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めぐみちゃんとでぇと
第参拾弐話 さっさと何か着て来い!

好雄くんは、道を息せききって走っていました。
一体どうしたというのでしょうか?
話は、少し戻ります。
詩織ちゃんを悪の不良達の魔の手から救った勝馬くんと好雄くんは、詩織ちゃんの様子がおかしいことに気づいて、とりあえず近くの勝馬くんの家で詩織ちゃんを休ませることにしました。
勝馬くんに手を引かれて、とぼとぼと歩く詩織ちゃん。その後ろから、好雄くんは歩いていました。
(しっかし、藤崎さんはどうしたってんだろう……)
そう考えかけて、好雄くんははっと気づきました。
「公か!」
その声に、詩織ちゃんはぴくんと反応して、振り返りました。慌てて好雄くんは手を振ります。
「何でもない、何でもないって」
無言で、詩織ちゃんは前に向き直りました。好雄くんはまた考え込みます。
(藤崎さんがこれだけショックを受けるとなると、あの莫迦、とんでもないことしやがったな……。あれ?)
ふと、好雄くんは視線を宙に浮かせました。
(でも、藤崎さんのあの目、最近見たような……)
焦点を失った、ルビーのように赤く澄んだ瞳。好雄くんはそこまで考えて、はっと気づいたのです。
(あの時の朝日奈の瞳と同じだ! ……ってことは、朝日奈も……?)
好雄くんは不意に立ち止まりました。勝馬くんが怪訝そうに振り返ります。
「どうした? 早乙女」
「俺、悪いけど帰るわ!」
そう言うなり、好雄くんは走り出しました。
「お、おい、早乙女!!」
慌てて勝馬くんが叫びますが、好雄くんは振り返ろうともせずに走り続けます。
(あのマックだ! あの時、朝日奈も藤崎さんと同じ瞳をしていた。間違いねぇ! 畜生、そんなことにも気づかないなんて、俺は、俺は、三国一の大莫迦野郎だ!!)
好雄くんは、夕子ちゃんとゆかりちゃんがお話ししていた公園まで戻ってきました。街灯に手をついて息を整えてから、辺りを見回します。
「……もういるはず無いか……。くそ、帰ってればいいんだが……。行ってみるか」
そう呟くと、好雄くんは身を起こしました。そして、再び駆け出します。
目指すは夕子ちゃんのお家です。
トルルルル、トルルルル
電話が鳴り響きました。その音に、公くんははっとして辺りを見回しました。
「あ、あれ? 俺、何してたんだ?」
そこは、間違いなくいつもの公くんのお部屋です。
(……俺、確か保健室で詩織と片桐さんのどっちかを選ばないといけなくなってて……、あれ? そこから記憶がないぞ)
公くんの考えを中断させるように、電話のベルが鳴り響きます。
トルルルル、トルルルル
「あ、いかんいかん」
慌てて公くんは受話器を取りました。
「はい、主人です」
「あ、主人さんですか? 私、如月です」
受話器の向こうから、恥ずかしげな声が聞こえてきました。
「如月さん? どうしたの、一体?」
「あ、あの、その、日曜のことで……」
未緒ちゃんは、受話器を握り締めて、言いました。
「日曜?」
公くんは思わず聞き返しました。
(日曜って、詩織と片桐さんと約束しちゃってるのに、まさか如月さんまでデートを申し込みに来たのか!?)
「あ、はい。あの、私……」
「ごめん!」
「は?」
公くんは受話器に頭を下げました。
「如月さんの気持ちは嬉しいんだけど、俺、そんな不義理なことはできないよ」
未緒ちゃんは、はっとしました。
(主人さん、私の言おうとしていることを察してくれて……、それでも私と約束した以上は、私と付き合おうって言ってくれているんですね……)
じわり。
未緒ちゃんの瞳に涙が浮かびました。慌てて未緒ちゃんはその涙をハンカチで拭いました。それから、受話器に向かって言葉を紡ぎます。
「ありがとうございます、主人さん」
「は?」
今度は公くんが困惑する番です。
(如月さん、どうして俺がデートを断って「ありがとう」なんだ?)
