喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

めぐみちゃんとでぇと
第弐拾参話 俺に相談するまでもないだろ

「おはよう、片桐さん」
 詩織ちゃんはにっこりと微笑んで、彩子ちゃんに挨拶しました。彩子ちゃんも気軽にお返事します。
「グッモーニン、おはよう、藤崎さん」
「あ、あのあのさ、ここじゃ寒いから、とっとと中に入らない?」
 公くんはどもりながら言いました。寒いなんて言ってるくせに、本人の額には汗が浮かんでいますね。
(まずい、まずいよ! よりによって……)
 と、不意に彩子ちゃんは公くんに顔を向けました。
「そうそう、日曜のことだけど、10時でいいかしら?」
「日曜?」
 詩織ちゃんは眉間にしわを寄せました。そして、彩子ちゃんに訊ねます。
「片桐さん、日曜に何かあるの?」
「ザッツライト。その通りよ。主人くんと美術館に行く約束なの」
 その瞬間、公くんはその場にがっくりと膝を突きました。
(……終わった……)
 詩織ちゃんは、彩子ちゃんに聞き返します。
「それ、ほんとう?」
「本当よ。じゃ、主人くん、楽しみにしてるから」
 そう言うと、彩子ちゃんはそのまま昇降口の方に向かおうとしました。
 その彩子ちゃんに、背中から詩織ちゃんの声が届きました。
「公くんは、行かないわよ」

