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めぐみちゃんとでぇと
第参拾七話 優美は負けないぞぉ!

 ガララッ!
 保健室のドアが勢い良く開けられて、沙希ちゃんが息を切らしながら顔を出しました。おや、部活に出ているときのトレーナー姿のままですね。
「如月さんが倒れたの!?」
「いらっしゃい、虹野さん」
 先生は机から顔を上げて、振り返りました。それから、にこっと笑いながら指を振ります。
「た・だ・し、保健室のドアは静かに開けてね」
「ご、ごめんなさい」
 沙希ちゃんは真っ赤になって頭を下げました。先生は立ち上がると、沙希ちゃんに歩み寄りました。
「それだけ心配しちゃったのよね。いい子いい子」
「あ、あの、先生……」
 そう言いかけて、沙希ちゃんはひくっとひきつりました。先生が怖い顔をしてじぃっと沙希ちゃんを睨んでいたのです。
 沙希ちゃんは、ほうっと肩を落としてため息をつきました。それから、いきなり手を合わせて叫びます。
「せんせぇ! ありがとぉございますぅ!」
「まぁー、可愛いわねぇ。せんせ、嬉しくなっちゃう」
 そう言って、先生はにっこり笑うと沙希ちゃんをぎゅっと抱きしめました。
(……これがなければ、いい先生なんだけどなぁ……)
 沙希ちゃんは、心の中で呟くのでした。

「……精神的なもの、ですか?」
 未緒ちゃんが眠るベッドの脇に椅子を持ってきて、沙希ちゃんと先生はおしゃべりしていました。
 沙希ちゃんの質問に先生は頷きます。
「そうね。すごくショックな事があったのよ、きっと。私の想像が正しければ、それはおそらく……」
 先生はそこまで言いかけて、口を閉ざしました。
「……先生?」
「まぁ、予想でものを言うのは余り良くないわね」
 そう先生が言ったとき、不意に未緒ちゃんが身じろぎしました。
「うう……ん?」
「如月さん?」
 沙希ちゃんが早速呼びかけます。
 未緒ちゃんはゆっくりと目を開きました。緑色の瞳が蒼い瞳を写します。
「……虹野……さん。……私……わたし……」
「どうしたの?」
 聞き返す沙希ちゃんに、未緒ちゃんは寂しげに微笑みました。
「ふられてしまいました」
「……え?」
 沙希ちゃんは戸惑いました。
(ど、どういうこと? 昨日彩子ちゃんに聞いた話だと、公くんは如月さんを選んだんじゃなかったの?)
 そんな沙希ちゃんをよそに、未緒ちゃんは毛布に視線を落として、小さく呟きます。
「……やっぱり、私はだめなんですね……」
「そっ、そんなことないよ!」
 思わず沙希ちゃんは叫びました。
「如月さんはだめじゃないわよ!」
「優しいんですね、虹野さんは……」
 視線を落としたまま、未緒ちゃんは答えました。
(あーん、どうすればいいのよぉ。言葉で言ったって、如月さん信じてくれないし……。どうしようどうしよう)
 内心ぱにくりながら、沙希ちゃんは先生の方をちらっと見て、固まりました。
 先生はにっこり笑いながらプラカードを掲げています。

がんばれにじの


 沙希ちゃんが唖然としてそれを見ていると、先生はプラカードを取り替えます。

 友達が落ち込んでいるときに、
 真友の為すべき事はひとつだ!
 それは・・・

 ごくり
 沙希ちゃんは思わず息を呑んで、先生の次の言葉を待ちます。
 先生は大きな文字の書かれたプラカードを掲げました。

 人工呼吸だ!!

