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めぐみちゃんとでぇと
第弐拾九話 余分なことはしないことにしたの
公くんは繰り返しました。
「俺は、如月さんとデートしたいんだ」
「わ、わ、わたしとですか?」
思わずどもってしまう未緒ちゃんです。その未緒ちゃんを、公くんは抱き寄せました。
「きゃ」
カラーン
未緒ちゃんが手にしていたプラカードが床に落ちます。その音に、石化していた詩織ちゃんと彩子ちゃんは我に返りました。
詩織ちゃんが猛然と公くんに迫ります。
「公くん! どういうことなの?」
「そうだわ。どうして未緒なの?」
と彩子ちゃんも反対側から掴みがからんばかりの勢いで公くんに訊ねました。
公くんはきっぱりと答えます。
「俺はもう如月さんしか愛せないんだ」
詩織ちゃんがもっと冷静だったら、公くんの表情が何処か虚ろで普通ではないことに気が付いたでしょう。でも、あいにく詩織ちゃんはそれどころではありませんでした。
「こ、公くん!! あの私との愛の日々は、あれは嘘だったの!?」
詩織ちゃんはよろよろっとよろめくと、床にくずおれるように倒れました。
そして、呟きます。
「そんな……。公くん、私……、私……、公くんだけのために……。それなのに、どうして……?」
一方、未緒ちゃんは真っ赤になっています。
「ぬ、主人さん、ちょっと……」
「さぁ、未緒。このまま希望の明日へGOだ!!」
公くんはぴしっと指さしました。未緒ちゃんは赤くなった顔を隠すように俯くと、小声で言いました。
「あの、主人さん、そっちは物置です……」
「あー、ひでぇ目にあったぜ、畜生」
マックから出てくると、好雄くんはポンポンと服の埃を払い落としました。
結局、夕子ちゃんとは離ればなれになってしまった好雄くん、ぶつぶつ言いながら歩き出します。
と、不意に後ろから声がかけられました。
「よう、早乙女じゃないか」
「ん?」
振り返ると、何となく茫洋とした雰囲気の学生服姿の少年が駆け寄ってきました。
好雄くんは呟きました。
「なんだ、芹澤か」
詩織ちゃんとの一件で全国的にすっかり有名になってしまった芹澤勝馬くんです。
「何だはないだろ、何だは。それより、どうしたんだよ、その有様」
「あん?」
聞き返す好雄くんに、勝馬くんは黙って彼の服を指します。
すっかりしわくちゃでほこりまみれになってしまっています。所々靴痕まで付いていますね。
好雄くんはなげやりに肩をすくめました。
「大したことじゃねぇよ」
「そうか?」
何となく頷いた勝馬くんに、不意に好雄くんは訊ねました。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけどよ……」
「ん?」
「……いや、いい。忘れてくれ」
好雄くんはそう言うと、歩き出しました。置いて行かれかけた勝馬くんは慌てて追いかけます。
「そういう言われ方すると気になるじゃないか」
「なんでもねぇって」
そう言い残して、好雄くんはすたすたと小走りに歩いていきます。
(聞けるわけないじゃねぇか。女の子との仲直りの方法なんて、よ)
勝馬くんは鞄を肩に掛けて、そんな好雄くんの後ろ姿を見送るのでした。
「なんなんだ、あいつは?」
「……優美ちゃん?」
奈津江ちゃんは、固まってしまった優美ちゃんのお顔をのぞき込みました。
優美ちゃんは顔を上げました。
「鞠川先輩……どうしよう」
「優美ちゃん……」
「優美のせいで戎谷先輩と十一夜先輩が別れちゃったら、優美どうしたら……」
優美ちゃんは、奈津江ちゃんの腕をぎゅっと掴みました。
奈津江ちゃんは苦笑しました。
「優美ちゃんの気持ちもわかるんだけどね……」
「鞠川先輩……」
奈津江ちゃんは、足下に転がっているボールを拾い上げると、トントンとつきます。
そのまま、独り言のように呟きます。
「あたし……、もう随分前の話なんだけど、恵と勝馬の仲を取り持ってあげようとしたことがあるのよ」
「え? でも、鞠川先輩って勝馬の……」
「ん……」
奈津江ちゃんは頷きました。
「その時は、あたしはまだ、気が付いてなかったんだ。あたしが勝馬をどう思ってるのか、勝馬はどうなのか……。そんなこと考えないで、恵が幸せになれればいいなって……。でも、結局ね……」
トン
強くボールをつくと、奈津江ちゃんは床から跳ね返ってきたそのボールを受け止めました。
「結局、あたしも、恵も、勝馬も傷ついたんだよね。そして、詩織も、片桐さんも、戎谷くんも傷ついた……」
「鞠川先輩……」
「だからね、優美ちゃん。余分なことはしないことにしたの、あたしは」
奈津江ちゃんはサッパリとした笑顔を優美ちゃんに向けました。
「余計なことはしないで、自分のことだけをすることにしたの」
「自分のことだけ……れすか?」
「そう。それが正しいとか間違ってるとか、そんなことはあたしにはわからないけどね」
