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めぐみちゃんとでぇと
第拾九話 確かめてみたいの

 さて。
 きらめき高校の中庭では、詩織ちゃんが貞操の危機に陥っていました。
 公くんに組み敷かれてしまった詩織ちゃん。その姿は、今まさに手折られようとする可憐な雛菊のようです。
(ああ、公くんったら、やっぱり私を愛してくれていたのね。それも、こんなところでこんな行動に出てしまうくらい……。だったら、やっぱりそれに答えてあげなくちゃいけないわよね。でも、こんなところでなんて……。ううん、詩織。場所なんて関係ないわ。だって愛があれば……なんて、きゃ、私ったら……)
 ……なんか余裕ありそうですね。
 一方の公くんはといえば、なんだか目がいっちゃってますね。
「し、詩織! 俺は、俺はもうっ!!」
「……う、うん。恥ずかしいけど……いいの」
 詩織ちゃんは目を閉じました。心臓がドキドキと高鳴ります。そして身体が痺れたように動きません。
(これが、そうなんだ……。今までいろんな本で読んだけど……、でも実際になると……)
 と、その詩織ちゃんの胸に何かがのしかかってきました。
(や、やだぁ、公くん。いきなり、その、なんて……。最初はまずキスからじゃないといやよぉ……。でも、公くんがそう望むのなら……)
 ぽぉーっとしている詩織ちゃんの耳に、声が聞こえてきました。
「まったく。よくよくあなた達は私の思索の邪魔をするのね」
「え?」
 詩織ちゃんは彼女らしからぬ素っ頓狂な声を上げて、目を開けました。
 詩織ちゃんの上に、公くんがのしかかった姿勢のまま気を失っています。
「こ、公くん? あ、あれ? 身体がうまく動かない……」
 詩織ちゃんの方も、身体が痺れたようになってうまく動きません。
「スタンガンのせいよ。すぐに回復するわ」
 詩織ちゃんはやっとの事で首をまげて、その声の方を見ました。
「紐緒さん?」
「いい加減にして欲しいわ」
 結奈さんは手にしていた黒いものを懐に戻しながら肩をすくめました。
 今のを見られていたかと思うと、詩織ちゃんはかぁっと赤くなりました。
「あ、あのね、紐緒さん、そのね、これは……」
「私は、他人の恋愛事には興味はないんだけどね」
 興味深げに、結奈さんは公くんを見おろします。
「この男の精神構造には興味がそそられるわね。ちょっと借りるわよ」
「え?」
 パチンと結奈さんが指を鳴らすと、公くんの身体がふわりと浮き上がります。
「こ、公くん!?」
「反重力フィールドを展開しただけよ。それほど驚く事じゃないわ」
 あっさりと結奈さんは言いました。
「は、反重力って、そんなことは今の科学では……」
「修学旅行の時に撃墜したUFOから拾ってきた装置なんだけどね、うまく動いてるみたいね」
 そう言うと、結奈さんは公くんを持っていってしまいました。
「ま、待って!! 紐緒さん、公くんを何処に連れていくの!?」
「研究材料よ。うふふふふ」
 笑い声だけ残して、結奈さんと公くんの姿は詩織ちゃんの視界から消えました。
「待って! 公くんを連れていかないで! 紐緒さん! 紐緒さん!!」
 詩織ちゃんの必死な叫び声だけが、中庭にこだましました。でも、それに返事をする人は誰もいなかったのです。

