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めぐみちゃんとでぇと
第拾伍話 とても楽しゅうございました

「ったく、あそこで連鎖かけるか、ふつー」
「とーぜんじゃん」
そんな会話を交わしながら、好雄くんと夕子ちゃんはゲーセンから出て来ました。
夕子ちゃんは時計に目をやります。
「あ、やっばー。もうこんな時間じゃん」
「なんかあるのか? 朝日奈の親父さんもお袋さんもこの時間じゃまだ帰ってこないだろ?」
好雄くんも時計を見ながら聞き返しました。
「ちょっとね、見たい番組があるんだ」
夕子ちゃんはにこっと笑いました。それから、軽く手を振ります。
「んじゃ、また明日逢おーね」
「そだな。それじゃ……ちょっと待て」
「え?」
好雄くんは夕子ちゃんの肩越しに、向こうの方を見ています。夕子ちゃんも振り返りました。
向こうから、自分たちと同じくらいの年の男の子と女の子が手を繋いで走って来ます。その後ろから、柄の悪そうな連中が二人を追いかけています。
「あれ、公くんじゃん! ……あの娘、誰かな?」
見覚えのない女の子に夕子ちゃんは首を傾げました。好雄くんが肩をすくめます。
「何言ってんだ? 古式さんじゃないか」
「え? ……あ、ホント。ゆかりじゃん……なんて言ってる場合でもないか」
そんなことを言ってる間にも、公くん達は二人の前を駆け抜けていきました。焦っているせいか、二人に気づいた様子はありません。
好雄くんは、夕子ちゃんに軽く言いました。
「やるか?」
「しょうがないっしょ」
夕子ちゃんは肩をすくめました。そして叫びました。
「あー、お巡りさん、こっちこっち!」
「早く来て下さい!! あーもう! こっちっすよ、こっち!」
好雄くんも声を合わせます。
追いかけていた連中はその声に辺りを見回しました。
好雄くんは咳払いすると、低い声で言いました。
「どっちかね、麻薬の密売人は!?」
「こっちですよ、お巡りさん。僕、見たんだ!」
と、こっちは夕子ちゃん。まるで小さな男の子みたいな声です。
冷静に考えれば、麻薬の密売人を捜すのにお巡りさんが大声を上げるわけないのですが、その連中は慌ててこそこそと逃げ出していきました。
それを見送ってから、好雄くんと夕子ちゃんはパチンと手を叩きあわせて笑いました。
一方、そんなことはつゆ知らない公くんとゆかりちゃん。
いい加減走り疲れたところで後ろを振り返ると、追いかけてきた連中の姿が見えなくなっています。
「ふぅ、なんとか撒いたかな」
公くんは胸をなで下ろし、ゆかりちゃんに視線を向けます。
「大丈夫だった?」
「はい」
激しく肩で息をしながらも、ゆかりちゃんは答えました。そして、壁に手を突いて息を整えます。
「ありがとう、ございました」
「……ちょっと休んでいこうか」
公くんは、少し先に小さな公園があるのを見つけて言いました。
パシャパシャ 公園の中にあった小さな水飲み場で、小さな水音を立てながら、ゆかりちゃんはこくんこくんと水を飲んでいます。
公くんはそのゆかりちゃんをじっと見つめていました。
(……きれいだ)
街灯の寒々とした光が、ゆかりちゃんの表情に微妙な陰影をつけています。
走り回っていたせいで、綺麗にセットしていた髪の毛は乱れてしまっていますが、それがかえってある種の艶かしさを醸し出しているかのようです。
「ふぅ」
ゆかりちゃんは顔を上げて、公くんの視線に気づきました。
「あの、いかがなさいましたか?」
「……いや」
公くんは首を振りました。それから訊ねました。
「少しは落ちついた?」
「はい。ありがとうございます」
ゆかりちゃんは深々と頭を下げました。おろしている髪の毛がさらりと流れます。
公くんは、すっとゆかりちゃんに近づくと、その髪の毛を手に取りました。
「公さん?」
「ゆかりちゃん……」
二人は、至近距離で見つめ合いました。
「お邪魔しました」
めぐみちゃんは、詩織ちゃんの家の玄関で深々と頭を下げました。
「あ、メグ。送って行くわよ」
