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めぐみちゃんとでぇと
第弐拾六話 根性で捜さなくっちゃ

「片桐さん。ハッキリいうけれど、公くんは私の恋人なの!」
 詩織ちゃんはきっぱりと言いきりました。
 その詩織ちゃんを、彩子ちゃんは一瞬呆気にとられたように見おろしていましたが、やがてふふんと鼻で笑いました。
「藤崎さん」
「何かしら?」
「私は気にしないわよ、そんなこと」
「!?」
 今度は詩織ちゃんが思わず立ち上がりました。
 彩子ちゃんは言葉を続けます。
「主人くんが誰の恋人でも、ね。“あたしが”デートしたいんだもの」
 そして、ちらっと視線を動かします。
「ところで、如月さん。さっきから何をしてるの?」
「あ……」
 今度は詩織ちゃんの後ろにプラカードを立てようとしていた未緒ちゃんは、愛想笑いをしながらさがりました。
「ごめんなさいね。お邪魔みたいですから、私は失礼します」
 そして、くるりと振り向いてドアを開けました。
 そこには、ドアにへばりつくように聞き耳を立てていた公くんがいたのです。
「主人さん!?」
「あ……」
 いきなりドアを開けられて、逃げることもできなかった公くん、中腰の姿勢のまま凍り付きます。
 それは、保健室の中の3人も同じことでした。

