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めぐみちゃんとでぇと
第参拾四話 許せそうにありません

「あら、詩織ちゃん、どうしたの? え、公? 公なら、さっきお友達が来て、一緒に出かけたけど。……ふふ、心配しなくても男の子よ……。あら、どうしたのかしら?」
 公くんのお母さんは、そのままくるっときびすを返して駆け去っていく詩織ちゃんを怪訝そうに見送るのでした。

「だめ! もう芹澤くん、来たみたい」
 駆け戻ってきた詩織ちゃんの報告を受けて、奈津江ちゃんは爪を噛みました。
「あの莫迦、どこに行ったのよ、もう……」
「奈津江ちゃん、大丈夫かな?」
 詩織ちゃんは不安げな顔をして奈津江ちゃんに訊ねました。奈津江ちゃんは肩をすくめます。
「ま、いくら勝馬が莫迦でも、主人くんと殴り合いのケンカしてるわけはないと思うけどね……って、ホントに莫迦だった……」
「え?」
 詩織ちゃんは奈津江ちゃんの視線をおって振り返りました。
 公くんと勝馬くんが肩を貸し合いながら、よろよろと歩いてきます。
 おや、何やら話し声も聞こえてきますね。
「なかなかいいパンチしてるじゃないか」
「おまえこそな」
「公くんっ!!」
 詩織ちゃんが叫んで駆け寄ります。
「詩織?」
「もう、ばかばかばか!」
 公くんの胸に飛び込む詩織ちゃんです。
「わっ!」
「おやおや」
 暖かくそれを見守る勝馬くんの耳が、不意にぎゅーっと引っ張られました。
「いてて!」
「この、莫迦! なにやってんのよ、あんたは!」
 奈津江ちゃんが耳元で怒鳴りました。思わず耳を押さえながら、勝馬くんは弁解します。
「いや、俺はだな、おまえと藤崎が女同士の話とやらをしてるから、俺は男同士の話を……」
「聞く耳持ちません!」
「ちょっと待てい! うひゃぁ、待ってくれよぉぉ!」
 情けない声を上げながら、勝馬くんは奈津江ちゃんに引っ張られていってしまいました。
 思わずそれを見送ってしまう公くんに、詩織ちゃんが囁きました。
「……公くん」
「え?」
 公くんは視線を降ろしました。
 漆黒の瞳と真紅の瞳が至近距離でお互いを映し出します。
 詩織ちゃんは、視線を逸らさずに言いました。
「ごめんね、公くん」
「……詩織」
「私、公くんに迷惑かけちゃったよね。本当にごめんなさい」
「いやぁ……」
 何となく照れてしまう公くんでした。
 その公くんに身をもたれかけさせて、詩織ちゃんはため息を付きました。
「なんだか、疲れちゃった……」
「送るよ」
 公くんは、優しく言いました。詩織ちゃんは微笑んで頷きました。
「ありがとう……」
 そして、翌朝になりました。
「行って来ます!」
 公くんは元気良く家を出て来ました。
 と、お隣の家のドアが静かに開きます。
「行って来まぁす」
 そう言って、詩織ちゃんが出て来ました。公くんを見つけて手を振ります。
「おはよう、公くん」
「おはよ。最近良く逢うねぇ」
(……もう、鈍いんだからぁ)
 詩織ちゃんはムッとするやら呆れるやらでしたが、とりあえず笑顔のままで言います。
「ぐ、偶然ねぇ。それじゃ、偶然ついでに一緒に行きましょうか?」
「いいよ」
 公くんは頷きました。詩織ちゃんは嬉しそうに微笑んで、駆け寄ってきました。
「よかった、断られなくって」
「そ、そう?」
「うん」
 きっぱり頷く詩織ちゃんでした。
 そんな二人は、彼女たちを見つめる視線には気づきませんでした。
「……もういい。外井、出せ」
「はっ」
 静かに走り出す黄金のリムジンの後部座席で、一人物思いに耽るように眼を閉じるレイくんでした。
 学校の門のところで、不意に詩織ちゃんは立ち止まりました。
「どうしたの? 詩織」
 2、3歩進んでから、公くんは振り返りました。
 詩織ちゃんは蒼くなっていました。
「公くん……どうしよう?」
「始まったの?」
「しおりんきーっく!!」
 ドゲシィッ 詩織ちゃんの膝蹴りを顔面に受けて、公くんはその場に轟沈しました。
 ひらりとゆらめくスカートの裾を押さえながら着地した詩織ちゃんは、校舎の方を見ながら呟くのでした。
