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めぐみちゃんとでぇと
第八話 お弁当作り過ぎちゃって

幸いにも朝早かったせいもあって、詩織ちゃんと公くんは誰にも見られずに学校にやってきました。
でも、詩織ちゃんとの事が噂になったら、めぐみちゃん、ゆかりちゃんに続いてまた公くんのゴシップ歴がひとつ増えることは間違いありません。
「あ、あのさ、詩織。学校では、その、ね」
「え? あ……」
詩織ちゃんもそれに気付いて、残念そうに腕を放しました。その弾みに、公くんの肘が、詩織ちゃんの胸に当たりました。
「あ、やだぁ」
「ご、ごめん」
慌てて腕を引っ込めた公くんに詩織ちゃんはふるふると首を振りました。
「ううん、いいの。だって、……公くんだもん」
さすがに最後の言葉で真っ赤になっているあたり、純情ですね。もじもじしながら上目遣いにちらっと公くんを見ています。
「詩織、今、なんて?」
「や、やだぁ、恥ずかしいんだから、何度も言わせないで、よっ!」
ドォン
突き飛ばされて、公くんは思わずよろけました。
「し……」
「じゃあ、公くん、また後でね! やーん、恥ずかしいぃ」
そのまま詩織ちゃんは走っていってしまいました。公くんは唖然とその後ろ姿を見送るのでした。
「詩織……ネジが外れたのか?」
何事もなく時間が過ぎて、昼休みになりました。
「さて、飯でも食いに行くかな」
そう呟いて、廊下に出ます。
「あ、あの、主人くん」
横から声を掛けられて、公くんはそちらに視線を向けました。
「虹野さんじゃないか。どうしたの?」
活発そうなショートヘアがお似合いの、運動部のアイドルこと虹野沙希ちゃんです。後ろ手に袋を下げて、もじもじしています。
「あ、あのね、主人くん。お昼は?」
「いや、まだだけど」
「よかったぁ。実は、お弁当作り過ぎちゃって……。よかったら一緒に食べない?」
「いいよ」
あっさり答える公くんに、沙希ちゃんは嬉しそうに笑いました。
「それじゃ、中庭に行きましょう!」
「うん、行こう」
そう答えながら、公くんは内心思いました。
(これは、美味しいシチュエーションだぞ)
パクパクモグモグ、ゴックン
「ふわぁ、うまかったぁ」
公くんはお弁当を平らげると、大きく息をつきました。
「お粗末でした」
沙希ちゃんは、お弁当を片づけながら、ぺこりと頭を下げました。
(うーん、こういう家庭的な娘もいいんだよなぁ。お料理は上手いし、よく気がつくし、優しいし、言うことないじゃんねぇ。こんな娘はいい奥さんになるよなぁ……)
お腹がいっぱいになった公くんはかいがいしく働く沙希ちゃんを見つめながら思うのでした。
(やっぱりエプロンだよなぁ。男のロマンってやつかなぁ。で、後ろからこう……)
「こ、公くん」
「え?」
沙希ちゃんの声で、公くんは我に返りました。
お弁当を片づけた沙希ちゃんが、まじめな顔をして公くんを見つめています。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「いいけど……」
サァッ
そよ風が、沙希ちゃんと公くんの髪を揺らします。
沙希ちゃんは、思い切ったように言いました。
「公くんって、藤崎さんのことをどう思ってるの?」
「公くん、何処に行っちゃったのかなぁ」
詩織ちゃんは公くんを捜して、走り回っていました。手には、詩織ちゃんお手製のお弁当が乗っています。
授業が終わって、詩織ちゃんが(これ、公くん喜んでくれるよね。うふふ)なんて百面相している間に、公くんはふらっと教室から出ていってしまったのです。
(んもう、詩織のバカバカバカァ。せっかく朝早く起きて作ったのに……)
と、その耳に、声が聞こえてきました。
「どうって、言われても……」
「お願い、答えて」
(今の、公くんと……虹野さん?)
詩織ちゃんは、お弁当を胸に抱えるようにして、校舎の角を曲がりました。そこから中庭が見渡せます。
以外と近くに二人がいました。とっさに校舎の影に詩織ちゃんは隠れます。
(どうして、二人が……?)
