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めぐみちゃんとでぇと
第拾弐話 我が青春に悔いなし!

 さて、問題の日曜日の朝になりました。
 詩織ちゃんはいつもよりも早起きして、下に降りてきました。
 真っ直ぐ台所に入ります。
「この間は、ちょっとごたごたして食べて貰えなかったけど、今日こそ公くんに食べてもらおうっと!」
 ぐいっと袖をまくり上げ、エプロンをする詩織ちゃん。どうやら公くんのためにお弁当を作るつもりみたいですね。
「うふふふ。今日こそは食べて貰うわよ、公くんっ!!」
 あの、詩織ちゃん? 目が研究中の紐緒さんみたいで怖いんですけど。

 そんなことはつゆ知らず、公くんは鏡に向かってブラシとドライヤーをもって苦戦しています。
 公くんの髪は硬いので、なかなか思うようにセットされてくれないのです。それを昨日髪を洗って乾かさないでそのまま寝てしまったので、ものの見事な寝癖がついてしまったのです。
「ちくしょう。こうなったらスーパーハードムースか!?」
 公くんは泡を手に取ると、髪にべたべたとつけました。そのまま全部髪を後ろに撫で付けます。
「戎谷の真似……。ああーっ、バカなことやってる場合じゃない!!」
 ホントに。
 そんなこんなで、公くんが家を飛び出したのは9時半でした。
「うぉー、遅れる遅れる……あれ?」
 バタン
「きゃー、遅れちゃう……あら?」
 詩織ちゃんは、ドアから飛び出したところで公くんの姿を見つけて、目をぱちくりさせました。
「プッ。アッハハハハ」
「クスクス、ウフフフフ」
 どちらからともなく笑いだしてしまいました。それから、詩織ちゃんが公くんに言います。
「一緒に行かない?」
「そうだね」
 今日の詩織ちゃんは暖かそうな白いセーターに、緑色のスカートをはいています。上からこれも暖かそうな白いダウンジャケットを羽織っています。手にはバスケットを提げていますね。
 公くん、めざとくそのバスケットに目を留めました。
「なんなの、それ?」
「え? これ?」
「うん」
「な・い・しょ」
 悪戯っぽく笑うと、詩織ちゃんはスキップするようにさっと先に行ってしまいました。
「ま、待てよ!」
「鬼さん、こーちら。あはは」
 本当に仲がいいですね。
 きらめき中央公園は、公くん達の家からは歩いてちょっと距離がある大きな公園です。
「今日は天気もいいから、池の方に行ってみない?」
 詩織ちゃんが誘います。公くんに断る理由もありません。
「そうだね、行ってみようか」
「それじゃ、行きましょう!」
 詩織ちゃんはにこにこしながら、あいている腕を公くんの腕に絡ませて引っ張ります。
「おいおい」
「早くぅ」
 可愛い声でそんなこと言われると、公くんも張り切ります。
「お、おう」
 二人は仲良く走って行きました。
 池は結構広く、夏の間はボートに乗ることもできます。残念ながら、今は乗ることはできませんが。
 二人は、池を見おろす斜面の芝生に並んで座りました。
「こうやってのんびりするのも、いいね」
「ああ。最近なんだかごたごた続きだったからなぁ」
「そうよねぇ」
 二人はしばし黙り込んで池を見つめていました。
 柔らかな秋の日差しが池に反射してきらきらと光ります。
 トン
 公くんがびっくりしてそっちを見ると、詩織ちゃんが公くんにもたれ掛かっています。
「し、詩織?」
「ちょっとだけ、いいでしょ?」
「お、おう」
 思わず緊張してしまう公くんでした。
(ど、どうしよう。こういう場合は何処までいいんだ? えっと、肩に手を回すのは大丈夫なんだよなぁ)
 公くん、そっと詩織ちゃんの肩に手を回しました。詩織ちゃんは別に嫌がりません。
 ドキドキしながら、公くんはさらに考えます。
(うよし。ここまではオッケイ。とすると、次は優しく芝生に押し倒すんだな? えっと、それから唇を奪って後は……そんないけないわ公くん。いいじゃないか詩織。え、でも……。優しくするから。うん、公くんなら……。だわぁーーーっ!! 何を考えてるんだ俺はぁぁ!!)
 一方の詩織ちゃんも似たようなものでした。
(こ、公くんったら、肩に腕を回して来ちゃった。あーん、これってこのままいっちゃうのかな? えーと、今日はちゃんとお気に入りの下着をつけてきたし、歯も磨いたし、全部オッケイよね。あ、でも別に期待してたってわけじゃないし、そりゃ何かあるかもとは思ったけど、でもでも、まだダメよ公くん。私達高校生なのよ。イヤだ、詩織。今すぐここで君が欲しいんだ……なんて、きゃーやだやだ。私ったらなんて想像してるのよぉ!!)
