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めぐみちゃんとでぇと
第参拾九話 意外といい奴なんだね

「……ふぅぅぅ」
望ちゃんはプールのスタート台に腰掛けてため息をつきました。
いつもなら温水プールで練習している水泳部員達は、そんな望ちゃんを遠巻きにして見守っています。
「ぶ、部長、一体どうしちゃったんでしょうねぇ?」
「昨日からあれだもんなぁ」
「もしかして、拾い食いしたとか?」
「んなことあるかぁぁ!!」
「もしかして、下級生の女の子に、『私を好きにしてっ』とか言われて、さぁどうやって料理してあげようかしら子猫ちゃんとか考えてるのかも……」
「そっかぁ。部長、その手の女の子に人気あるモンねぇ」
「へぇ。俺はあの人はノーマルだと思ってたんだけど」
「ちっちっち。誰でも最初はそうなのよ。でも気がついたらもう抜けられなくなってるものなのよ」
部員達が好き放題言っているとも知らず、望ちゃんは片手をプールに入れて意味なくかき混ぜてみたりしています。
すっかり憂い顔の望ちゃんでした。
(あーあ、昨日からあたしどうしちゃったんだろ。何をしようとしてもあいつの顔ばっかり……。もう、なんだかわかんない……)
「さて、と」
淳くんは立ち上がりました。
「もう行かないと、な」
「ええ? もう行っちゃうの?」
幸せそうに目を閉じて淳くんに寄り掛かっていた恵ちゃんが、顔を上げます。
「ごめん」
淳くんはウィンクします。
恵ちゃんは「ん」と頷くと、淳くんを見つめて言いました。
「淳くん、あたし、信じてるから」
「……」
左手首に巻かれたリボンをちらっと見て、淳くんは苦笑しました。
「それじゃ」
「……」
片手を上げて走って行く淳くんを、恵ちゃんはその場にしゃがみこんだまま見送るのでした。
そして、淳くんが校舎の角を曲がって見えなくなってから、自分の肩を抱くようにして呟きます。
「信じなくちゃ……。ね、恵」
「朝日奈! おい、待てって!」
好雄くんの声にも夕子ちゃんは振り返ろうともせずに廊下をすたすたと歩いていきます。
好雄くんは、やっと夕子ちゃんに追いつくと、その肩を掴みました。
「待てって言ってるだろう! 昨日のことは……」
「触るなぁ!!」
夕子ちゃんはその手を振り払いました。そしてくるっと振り返ります。
「今後、もう金輪際話しかけないで!」
「……おい」
ここまで言われて、好雄くんの口調にも怒気が混じります。
「いいかげんにしろよ、朝日奈。あれはそもそもおまえがあんな格好で……」
「……」
夕子ちゃん、無言でぷいっとそっぽを向きます。
「お、おい……」
「いいかげんにした方がいいぜ、愛の伝道師さん」
好雄くんの後ろから声がかかりました。好雄くんは振り返ります。
「戎谷……」
淳くんは、好雄くんを追い越して、夕子ちゃんの肩を叩きました。
「行こうぜ」
「……うん」
夕子ちゃんは頷きました。
「おい……」
「早乙女、おまえらしくないぜ。嫌がる女の子に無理強いはいけないな」
ちっちっと指を振る淳くん。
「なんだと?」
「おおこわ。さ、夕子ちゃん、行こうぜ」
「ん……」
夕子ちゃんは、淳くんに肩を抱かれるようにして歩き出しました。
好雄くんは、そんな二人を見送るしか出来ませんでした。そして、二人が角を曲がって見えなくなったところで、やにわに壁を殴ります。
ガツゥゥン
「……痛ぇ……」
「……あのさ……」
夕子ちゃんが不意に声を出しました。
「ん、なんだい?」
その顔をのぞき込む淳くん。不意に顔をしかめます。
「痛ててて」
「い・つ・ま・で、あたしの肩に手を回してるのよ〜〜」
夕子ちゃんの手が、淳くんが夕子ちゃんの肩に回している手の甲をぎゅっとつねっています。
「わかったわかった」
淳くんは手を離すと、つねられたところにふーふーと息を吹きかけて冷ましました。
「ったく、マジでつねるんだモンなぁ……。朝日奈?」
「……」
夕子ちゃん、俯いています。めぐみちゃんならいつものことですが、夕子ちゃんほど俯くという動作の似合わない娘もいないものです。淳くんは訊ねようとしました。
「どうし……」
「あの、さ」
不意に夕子ちゃん、俯いたままで言いました。
「え?」
「男の子ってさ……。やっぱ経験ある娘のほうが楽でいいのかな……?」
「……は?」
思わず聞き返す淳くん。