「あら?」
 鞄を抱えて廊下を歩いていた未緒ちゃんは、廊下の向こうを結奈さんが歩いていくのに気づきました。
 その後ろから、男子生徒が寝たままふわふわと浮いて、結奈さんの後ろを付いていくのにも。
「……きっと、本を読みすぎたんですね」
 未緒ちゃんは、眼鏡をとって眼鏡拭きで綺麗に拭きながら呟きました。
「今日は早めに休みましょう」
「まぁ、そんなわけだから、美樹原さんも、全世界の不幸を自分が背負ってるみたいに考えなくてもいいのよ」
 保健室の先生は、不意にめぐみちゃんの方を見て言いました。
「……」
 めぐみちゃんは、お布団から目の辺りまでを出して、先生と見晴ちゃんを見ています。本当は自分が聞いていることを気づかれたくなかったのですが、先生がいきなりめぐみちゃんに話を振ったので、引っ込むタイミングを逸してしまったのでした。
 見晴ちゃんは、めぐみちゃんの枕元に座って、言いました。
「愛ちゃん。私じゃ……だめなの?」
「……」
「私じゃ、力になんかなれないのかな」
 見晴ちゃんはしょげたように呟きました。
「……」
 めぐみちゃんはなおも黙ったままです。
 見晴ちゃんは、立ち上がりました。
「そうなんだ。ごめんね。私、勝手にお友達になれたんだって勘違いしてた……」
「……え?」
 めぐみちゃんに、見晴ちゃんは寂しそうな笑みを見せました。
「もっとちゃんと愛ちゃんとお友達になりたかったな。そうしたら、私……、あなたと……、あなたと……」
「……」
「さよならっ!!」
 そのまま、見晴ちゃんは保健室を飛び出していきました。
「見晴ちゃん!」
 めぐみちゃんは、ベッドから体を起こして、見晴ちゃんを呼びました。でも、もう返事は帰ってきませんでした。
 スン、スン 見晴ちゃんは、しゃくりあげながら廊下を歩いていました。
(また、同じ……。私……)
 と、その見晴ちゃんの前に、ハンカチが差し出されました。
「え?」
 見晴ちゃんが顔を上げると、三つ編みの娘がにっこりと微笑んでいます。
「これで、お顔を拭いて下さいな」
「……」
 見晴ちゃんは、その娘をじっと見つめました。
(この人、公さんとデートしたっていう……)
「わたくしの顔に何か付いているのでしょうか?」
「あ、いえ」
「申し遅れました。わたくし、古式ゆかりともうします」
 ゆかりちゃんは、そう自己紹介すると、にっこりと微笑みました。
 ガラガラガラッ
 不意に美術部室のドアが大きく開けられました。
 絵を描いていた部員達がびっくりしてそっちを見ます。
 そこには、一人の女の子がいました。彼女は部室を見回して、部員の一人に訊ねました。
「ごめんなさい。片桐さん、知りませんか?」
「片桐さんなら、屋上で写生して来るって……」
「ありがとう!」
 そう言うと、その娘は身を翻して、駆けていきました。
 部員の一人が、隣の部員に訊ねました。
「おい、今のサッカー部の虹野先輩だろ? 部長に何の用だろう?」
「あれ? おまえ知らないのか? 虹野先輩って、あの主人公にゾッコンだって噂」
「そりゃ知ってるよ。そうじゃなくて……」
「それでわかんないのか? きっと、虹野先輩、あの主人公のことで部長にナシつけに来たんだぜ、きっと」
「え? でも主人公ってバスケ部の藤崎先輩と許嫁じゃないのか?」
「だれだ、そんなデマ流したのは!? 藤崎先輩は断じて違う!」
「だから、藤崎先輩は主人公の前の女で、今はテニス部の古式先輩に乗り換えたんだろう?」
「いや、古式先輩は家のガードが堅いんで諦めたって噂だけど」
「俺の聞いた話じゃ、主人公って科学部の紐緒先輩に改造されたらしぜ。なんでも、女の子を惹きつけるフェロモンを放出するマシンを体内に内蔵してるって」
「おまえら、話してないで真面目にやれい!!」
「はぁ〜い」
 バタン ドアの開く音に、彩子ちゃんは振り返りました。
「あら、沙希。どうしたの?」
「話があるの」
 沙希ちゃんは、それだけ言うと、ドアに手をついて息を整えました。ここまで全力疾走で階段を駆け上がってきたので、さすがに息がきれてしまったのです。沙希ちゃんらしいですね。
 沙希ちゃんがそうしている間に、彩子ちゃんはキャンバスにさっと筆を走らせて、頷きました。
「グッド! いい出来だわ」
「……彩子ちゃん、主人くんとデートするって、本当なの?」
 沙希ちゃんは訊ねました。
 一瞬、彩子ちゃんの筆の動きが止まりました。でも、すぐになんでもなかったように筆を走らせながら、答えます。
「イエス、ザッツライト」
「……彩子ちゃん、どうして……」
「どうして?」
 彩子ちゃんは、聞き返しました。
「何か理由がいるの?」
「それは……。でも、だって、主人くんって……」
 沙希ちゃんはそう言うと、俯きました。そして、呟きます。
「藤崎さんとお付き合いしてるんでしょう?」
「……」
 彩子ちゃんは、黙って筆を走らせています。
 沙希ちゃんはぎゅっと拳を握り締めました。
「あたし、見ちゃったの。主人くんと藤崎さんが一緒に登校してくるところ。とっても仲良さそうだった。主人くんも藤崎さんもとても楽しそうで……。だから、だからあたし……」
「これから二人を応援していこうと思った?」
「……」
「あたしね」
 彩子ちゃんは、筆を走らせながら、言いました。
「自分の気持ちに嘘は付きたくないのよ」
「彩子ちゃん……」
「こう言っちゃなんだけど、あたし、今は主人くんのこと、そんなに大好きってほどでもないの。だから、確かめてみたいのよ」
「確かめる……?」
 沙希ちゃんは聞き返しました。彩子ちゃんは頷きます。
「イエス、そうよ。あたしがどれくらい主人くんのことが好きなのか、確かめてみたいの」
「……」
 沙希ちゃんは黙って彩子ちゃんを見つめました。そして、不意ににこっと笑います。
「そういうのって、ステキね」
「でしょう?」
 彩子ちゃんもにっこりと笑いました。
 沙希ちゃんはポンと手を打ちました。
「そうだ。彩子ちゃん、お腹すいてない? あのね、お弁当作り過ぎちゃって、残してあるのよ」
「リアリー、本当に? お昼休みに誰かに食べて貰おうと思ったんでしょ?」
「えっと……まぁ、いいじゃないのぉ」
「そうね。いただくわよ」
 二人は顔を見合わせて笑いました。

《続く》

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