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めぐみちゃんとでぇと
第拾話 勝てるわけないじゃない

公くんはめぐみちゃんの前に土下座しました。そして、頭を地面につくくらい下げます。
「ごめん、愛ちゃん!」
「あきゃぁ!!」
その公くんの上を、見晴ちゃんの必殺技が大きくすかります。
「え?」
思わず顔を上げて振り返る公くんと、その姿勢のまま凍り付く見晴ちゃんの視線がぴったりと合います。
一瞬の沈黙。
公くんは、恐る恐る声をかけます。
「き、君は……」
「あ、ご、ごめんなさい。またぶつかっちゃったね。それじゃ!」
見晴ちゃんは真っ赤になると、しどろもどろにそれだけ言って、走って行ってしまいました。それを見送りながら、公くん呟きます。
「ぶつかってないんだけどなぁ」
見晴ちゃんは一気に曲がり角を曲がると、そこで立ち止まり、塀に寄り掛かって胸に手を当てました。
ドキドキしています。
「はふう。あー、恥ずかしかったよぉぉ」
(でも、公さんとお話ししちゃった。うふ、うふふ、見晴、感激ぃ!! もう一生忘れません!)
見晴ちゃん、ウルウルしながら空を見上げます。
(やっぱりステキ! 一目惚れを信じててよかったぁ!)
一体公くんのどこがそんなにいいんでしょうねぇ。
公くんはめぐみちゃんの方に向き直って、もう一度頭を下げました。
「本当にごめん。謝って許して貰えるとは思ってないんだけど、どうしても謝りたかったんだ」
「こ、公さん……」
めぐみちゃんは目をぱちくりさせています。
「それじゃ、私をずっと追いかけていたのは……」
「うん、謝りたかったからなんだ」
とてもそうは見えませんでしたけれどもねぇ。
優しいめぐみちゃんは、公くんをそのままにして帰る事なんて出来ませんでした。
「あ、あの、顔を……上げてください……」
「え? それじゃ、許してくれるの!?」
ばっと顔を上げて、公くんはめぐみちゃんに訊ねました。
その真っ直ぐな瞳に見つめられて、めぐみちゃんの小さな胸がドキンと高鳴ります。
(や、やだ、どうしたのかしら、私……。そういえば、さっきまで公さんのこと大嫌いだったはずなのに、今は……)
ポッとめぐみちゃんは赤くなりました。そのまま、頬を手で挟んで横を向いてしまいます。
「……愛ちゃん?」
「や。恥ずかしいです……」
そのまま、愛ちゃんはすたすたっと走って行ってしまいました。
「……なんだかしらんが、とにかくよし」
公くんはほっとため息をつきました。そして、るんるんと帰っていきました。
未緒ちゃんは、詩織ちゃんの様子に気がついて、はっとして口を押さえました。
「ごめんなさい、藤崎さん。言い過ぎました」
「ううん、いいの」
詩織ちゃんは静かに首を振りました。それから、にこっと笑います。
「如月さんの言うとおりだと思う。私、自分が傷つくことが怖かったのよ、きっと。だから……」
「藤崎さん……」
「でも、私、後悔はしたくないの」
詩織ちゃんは立ち上がりました。
「だから、この想いは貫いてみせるわ! 傷ついたって、負けたりなんかしない」
「……」
「聞いて貰ってありがとう、如月さん」
詩織ちゃんは、詩織ちゃんの手をぎゅっと握ると、鞄を持って笑いかけます。
「一緒に帰ろっ」
「はい、いいですよ」
未緒ちゃんもにっこりと笑うと、立ち上がりました。一瞬、その笑顔を影がかすめました。
(やっぱり、藤崎さんは強いんですね。私は偉そうな事を言っても、何もできないのに……)
「何か言った、如月さん?」
詩織ちゃんが振り返りました。未緒ちゃんは微笑んで首を振ります。
「さぁ、早く帰りましょう」
「そうね。暗くなっちゃうもんね」
詩織ちゃんは、鞄を胸に抱いて教室を出ます。その後から未緒ちゃんが出て、そして教室は静かになりました。
夜になりました。
公くんはるんるん気分で好雄くんに電話しています。
「……ってわけで、俺、やっと美樹原さんに謝れたぜ。これも好雄のおかげだな」
「やっとかよ。まぁ、いいか」
「ああ、なんだか肩の重荷がすっと取れたみたいで、気分いいなぁ」
