くん。おはよ」
 詩織ちゃんはにっこりと笑うと、すすっと公くんの横に並んで、腕を絡ませました。
「ねぇ、一緒に学校に行きましょう」
「い、いいねぇ。行こうか」
 内心、「もうだめかもしれない」と涙する公くんでした。
 一方の詩織ちゃんはもう喜色満面。飛ぶ鳥をも射落としかねない勢いです。
(ああっ、これが女のし・あ・わ・せってものなのよねぇ)
「ねぇ、公くん」
「え?」
「帰りも、一緒に帰りましょうね」
「……はい」
 がっくりとうなだれる公くんを引っ張るように、詩織ちゃんはいそいそときらめき高校に向かうのでした。
 そんな詩織ちゃんは、毎晩のようにかかってきためぐみちゃんからの電話が昨晩は無かったことに、全然気付いていなかったのです。

《続く》

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