 ……どっちもどっちですね。
 と、そのとき。
 ボォーン、ボォーン
 大きなベルの音が鳴り響き、二人ははっと我に返ってどちらからともなく少し離れました。
 公くんがわざとらしく大声で言います。
「詩織、12時のベルだねぇ!」
「そ、そうね、公くん!」
 こっちもわざとらしく大声の詩織ちゃんです。
「そういえば、お腹すかない?」
「そうだねぇ。ちょうどお昼だし」
 君たち、セリフが棒読みですよ。
「お弁当作ってきたの。よかったら食べない?」
「うわぁ、うれしいなぁ」
 いい加減にしろ。
 詩織ちゃんはバスケットの蓋を開けて、可愛らしいチェック模様の布に包まれたお弁当を出しました。布を解いて、中のタッパーを公くんに手渡します。
「うまくできたと思うんだけど……」
「どれどれ?」
 公くんはタッパーを開けてみました。
「おっ!? これは鯖の味噌煮?」
「……肉じゃが……なんだけど……」
「あ……、いやぁ、俺好きなんだ肉じゃが」
 慌てて笑いながら公くん肉じゃがをお箸でつまんで食べます。
 モグモグモグ……ゴックン。
「ど、どう?」
「……おう、おいしいよ」
 微妙な沈黙が疑わしく思える詩織ちゃん、今度はその隣の空揚げを勧めました。
「これはどう?」
「おいしいよ」
 今度はすぐに答える公くん。しかし、その額に一筋流れる汗が全てを物語っています。
(……るるるー)
 思わず涙する詩織ちゃんでした。
 楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。
 公くんは時計を見ました。午後3時半。
(そろそろデートを切り上げないと、ゆかりちゃんが……)
「公くん、どうしたの?」
 時計をじっと見ている公くんに、詩織ちゃんが声をかけました。
「あ、うん……実は……」
「え?」
「あの、好雄に用があるって呼ばれててさ、悪いけど、そろそろ行かなくっちゃいけないんだ」
「ええー?」
 たちまち膨れる詩織ちゃん。
「そんなこと、一言も言ってなかったじゃない」
「ごめん。このとおり!」
 両手を合わせて詩織ちゃんを拝む公くんでした。
「来週この埋め合わせはするからさ!!」
「んもう、しょうがないなぁ」
 詩織ちゃんは腕を組んで公くんに言いました。
「きっとよ」
「はい、それはもう!」
「ん。よろしい」
(きゃ! 来週も公くんとデートできるんだ。嬉しいな)
 表情とは裏腹に、内心大喜びの詩織ちゃんでした。
「じゃ、先に帰ってるね!」
「おう、車に気をつけてね!」
「うん。もう私の身体は私だけのものじゃないもんね。じゃ!」
「ばいばーい」
 手を振って、詩織ちゃんが角を曲がるまで見送ってから、公くんは腕を組んでしばし考え込みました。
「今、詩織とんでもないこと言わなかったか? ……ま、いいか」
 時計を見ると、3時56分。
「やべ! えっと、中央公園の入り口だっけ!?」
 公くんは駆け出しました。
「はあ、はあ、はあ」
 公くんは荒い息を吐きながら、辺りを見回しました。
 ボォーン ちょうど、4時の鐘が鳴りました。しかし、周囲には大勢人がいますが、ゆかりちゃんは見あたりません。
「あれ? 時間は今だよなぁ。遅れてないよな? ゆかりちゃんの方が遅れてるのかな?」
 公くんは辺りを見回しました。と、一人の見知らぬ女の子が公くんを見て、すすっと近寄ってきます。
 その女の子は、公くんの前に来ると、深々とお辞儀をしました。
「はい?」
「こんにちわ、公さん」
 そう言うと、その娘は顔を上げました。
 公くんは目を丸くしました。
「……もしかして、古式さん?」
「はい」
 その娘はにこにこと目を細くして笑いました。確かにこの笑顔はゆかりちゃんです。
「しかし……」
 公くんは目をぱちくりとさせて、ゆかりちゃんをじっくりと見ました。
 いつもは三つ編みにしている髪を解いて、ちょっとソバージュがかったセミロングに、リボンのヘアバンド。そして清楚なブラウスにロングスカート。
 公くんはぎゅっと拳を握り締めました。
「我が青春に悔いなし!」

《続く》

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