夕子ちゃんは顔を上げて、真っ赤になって手を振りました。
「あー、今のナシ。なんでもないってば」
「……俺が言うのも何だけどさ、無理するなよ」
淳くんは、ポンと夕子ちゃんの頭を叩きました。
「俺、普段の朝日奈とデートしたいんだぜ」
「……戎谷、あんたって意外といい奴なんだね」
夕子ちゃんは微かに笑いました。淳くん、大げさに肩をすくめて見せます。
「意外とって事はないよなぁ。淳ちゃん泣いちゃう」
「あれぇ?」
彩子ちゃんに挑戦状をたたきつけて、意気揚々と帰ろうとしていた優美ちゃん。廊下を歩いていると、不意に見覚えある姿を見つけました。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「……優美か」
好雄くんは、優美ちゃんの方を見ました。
「あーわかったぁ。また女の子をチェックしてたんでしょー。暗い、暗いぞお兄ちゃん」
「……」
好雄くんは黙ったまま優美ちゃんに背中を向けます。
(あれぇ? いつもならここで『優美、おまえは俺のこの崇高な使命を心得てない』とか言いだすのに。へんだな〜。そういえば、昨日も帰ってくるの遅かったし……)
「お兄ちゃん……」
「うるさいな。ほっとけよ」
「どーしたの……」
後ろから好雄くんの肩に手をかけようとした優美ちゃん。好雄くんはその手を振り払います。
バシッ「ほっとけって言ってるだろ!」
「……ふぇ……」
優美ちゃん、手を押さえて顔を歪めます。
「お兄ちゃん……」
「あ、すまん」
それっきりです。いつもなら「ごめん、お兄ちゃんが悪かった、この通り。あ、そうだ。帰りにマクド寄ろう。な、な? これで勘弁な?」くらいは言う好雄くんとも思えません。
と、優美ちゃんは好雄くんの左手が赤く腫れているのに気付きました。
「お兄ちゃん! どうしたの、その手?」
「何でもねぇよ」
「そんなことないよ! 保健室行かないと!」
「あ、こら、優美!!」
優美ちゃんは好雄くんの右手を掴むと、すたすたと歩き出しました。
「保健室にレッツゴー!!」
「おい、俺は……。ちょっと待て、こら優美!!」
「保健室だ保健室だウォーウォー!」
いい兄妹ですね。
さてその頃。
「じゃ、俺はこっちだから」
楽しいときはスグに終わってしまうものです。公くんとめぐみちゃんはお別れしなければならない場所まで来ていました。
「あ、はい……」
反射的に答えてしまってから、めぐみちゃんはぎゅっと拳を握って胸に当てました。
(公さん、帰ってしまう……。いつもの所へ。詩織ちゃんの隣へ……。そんなの、そんなの……、いや!)
「ぬ、主人さん!」
めぐみちゃんは叫びました。もう歩き出しかけていた公くん、鞄を肩に担いだ姿勢のまま振り返ります。
「どうしたの、めぐみちゃん」
「あ、あの、時間、ありますか?」
「え? まぁ、家に帰ってもごろごろしてるだけだけど……」
公くんはちらっと時計を見てから答えました。
めぐみちゃんは駆け寄ってくると、公くんを見つめました。
「あ、あの、もしよかったら、その……」
「なんだい?」
聞き返す公くん。
めぐみちゃんは、ぎゅっと目を閉じて、叫ぶようにいいました。
「う、家に遊びに来てくれませんか!?」
(い、言っちゃった……)
目をぎゅっと閉じたまま、公くんの答えを待つめぐみちゃん。ホンの一瞬のはずが、すごく長く感じられます。
公くんの優しい声が聞こえました。
「いいよ」
「……よかった。断られるかと思っちゃった」
めぐみちゃんは顔をほころばせました。そして、まるで公くんの気が変わるのを恐れるかのようにいそいそと案内するのでした。
「こっちです!」
「はいはい」
(まぁ、招待は必ずうけるべしとタイガージョーも言ってたことだし)
ここに未緒ちゃんがいたら、「タイガージョーはそんなこと言ったことありません」と突っ込みを入れていたところでしょうが、そのとき未緒ちゃんは保健室で唇の貞操の危機に陥っていたのでした。
そして……。
「ああっ、愛ちゃん大胆! ど、どうしよう。邪魔しちゃ悪いけど、このままじゃ公さんがぁぁ、公さんがぁぁ、そんなのいやぁぁ! でもでも愛ちゃんがぁぁ」
電柱の柱の陰でおろおろする見晴ちゃんでありました。
《続く》

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