「……メグに、謝らなくっちゃ……」
 後方で、地面に倒れ伏したまま、公くんは呟いていました。
「……白、コアラのワンポイント……」
 その声が小さくて、詩織ちゃんに聞こえなかったのは不幸中の幸いというものでした。
 そんなこんなで、公くん達が教室に入ってきたときには、既に予鈴が鳴る寸前でした。
 公くんは自分の席に鞄をかけて、一息つきます。
「間にあったぁ……。あれ、好雄、どうしたんだ?」
「なんでもねーよ」
 自分の席に頬杖をついて、仏頂面で答える好雄君。その左目の周りに痣が出来ています。
「……」
 あえて聞くまいと決めた公くんです。彼も少しは学習しているのかも知れません。
 何事もなくお昼休みになりました。
 なんやかんやでめぐみちゃんに会いに行くことが出来なかった詩織ちゃん、決然として席を立ちます。
 視界のはしに、嬉しそうに教室を出ていく公くんが映りました。一瞬その後を追いかけようかなとも思いましたが、首を振ります。
(ううん。メグに逢わなくっちゃ!)
 詩織ちゃんは廊下に出ると、公くんが向かったのとは反対方向に歩き出しました。
 めぐみちゃんのクラスのドアを開けると、詩織ちゃんは教室の中を見回しました。
 めぐみちゃんは、窓際で見晴ちゃんとお話ししていました。詩織ちゃんはそれに気が付くと、歩み寄っていきました。
 見晴ちゃんの方が先に詩織ちゃんに気づきました。めぐみちゃんをちょんちょんとつついて、詩織ちゃんを指します。
 ゆっくりと振り返るめぐみちゃん。
「メグ……」
 詩織ちゃんは、めぐみちゃんの前に立ちました。静かに言います。
「話があるんだけど……」
「……聞きたく……ありません」
 めぐみちゃんは小さな声で、でもはっきりと言いました。
「メグ!?」
「もう、来ないで下さい。見晴ちゃん、行きましょう」
 めぐみちゃんはそう言うと、席を立って教室から出ていきます。見晴ちゃんは詩織ちゃんとめぐみちゃんを見比べてどうしようかと迷っていましたが、結局めぐみちゃんを追いかけて行きました。
 詩織ちゃんは、その場に立ち尽くしていました。
「……メグ……」
 廊下を歩きながら、見晴ちゃんはめぐみちゃんに訊ねました。
「愛ちゃん、いいの? だって……」
「いいんです……」
 めぐみちゃんはきっぱりと答えました。
「でも……」
「私……許せそうにありません。藤崎さんを……」
 見晴ちゃんははっと気づきました。めぐみちゃんが“藤崎さん”と言ったのは初めてのことだったのです。
「愛ちゃん……」
「あの、お昼にしませんか? お腹すいたでしょう?」
「あ、そ、そうだね」
 慌てて頷く見晴ちゃんでした。
 その頃。公くんはやっぱりサッカー部室にいるのでした。
「あーん」
「あーん、ぱく」
「どう、おいしい?」
「グットっすよ、虹野さん」
「ホント? 嬉しいな」
 沙希ちゃんはにっこり笑うと、別のタッパーを開けました。
(あたしはあたしのやり方でアプローチするんだもん。未緒ちゃんや藤崎さんに負けるもんですか! 根性よ、沙希!)
「ハンバーグ作ってきたんだけど……、どうかな?」
「へぇ?」
 公くんはフォークを突き刺してぺろりとハンバーグを平らげます。
「うん。美味しいな。五つ星を上げよう」
「ホント? じゃ、明日はもっと美味しいのを作ってくるね!!」
 公くんはにっこにっこしながら、スープをカップに注ぐ沙希ちゃんを見つめていました。
「沙希ちゃん、いいお嫁さんになれるよね」
「や、やだぁ、公くんってばぁ」
 沙希ちゃんは真っ赤になって公くんにカップを渡しました。
(はい、あ・な・た……なんちてなんちて、えへへへ)
 さらに赤くなる沙希ちゃんを不思議そうに見つめる公くんでした。
(虹野さん、最近顔が真っ赤だけど、風邪でも引いてるのかな? 頑張り屋さんだから、あまり無理させないように気を付けないとなぁ)
(やだ、そんな熱い視線で見つめられたら、あたし……)
 沙希ちゃんはやんやんと首を振りながら俯いてしまうのでした。
 相変わらずですねぇ、この娘は。

《続く》

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