「……あの、夕子ちゃん」
 はむはむはむ
「夕子ちゃん、そんなに食べたら身体に悪いんじゃ……」
 ごくごくごく
「夕子ちゃんってば……」
「あによぉ」
 夕子ちゃんは、ダブル○ックバーガーをコーヒーで喉に流し込みながら、正面に座ってる沙希ちゃんを睨み付けました。
 その視線の鋭さに、思わず縮こまってしまう遠慮がちな沙希ちゃんでした。
「な、何でもないんだけど……」
「ならいいじゃん。あたしのことはほっといてよ!」
 そう言うと、再び目の前のハンバーガーに取り組む夕子ちゃん。
 と、その手が不意に止まりました。
「……?」
 夕子ちゃんの頬を、何かが滑り落ちていきます。
 微かに、本当に微かに夕子ちゃんの唇が動きました。沙希ちゃんにもかろうじて聞き取れるくらいの小さな声でした。
「よっしーの……莫迦……」
(……夕子ちゃん……)
 不意に沙希ちゃんは立ち上がりました。
「夕子ちゃん、あたしちょっと……すぐ戻るから、食べててね!!」
「沙希……?」
 夕子ちゃんが顔を上げたときには、沙希ちゃんはもう駆け出していった後でした。
 マックを飛び出しながら、沙希ちゃんは心の中で叫んでいました。
(夕子ちゃんと早乙女くん、なんとか仲直りさせてあげなくちゃ! だって夕子ちゃん、可哀想だよぉ!)
「まぁ、美樹原さん、とお呼びしてもいいでしょうか?」
 ゆかりちゃんはにっこりと笑いながら言いました。
「あ、はい……」
 めぐみちゃんは頷きました。ゆかりちゃんは見晴ちゃんの方に視線を動かします。
「それで、今お帰りなのですか?」
「うん。帰りに愛ちゃんとペットショップに寄って、ユーカリの葉っぱを買おうって話してたの」
「……わたくしの葉っぱ、ですか?」
「は……?」
 さしもの見晴ちゃんも目を点にして立ち尽くしてしまいました。
 数秒たって、やっと気づきます。
「あ、違うの違うのぉ。“ゆかり”じゃなくて“ユーカリ”!」
「はぁ。でも、わたくし、樹ではありませんので葉っぱなんてついておりませんが……」
 ゆかりちゃんは自分のお下げをちょっと引っ張ってみながら、まじめな顔で考え込んでしまいました。
「だから、ユーカリっていうのはぁ……」
「オーストラリア原産のフトモモ科の常緑高木。高さは100メートルに及ぶものもあるわ。葉から取れるユーカリ油は香料や薬用になるし、樹は建築材としても使われるわ。こんなところかしらね」
 不意に後ろから声が聞こえて、見晴ちゃんは「うぴゃ」と飛び上がりました。
「だ、だ、だれ?」
「ふふふふ。通りすがりのいい人よ」
「あらぁ、紐緒さん、ではありませんか」
 ゆかりちゃんがにっこりと笑ってお辞儀をしました。結奈さんは軽く手を振りました。
「困ったことがあればまた呼べばいいわよ。それじゃ」
 そのまますたすたと歩いていく結奈さんに、ゆかりちゃんはもう一度丁寧にお辞儀をします。
「本当にありがとうございました」
 見晴ちゃんは、結奈さんの後ろ姿を見送りながら、ゆかりちゃんに訊ねました。
「あ、あの、お知り合いの方ですか?」
「はい。とてもいい人ですのよ」
 ゆかりちゃんはにこっと笑って答えました。それから頬に指を当てて考え込みます。
「でも、わたくしには葉っぱは生えませんし、ましてやペット屋さんで売ったことなんてありませんのですが……」
「……」
 思わず滂沱と涙を流してしまう見晴ちゃんでした。
(全然通じてないぃー)
 一方、めぐみちゃんはこの間もじっとゆかりちゃんを見つめていました。その視線に気づいたのか、ゆかりちゃんはめぐみちゃんに訊ねます。
「あの、わたくしの顔に何かついておりますのでしょうか?」
「あ、いえ、そうじゃ……ないです」
 そう言うと、めぐみちゃんは俯いてしまいました。小さな胸がどきどきいっています。
(き、聞かなくちゃ……)
 めぐみちゃんは心の中で呟くと、顔を上げました。
「あっ、あの……」
「はい、なんでしょうか?」
 にっこり 好雄メモに曰く“エンジェルスマイル¥0”をまともに見てしまい、めぐみちゃんは思わずまた顔を伏せてしまいました。
「な、なんでもないです……」
「そうなんですか?」
 ゆかりちゃんは不思議そうな顔で、めぐみちゃんをみつめました。
 さて、こちらは凍り付いていた保健室。
 不意に、公くんは大きなくしゃみをしました。
「はっ、はっくしょい!」
 詩織ちゃんは、公くんが水を滴らせているのに気づいて駆け寄ります。
「どうしたの、公くん!? びしょ濡れじゃない!!」
「水!?」
 彩子ちゃん、反射的に身をすくめます。
 それをちらっと見て、詩織ちゃんは公くんを保健室に引っぱり込みます。
「こんなに身体も冷え切っちゃって……、まるで池にでも落ちたみたい……。……池!?」
 今度は詩織ちゃんがぴきっと凍り付きました。
 その間に未緒ちゃんがてきぱきと暖房の温度を上げて、毛布を持って駆け寄ります。
「主人さん、これを使って下さい」
「あ、ありがとう」
 公くん、お礼を言って毛布にくるまります。
「いえ、そんな、ありがとうだなんて……」
 未緒ちゃんは頬を染めて、公くんのお顔を見上げます。
 それにはっと気づいた詩織ちゃんと彩子ちゃんは、慌てて公くんに駆け寄りました。
「主人くん、寒くない?」
「大丈夫だった? ほら、ちゃんと拭かないと」
(うひぃー!!)
 思わず心の中で悲鳴を上げる公くんでした。まったくもってうらやましいですね。
「どこ、何処にいるのよ、早乙女くんは!?」
 沙希ちゃんは校庭を走りながら呟いていました。
 いつもなら、この時間帯は学校の中をうろつき回っているはずの好雄くんなのですが、今日に限って何処にも見えないのです。
「こんなときに限っていないんだから、もう! 駄目よ、沙希。根性で捜さなくっちゃ! 夕子ちゃんのためにも!」
 沙希ちゃんは、今度は体育館に飛び込みます。
 体育館では、バスケ部が練習をしていました。
「ほら、優美ちゃん! もっとサイドのチェックもしないと!」
「はいれす!」
 元気いい声が飛び交う中、コートを見て指示を出していた娘が、飛び込んできた沙希ちゃんに気づきました。
「あら、虹野さん。緊急の部活会議なの?」
「ち、ち、ちが……」
 どうやら息を切らしてしまっているようですね。それを見て、その娘は傍らの大きなリボンをした娘に言いました。
「恵、酸素」
「はーい」
 大きなリボンの娘は、傍らの箱の中から小さなボンベを出すと、沙希ちゃんに駆け寄りました。
「虹野さん、はい吸ってぇ」
 シュー
 酸素吸入をしてだいぶん楽になった沙希ちゃんは大きなリボンの娘にお礼を言いました。
「ありがとう、十一夜さん」
「どういたしましてぇ」
「それで、虹野さん、なんかあったの?」
 沙希ちゃんに歩み寄ってきて訊ねたのは、さっき指示を飛ばしていた娘、バスケ部キャプテンの奈津江ちゃんです。
「あのね、早乙女くん来てない?」
「好雄くん? 見てないわよ」
「お兄ちゃんがどうかしたんれすか?」
 後ろから声が聞こえました。奈津江ちゃんは振り返りました。
「優美ちゃん! 練習やめていいとは言ってないわよ!」
「でもぉ……」
「あ、大した用じゃないんだけど」
 沙希ちゃんは慌てて手を振りました。それから顎に手を当てて考え込みます。
「それにしても、何処に行っちゃったんだろう。夕子ちゃんが大変だってのにぃ」
「朝日奈さんが?」
 奈津江ちゃんが聞き返して、沙希ちゃんは思わず声に出していたことに気づきます。
「あ、な、なんでもないっ! じゃ、行くね!」
 そのままばたばた駆け出していく沙希ちゃんを見送りながら、奈津江ちゃんは言います。
「恵、また先走らないように……。恵?」
「十一夜先輩なら、出て行っちゃいましたよぉ」
 優美ちゃんが体育館の入り口の方をさして言いました。奈津江ちゃんはぺしと額を叩きます。
「……もう、恵は思い込み早いんだからぁ……」
 優美ちゃんはもう一度、体育館の入り口の方をちらっと見て、心の中で思うのでした。
(お兄ちゃんが、学校にいるわけないのに。わかってないな、虹野先輩も)

《続く》

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