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めぐみちゃんとでぇと
第弐拾話 ずっと、そばにいて

見晴ちゃんはゆかりちゃんの渡してくれたハンカチで顔を拭うと、ぺこりと頭を下げました。
「ありがとうございましたぁ。このハンカチ、洗って返しますね」
「いいえ、そんなにお気を使わなくても、よろしいのですよ」
ゆかりちゃんはそう答えると、そのままにこにこと笑っています。
見晴ちゃんはゆかりちゃんに訊ねました。
「あの、聞かないんですか?」
「はぁ、何をでしょうか?」
「どうしたの、とか、何で泣いてたの、とか……」
少し顔を赤くして、見晴ちゃんは小声で言いました。やっぱり少し恥ずかしいようですね。
そんな見晴ちゃんに、ゆかりちゃんはやっぱり笑顔のまま言いました。
「わたくし、あなたが言いたくないことは聞きませんから」
「そ、そう? あ、私、館林見晴っていいます」
見晴ちゃんはそう言うと、もう一度ぺこりと頭を下げました。
「あらあら、これはご丁寧にすみません」
ゆかりちゃんも頭を下げました。
そしてしばらく沈黙が流れます。
不意に、見晴ちゃんはゆかりちゃんに訊ねました。
「あっ、あの、こ、古式さん」
「はい、なんでしょうか?」
「あの、古式さんは、こ……主人さんと仲がいいんですよね?」
その言葉を聞いて、ゆかりちゃんは頬をぽっと染めました。
「そうですねぇ……」
「あの、聞きたいんですけど、どういう人ですか?」
「素敵な殿方です。とても野性的で、それでいて紳士的で優しくて……。先日もわたくしのことを身を呈して守って下さいましたし……」
ゆかりちゃんはそう言うと、その時のことを思い出したのか、ほっぺたを両手で挟んでにこにこしています。
「守ってくれた……んですか」
見晴ちゃん、なんとなく羨ましそうですね。
「はい」
ゆかりちゃんは、両手を組んで遠くを見つめています。
「わたくし、あの時思いました。主人さんこそ、わたくしが生涯かけてお慕いするに足る方だと」
瞳に星を散りばめながら、ゆかりちゃんはうるうるしています。
見晴ちゃんは聞きました。
「でも、主人さんっていろんな女の子とお友達でしょう?」
「それは殿方の甲斐性というものですよ」
ゆかりちゃんはにっこりと見晴ちゃんに微笑みかけました。
「わたくしは、気にしておりませんよ。だって、殿方とはそういうものだとお父さまもおっしゃっておられましたし」
「そうなのかなぁ……」
見晴ちゃんは廊下の窓から空を見上げました。
その唇から、呟きが漏れます。
「でも、私はやっぱり……、私だけを見て欲しいなぁ……。だって、私は……」
「まぁ、あなたも主人さんが好きなのですね?」
「あ……」
慌てて見晴ちゃんはゆかりちゃんの方に向き直りました。
「そ、それは、そのね、あのね……」
「それでは、わたくしたちは同じですね」
ゆかりちゃんは目を細くして笑いました。
「……え? 同じ……?」
「はい、同じです」
ゆかりちゃんは、見晴ちゃんの隣に来ると、空を見上げました。
ゴォォォ
微かに爆音を響かせながら、飛行機が上空を飛んでいます。長い飛行機雲を伸ばしながら。
それを眩しげに見つめながら、ゆかりちゃんは言いました。
「わたくしは……愛されなくてもいい。愛したい……」
「……でも、私は……やっぱり愛されたいな」
見晴ちゃんは、独り言のように呟きました。
「んあ? ここは……どこだ?」
「お目覚めのようね、主人公」
公くんは、声の方を見ました。
白衣を着た女の子が、こちらに背中を向けてパソコンのキーボードを叩いています。
「ひ……もおさん?」
公くんは頭を振って、まだ何だかハッキリしない意識を回復させようとしましたが、その頭を振ることもできません。
「え?」
公くんの身体は、ベッドに拘束されています。まるで、小さいときに見た悪の組織に改造される男の用です。
思わずじたばたしてしまう公くんでした。
「やめろぉぉ、ジョッ○ー! ぶっとばすぞぉぉ!!」
「何を下らない事を言っているの? 脳波が乱れるじゃない」
その言葉に、公くんは自分の身体のあちこちに電極がつけてあることに気が付きました。
「お、俺に何をする気だ? ま、まさか……」
公くんの脳裏に、目の前の人物に対するいろんな噂がよぎります。
曰く、世界征服を企む悪の科学者とか……。
曰く、既に男子生徒の半分は下っ端怪人に改造されているのだとか……。
曰く、校舎を巨大ロボットに改造しているとか……。
「そうか、俺は改造手術を受けて最強の超人になった後、脱走して正義の為に戦うことになるわけなのか。それが俺の運命ならば、あえて修羅の道をいくもよし。さらばだ、我が心の恋人よぉ」
「……浸ってるところ悪いんだけど」
結奈さんは声をかけました。
「もう用は済んだわ。帰ってもいいわよ」
