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めぐみちゃんとでぇと
第四拾三話 テニス、なさいませんか?

 キーンコーンカーンコーン
 授業が終わって、いつものように教室はざわめきを取り戻しました。
 公くんは鞄を掴んで立ち上がります。
「帰ろうっと」
 どうも最近、遅くまで残っているとろくなことがない公くん、速攻で帰ることにしたようです。
 大きく伸びをすると、隣の席の好雄くんに話しかけます。
「早乙女、マクド寄らないか?」
「ん? ……ああ、いいぜ」
 好雄くんは一瞬置いて頷きました。公くんは眉をひそめます。
「どうしたんだ、好雄? なんか調子悪そうじゃないか」
「別に」
 答えると、好雄くんは立ち上がりました。
「行くぜ」
「あ、ああ」
 公くんは何となく変だなと思いながらも頷きました。

「あれま」
「……」
 公くんと好雄くんは、マクドの前で立ち尽くしていました。
 ドアの前には大きく張り紙がしてあります。
『本日社員研修により、お休みさせていただきます』
「……それじゃ、俺帰るわ」
 好雄くんはあっさり言うと、そのまま踵を返します。
(……やっぱ、変だよな、好雄のやつ。よーし、いつも世話になってるからな、ここはいっちょ恩返しといくか)
 公くんはうんうんと頷くと、好雄くんを追いかけました。
「待てよ、早乙女!」
「あんだよ?」
 うっとおしげに振り返る好雄くん。公くんは笑いながらその肩を叩きます。
「ちょっといいサテン知ってるんだ。行こうぜ」
「いや、俺は……」
「いいから、来いって!」
 公くん、好雄くんを強引にズルズルと引っ張って行くのでした。
 さてその頃、学校では。
「はぁぁぁぁ」
 朝にもましてげっそりやつれちゃった沙希ちゃんでした。お昼休みの激闘で怪我をした左の肘には包帯が巻いてあります。
 とぼとぼとサッカー部室に向かう沙希ちゃん。その前を、たまたま優美ちゃんが通りかかりました。
「あ、虹野先輩! やっほー!」
「……優美ちゃん?」
 顔を上げる沙希ちゃんに、優美ちゃん上機嫌で話しかけます。
「虹野先輩、今日もきれーですねー」
「?」
 沙希ちゃん、鳩が豆鉄砲くらったみたいにきょとんとしています。
 優美ちゃん幸せ絶好調って感じですね。どうしたんでしょう?
「優美ね、聞いたんれす」
「え?」
「虹野先輩、如月先輩と一緒になるんでしょ?」
 くらぁっ 思わず沙希ちゃんはよろめきました。壁に手をついて、身体を支えます。
「なんなのよ、それ……」
「がんばってくらさいね! 優美はお二人の味方れすから!」
 優美ちゃんは沙希ちゃんの手をぎゅっと握ってぶんぶんと振りました。そしてしゅっと手を挙げます。
「それじゃ、優美は部活れすから!」
「あ、うん……」
「ばいばーい!」
 そのまますったかすったかと走って行く優美ちゃんを見送ってから、沙希ちゃんはまた盛大に溜息をつくのでした。
「……部活に行こうっと」
「……という噂になっている、と」
 こちらは保健室。保健の先生は、ノートを広げて何やら書き込んでいました。
 と、ドアが開きました。
「先生!」
「はい、いらっしゃいませぇ……って、見晴じゃない。どうしたの?」
 見晴ちゃん、いつもの髪型今日も絶好調って感じです。
 そして……。
「こ、こんにちわ」
 めぐみちゃんも一緒です。
「あら、美樹原さんも。いらっしゃい。あ、ゆかり食べる?」
 お茶菓子の用意を始める先生。でも、保健室にそんなもの持ち込んでいいんでしょうか?
「これも治療薬なのよ」
 何となく、納得しちゃいますね。
 先生と見晴ちゃん、めぐみちゃんはたわいないおしゃべりを楽しんでいます。さすがに話のうまい先生だけあって、スグに緊張しちゃうめぐみちゃんも、いつになくリラックスしてるみたいですね。
 不意に先生は見晴ちゃんに訊ねました。
「そういえば、美鈴ってあんまりここに来ないんだけど、見たことある?」
「美鈴? そういえば私も見てないんだ」
 ぱりぱりとゆかりを食べながら、見晴ちゃんは答えました。
「美鈴さんって?」
 めぐみちゃんが訊ねました。見晴ちゃんはくすっと笑います。
「そういえば、愛ちゃんは見たことないんだっけ。私達の妹なの」
「そうなんですか? ……いいなぁ……」
