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めぐみちゃんとでぇと
第四拾話 あの時の私、最低だったわ

 トルルル、トルルル
 電話のベルが鳴りました。机に向かってお勉強していた詩織ちゃんは、愛用の赤いシャープペンシルを置くと、受話器を取ります。
「はい、藤崎です」
「あ、詩織か? 俺、公」
「公くん? どうしたの、こんな時間に」
 詩織ちゃんはそう言いながら、カーテンを開けました。窓の向こう側の公くんのお部屋は、ところが詩織ちゃんの予想とは違って真っ暗です。
「……? 公くん、どこにいるの?」
「うん、実は……わぁっ! やめろムクっ!!」
 ワンワン
 受話器の向こうから公くんの悲鳴と犬の鳴き声が聞こえてきました。詩織ちゃんは眉を潜めます。
「ムクって、まさか……」
「と、とにかく、わぁっ!!」
「こら、ムク! やめなさいっ!」
 微かにめぐみちゃんの声も聞こえてきます。何処かはともかく、公くんが愛ちゃんと一緒にいるのは間違いないようです。
 詩織ちゃんは反射的に壁に掛かっている時計を見ました。午後8時。
(そんなに遅いって時間でもないわよね。でも、どういうことなの?)
 唐突に公くんの声がしました。
「と、とにかく、美樹原さんに代わるから!」
「え? メグに?」
 受話器の向こう側では公くんの声が聞こえます。
「ほら、美樹原さん」
「で、でも……」
「大丈夫だって」
「は、はい……」
(……)
 詩織ちゃんがなおも黙って聞いていると、めぐみちゃんの声がしました。
「もしもし、詩織ちゃん……」
「メグ、メグなの?」
 やっぱり嬉しい詩織ちゃんです。
 めぐみちゃんは受話器の向こうで、小さな声で言いました。
「ごめんなさい、詩織ちゃん。私、何も知らなくて詩織ちゃんにひどいこと……」
「……え?」
「主人さんが教えてくれたんです。私、ごめんなさい……」
 受話器の向こうで、めぐみちゃんが謝る声がします。
(公くんが? 公くん……)
 詩織ちゃんは、受話器を胸に抱きしめました。
(やっぱり公くん、私のことを気遣っててくれるのね。きっとこれが愛ね)
「もしもし、もしもし、詩織ちゃん?」
(……あ!)
 不意に詩織ちゃんは受話器に向かって声を上げました。
「メグ! 今メグの家なのね!?」
「は、はい、そうです……」
「スグに行くわ!」
 そう言って、詩織ちゃんは電話を切りました。そしてジャンパーを羽織りながら部屋を飛び出します。
(メグと公くんを二人っきりにしておくなんてそんないけない事しちゃだめなのよ!)
「詩織、何処に行くの?」
 詩織ちゃんが廊下をバタバタ走っているのを見て、お母さんが声をかけました。
「ちょっといってくるわ!」
「待ちなさい!!」
 お母さんが声を上げました。両親のことはちゃんと聞くいい娘の詩織ちゃん、思わず立ち止まります。
「なぁに、お母さん」
 お母さん、うるうると泣きながら娘に言います。
「……詩織、お願いだから、せめてスカートくらいはつけて行きなさい」