受話器からは未緒ちゃんの声が流れてきます。
「わ、私、あの……お、おやすみなさい!」
「あ、はい」
プチッ
電話は切れてしまいました。公くんは受話器を見つめながら首を捻るのでした。
「なんだったんだろ、今のは? それに、どうして記憶がふっとんでんだろう? はっ、まさか、紐緒さんの実験に巻き込まれたのか!?」
「クシュン」
自宅でキーボードを打っていた結奈さんは、不意にくしゃみをしました。そして、部屋の中を見回します。
「少し、室内温度が適正温度を下回っているかしらね。このままでは流行性感冒に感染する恐れもありそうだわ」
彼女の前のディスプレイには、いくつかの数式が映っています。
不意に結奈さんは髪をかき上げて呟きました。
「計算の範囲外ね……。あの主人公という男は……」
ピー パソコンが悲鳴のようなビープ音を鳴らします。
「何か、計算できないファクターがあるのよ、彼には……」
結奈さんは呟きました。
ピンポーン
チャイムの音が聞こえました。
シャワーを浴びた後、バスタオルだけを身体に巻いて、台所で牛乳を飲んでいた夕子ちゃんは、顔を上げました。
時計を見て呟きます。
「んもう、またお母さん、鍵持って行くの忘れたなぁ?」
ピンポーン
もう一度、チャイムの音が鳴ります。
「はいはい」
夕子ちゃんは玄関に駆け寄ると、ドアを開けました。
「いつも娘に世話かけるんじゃ……」
そこで、夕子ちゃんは凍り付きました。もっとも、それはチャイムを押した好雄君の方も同じでした。
「……」
さすがの好雄くんも、バスタオル一枚というあられもない姿の夕子ちゃんが出てくるとは想像の遥か彼方の出来事だったようです。
二人は、しばらく固まったまま、お互いを見つめていました。
ややあって、我に返った夕子ちゃんは、胸元を押さえながら飛びすさります。
「ななな、何なのよ、よっしー!!」
「わっ!」
その声で、好雄くんは慌てて後ろを向きます。
「なんて格好してるんだよ、おまえは!」
好雄くんのセリフに、夕子ちゃんはむっとしました。
「あたしがあたしの家の中でどんな格好してたって、別に構わないっしょ」
「んなこと言ったってよ……」
ちらっと振り返る好雄くん。
夕子ちゃんは気づいていませんでしたが、唇から垂れた牛乳の滴が、そのまま胸の谷間へと白い筋をつくっています。
お風呂あがりの夕子ちゃん、肌はピンク色に染まっています。そして、バスタオル一枚に隠されたその肢体……。
思わず、ごくりとつばを飲み込んでしまう好雄くん。男の悲しいサガですね。
「あ、朝日奈……」
「なによ?」
「……そ、その……な。は、話が……あるんだけど……」
「何の話?」
聞き返す夕子ちゃん。口調が刺々しいですね。
好雄くんは咳払いしました。
「その、とりあえず、着替えて来るなりなんなりしろよ」
「……」
夕子ちゃんは、はっと一歩引くと、からかうような笑みを浮かべました。
「よっしー、スケベ」
「ば、莫迦野郎! 健康な男なら誰でもそうなるわい!」
恥ずかしさもあって、思わず好雄くん叫んでしまいます。夕子ちゃんは笑みを浮かべたままです。
「へぇ、どうなるの?」
「その、なんだ……」
「ふぅん、そうなるんだぁ」
夕子ちゃんの視線を感じて、慌てて後ろ向きになる好雄くん。
「それは、なんだ、どうでもいいから、さっさと何か着てこい!!」
「へへーん、そうするわよ!」
そう言って戻ろうとした夕子ちゃん。
と。
ハラリ
夕子ちゃんを守っていた一枚の布きれは、役目を果たしたと思ったのか、突然床に落ちました。
「……え?」
「お……」
一拍置いて、閑静な夜の住宅街に、時ならぬ悲鳴と歓声(?)が響きわたるのでした。
《続く》

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