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めぐみちゃんとでぇと
第拾四話 公くんが好きよ

 カチャ
 ドアを開けて、詩織ちゃんは居間に入りました。
「あ」
 ソファに腰掛けていためぐみちゃんが、詩織ちゃんを見て立ち上がりました。
「詩織ちゃん……」
「メグ……」
 二人の間に、一瞬、奇妙な緊張感が走りました。
「あ、座って」
 詩織ちゃんはそう促すと、めぐみちゃんの前のソファに自分も腰掛けました。
「ごめんね。私の部屋、ちょっと散らかってるから……」
「ううん、いいの……」
 そう答えると、めぐみちゃんはうつむきました。
 詩織ちゃんは、訊ねました。
「ねぇ、メグ。この間の電話の事だけど……」
 ぴくりと、めぐみちゃんの肩が震えました。それから、ゆっくりとめぐみちゃんは顔を上げました。
「詩織ちゃん……」
 詩織ちゃんは、めぐみちゃんには滅多に見せない表情をしていました。それは厳しい決意を秘めた表情です。
「私ね、……やっぱり譲れない」
 きっぱりと詩織ちゃんは言いました。
「誰にも公くんを譲る気はないわ。古式さんだって、そして……メグにだって……」
「……」
「……でもね」
 不意に、詩織ちゃんは表情を緩めました。
「だからって、メグが譲ることはないのよ」
「……え?」
「だって……、公くんは私のものじゃないんだもの」
 詩織ちゃんは、自分を抱くようにして、言いました。
「公くんは誰のものでもない、公くん自身のもの。私が私で、メグがメグなように……」
 めぐみちゃんは、目をぱちくりとさせました。それに気づいて、詩織ちゃんは口元をほころばせました。
「やだ、メグったら。わかんなかったかな?」
 こくりと頷くめぐみちゃんに、詩織ちゃんは笑いかけました。
「私は、公くんが好きよ。それは本当の事。でも、メグも公くんが好きなんでしょ?」
「え?」
 めぐみちゃんは真っ赤になりました。
「あ、あの、その……はい」
 こくんと頷くめぐみちゃん。そのめぐみちゃんの頭を詩織ちゃんはポンと叩きました。
「私は公くんが好きよ。でもね、メグ、公くんが誰を好きなのか、誰を選ぶのか。私か、メグか、古式さんか、それとも虹野さんや朝日奈さんや……もっと他の人かもしれない。それを決めるのは公くん自身よ。そうでしょ?」
「うん……」
「だからね、私は公くんに私を好きになってもらえるように努力するつもりよ」
 詩織ちゃんは立ち上がりました。そして、窓に歩み寄りながら、言葉を続けました。
「やるだけのことをやって、それでも公くんが他の娘を選んだのなら、それは仕方ないことだもんね。でも、何もしないで後悔するのは、いやなの」
 詩織ちゃんはくるっと振り返り、めぐみちゃんを見つめました。
「だから、メグにも何もしないで後悔するようなことは、しないで欲しいの」
「……どうして?」
 めぐみちゃんは呟きました。
「え?」
「どうして、詩織ちゃんは私にそんな事言うの? そんなことして、詩織ちゃんに何の得になるの? ……詩織ちゃん、もしかして……」
 めぐみちゃんは、ぎゅっと拳を握り締めたまま、呟きました。
「自分が負けることがないと思ってるから、だから私なんかに……」
「……メグ」
 詩織ちゃんは、そっと近寄ると、まためぐみちゃんの前に腰を下ろしました。そして、呟きます。
「どうしてかな……?」
「え?」
「どうして、メグはそんなに自信がないのかな」
 詩織ちゃんは明るい口調でそう言うと、めぐみちゃんの顔をじっと見ます。
「自信……」
 めぐみちゃんはオウム返しに呟きました。