 キィッ
 詩織ちゃんは自転車のスタンドを立てる間も惜しんで壁に立てかけると、めぐみちゃんのお家の前の階段を一気に駆け上がってチャイムを押します。
 ピンポン
 インターホンから声が帰ってきます。
「はい、ど……」
「夜分遅くすみません藤崎ともうしますが愛さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「藤崎さん? ちょっと待ってね」
 少ししてドアが開いて、小柄な女の人が顔を出します。詩織ちゃんも良く知っているその人は言うまでもなくめぐみちゃんのお母さんです。
「あら藤崎さん……」
「おばさまこんばんわおじゃまします」
 そのまま詩織ちゃん、めぐみちゃんのお母さんを押しのけるように玄関に入りました。そして土間をちらっと見ます。
 見慣れた白のスニーカーがきちんと揃えて置いてあります。
 詩織ちゃんはきっと顔を上げました。
「あの、藤崎さん?」
「いえおかまいなく」
 そのまま詩織ちゃんは靴を作法通りに脱いで揃えてから、すたすたと歩き出しました。それを見送って、めぐみちゃんのお母さんは首を傾げました。
「どうしたのかしらねぇ?」
 さすがは詩織ちゃん。普段の印象がとってもいいので、ごくたまにこんな事をしてもあっさりと許されてしまうんですねぇ。
 バタン 詩織ちゃんはドアを押し開けました。
「公くんっ、メグ……」
「詩織?」
「詩織ちゃん?」
 驚きの声があがりました。
 詩織ちゃんは、公くんの姿を見てホッと一息つきました。
(よかったぁ。脱いだのは上着だけみたいね……や、やだ。私ったら何を考えているのかしら。公くんに限ってそんなこと無いわよね。だって公くんには私が……なーんて、えへへ……)
 急に顔を赤らめてやんやんと頭を振っている詩織ちゃんを前に、めぐみちゃんと公くんは顔を見合わせました。
 そして、公くんは笑ってめぐみちゃんの肩を、トン、と押しました。
 めぐみちゃんは頷くと、詩織ちゃんに話しかけます。
「あ、あの……」
「……あ、メグ……」
 やっと詩織ちゃんは我に返ったみたいですね。
 そんな詩織ちゃんにめぐみちゃんは一生懸命に話しかけました。
「ごめんなさい、詩織ちゃん。私……」
「メグ……。いいの、何も謝らなくても。だって、私達お友達でしょう?」
 詩織ちゃんはにっこりと笑いました。
 めぐみちゃんは俯きました。
「でも……、私、何も知らないのに詩織ちゃんが全部悪いんだって決めつけちゃって……」
「ううん。きっと悪いのは私よ」
 詩織ちゃんはそう言うと、すっと頭を下げました。
「ごめんなさい、メグ。あの時の私、最低だったわ」
「詩織ちゃん……」
 トン 詩織ちゃんの頭が軽く叩かれました。顔を上げる詩織ちゃんにめぐみちゃんが笑いかけます。
「あの時、ちょっと泣いちゃった」
「メグ……」
 詩織ちゃんとめぐみちゃんは視線を交わしました。そして頷きあいます。
「それじゃ、お邪魔しました」
「お邪魔しましたぁ」
「また来てくださいね」
 めぐみちゃんのお母さんに見送られて、詩織ちゃんと公くんはめぐみちゃんのお家を出ました。
 夜空にはぽっかりと丸い月が浮かんでいました。その柔らかな白い光が、二人の影を道路に落としています。
 公くんが口を開きました。
「良かったね。仲直りできて」
「うん……ありがとう、公くん」
 自転車を押して歩きながら、詩織ちゃんは答えます。
 公くんは笑いました。
「それにしても、詩織があんなに慌てて飛んでくるとは思わなかったな。やっぱり美樹原さんのこと、すごく気になってたんだね」
「え? ……あ、うん」
 詩織ちゃんは赤くなって俯きました。
(まさか、メグに公くんを取られちゃったかと思って慌ててたの、なんて言えないわよね)
 それっきり、二人は黙って並んで歩いていました。
 二人は家の前までやってきました。
 詩織ちゃんは公くんに言います。
「それじゃ、また明日ね」
「そうだね。……あ、詩織」
 不意に公くんは詩織ちゃんを呼び止めました。
「え、なぁに?」
「日曜のことだけどさ、俺、詩織とだけデートするよ」
「……え?」
 虚を突かれた詩織ちゃん。公くんは「じゃ」とか言って家の中に入っていきました。
(今、公くん何て? 私とだけとデートするって言ったのよね? ホントに私となのよね? ホントにホントに……)
 詩織ちゃん、ぼーっとその場に立ち尽くすのでした。
 次の日、詩織ちゃんは風邪を引いて学校を休む羽目になってしまいました。
 しかし、学校はそれどころではありませんでした。

《続く》

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