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めぐみちゃんとでぇと
第弐拾弐話 そんなことないよ

だだだだだっ
公くんは通学路を全力疾走しています。
夕べ一睡もしていなかったみたいに憔悴しているくせに、そんなに全力疾走なんかしたら……。
ポテン ほら、転んでしまいました。
あ、危ない。後ろから車が走って来ました。
でも、公くんは動く気配を見せません。完全に気を失ってしまっているようです。
このままじゃ、公くんはノシイカになっちゃいますね。
と。
キキィーッ
車は急ブレーキをかけて、公くんの5センチ前で止まりました。どうやら運転している人が気が付いたみたいです。
それにしても、すごい車ですね。アメリカで走っていそうな6輪の大きな車です。それも金色。
おや? その車のドアが開きましたね。中から数人の黒服の男の人達が出てくると、公くんを車の中に運び込んでいます。
そして、ドアが閉まると、何事もなかったように、車は走り出しました。
「……ん? あれ?」
軽い振動で、公くんは目を開きました。
なんとなくいい香りがします。そして、低い天井が目に入りました。
「気づいたようだね、庶民」
「そ、その声は!?」
公くんはそっちを見て、目を丸くしました。
きらめき高校に知らぬ者とていない、理事長の孫にしてきらめき市を影でにぎる伊集院財閥の御曹司、伊集院レイ"くん"です。
レイくんは、大げさに両手を広げました。
「まったく、朝から道路に倒れているとは、庶民にも変わった趣味があったものだな」
「こ、ここは?」
「いい質問だな、庶民。ここは、僕が通学に使用しているリムジンの車内だ」
レイくんにしてはあっさりとした説明ですね。いつもならやれエンジンがどうの内装がこうのと言い出す所なんですが。
公くんは何となく違和感を感じてレイくんを見つめました。
「な、なんだね、庶民」
「その呼び方はやめろよなぁ……」
そう言ってから、公くんはやっと違和感の原因に気づきました。
いつも頭の後ろで無造作に髪を束ねている(でも、レイくんは「これはフランスからわざわざ招聘したスタイリストに2時間かけさせて入念にセットした髪型なのだよ」と主張していますが)のですが、今日はその髪をほどいているのです。
「今日は髪おろしてるのか?」
「し、しつれいな」
おや? どういうわけか、レイくんは少し赤くなりながら早口で返事しました。
公くんは横になっていたシートから身を起こしました。
「しかし、こうしてみるとまるで……」
「ま、まるでなんなんだ?」
聞き返されて、公くんは口ごもりました。
(まさか、まるで女の子みたいだ、なんて言えないよなぁ)
車中に奇妙な沈黙が流れます。
と、遠慮がちな声が聞こえました。
「レイ様。きらめき高校に到着いたしましたが」
「ん、御苦労。庶民よ、先に降りたまえ。僕は少々用があるのでな。はっはっは」
「あ、ああ」
公くんは音もなく開いたドアから降りました。そこはきらめき高校の正門の前でした。
「では、後ほどな」
レイくんがそう言うと、リムジンのドアが閉まります。そして、そのままリムジンは「伊集院家専用門」の方に走って行きました。
車内でレイくんはちらっと後ろを振り向きました。公くんがリムジンを見送っているのを見て、溜息を一つもらします。
そんなレイくんに、前の席から声がかかります。
「レイ様、今回のようなことは……」
「わかっている、外井」
レイくんは髪をまとめながら答えました。
「ありがとうございます。私も、総帥には報告いたしませんので」
「助かる」
そう答えると、レイくんはクッションの良く聞いたシートに身を委ねながら、自嘲気味に呟きました。
「伊集院家、か。重いな……」
「……」
前の声は、何も答えませんでした。
公くんが正門から入ると、前の方から女の子が一人走って来ます。
その娘を見て、公くんは軽く手を挙げました。
「や、沙希ちゃん。おはよう」
「公くん! 今、伊集院くんの車から降りてこなかった?」
沙希ちゃんは駆け寄ってくると、大きな目をくりくりさせながら訊ねました。
「そうだけど……」
「何かあったの?」
心配そうに訊ねる沙希ちゃんです。公くんは肩をすくめました。
「別になんでもないよ」
さすがにレイくんの車の前で行き倒れたなんて恥ずかしくて言えない公くんでした。
「……そう。何でもないんならいいんだけど……」
沙希ちゃんは無理には追求しようとはしません。こういうところが控えめで優しいと評される所以なのでしょうね。
公くんは時計を見ながら沙希ちゃんに言いました。
「沙希ちゃんの方こそ早いね」
「あ、あたしは、サッカー部の朝練があったから……」
「そうなんだ」
「うん。あーあ、残念だなぁ。結局公くんサッカー部に入ってくれなかったもんね」
沙希ちゃんは口を尖らせて公くんを軽く睨みました。公くんは頭の後ろを掻いて照れ笑いしました。
「俺なんて、沙希ちゃんが言うほどの逸材じゃないって」
「そんなことないよ」
そう言うと、不意に沙希ちゃんは手のひらを伸ばしました。
「あ、公くん! 見て!」
「寒いと思ったら……」
沙希ちゃんの手のひらに、白い結晶が舞い降りてきました。
「……綺麗」
「そうだね」
二人は、何となく肩を寄せあって、空から舞い降りる風花を見つめていました。
なんだかとってもいい雰囲気です。
不意に、沙希ちゃんが言いました。
「こ、公くん、あのね……」
「え? 何?」
「あのね、す……」
「す?」
「す、す、すーすー」
「??」
「ご、ごめんね、ちょっと待って」
沙希ちゃんは、すーはーと大きく深呼吸してから、公くんに言いました。
「公くんの好きな……」
「好きな?」
「好きな……食べ物は?」
「ハンバーグ」
「そ、そうなんだ!」
沙希ちゃんはあははーと笑いました。心なしか、虚ろな笑いですね。
「それじゃ、また後でね!」
そのまま、沙希ちゃんはだぁーっと走って行ってしまいました。公くんはその後ろ姿を見送りながら、首を捻りました。
「なんなんだろう? あ、そうか! 今度またお弁当作るためのリサーチか! しまったぁ。そんなことならもっと気の利いたこと言えばよかったぁ!」
公くん、その場にしゃがみ込んで頭を抱えてしまいました。
一方の沙希ちゃん、だだーっと走って中庭までくると、立ち止まりました。そして大きくため息を付きます。
「はぁぁぁ」
(せっかく二人っきりのチャンスだったのにのにのにぃ! あたしったら意気地なし、もうばかばかばかぁ)
自分の頭をぽかぽか叩く沙希ちゃんでした。それから、ぎゅっと拳を握り締めます。
「ううん、一度や二度の失敗なんかで挫けてちゃだめだもんね! 恋愛は、一に根性二に根性だもんね!」
沙希ちゃんは、夕陽に向かって叫ぶのでした。
「ふぁいとぉ!」
「あ、公くん!!」
詩織ちゃんは、校庭にしゃがみ込んでいる公くんを見つけて駆け寄りました。
「詩織?」
「もう、心配したんだから……」
と言いかけたとき、不意に後ろから声が聞こえました。
「ハァイ、グッモーニン、主人くん」
「あう」
公くんはまさに凍り付きました。
詩織ちゃんは振り向きました。
「片桐さん?」
詩織ちゃんと彩子ちゃんの視線がびしっとぶつかりあいました。その瞬間、公くんには二人の間に火花が散ったのが見えたような気がしました。
(ど、ど、どうしたらいいんだタイガージョー!!)
冷たい風が、3人の周りに粉雪を舞わせていました。
《続く》

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