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めぐみちゃんとでぇと
第弐拾七話 これ、秘密ですよぉ

 沙希ちゃんは、屋上の扉をバァンと勢い良く開けはなちました。そして左右を見回して、呟きます。
「ここにもいない……。早乙女くん、本当に何処に行っちゃったんだろう」
「虹野さん」
 いきなり耳元で囁かれて、思わず沙希ちゃんは飛び上がりました。
「なななな!?」
「わわわわ!?」
 囁いた方も、沙希ちゃんの驚きように驚いたみたいです。ばっと両手を上げています。
 沙希ちゃんは、それが誰かわかると、ほっと胸をなで下ろしました。
「なんだぁ、十一夜さんかぁ。もうびっくりしちゃったなぁ」
「ごめんねぇ」
 バスケ部のマネージャーをしてる十一夜恵ちゃんです。沙希ちゃんとは、クラブこそ違え、同じマネージャーとしてのお付き合いがあります。
「ところで、どうしたの?」
「う、うん。ちょっと虹野さんに聞きたいことがあって……」
 そう言うと、恵ちゃんは少しもじもじしていましたが、やがて思い切ったように顔を上げました。そして訊ねます。
「虹野さん、早乙女くんを捜してるのって、朝日奈さんと関係あるんでしょ?」
「そっ、それはぁ……」
 慌てる沙希ちゃん。
(夕子ちゃんと早乙女くんのことって、やっぱりべらべら人にしゃべるものじゃないよね)
「あるんでしょう?」
 迫る恵ちゃん。沙希ちゃんはぶんぶんと首を振ります。
「ないない。ぜーんぜんないのよ!」
「嘘!」
 さらにずいっと迫る恵ちゃん。その勢いに押されて、沙希ちゃんはじりじりと交代します。
「う、う、嘘じゃないってばぁ」
「虹野さん……」
 いきなり、恵ちゃんは両手を組んで瞳をうるうるさせました。
「あたし、虹野さんのこと、信じられるお友達だって思ってたのに……」
「じ、十一夜さん……」
「それなのに、虹野さんって、あたしに隠し事するんだ……」
「えっと、それは、そのぉ……」
 さらに慌てる沙希ちゃん。元来走る正直者ですから、ごまかすのは下手なんですね。
「何って言うか、個人的なことだから……」
「無関係じゃないもん」
 恵ちゃんは、沙希ちゃんをねめつけるように言いました。
「あたしだって、関係者だもの。だって、早乙女くんと朝日奈さんがうまくいけば、淳くんは……」
 沙希ちゃんははっと気づきました。
(そうなんだ。そうよね、早乙女くんと夕子ちゃんが仲良くなれば、夕子ちゃんは戎谷君のデートを断るだろうし……)
 そうなのです。校内きってのプレイボーイと言われていた淳くんは、ある事件をきっかけに、この恵ちゃんとお付き合いをはじめたというのは、きらめき高校内ではもはや知らぬ者もいないような事実です。つまり、今回の淳くんの夕子ちゃんへのデート申し込みは、噂では恵ちゃんに飽きた淳くんが次のターゲットとして夕子ちゃんを選んだという風に伝わっているのです。
(そうなったら、きっと戎谷君と十一夜さんもよりを戻すことが出来るわよね。こうなったらもっとがんばらなくっちゃ!)
 沙希ちゃんは、恵ちゃんの手をぎゅっと握りました。
「任せておいて! きっと二人の仲を元通りにしてみせるわ!」
「え? ちょ、ちょっと、あたしは話を……」
「じゃね!!」
 そう言い残して、沙希ちゃんは階段を駆け下りていきました。慌てて恵ちゃんは沙希ちゃんを追いかけます。
「あたしは話を聞きたいんだってば!! ちょっと待ってよ!!」

 ごっくん 最後のハンバーガーを飲み込んだ夕子ちゃんは、頬杖をついて窓の外を眺めていました。
 真っ赤な夕陽が、ビル街に沈んでいきます。
(夕陽って、こんなに赤かったんだぁ……)
 夕子ちゃんはぼんやりとそんなことを考えていました。
 と、不意に人の気配を感じて、夕子ちゃんは振り返りました。
「沙希、遅い……」
 言葉の語尾が、かすれるように消えます。
 そこにいたのは、沙希ちゃんではなかったのです。
「朝日奈、話がある」
「……よっしー……」
 ようやく人心地ついた公くんは、なおも世話を焼こうとする3人に言いました。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
「そ、そう? よかったぁ」
 詩織ちゃんはにっこりと極上の笑みを浮かべました。
 と、不意に彩子ちゃんが手を打ちます。
「藤崎さん、ナイスなアイディアを思いついたわよ」
「え?」
「本人がここにいるんだもの。本人に選んでもらえばいいのよ」
 彩子ちゃんは、ぴっと公くんを指して言いました。
「?」
 と、事情の飲み込めない公くん。
 詩織ちゃんも大きく頷きました。
「そうね、そのとおりよね」
「オフコース、もちろん、本人の希望には従うこと。そして、双方意見を残さないこと。これでどう?」
「あの、遺恨では?」
 訂正する未緒ちゃんを無視して、詩織ちゃんは頷きました。
「その条件でいいわ」
「あ、あの、詩織さん?」
 声をかける公くんに向き直って、詩織ちゃんは言いました。
「公くん、日曜日のことだけど……、私とデートするのか、片桐さんとデートするのか、この場ではっきりと決めてくれないかしら?」
「……今すぐに、この場で?」
 聞き返す公くんに、2人はきっぱりと頷きました。

