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めぐみちゃんとでぇと
第拾七話 中庭でおちあおう

 キーンコーンカーンコーン
 チャイムが鳴って、6時間目の授業が終わりました。
「さて、帰るかな」
 公くんは大きく伸びをして、欠伸をしながら独り言を言いました。そして、机の中の教科書を鞄に突っ込みます。
 と、その机の中から、封筒がはらりと落ちました。
 昼休みに屋上で寝ていた公くんに、誰かが置いていった手紙です。白い封筒の表には、可愛らしい字で『主人公さんへ』とだけ書いてあります。
 公くんがそれに気づいたのは予鈴が鳴ってからだったので、慌てて教室に戻ってきて、机の中に突っ込んだまま忘れていたのです。
「いけね」
 その手紙を拾い上げようとする公くん。でも、それよりも先に、白くて細い指がその手紙を拾い上げていました。
「『主人公さんへ』かぁ。ふぅん、公くんってもてるのねぇ」
 詩織ちゃんは、じと目で公くんを見ました。
「あう」
 気まずいことこのうえなし。公くんはのろのろと体を起こしました。
「し、詩織、その……」
「はい、公くん」
 詩織ちゃんは公くんにその封筒を渡しました。そして、にっこりと笑ってつけ加えます。
「読むか読まないかは、公くん次第だからね」
「あう……」
 公くんは、身動き取れない状態になりました。

