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 わたしのゆめ

いちねんいちくみ にじのさき

 わたしのゆめはおかあさんになることです。
 おかあさんになって、おとうさんにおいしいものをいっぱいたべさせてあげることがわたしのゆめです。

めぐみちゃんとでぇと
第四拾壱話 来ていただけますね?

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 沙希ちゃんは、世界の半分が背中に乗ってるみたいに肩を落として朝の通学路をとぼとぼと歩いています。
 と、その背中がポンと叩かれました。
 振り向くと、夕子ちゃんがにこにこ笑っています。
「おはよ、沙希!」
「あ、夕子ちゃん……」
 振り向いた沙希ちゃんの顔を見て、思わず夕子ちゃんはげげっとなります。
 沙希ちゃん、一晩でげっそりとやつれてしまって、目の下に隈なんて作っています。いつもは元気にぴんぴんと跳ねている前髪もだらっとさがっていて、そのせいで別人のようにも見えます。
「ど、どーしたん?」
 聞き返す夕子ちゃんに、沙希ちゃんは微かに笑いました。
「なんでも……」
「そうそう、聞いた? なんでも、文芸部の如月さん、公くんに振られて女の子に走ったって噂なのよ」
 くらぁっ 沙希ちゃんはよろめきました。慌てて夕子ちゃんは沙希ちゃんを支えます。
「ど、どーした沙希?」
「あは、あは、あははは」
 虚ろな笑い声を上げる沙希ちゃん。夕子ちゃんはそんな沙希ちゃんを支えたまま、途方に暮れました。
「おーい、沙希! 戻ってこーい! ……だめだ、こりゃ」
 夕子ちゃん、どうやらその情報システムは本調子でないようです。いつもだったら未緒ちゃんのお相手が誰かまでちゃんと掴んでいるはずですからね。
 その頃。
「38度7分。やっぱり熱があるじゃないの」
「だ、大丈夫……ゴホゴホゴホ」
 そう言ってベッドから起き上がろうとした詩織ちゃんはせき込みます。
 お母さんは怖い顔をして言いました。
「だめ。今日はお休みしなさい」
「いや!」
 詩織ちゃんは珍しくお母さんの言うことに逆らいます。
「何を言ってるの、詩織ったら……」
「私、学校に行くんだもの……」
「駄目ったら駄目です!」
 お母さんはそう言うと、詩織ちゃんを押さえ込みました。
「やぁ、離してぇ……」
 弱々しくもがく詩織ちゃん。でも、さすがに熱のせいで思うように力が出ません。
「大人しく、寝てなさい!」
 お母さん、何処からともなくロープを出してくると、詩織ちゃんを布団ごとベッドに縛り付けます。
「や、やだ、やめてよぉぉ」
 詩織ちゃん、布団の中でもぞもぞとしますが、お母さんは手際よくきゅっとロープを縛り上げてにこっと笑います。
「そのロープは外れないわよ」
「お母さん!」
「何せ、こちらは縛りのプロですからね」
 お母さんはVサインをしてみせると、「大人しくしてなさいね」と言って、階段を下りていきました。でも、“縛りのプロ”ってなんなんでしょうか?
 ともかく、詩織ちゃんは大人しく寝ているしかありませんでした。
(公くん……)
 詩織ちゃんはとっても心配になっていました。だって、先週も詩織ちゃんは風邪で休んでしまったのですが、その間に公くんはゆかりちゃんとデートする約束をしてしまったんですものね。
(私が学校に行かないと、公くんまた誰かとデートする約束しちゃう……。なんとか学校に行かないと……)
 でも、ただでさえ身体が弱っているところに、今の格闘で、詩織ちゃんは体力を使い果たしていたのでした。
 結局半泣きになりながら、詩織ちゃんは大人しく寝ているしかできなかったのでした。
 さて、お昼休み。
 沙希ちゃんは未緒ちゃんのクラス(B組らしいですね)に行きました。律儀な沙希ちゃんは、噂のことについて未緒ちゃんに謝ろうとしたんです。
 でも、未緒ちゃんの席は綺麗に片づいています。
「今日、お休みなのかな?」