心の中で呟きながら、そっと二人の様子をうかがいました。
そんなことはつゆ知らない公くん。
(ど、どうしよう。正直に答えるか? いや待てよ。正直にといったって、今の俺は詩織のことをどう思ってるんだ? 確かにずっと憧れてたし、恋人になりたいって思ってたけど、でも最近の詩織はちょっと遠慮したいような、いやでも俺が望んでいた展開って言えばそうなんだけど、でもなんか違うよーな……)
「公くん!」
「は、はいっ」
沙希ちゃんは、そのひたむきな視線でじっと公くんを見つめています。
「お、俺は……」
ゴクリ
沙希ちゃん、そして物陰で見つめる詩織ちゃんが同時に喉を鳴らしました。
公くん、ゆっくりと言います。
「俺は、詩織のことを……」
「待てーっ!!」
「いやだーっ!!」
不意に叫び声が聞こえたかと思うと、バタバタと足音が聞こえてきました。そして、好雄くんが全力疾走してきます。
「よ、好雄?」
「よう、公に虹野さん。元気に……わーっ!」
「待てって言ってるっしょ! さっさと正直に話せば罪も軽いぞっ!!」
好雄くんを上回る勢いで、夕子ちゃんが走ってきます。好雄くんは飛び上がると、慌てて走り出しました。
「それじゃーな、お二人さん!」
「待ちぃっ! あ、沙希に公くん。まったねー!」
夕子ちゃんは軽く手を振って、また好雄くんを追いかけていきました。
沙希ちゃんはそれを見送って、ふうとため息をつきました。
「なんだか、気が抜けちゃった。ごめんね、公くん。変なこと聞いたりして」
「え?」
「それじゃ、またね」
「あ、うん。お弁当おいしかったな」
公くんはほっとして、笑顔で言いました。沙希ちゃんは喜んで笑いました。
「ほんと? それじゃ、またつくってくるね!」
「うん。お願いするよ」
「じゃ、ね」
沙希ちゃんはぽっと頬を赤らめて、小走りにその場を去りました。公くんは、沙希ちゃんが校舎の角を曲がっていくと、振っていた手をおろしてひとりごちました。
「それにしても、噂通り美味しいお弁当だったな」
「そうなんだ」
「そうなんだよ、これが……って、わぁ、詩織!?」
公くんの真後ろに、詩織ちゃんが登場です。腕を組んで、ぷんとむくれています。
「どーせ、私はお料理下手ですよぉだ」
「い、いや、ね、そのね」
「公くんの莫迦! もう、知らないっ!!」
詩織ちゃんは、持っていたお弁当箱を公くんに押しつけると、そのまま走って行ってしまいました。
「し、詩織……はっ、これはお弁当箱……」
公くん、今さら気付いたようですね。
その場にしゃがみ込むと、蓋を開けてみます。
「……わるいこと、しちゃったな」
そう呟くと、公くんは詩織ちゃんの駆け去った方向に目を向けて、叫びました。
「だけど、せめて箸は置いていってくれ!!」
さて、詩織ちゃんは走り疲れたのか、足を止めると、校舎の柱に手をついて、息を整えました。
その目に、友達の姿が映ります。
めぐみちゃんです。にこにこしながら、食堂から出てきました。
詩織ちゃんは声を掛けようと思っててをあげました。
「メ……グ」
でも、その声は喉に引っかかったように止まりました。
めぐみちゃんは食堂の方に振り向くと、楽しそうに声を掛けました。その声に呼ばれたように、緑色の変な髪型の女の子が飛び出してきました。
そして二人は詩織ちゃんの方に向かってきます。詩織ちゃんはとっさに柱の影に隠れました。
二人が詩織ちゃんの前を通り過ぎていきます。
「でね、こあらちゃんがこーんな顔するのよ」
「そうなの? ふふふ、おもしろい……」
「でしょでしょ? もう、かわいいんだからぁ」
楽しそうな笑い声をあげながら、二人は向こうに歩いていきます。
詩織ちゃんはめぐみちゃんのあんな楽しそうな笑い声をきいたことがないような気がしていました。
「メグ……」
呆然と、二人を見送る詩織ちゃん。その膝がかくんと折れて、彼女はその場にしゃがみ込んでいました。
「私……、どうして……、……メグ……」
詩織ちゃんの唇から、呟きが漏れましたが、それを聞いているのは誰もいませんでした。
《続く》

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