 ガガーン

 公くんの背後にプラカードを掲げる未緒ちゃんでした。
「優美ちゃんは、知っているの? 早乙女くんのいるところ」
 奈津江ちゃんは訊ねました。優美ちゃんはフリースローの練習をしながら答えます。
「知ってるよぉ」
「何処なの?」
「そりゃ、朝日奈先輩を見張ってるに決まってるじゃないですかぁ」
 そう言うと、優美ちゃんはぽんとボールを放りました。そして、次のボールを手に取ります。
「朝日奈さんを?」
「うん」
 頷くと、優美ちゃんは奈津江ちゃんを手招きします。そして、小声で言いました。
「これ、秘密ですよぉ」
 頷く奈津江ちゃん。
 優美ちゃんもうなずくと、奈津江ちゃんの耳に囁きました。
「お兄ちゃん、朝日奈先輩のことが大好きなんれすよ」
「早乙女くんが、あ……」
 思わず聞き返しかけて、奈津江ちゃんは慌てて自分の口を塞ぎました。それから左右をちらっと見て、優美ちゃんに訊ねます。
「本当?」
「17年間一緒に暮らしてる優美が言うんだから間違いないれすよ。でもね、お兄ちゃんってば意外と奥手で、もう見てて歯がかゆいんれす」
 優美ちゃんはそう言うと、にこっと笑いました。
「それにね、朝日奈先輩もお兄ちゃんのこと、悪くは思って無いみたいなんれすよ。でも、何って言うのかなぁ、どっちも照れちゃってるみたいで、なかなか先にすすまないんれすよねぇ」
「ははぁ、読めたぞ、優美ちゃん」
 奈津江ちゃんは、優美ちゃんの首に腕を回して笑いました。
「戎谷君を朝日奈さんにけしかけたの、優美ちゃんね?」
「あ、やっぱりわかっちゃいましたぁ?」
 優美ちゃんはぺろっと舌を出して笑います。
「優美の読んだ本だとね、これで2人は仲良くなっちゃうんれすよ。だから、お兄ちゃんと朝日奈先輩もこれでもうバッチリれす!」
(そうしたら、主人先輩を狙うライバルが一人減るんだもんね。優美、あったまいー!)
 心の中でつけ加える優美ちゃん。意外とちゃっかりしてるみたいですね。
 ところが、奈津江ちゃんは顎に手を当てて考え込んでいるみたいです。
「あれ? 鞠川先輩、どうしたんれすか?」
「うん……。優美ちゃんの計画、うまく行くとは限らないわよ」
「え?」
 きょとんとする優美ちゃん。
「どういうことれすか、鞠川先輩」
「恋愛って、そんなに単純なものじゃ無いってことよ。うまく行くかも知れないし、失敗するかも知れない。早乙女くんと朝日奈さんがうまくいっても、他のところにほころびが出来るのかも知れないわ」
「ほころび……?」
「そうね……たとえば、これが原因で、戎谷くんと恵が別れるなんてことになったら、優美ちゃんどうするの?」
「……!?」
 優美ちゃんは、思っても見なかったことを言われて、目を丸く見開いて立ちすくみました。その手からこぼれ落ちたボールが、コートを転々と転がっていきます。
「ど、ど、どうしても、今すぐに?」
「そうよ」
「絶対に?」
「イエス、オフコース」
 詩織ちゃんと彩子ちゃんに、窮地に追い込まれた公くんです。思わず「どちらにしようかな……」とやりかけて、慌てて止めました。そして、弱々しく呟きます。
「そんな……。今すぐに決めろって言われても……」
「私よね? だって、私の方が先に約束したんだものね」
 詩織ちゃんは公くんに詰め寄ります。と、その肩を掴んで彩子ちゃんが言います。
「だから、言ったでしょう? 約束の後先は関係ないって」
「何よ!」
 詩織ちゃんは、いささか乱暴に彩子ちゃんの手を振り解きました。彩子ちゃんは飛びすさって身構えます。
「やる気?」
 保健室に、ただならぬ緊張感が走ります。
 未緒ちゃんは思いました。
(2人とも、普通の精神状態じゃ無いみたいです……。これは、このままでは、本当に血を見るかもしれません……。止めないと……。でも、でも私では……)

《続く》

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