「え? もう改造手術は終わってたの?」
素っ頓狂な声を上げる公くんに、さすがの結奈さんも呆れ顔で答えました。
「お望みなら、改造してあげるけど」
「……ってことは、まだなのか?」
「ちょっとあなたの精神構造に興味があったから、深層心理を催眠療法をつかって調べてただけよ」
そう言うと、結奈さんは手元のボタンを押しました。すると、公くんを拘束していた革のベルトが外れます。
公くんは体を起こして、手でぺたぺたと自分を撫でさすっています。
最後にむにゅっと自分のほっぺたを引っ張ってみて、呟きました。
「いひゃい(痛い)、……間違いなく、これは生身の身体!」
「言ってるでしょうが」
結奈さんはそう言うと、ディスプレイに向き直りました。
「私はこれから結果をまとめる作業をしないといけないのよ。邪魔されたくないの」
「でも、興味あるなぁ」
「そんなに改造されたいの?」
「し、しっつれいしましたぁ!!」
慌てて公くんは電極をむしり取ると、一目散に駆け出そうとしました。その動きがぴたりと止まります。
「……あ、あの〜、紐緒さん。一つだけ質問してもいいでしょうか?」
「何よ」
「出口は、どちらでしょう?」
バタン 科学部室のロッカーのドアを開けて、公くんは顔を出します。
「へぇー、こんな所に出るんだ」
そのまま外に出て、公くんはドアを閉じました。そしてもう一度開いてみます。
すると、そこはただのロッカーになっていました。
「あれ? 出入口がない……。ま、いいや。深く考えるのはよそう」
公くんは頭を掻きながら、そう呟くのでした。賢明な判断といえるでしょうね。
そのまま、公くんは廊下に出ます。
と、
「公くんっ!!!」
横から半分悲鳴のような声が聞こえました。
「うわぁ、何だ!?」
びっくりしてそっちを見ると、詩織ちゃんが涙をぽろぽろとこぼして、じっと公くんを見つめています。
「し、詩織?」
「公くぅーん!!」
さすがスポーツ万能の詩織ちゃん。すごい勢いでダッシュしてくると、そのまま公くんにタックルをかけます。
「うわぁっ!」
公くんは思わず尻餅をつきながらも詩織ちゃんを受け止めました。
「公くん、公くん、公くんっ!」
泣きながら、詩織ちゃんは公くんに抱きついて、呪文のように公くんの名前を繰り返しています。
「ど、どうしたん?」
「もう、もう離さないで。ずっと、そばにいて……」
詩織ちゃんは、しゃくりあげながら、それだけを言うと、公くんの胸に顔を埋めるのでした。
さて、その頃。
「お、ここにいたか」
その声に、グラウンドを見おろす土手に座ってメモに何かかき込んでいた好雄くんは顔を上げました。
「なんだ、ばかえびしゅーか」
「その呼び方はやめろって」
淳くんは苦笑しました。それから、好雄くんの隣を指します。
「そこ、いいか?」
「本来そこは女の子、それも可愛い娘にしか許可できない席なのだが、まぁ、庶民の君にも許可してやろう。バーイ伊集院風」
「相変わらずだな」
そう言うと、淳くんは腰を下ろしました。
二人の目の下を、陸上部の部員達がランニングしていきます。
「おっと、越谷さんって意外とボリュームあるな。チェックだチェック」
「越谷なら84・55・86だぜ」
そう言うと、淳くんは寝転がりました。
「さすがチェック早いな、おまえ。ええっと、越谷、越谷っと。あったあった」
「好雄、一つだけいいか?」
メモに書き込む好雄くんに、淳くんは言いました。
「あ? なんだ?」
「日曜に、朝日奈とデートするぜ」
「……あんだって?」
思わず聞き返す好雄くんに、淳くんは体を起こして同じことを言いました。
「日曜に、朝日奈とデートするって言ったんだ」
「戎谷が?」
「ああ」
「……どうして、俺に言うんだ? そんなことを」
好雄くんの声には、微かに怒気が混じっていました。本人にもわからないくらい微かですが……。
淳くんは肩をすくめました。
「一応、断っておくのがスジってもんだからな」
「バカ言ってんじゃねぇよ。俺と朝日奈はなんでもないって。ただの知り合いだぜ」
「そっか。それじゃ遠慮なく朝日奈にアタックできるってわけだ」
「ああ、どーぞご自由に。でも、友達として忠告しておくけど、あいつああ見えて結構身持ち固いぜ」
「そんな娘を落とすのが一興ってもんだろ。じゃあな」
そう言うと、淳くんは一挙動で立ち上がりました。そして、軽く好雄くんに手を振ります。
「今度結果報告にくるよ」
「勝手にしろ」
好雄くんは言い返して、グラウンドの方に向き直りました。淳くんはそのまま、校舎の方に駆け戻っていきます。
(なんだってんだ、戎谷のやつ。あいつもあいつだぜ。デートなんて受けやがって……)
心の中でそう呟きながら、好雄くんはぼうっとグラウンドを見つめていました。
《続く》

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