そう言うと、奈津江ちゃんは優美ちゃんにボールを渡しました。
「でもね、あたし思うの。恋って、他人が口を出すものじゃないってね。だって、優美ちゃんだってそうでしょ? 主人くんが優美ちゃんのことが好きだって言ってくれたとしても、それが早乙女くんがそう言ってくれって主人くんにお願いしてたからとしたら、嬉しい?」
「……そんなの、全然嬉しく何かないれす」
「そういうことよ。ところで……」
「なんれすか?」
聞き返す優美ちゃんに、奈津江ちゃんはにまぁっと笑いました。
「優美ちゃん、やっぱり主人くんが好きなのね」
「え? あ!」
優美ちゃんは思わず口に手を当てました。そのまま、奈津江ちゃんを見上げます。
「鞠川先輩の意地悪ぅ」
「あはは、ごめんごめん」
奈津江ちゃんは笑うと、優美ちゃんの頭を撫でました。
「とにかく、戎谷くんに、朝日奈さんとのデートをやめるように言わないといけないわね」
「はいれす」
そのまま駆け出そうとした優美ちゃんのポニーテールをぐいっと掴む奈津江ちゃんです。
「きゃん」
「優美ちゃん、まだ部活は終わってないのよ」
さすが、バスケ部の部長さんだけはありますね。
さてその頃。
校内を全力疾走していた沙希ちゃんは、廊下を曲がろうとして出会い頭に誰かと衝突してしまいました。
ドシィン
「きゃ!」
「おっと、ごめんごめん」
そのまま転びかけたところを、肩を抱き留めてもらって、なんとか床にキスするのは免れた沙希ちゃん、慌ててお礼を言おうとその人の顔を見ます。
「清川さん……」
「あ、えっと、虹野さん、だっけ?」
水泳部の部長とサッカー部のマネージャーの2人、部活会議なんかで時折顔を合わせるので名前くらいは知っていますが、直接話をしたことはありませんでした。
「うん、ごめんなさい」
「いや、こっちもちょっとぼっとしてたから」
望ちゃんは頭を掻きました。それから、不意に沙希ちゃんに訊ねます。
「そういえば、虹野さんって……、その、良くお弁当作ってくるよね、主人くんに」
「え? そ、そうだけど……」
沙希ちゃんは赤くなりながら頷きました。
(うわぁ、清川さんまで知ってるんだ。恥ずかしいなぁ……。でも、ちょっと公くんと公認みたいで嬉しいかな。えへへ)
望ちゃんは少し躊躇ったあと、口を開きました。
「あの、もしよかったら、その……主人くんの……」
「公くんの?」
思わず聞き返してから、沙希ちゃんはさらに赤くなりました。
(や、やだぁ、思わず“公くん”なんて言っちゃったよぉ。もう、やんやんやん)
望ちゃんはというと、沙希ちゃんの異常な様子にも気づいてないようです。
「あの、主人くんの……、や、やっぱりなんでもない。それじゃ!」
ダダダッ さすが、毎日50キロのロードワークで鍛えた脚力ですね。あっという間に見えなくなってしまいました。
その場に残された沙希ちゃん、一人で頬を押さえてにまぁっと笑っています。
(だってだって、もう、やだぁ。うふふふ)
誰かこの娘達を止めてほしいものですね。
さて、その頃。
にこにこしながらペットショップの前に立っていたゆかりちゃんは、向こうの方から歩いてくる娘に気が付いて、声をかけました。
「これは、朝日奈さんではありませんか。ごきげんいかがですか?」
「……」
夕子ちゃんは返事をしません。ただ、肩を落としてため息を付いてます。
ゆかりちゃんは、もう一度声をかけました。
「もし、朝日奈さん?」
「……」
相変わらず無言の夕子ちゃんです。
ゆかりちゃんは、頬に指を当てて呟きました。
「御気分がよろしくないのでしょうか?」
「……あ、ゆかりぃ?」
やっと気が付いたみたいに夕子ちゃんは顔を上げました。ゆかりちゃんは改めて丁寧にお辞儀をします。
「朝日奈さん、御機嫌如何ですか?」
「さいってぇ」
そう言うと、夕子ちゃんはそのまま歩いていこうとしました。
「あら、お待ち下さいませ」
そうゆかりちゃんが声をかけますが、そのまま夕子ちゃんはすたすたと歩いていきます。
ゆかりちゃんは少し考えて、ペットショップに頭を下げました。
「申し訳ありません。わたくしは、本日はこれにてお暇させていただきとう存じます。あ、本当にわたくしは葉っぱをお売りしてはおりませんのよ」
もう一度、深々と頭を下げて、ゆかりちゃんは夕子ちゃんを追いかけて走り出します。
「朝日奈さん、お待ちになって下さいませぇ」
そんなわけで、めぐみちゃんと見晴ちゃんがペットショップから出て来たときには、ゆかりちゃんの姿はありませんでした。
「古式さん、何処に行っちゃったんだろう? せっかくユーカリの葉っぱ、買ってきたのになぁ」
「私も……」
言いかけて、めぐみちゃんは俯きました。心の中で呟きます。
(聞きたかったのに……。公さんをデートに誘う方法……)
《続く》

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