 一人っ子のめぐみちゃん、なんだかうらやましげですね。
 カラァン
 ドアについているベルが涼やかな音を立てました。
「いらっしゃい」
 カウンターの中にいるマスターが入ってきた二人を見て声をかけます。
「なぁ、早乙女。なかなかいい雰囲気の店だろう?」
「……ああ、いい雰囲気みたいだな」
 好雄くん、絞り出すような声で呟きました。
 その視線は、カウンター席で仲良さげに話をしてる学生服の二人組に注がれています。二人とも話に夢中で、公くん達が入ってきたことに気付いていないようです。
「……でさ、俺がカツに言ってやったんだよ。おまえもっとそれらしい格好して行けよってさ」
「やだぁ、それって超サイテーじゃん。それでそれで? どうなったの?」
「あれ? 朝日奈さんと戎谷じゃないか。お……」
 声をかけようとした公くんの口を素早く塞いで、好雄くんは二人からは死角になるボックス席に彼を引きずり込みます。
「な、なにする……」
「しっ!」
 声を上げかけた公くんを制して、好雄くんはじっと二人の様子を伺うのでした。
「……でね、こあらちゃんがもう可愛くって可愛くって」
 見晴ちゃんはぽっと赤くなってやんやんと首を振っています。
 先生はため息をつきました。
「あたし、見晴のこのセンスだけはわからないわ」
「お姉ちゃん、わかんないんだからなぁ」
「わかりたくも……」
 言いかけたところで、不意にドアがノックされました。
 先生はいきなり立ち上がりました。
「おっと、客だ」
「客って……」
 思わず絶句しちゃうめぐみちゃんをよそに、先生はきりっと叫びます。
「どうぞ!」
 体操服姿の男子生徒が入ってきます。
「先生! ちょっと怪我しちゃって……」
「まぁ〜、かわいー子ね。おねぇさんに見せてごらんなさい」
「……帰りましょうか?」
「そーね。お邪魔みたいだし」
 めぐみちゃんと見晴ちゃんは顔を見合わせて頷くのでした。
 めぐみちゃん達はグラウンドを横切るように歩いていました。
 と、不意に見晴ちゃんはテニスコートの方を見て顔をほころばせました。
「あ、古式さんだ! 愛ちゃん、見に行こうよ」
「え? あ、はい」
 二人はテニスコートの方に駆けていきました。
 テニスコートでは、テニス部の娘達が練習しています。
 ちょうど、練習試合をしてるみたいですね。
「あ、見て見て愛ちゃん! 古式さんだよ!」
「ほんと……」
 二人はフェンスにしがみつくみたいにして、テニスコートを見ています。
 コートでは、ゆかりちゃんがトントンとボールをついています。いつになく真面目なお顔をしていますね。
 どうやら、ゆかりちゃんがサーブを打つみたいです。
「では、参らせていただきます」
「いいから、早くしてくださいよ、部長!」
 相手の娘はいらいらしてるみたいですね。
 ゆかりちゃんは、ぽぉんとボールを放り上げました。
 そして。
 ポォン
「おお〜〜」
 どよめきが上がります。ゆかりちゃんの打ったボールは、ものの見事に相手のコートに突き刺さっていました。
「すごぉい!」
 見晴ちゃんもパチパチと拍手していました。
「ゲームセット。ウォンバイ古式」
 審判の娘がそう言うと、ゆかりちゃんは深々と頭を下げました。そして、見晴ちゃん達の方を見ます。
「やっほー、古式さぁん!」
 見晴ちゃんが無邪気に手を振る横で、めぐみちゃんは赤くなって俯いていました。何故って、テニス部員が全員二人の方を注目してるんですもの。
 ゆかりちゃんはみんなの方に向き直って言いました。
「はい、皆さん。今日の練習はこれまでに致しましょう。御苦労様でした」
「ありがとうございましたぁ!」
 皆が一礼して解散するのを、目を細めて笑いながら見送ると、ゆかりちゃんは見晴ちゃん達の方に歩み寄ってきました。
「これはこれは、ようこそ。おかまいも致しませんで」
「あ、気にしない気にしない」
 見晴ちゃんはぱたぱたと手を振りました。そんな見晴ちゃんに、ゆかりちゃんはふと思いついたように言いました。
「見晴さん、お暇ですか?」
「え? うん、まぁ暇といえば暇だけど……」
「でしたら」
 ゆかりちゃんは、にこにことしながら言いました。
「テニス、なさいませんか?」

《続く》

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