「あ、愛ちゃん!」
 めぐみちゃんがいそいそと教室から出ようとしていると、見晴ちゃんが声をかけました。
 でも、めぐみちゃんは、そんな見晴ちゃんの声も耳に入らないようです。そのまま出ていってしまいました。
「……愛ちゃん、どうしたのかな?」
 見晴ちゃんは首を傾げました。そうすると、髪飾りの大きな珠がぶつかりあって、涼やかな音を立てます。
「追いかけちゃお」
 見晴ちゃんは、めぐみちゃんの後について、教室を出ていきました。
 めぐみちゃんは、なんだかぽーっとしながら歩いています。何度も廊下を歩いている生徒にぶつかってしまってます。そのたびに、小柄なめぐみちゃんは弾かれるように壁にぶつかったりしていますが、なんだか堪えてないようです。
「……めぐみちゃん、どうしたのかしら」
 柱の影からそっとそれを見ながら、見晴ちゃんは呟きました。
 良く見ると、めぐみちゃんは頬を染めて、遠い目をしています。時折不意に、「きゃ、やだぁ」とか呟いて、いやいやしていたりします。
 見晴ちゃんは呟きました。
「……今日の愛ちゃん、なんか変」
「あの、えっと、その……」
 公くんは、白い封筒を受け取った姿勢のまま、凍り付いていました。
 詩織ちゃんはじっと、その公くんを見つめています。
 いつの間にか、クラスメイト達は一人減り、二人減りして、今教室にいるのは公くんと詩織ちゃんの二人だけです。
 ほうっと、ため息を付いて、公くんは封筒を持ち直しました。
「わかったよ、詩織」
「公くん……」
 詩織ちゃんは、微かに頷きました。
 公くんは、封筒を両手に持って、ゆっくりと引き裂きました。
 バリバリバリッ 小さな音をたてて、封筒が二つに裂かれました。
 ガタン その時、不意にドアの方で音がしました。二人は同時にそっちを見ました。
 一瞬、残像のように二人に見えたのは、栗色の髪だけでした。
 詩織ちゃんの唇から、かすれた声が漏れました。
「……メ……グ……?」
 めぐみちゃんは、両手で顔を覆って廊下を走っていました。
 指の隙間から、涙がこぼれ落ちていきます。
(もう、もういやぁ!)
 詩織ちゃんと昨日お話しして、めぐみちゃんは心に決めました。自分もハッキリと、公くんにアタックしてみよう、と。
 でも、まだ詩織ちゃんやゆかりちゃんのように直接お話しするのは恥ずかしいめぐみちゃん、自分の気持ちを一生懸命にお手紙に書いたのでした。
 お昼休み、めぐみちゃんはそのお手紙を公くんに渡そうと思っていました。ところが、公くんは屋上でぐっすりと眠っていたので、仕方なくめぐみちゃんはお手紙を公くんの胸のポケットに入れて置いたのです。
 その手紙を、公くんは破いたのです。それも、詩織ちゃんの目の前で。
 放課後になったので、公くんに会いにいっためぐみちゃんは、教室に入ろうとしたところでそれを見てしまったのです。
(やっぱり、私なんて……、私なんて!)
「愛ちゃん!!」
 ドシン いきなり正面からぶつかられて、めぐみちゃんはその場に転んでしまいました。
「きゃ! 大丈夫!?」
「……」
 顔を上げると、見晴ちゃんがめぐみちゃんに手をさしのべていました。
「ごめんなさい。でも、いくら呼んでも返事してくれないんだもの」
「見晴……ちゃん」
 その見晴ちゃんのお顔がぐにゃりと歪みました。見晴ちゃんだけでなく、周りの風景も。全てが渦を巻くようにぐるぐると回ります。
 そのまま、めぐみちゃんは廊下に倒れました。
「きゃあ! 愛ちゃん!! しっかりして、しっかり!!」
 見晴ちゃんの叫び声が段々と遠くなっていきました……。
「あ、詩織!!」
 公くんは階段を駆け下りると、訊ねました。
「美樹原さん、いた?」
「ううん、こっちには……。公くん、どうしよう? 私……」
 詩織ちゃんは、珍しい表情をしています。後悔しまくりで泣きそうなお顔です。
「と、とにかく捜そう! 俺、部室棟の方に行ってみるわ」
「う、うん。じゃ、私は体育館の方に行ってみるね」
「おけ。それじゃ、中庭でおちあおう」
「うん」
 二人は左右に別れて駆け出しました。
 走りながら、詩織ちゃんは唇を噛んでいました。
(私……、調子に乗りすぎてた。メグに偉そうなことなんて言えない……。ごめん、メグ……)
「貧血みたいね」
 保健室の先生は、めぐみちゃんをベッドに寝かせながら言いました。
「大したことはないわよ。5分もすれば気が付くと思うわ」
「よかったぁ」
 見晴ちゃんは胸をなで下ろしました。
「でも……」
 先生は、汚れた愛ちゃんのお顔をタオルで拭きながら、訊ねました。
「なにがあったの?」
「わかんないのよ、お姉ちゃん」
「こら。学校では先生って呼びなさい、見晴」
「お姉ちゃんだって……」
「あ」
 先生はコホンと咳払いすると、見晴ちゃんに聞き直します。
「館林さん、何があったの?」
「私にも良くわかんないんです。館林先生」
 見晴ちゃんは首を傾げながら答えました。
「愛ちゃんがなんだか嬉しそうに教室を出て行くから、どうしたのかなっと思って追いかけたんだけど、途中で色々あって見失っちゃって……。それで、捜してたら、今度は向こうの方から泣きながら走って来たの。どうしたのかなって思って、走りながら色々聞いてみたけど、全然返事してくれないから、まず止めなくちゃと思って、正面からこう……」
「また、やっちゃったの? もう。校内での鉄山靠は校則で禁止してるでしょう」
 先生は見晴ちゃんのおでこをピンと指で弾きました。
「いたぁい」
「ふむ。そうすると、心因性のショックってことかしらねぇ」
 おでこを押さえてうずくまる見晴ちゃんに構わず、先生は呟きました。そして、めぐみちゃんに視線を向けます。
 さっき、先生がタオルで綺麗に拭いたのに。めぐみちゃんの頬を新しい涙が流れ落ちていました。
「どこにいるんだろう?」
 部室棟の廊下で、公くんは辺りを見回しました。それからハタと気づきます。
「そういえば、美樹原さんって部活は何も入ってなかったんじゃないか? とするとこんな所にいるはずないなぁ」
「こんなところで、ソーリー、ごめんなさいねぇ」
 後ろから声をかけられて、公くんは振り返りました。
「あ、片桐さん」
 片桐彩子ちゃんです。片手に小さなバケツを持ってるってことは、水彩画でも描いていたところでしょうか?
「ハァイ、主人くん。珍しいわね、ここに来るの。もしかして美術部に入ってくれる決心が付いたの?」
「いや、そうじゃないけど……」
「アハ、それもそうか」
 そう言うと、彩子ちゃんはおかしそうに笑いました。
 公くんは彩子ちゃんに訊ねようとしました。
「それよりさ……」
「あ、そうだ」
 彩子ちゃんは公くんに聞きます。
「日曜日、あいてる?」
「え? う、うん」
「グー。それじゃあさ、一緒に美術館に行かない?」
 彩子ちゃんはウィンクして言いました。公くん、ドキッとします。
(か、かわいい)
「ねぇ、どう?」
「う、うん。いいよ」
「ザッツライト! それじゃ、楽しみにしてるわね!」
 そのまま彩子ちゃんは美術部室に入っていきました。それを見送りながら、公くんはにまぁーっとしていました。
(片桐さんかぁ。いいなぁ。可愛いし、一緒にいても飽きないし……。ちょっと待て?)
 不意に公くんは首を傾げました。
(日曜日……何か引っかかるなぁ……。なんだっけ? なんだっけ? あー、思い出せないなぁ……)
 腕を組んで考え込んでしまった公くんですが、不意に顔を上げました。
「そうだ、詩織待ってるかな?」
 中庭に駆け戻ってみると、やっぱり詩織ちゃんはもう待っていました。
「公くん、メグ、いた?」
「いや……。ああーっ!!」
 不意に公くんは頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまいました。
(思いだしたぁ!! 日曜日って、詩織と約束してたんだ!!)

《続く》

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