「でも……」
「いいじゃない」
詩織ちゃんはそう言いながら、ジャンパーを羽織っています。もはや問答無用のようです。
「お母さん! メグを送って行くね」
「はぁい。粗相の無いようにね」
台所からお母さんの声が聞こえてきます。詩織ちゃんは笑って答えました。
「無いったらぁ。それじゃ、行ってきます! 行こ、メグ」
二人は並んで外に出ました。
「わ、寒ぅい」
詩織ちゃんははぁっと息を吐いてみました。真っ白い息が夜に流れて消えていきます。
「まだまだ夜は寒いわねぇ。……メグ、どうしたの?」
めぐみちゃんが立ち止まっているのに気づいて、詩織ちゃんも立ち止まりました。
めぐみちゃんは、詩織ちゃんの家のお隣を見上げています。
「……公さん、いないのかな?」
「う、うん……」
さすがに、『今日公くんとデートしてたのよ、るんるん』とは言えない詩織ちゃんでした。しかし、不意に眉をひそめます。
「おかしいわね……」
「え?」
聞き返すめぐみちゃんをよそに、きらめき高校でも最高級と噂される頭脳がめまぐるしく活動を始めていました。
(私と公くんが公園でお別れしたのが午後4時前だったよね。今は9時半過ぎ……ってことは、5時間半はたってるのよね。公くん、早乙女くんと約束なんて言ってたけど、公くんと早乙女くんがこんなに長い時間一緒に遊んでるって……それも遅くまで遊んでる事ってなかったわ。今日たまたまなのかな……。ううん、違うわ。私の勘が違うって言ってるわ。きっと……女ね)
「……ちゃん、詩織ちゃん!!」
「はっ!? メ、メグ、どうしたの?」
肩を揺すられて、詩織ちゃんは我に返りました。
「どうしたの……って、詩織ちゃんこそどうしたの? 急に公さんの部屋の窓を見上げたままでぶつぶつ言い始めて……」
「え? あ、そ、そうだった?」
詩織ちゃんは赤くなると、愛ちゃんの背中を軽く叩きました。
「それよりも、早くかえらないと、メグのご両親が心配するわよ。それに、ムクちゃんだって……」
「そうよね」
めぐみちゃんは頷きました。そして、二人は歩き出しました。
もっとも、詩織ちゃんは黙って何やら考えているようです。時折急に拳を振り上げたり、「フフフ」と含み笑いをもらしたりしている詩織ちゃんはとっても危なく見えました。
めぐみちゃんは、途中から詩織ちゃんと5メートルほど離れて歩くことにしました。だって、とても恥ずかしくて、一緒に歩けなかったんですもの。
「♪たっまごさん、殻を割ったらちゃんちゃんと、白身と黄身がありましてぇ〜」
鼻歌を歌いながら、沙希ちゃんは玉子をかき混ぜていました。
「白身だけ使うんですよぉ〜。黄身は別にして、取っておきましょうねっ。それが肝心なのぉ〜」
……歌の評価はしないでおきましょう。
「あーなたのためにぃ、混ぜて混ぜて混ぜてぇ!」
泡立て器で白身を泡立てていると、台所に沙希ちゃんのお母さんが顔を出しました。
「沙希、お電話よ。朝日奈さんから」
「夕子ちゃん? うん、わかったわ。あ、お母さん、これ泡立てててくれるかな?」
「はいはい。さ、行ってらっしゃい」
笑いながら泡立て器を娘から受け取ると、お母さんは飛び出していく娘を見送りながら独りごちました。
「それにしても、沙希ったら、最近前にもましてよくお料理作るようになったわねぇ。何かあったのかしら? あ、いけないいけない」
シャカシャカシャカ
さすが主婦業十ン年のお母さん。沙希ちゃんよりもさらに鮮やかな手つきですね。
沙希ちゃんは保留になっていた受話器を取りました。
「はいはい、沙希です」
「沙希? あのさぁ、今夜の豆豆のライブ、ビデオに撮った?」
「うん、一応……3倍だけど」
「ええー? どうして標準じゃないのぉ? 超むかぁ」
「だって……」
「ま、いっかぁ。そのビデオ、貸してくんない? 実はさぁ、今日ちょっと帰るのが遅れちゃって、録りそこねちゃったんだぁ」
「珍しいね、夕子ちゃん」
沙希ちゃん、反撃に出ました。
「何処に行ってたの?」
「うん、ちょろっとゲーセンにね」