 さてその頃、カラオケでは……。
(ゆかりちゃん……、可愛い、可愛すぎるぞぉぉぉ!! 今こそ俺の全てを君のために捧げようじゃないかぁぁ! だから、いただきまぁす)
 ゆかりちゃんは、心持ち顔を上げて、目を閉じています。まさにこのまま好きなように頂いてください状態です。
 そのゆかりちゃんに、公くんが急接近していきます。
 と。
 トルルル、トルルル 不意にインターホンが鳴りました。ゆかりちゃんが目をぱっちりと開けます。
「あら、何か鳴っていますねぇ」
(くそ! ええい、この機を逃してなるものか!!)
 そのまま、公くんは手に力を込めました。
「公さん、何か鳴っているようですけれど」
「いいからいいから」
 そのまま、ゆかりちゃんはソファに押し倒されました。
「あれぇ〜」
「ゆかりちゃん!! ボクは、ボクはぁ、もう……」
 ゴホンゴホン 咳払いの音に、二人はドアの方を見ました。
 店員がひきつった笑みを浮かべて立っています。
「あのぉ、お客様。お取り込み中申し訳ありませんが、お時間なんですが……」
「あ、そう?」
(畜生、あの店員めぇ、いいところで出て来やがって。今度夜道で会ったら、後ろからぶん殴ってやる)
 公くんはむすーっとしながら、繁華街をずんずんと歩いていました。
 3分ほどしてから、ふと思い出します。
(……あ、ゆかりちゃん)
 振り返ると、ゆかりちゃんが、息をはぁはぁと吐いています。
「公さん、歩くの、早いんですねぇ」
「あ、ごめん」
 公くんは頭を掻きました。それから時計を見ます。
 午後9時。
「あ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないとやばいんじゃない?」
「……あら、まぁ。もうこんな時間になってしまったのですねぇ」
 ゆかりちゃんは腕時計を見て呟きました。
「それじゃ、送ろうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。それでは、失礼いたします」
「でも……」
「本当に、結構ですよ」
 そう言うと、ゆかりちゃんは歩いていきました。公くんは、その姿が夜の闇に紛れるのをしばらく見送って、それから自分の家に向かって歩き始めました。
 1分ほどたってから、不意にくるりと踵を返します。
「やっぱ、送っていかないと」
 公くんは、ゆかりちゃんの歩き去った方に向かって駆け出しました。
「私ね、本当はメグを励ますなんてしたくないの」
 詩織ちゃんは、明るい口調で言いました。
「だって、公くんはメグの事が好きになっちゃうかも知れないものね」
「だったら、どうして?」
 めぐみちゃんは聞き返しました。詩織ちゃんは、微笑みを浮かべます。
「親友だもの」
「……え?」
 詩織ちゃんは、二人の間にあるサイドテーブルに頬杖を付いて、めぐみちゃんの顔を見つめながら言いました。
「私ね、ずっと思ってたんだ。メグにもし好きな人が出来たら、絶対に応援してあげなくちゃって。だって、メグってそうしてあげないと、男の人と付き合うなんて出来ないもんね。でも、その好きな人が、私と同じってことは、考えてなかったな」
「……」
「あ、今なんて思ったか、当ててあげよっか?」
 詩織ちゃんは悪戯っぽく笑います。
「このお節介めって思ったでしょ?」
「……もう、知らない」
 めぐみちゃんはうつむいてしまいました。耳まで真っ赤になっています。
「あはは、ごめんごめん」
 詩織ちゃんは立ち上がると、めぐみちゃんに手を差し出しました。
「それじゃ、握手」
「え?」
「お互いに、がんばろうね」
「……うん!」
 めぐみちゃんは、詩織ちゃんの手をぎゅっと握りました。
「おかしいなぁ、いないぞ」
 公くんは辺りをきょろきょろと見回しました。
 繁華街から通り一つ外れた、ちょっと暗い通りです。
 昼は繁華街から駅に抜ける近道で、学生たちもよく使うのですが、夜になると結構デンジャラスゾーンになるのです。
「まずいなぁ。まさか、ここを通ったとも思えないけど……いや、知らないかもしれないな」
 公くんは焦って辺りを見回しました。それから、駆け出します。
「まさか……」
 その頃、ゆかりちゃんはそのまさかになっていました。
 暗い路地、立ちすくむゆかりちゃんの周りを囲むように、数人の男達がにやにやと笑っています。
「あの、どいていただけないでしょうか?」
「お上品だなぁ」
「たまにはこういうのもいいか。へへ」
「本物のお嬢様だぜ、おい」
「ちょっとまてぇい!」
 後ろから声が聞こえ、男達は振り向きました。
 ゆかりちゃんはぱっと表情をほころばせます。
「公さん!」
「なんだ、てめぇは?」
「すっこんでろ!」
「そうもいかん」
 公くんは息を整えると、ぴしっと言い放ちました。
「その娘は俺のだ」
「は?」
「……じゃなかった」
 公くんは咳払いすると、いきなり正面の男の股間を蹴り飛ばしました。
「ぎゃ!」
 前のめりに倒れるそいつを飛び越え、公くんはゆかりちゃんの腕を掴みました。
「走るよ!!」
 二人は駆け出しました。

《続く》

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