 ガガーン

「せっ、先生! ちょっと!!」
 沙希ちゃんは慌てて先生を引きずるようにしてベッドサイドから離れました。
 さて、その頃。
「はぁはぁはぁ。あ、ありがとうございました」
 詩織ちゃんは荒い息をつきながら頭を下げました。
 奈津江ちゃんはにっこりと笑いました。
「さすがね、詩織。あれだけブランクがあったのに、着いて来られるなんて」
「……」
 詩織ちゃん、無言でその場に座り込んでしまいます。
 奈津江ちゃんはその脇にしゃがみ込みました。
「なにかあったの?」
「!」
 詩織ちゃんは汗だくの顔を上げました。奈津江ちゃんは微笑みます。
「わかるわよ。それくらい」
「……」
 黙って奈津江ちゃんの顔を見つめる詩織ちゃん。奈津江ちゃんは頷くと立ち上がってホイッスルを吹きました。
「よし、今日の練習はここまで!」
「ありがとうございましたぁ!」
「おい、優美ちゃん?」
 淳くん、優美ちゃんに声をかけました。
 廊下の向こうでは、公くんが駆け去ったあと、彩子ちゃんがボウッとしています。
(あの片桐には見覚えがある……)
 ちらっとそんな彩子ちゃんを見て、淳くんは思いました。
(そう、あの時の片桐だ……。俺が十一夜を選んだときの……、あの電話をかけたときの片桐だ)
 と、優美ちゃんが駆け出しました。彩子ちゃんに向かって。
「お、おい!」
 一瞬止めようと思ったものの、瞬発力に勝る優美ちゃんはもう淳くんの手の届かないところにいました。それに、淳くんは彩子ちゃんの前に出ていくことにはちょっと抵抗があったのです。
 ドンドンドン
 物思いにふけっていた彩子ちゃんは、窓ガラスを叩く音に気付いて、視線をそちらに向けました。
 オレンジがかった茶色のポニーテイルの女の子が、窓ガラスを叩いてます。
 彩子ちゃんは窓を開けました。
「ハァイ、優美ちゃん。どうしたの?」
「片桐先輩、ちょっとさがってくらさい!」
「オ、オッケイ」
 彩子ちゃんがさがると、優美ちゃんは「はっ!」と気合い一閃、窓枠を飛び越えて廊下に降り立ちました。まるでリング入場のとき、トップロープを飛び越えてリング入りするプロレスラーのようですね。
 思わず手を叩いてしまう彩子ちゃんでした。
「オー、ワンダフル」
「ありがとー」
 答えかけてから、はっとして優美ちゃんは頭をぶんぶん振りました。そして、きっと彩子ちゃんを睨みます。
「?」
 目を丸くした彩子ちゃんにぴしっと指を突きつけて、優美ちゃんは叫びました。
「かたぎりぃ! 優美はまけないぞぉ!!」
「……優美ちゃん?」
「それだけだぁ!」
 そう言うと、優美ちゃんはばたばた走って行きました。彩子ちゃん、それをきょとんとして見送っていましたが、やがてくすっと笑いました。
「優美は負けないぞ、かぁ……。よーし、フォーザヴィクトリー! あたしも負けないわよ!」
 彩子ちゃんはぎゅっと拳を握って呟くと、美術部室の方に向かって歩き出しました。
 物陰からそれを見ていた淳くん、ふっとため息をついて呟きました。
「さすがだな、片桐。俺が惚れただけの事はあるぜ」
「そうなんだ、淳くん」
「わぁっ!!」
 びくうっとして淳くんが振り向くと、大きなリボンの娘が淳くんを見上げています。
「じ、十一夜!?」
「淳くぅん……」
 不安げな顔で、恵ちゃんは淳くんに訊ねました。
「片桐さんと……」
「莫迦。俺はおまえを選んだろ、あの時に」
 淳くんは笑って恵ちゃんの頭をポンと叩きました。
 恵ちゃんはにこっと笑いました。
「そうだよね……」
 そして、頭のリボンをしゅるしゅると解きました。
「なんだ?」
「お・ま・じ・な・い」
 恵ちゃんは、そのリボンを淳くんの左手首に巻き付けて、きゅっと結びました。
「おいおい」
「いいじゃない」
 そう言うと、恵ちゃんは淳くんを見上げます。
 さらっと、水色がかった髪が流れます。
 淳くんはその髪を手で梳きながら言いました。
「そうだな……」
「ん……」
 恵ちゃんは気持ちよさそうに目を細めて、淳くんに寄り掛かりました。
 仲いいんですねぇ、お二人さん。

《続く》

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