「ふぅーん。こんな時間まで独りでゲーセンなんて、夕子ちゃんも寂しい青春してんのねぇ」
「あ、なんかむかつく言い方」
「でも、そうなんでしょ?」
「そんなこと無いもん。よっしーと……」
受話器の向こうで、はっと口を押さえる夕子ちゃん。
沙希ちゃんはにまーっと笑いました。
「そっかそっか、やっぱり早乙女くんかぁ」
「あ、だから、偶然ゲーセンで逢ってさぁ、ちょっと対戦してたら時間がたって……」
「いいのいいの。うーん、やっぱりねぇ」
「違うっていってるっしょ!!」
「じゃ、明日ビデオ持っていってあげるね。それじゃ!」
沙希ちゃんは受話器を置くと、ほうっとため息を付きました。
「夕子ちゃんと早乙女くん、かぁ。……やっぱり、ちょっと羨ましいなぁ」
そんな沙希ちゃんに、台所から声が聞こえました。
「沙希、いつまでかき混ぜたらいいの?」
「あ、ごめんなさい。今行くわ」
返事しながら、沙希ちゃんは頭をこつんと叩きました。
(ダメだぞ、沙希。弱気は禁物。攻めて行かなくっちゃね)
「……公さん」
「……ゆかり」
立ったまま見つめ逢う二人。
ゆかりちゃんの頬は真っ赤に染まっています。二人の鼓動は、早鐘のように鳴っています。
(こ、このまま、次の段階に進んでいいんだろうか? いいんだよな。それが青春だ。そうじゃないか、君ぃ?)
公くんは、ごくりと唾を飲み込むと、ゆかりちゃんをぎゅっと抱きしめようとしました。
キキィーッ 不意に公園の入り口で、車が急ブレーキをかける音が鳴り響きました。二人が驚いてそっちを見ると、黒塗りの高級車が1台止まっています。
そのドアが蹴破られたように開けられると、独りの男の人が飛び出してきました。
「ゆかりぃぃ!! 無事かぁぁ!!」
「あら、お父さまでは、ありませんか」
「お父さま!?」
その瞬間、公くんはゆかりちゃんから2メートル飛び退いていました。
男の人は、転がるようにゆかりちゃんに駆け寄ると、その手を取りました。
「無事だったか、ゆかり?」
「はい、無事ですけれど……」
「心配したぞ。うちの若い者がゆかりを見失いおって、それからあちこち捜したんだからなぁ」
「まぁ、そうなんですか?」
(げ。もしかして、ずっと見張られてたのか?)
後頭部に大きな汗を浮かべる公くんでした。
「うむ。そうそう、ゆかりに不埒なことをしようとした連中だが、コンクリート詰めにしてきらめき湾に沈めておいたからな。もう心配はいらんぞ」
(……冗談だよね? 冗談って言ってください、おじさま)
と、ゆかりちゃんのお父さんが公くんに視線を向けます。反射的に直立不動になってしまう公くんでした。
「それでは、今日はこれで失礼させて貰うが、いいかね?」
「は、はい、かまいません」
「うむ。ゆかり、帰るぞ」
「はい。主人さん、今日は本当にお世話になり、ありがとうございました」
ゆかりちゃんがにっこりと笑いながら、頭を下げました。公くんも思わず頭を下げてしまいます。
「いいえ、こちらこそ、いたりませんで」
「それでは、失礼いたします」
ゆかりちゃんはもう一度頭を下げると、車に乗り込みました。続いてお父さんが乗り込むと、車はスタートします。
車が走り去るのを見送って、公くんは一息尽きました。
「……帰るか」
ゆかりちゃんとお父さんを乗せて、車は夜の街を走って行きます。
お父さんは、さっきからちらちらとゆかりちゃんの顔に視線を走らせていましたが、思い切ったように口を開きました。
「ゆかり……」
「はい、なんでしょうか?」
ゆかりちゃんは、お父さんの方に顔を向けました。
お父さんは腕を組んで前を向いたまま、ゆかりちゃんに訊ねました。
「その、今日は楽しかったか?」
「はい。とても、楽しゅうございました」
ゆかりちゃんは、にっこりと微笑みました。
「そ、そうか」
お父さんは腕を組んで、呟きました。
「……寂しいものだな」
「どうか、なさいましたか?」
「あ、いや、なんでもない」
お父さんは苦笑しました。
《続く》

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