「気分いいところ悪いんだが、日曜はどうするんだ?」
ピシッ
電話機を持ったまま、公くんは凍り付きました。
「もしもし、公?」
「……なんだか、肩に象が16匹乗ってるような気がする……」
「あんだよ。まだ何も考えてなかったのか?」
好雄くんはため息をつきました。それから訊ねます。
「藤崎さんとのデートは中央公園で10時に待ち合わせだったよな?」
「ああ……って、なんで好雄が知ってるんだ?」
公くんは驚いて聞き返します。このスケジュールは、今朝一緒に登校のとき、真っ赤になって腕にしがみついている詩織ちゃんが一方的に公くんに通告したものでしたから。
「そりゃ、星は何でも知っているってやつだな」
「……で?」
公くんの言葉遣いがちょっと荒くなりました。伊達に長い親友付き合いしてない好雄くん、即座に口調を変えて、本題に入ります。
「古式さんのデートを後にするんだよ」
「後?」
「ああ。そうだな、午後の5時……じゃ、ちょっと遅いか。4時くらいに待ち合わせにするんだよ。幸いデート場所は同じだ。なんとか藤崎さんとのデートをそれまでに切り上げればいいんだよ」
「なるほど、スライドデートか」
「ダブルブッキングよりはなんぼかマシだろ。その日はそれで何とか切り抜けて、足りなかった分は後日埋め合わせってことでいいんじゃないか?」
「サンキュー! 助かるぜ。さすが恋の伝道師!」
「まぁな。これからも、何かあったらこの早乙女好雄にお任せあれ」
「恩に着るぜ。それじゃ」
ピッ
電話が切れました。公くんは電話機を元に戻しながら、押さえきれない笑みを浮かべているのでした。
「いやっほう!」
そのころ、その公くんから直線距離で20メートルほど離れたところで、詩織ちゃんも電話をしていました。
トルルル、トルルル
「はい、美樹原です」
「あ、メグ? 私、詩織だけど」
「詩織ちゃん!?」
詩織ちゃんは首を傾げました。めぐみちゃんの声がいつもよりも大きな気がするのです。
「もしもし、メグ。何かいいことでもあったの?」
「え? や、やだ。そんなことないよぉ……」
「……?」
何が「やだ」なのかしら、と詩織ちゃんは考えてしまいました。でも、その前にすることがあります。
「あの、もしもし」
「なに、詩織ちゃん」
「あのね、メグ。黙って聞いて欲しいの」
詩織ちゃんは、すっと息を吸い、それから言いました。
「メグ。私ね……、私……」
「……何なの? 詩織ちゃん」
「私……」
(詩織、何を躊躇っているの? もう決めたんでしょ!)
詩織ちゃんは、頭をこつんと一つ叩くと、電話機に向かって言いました。
「私、公くんが好きなの」
「!?」
めぐみちゃんは、思わず息を止めました。
受話器からは、詩織ちゃんの声が聞こえてきます。
「メグが公くんのことを嫌いなのはわかってる……。でも、公くんがメグにとってひどい人でも、そんなところも含めて、公くんの全てが私は好きなの。だから……ごめんね、メグ。私、もうメグの味方になってあげられない……」
受話器を持つめぐみちゃんの手が、細かく震えだしました。
「……詩織ちゃん……」
「メグ……、ごめんなさい。でも、メグがどんなに公くんを嫌ってても、私には公くんを嫌いになんか、なれそうにもないの……」
「……違う」
めぐみちゃんはぽつりと言いました。
「え?」
「私……公さんのこと……嫌いじゃない」
「メグ、よく聞こえないんだけど……」
座ってお話ししているめぐみちゃんのスカートに、ぽつりと染みが出来ました。
「私、公さんのこと、嫌いじゃない。今日、やっとわかったのに。やっとそれがわかったのに……。詩織ちゃん、ひどいよぉ……。ひどすぎるよぉ!!」
「メグ!?」
ブツッ。
めぐみちゃんは受話器を置くと、そのまま電話機に顔を埋めます。
その小さな唇からは、嗚咽混じりの呟きが漏れていました。
「ひどいよぉ……詩織ちゃん……。勝てるわけないじゃない……」
《続く》

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