 沙希ちゃんはそう言って教室に戻ろうとしかけました。
 そんな沙希ちゃんに声がかかりました。
「虹野さん、ちょっと話があります」
「え?」
 振り向くと、数人の男子生徒が立っていました。
「来ていただけますね?」
 口調は丁寧ですが、有無を言わせぬ様子に、沙希ちゃんは頷いていました。
 数人の男子生徒たちに囲まれるように歩いていく沙希ちゃん。それを見て、弁当を食べていた一人の男子生徒が立ち上がると、教室を飛び出していきました。
 あとには、食べかけのお弁当が残されるのでした。
 ガラガラガラ、ピシャッ
 沙希ちゃんは、半ば強引に教具室に連れ込まれました。最後に入った男子生徒が後ろ手にドアを閉めます。
 教具室は、授業に使ういろんな道具を置いてある物置です。授業が始まる前に先生が道具を取りに来るとき意外は人気のないところです。
「な、なんのようですか?」
 沙希ちゃんは、震える声で訊ねました。
 男子生徒たちは、沙希ちゃんを取り囲むように立っています。
 先頭の一人が言いました。
「我々は、文芸部有志の者だ」
「ぶんげいぶ……」
「虹野沙希。君は我々にとって看過しがたいことをしてくれた」
 別の一人が言います。
「な、なに?」
「君が、我らが部長に何をしたか。まさか知らぬとは言うまい?」
「え……」
 沙希ちゃんはかっと赤くなります。
「あ、でも、だってそれは……」
「問答無用! 繊細な我らが部長を傷つけた罪は、万死に値する!」
 一人がヒステリックに叫びました。周りから「そうだ、そうだ」と賛同の声があがります。
 その迫力に、沙希ちゃんは思わずさがりました。
 トン
 壁に背中がつきます。
 文芸部員達は、沙希ちゃんの退路を断つと、言いました。
「制裁を受けてもらおうか」
「制裁だ! 制裁だ!!」
 沙希ちゃんに彼らの手が伸びます。そして……。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
 ガシャン
 試験管を取り落として、結奈さんは眉をしかめました。
「また……。つくづく私の邪魔をしたいようね、あの娘は。いいわ、受けて立とうじゃないの」
 結奈さんは憤然として科学部室を出ていきました。
 その頃、屋上では。
「うん、美味しいよ美樹原さん」
 ぱくぱくとお弁当を食べながら、公くんは満足げに言いました。
 めぐみちゃんは、ぽっと赤くなると、頬を手で挟みました。
「は、恥ずかしいです……」
「恥ずかしがる事なんて無いって。本当に美味しいんだから、もっと自信を持ちなよ」
「は、はい。ありがとうございます」
「うん、特にこの肉じゃが最高だよ」
「……それ、鯖の煮付け……です」
「あ……」
 思わず固まる公くん。
 めぐみちゃんは俯いてしまいました。
「やっぱり、私のお弁当なんて……」
「美樹原さん」
 公くんは、めぐみちゃんの頭をポンと叩きました。
「え?」
「形なんてどうでもいいんだよ」
 そう言うと、公くんは青空を見上げました。
「最近はほか弁とかコンビニ弁当が増えてきて、ただ美味しければいいとかいう風潮が広まってるみたいだけど、本来お弁当はそういうものじゃないと思う。お弁当は、作り手が食べる人のために作る、その想いの結晶だと思ってるんだ。このお弁当は美樹原さんが作ってくれたお弁当だ。だから、作りすぎて余ったお弁当よりもずっと美味しいよ」
「あの……、嬉しいです……」
 めぐみちゃんは瞳を潤ませました。
「私、お弁当作ってきてよかった……」
 それにしても公くん、沙希ちゃんのお弁当のこと、本当に作りすぎて余ったお弁当だと思っているんでしょうか? こういうところは鈍なんですね。
 幸せそうな二人を、見晴ちゃんは昇降口からじっと見つめていました。
「あ、卵焼き……。ああっ、次は鶏の空揚げ……。いいなぁ、羨ましいなぁ……。愛ちゃん……」

《続く》

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