 見晴ちゃんは、教室の窓枠に顎を載せて、何となく粉雪が舞い落ちる様を見ていました。
「はふぅ」
 溜息が思わず漏れてしまいます。
 と。
「あ、あの……」
 後ろから、躊躇いがちな声が聞こえました。見晴ちゃんは振り返りました。
「……愛ちゃん……」
 めぐみちゃんは、すごく思い詰めた表情をしていました。そして、まずぺこりと頭を下げます。
「き、昨日は、ごめんなさい。見晴ちゃんに助けてもらったのに……」
「……ううん、いいの」
 そう言うと、見晴ちゃんは外に向き直りました。
 めぐみちゃんは、その態度にひるんだように半歩下がりましたが、ぷるぷると頭を振って、一歩前に出ます。
 そして、言いました。
「み、見晴ちゃん。あっ、あの、私……、見晴ちゃんのお友達です」
「え?」
 見晴ちゃんは、もう一度振り返りました。
「愛ちゃん……、今、何て?」
「わ、私……」
 見晴ちゃんにじっと見つめられて、めぐみちゃんは少し口ごもりました。でも、ぎゅっと自分の手を握り締めて、思い切って言いました。
「私、見晴ちゃんのこと、お友達だって思っています。見晴ちゃんは迷惑かも知れないけど、でも私、見晴ちゃんにお友達でいて欲しいんです」
 それだけ一気に言うと、めぐみちゃんは恥ずかしいのか真っ赤になってしまいまいした。
 見晴ちゃんは、目を丸くして、聞き返しました。
「……愛ちゃん、本当?」
 こくんと頷くめぐみちゃん。
 見晴ちゃんの大きな瞳がうるうるしてきました。
「め、愛ちゃん……」
「見晴ちゃん……」
 見つめあう二人は、どちらからともなく抱き合っていました。
 嗚呼、美しきかな乙女の友情。
「ワッツセイ、何て言ったの?」
「公くんは、日曜は美術館には行かないわよって言いました」
 詩織ちゃんはきっぱりと言いきりました。そして、公くんに視線を向けます。
「だって、公くんは、その日は私とクラシックのコンサートを聴きに行くんですもの」
「リアリー、ホントに?」
 思わず彩子ちゃんは聞き返しました。詩織ちゃんは彩子ちゃんに視線を向けなおします。
「本当よ」
「……」
 彩子ちゃんは、今度は公くんに視線を向けました。公くんは頭を抱えています。
「……本当、みたいね」
 そう呟くと、彩子ちゃんは肩をすくめました。
「わかってくれたかしら?」
 詩織ちゃんは彩子ちゃんに訊ねました。
「わかったわ」
 彩子ちゃんは肩をすくめました。詩織ちゃんの顔がほころびます。
「よかった……」
「主人くんがあなたともデートの約束をしていた、というところまではね」
 詩織ちゃんの安堵の声を遮るように、彩子ちゃんは言葉を続けます。
「でもね、その後は、納得行かないわね。どうして、私の方がキャンセルになるのかしら?」
「……」
 詩織ちゃんは、唇をきゅっと引き結びました。
「譲る気はなし……ってことね」
「イエス、その通りよ」
 彩子ちゃんはきっぱりと答えました。
 二人は、睨み合いました。
 と、
 キーンコーンカーンコーン 妙に間延びした鐘の音が聞こえてきました。
 いきなり公くんは立ち上がりました。
「おっと、予鈴だ。もう行かなくては」
 妙にセリフが棒読みですね。
「そ、そうね」
 優等生の詩織ちゃん、さすがに恋にかまけてお勉強をおろそかにはしません。
 鞄を持ち直すと、彩子ちゃんに話しかけました。
「片桐さん、この話はまた後でね」
 一旦言葉を切ると、すっと近づいて、一言一言区切るように彩子ちゃんに言います。
「きっちりと、話をつけましょうね」
「オッケイ、わかったわ」
 彩子ちゃんはいつものように明るく答えました。
 詩織ちゃんは公くんに近寄ると、まるで猫を掴み上げるように首の後ろの衿を掴みました。
「さぁ、行きましょうね、公くん」
「は、はいっ!」
 公くん、まるでロボット三等兵のようにぎくしゃくと歩き出しました。
 彩子ちゃんは、詩織ちゃんと公くんを見送りながら、呟きました。
「敵は手強いけれど、相手にとっては不足無し。今度は負けないわよ」
 お昼休みになりました。
 好雄くんは、教室から出たところでばったりと夕子ちゃんに出くわしました。
「あ、よっしーじゃん」
「なんだ、朝日奈か……」
 そこで、会話が途切れます。
 好雄くんはすこし言いよどんでから、明後日の方を見ながら言いました。
「聞いたぜ。戎谷とデートするんだってな?」
「どうしよっかなぁーって思ってんだ」
 夕子ちゃんは、これまた明後日の方を見て答えました。そして、横目でちらっと好雄くんを見ます。
(……よっしー、どうすんの? あたし、デートしちゃっていいの?)
 好雄くんは、窓の外を見ています。朝から降り始めた粉雪は、今も降り続いています。
「受けちゃえよ。おまえにデート申し込むようなもの好きなんていやしないんだからさ」
(あれ? 俺何言ってるんだ?)
 好雄くんは内心で首を傾げながら、笑いました。
「……ホントに、受けちゃっていいわけ?」
 夕子ちゃんは聞き返しました。
(好雄くん……、止めてくれないの?)
 好雄くんは夕子ちゃんの方に向き直りました。
「俺に相談するまでもないだろ?」
(おい、好雄! 何言ってるんだよ! デートなんか受けるなって言えよ!)
「それもそっか」
 夕子ちゃんは肩をすくめました。
(好雄くん……、やっぱ、あたしのこと……、何とも思ってなかったんだ。あたしってバカみたい)
 不意に、夕子ちゃんの頬を光るものが流れ落ちました。慌てて夕子ちゃんは、制服の袖で頬を拭います。
「あ、あれ? どうしたんだろ。ごめん、よっしー。変なこと聞いちゃって」
「朝日奈……」
「ごめんね!」
 そう言い残して、夕子ちゃんは廊下を走って行きました。
(やだ……、涙が……止まんないよぉ……)
 好雄くんは、窓の外を見つめ続けていました。
(……俺ってバカだよなぁ……)
 不意に好雄くんは窓を大きく開きました。雪混じりの風が好雄くんの顔に吹き付けてきます。
 そんな中で、好雄くんはじっと佇んでいました。
 その頃、公くんはサッカー部室で一時のやすらぎを得ていました。
「おいしいと思うんだけど……」
 沙希ちゃんは、お弁当をぱくぱく食べる公くんを心配そうに見つめています。
 公くんは顔を上げると、親指を立てました。
「グー」
「よかったぁ」
 沙希ちゃんはにこっと笑うと、提げていた魔法瓶を開けました。
「これ、コーンスープなんだけど、どう?」
「ありがとう、いただくよ」
「じゃ、入れてあげるね」
 コポコポとコップにコーンスープを注ぐと、沙希ちゃんは公くんにそのコップを手渡します。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
 公くんは受け取ると、ぐいっと飲みました。
「あちちちち」
「もう、慌てなくたっていいのよ」
 沙希ちゃんは笑って言いました。
 公くんも笑うと、沙希ちゃんに言いました。
「おいしいよ」
「ホント? よかったぁ」
「俺さ、小さい頃“とうもろこし”って言えなかったんだよなぁ」
 公くんは、コップの中に残ったコーンスープを見つめながら言いました。
「そうなんだ。で、何て言ってたの?」
「“とろもこし”って言ってたんだ」
「なぁに、それ」
 二人は顔を見合わせて笑いました。外は粉雪が舞っているのに、ここだけは暖かいようですね。

《続く》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く