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めぐみちゃんとでぇと
第四拾四話 あなたには用はないわ

 パシャン
 望ちゃんは、手をプールの水に浸して、溜息一つ。
 飛び込み台に腰掛けたその姿は、望ちゃんの別名、“きらめき高校の人魚姫”に相応しい姿です。でも、いつもの活発な望ちゃんらしくはありませんね。
 もう2日目になるその姿に、昨日は無責任な噂話をするにとどめていた水泳部員達も、さすがに心配そうになってきました。何だかんだ言っても水泳部のみんなは頼もしい部長の望ちゃんを慕っているんですね。
 副部長さんが代表して話しかけます。
「部長!」
「あ! え? な……わぁっ!!」
 急に話しかけられてびっくりした望ちゃん、バランスを崩してしまいました。
 あらら。
 ドボォーン
 思わず目を覆う副部長さんや水泳部員達の前で、望ちゃんは派手に水しぶきを上げる羽目になったのでした。

「もう、急に話しかけたらびっくりするじゃないか」
 望ちゃんはプールから上がりながら言いました。副部長さんは恐縮して謝ります。
「ごめんなさい、部長」
「ま、いいけど……。それより、何の用なんだい?」
 その快活な口調はいつもの望ちゃんです。
「その……、部長、体の調子でも悪いんですか?」
「そんなことはないぜ。ほらほら」
 ガッツポーズをしてみせる望ちゃん。でも、副部長さんは騙されませんね。
「ここ何日か、いつもの部長らしくないですよ。なにか悩みでもあるみたいですね」
「えっ!?」
 たちまちうろたえる望ちゃん。
 副部長さんは笑います。
「部長とは、入学してからずっと泳いできた仲ですからね。もっとも、ボクは部長には及びもつかない県大会レベルの力しかないけど、それでも部長のコンディションくらいはわかりますよ」
「……その……」
「誰だってスランプになることくらいあるし、悩んで落ち込むことだってありますよ。そんなときは誰かに話すと楽になりますよ。ボクでは力不足でしょうけど、他にもいろいろ相談相手はいるでしょ?」
 そう言うと、副部長さんは望ちゃんの肩をポンと叩きます。
「部の方はボクが見てますから、部長は悩みを解決してくださいよ」
「ありがと」
 望ちゃんは微笑みました。
「いい副部長だね、キミは。男の子だったら好きになってたかも」
「ボクも、部長が男の子だったら……ハハ、そんなことないか」
 そう答えて、副部長さんはぺろっと舌を出しました。そしてみんなの方に向き直ります。
「ほら、練習始めるよ!」
 望ちゃんは更衣室で着替えながら考え込んでいます。
(確かに、こんなもやもやした状態で練習したって意味なんかないよなぁ。でも、誰に相談したらいいんだろ……)
 不意にそんな望ちゃんの脳裏に一人の顔が浮かびました。
(……あの人しかいないよなぁ)
 溜息混じりに呟くと、望ちゃんはきゅっとセーラー服のファスナーを上げました。そして髪をごしごし拭くと、手っ取り早く後ろに撫で付けて鏡を見ます。
「なんだか、オールバックみたいだなぁ。まぁ、いいか。乾けば戻るだろ」
 大ざっぱなところが望ちゃんらしいですね。
「準備は、よろしいですか?」
 ゆかりちゃんがにこにこしながら訊ねました。
 テニス部にあった予備の白いテニスウェアを着て、髪をお団子にまとめた見晴ちゃんは、これまた借りたラケットをぶんぶん振って叫びました。
「こっちはいいよぉぉ!」
「あ、あの、ちょっと恥ずかしいです……」
 と、こっちはめぐみちゃん。どうやらウェアのスカートが短いのが気になるみたいです。
「大丈夫だって。スコート履いてるんでしょ?」
「え? あ、はい」
「じゃ、問題ない。やろやろー!」
 見晴ちゃんは元気いっぱいですね。
 曲がりなりにもテニス部々長のゆかりちゃんを相手にするのですから、ハンデとしてゆかりちゃんVS見晴ちゃん&めぐみちゃんの変則マッチをする事になりました。
 まず、見晴ちゃんのサーブからです。
「そぉれぇ!」
 パッコォーン
 あらあら。
 ボールは大きくコートの向こうまで飛んでいきました。大ホームランというやつですね。
「あっちゃぁ。てへ、失敗しちゃった」
 ぺろっと舌を出して見晴ちゃんは自分の頭をこつんと叩きました。そして、きっとゆかりちゃんの方を見ます。
「今度は外さないぞぉ!!」
 パッコーン
 ゆかりちゃんはにこにこしながら言いました。
「ダブルフォルト、ですね」
「……しくしく」
 体育館では、バスケ部のみんなが今日も練習してました。
 その中でもひときわ張り切っているのが……。
「えーい、ひっさぁつ、UFOダンクシューーーート!!」
 ガコン
 リングの中にボールを叩き込んで、優美ちゃんはひらりと着地しました。
 振り返って訊ねます。
「どうれすか、鞠川先輩!」
「上手上手。もうUFOダンクシュートは使いこなせるようになったみたいね」
 奈津江ちゃんは拍手しながら歩み寄ってきました。それから訊ねます。
「なんだか絶好調みたいだけど、なにか良いことでもあったの?」
「えへ。それは秘密れすよぉ」
 そう答えながらもにんまりする優美ちゃんでした。
(虹野先輩と如月先輩がお付き合いするんだったら、優美のライバルは一気に二人も減っちゃうもんね! 優美、嬉しいなぁ)
「えへ、えへへ」
 にたにたぁと笑う優美ちゃんから、奈津江ちゃん思わず後ずさります。
「ちょっと、気味悪いわよ、優美ちゃん」
 と、不意に体育館に白衣の女生徒が入ってきました。きょろきょろと辺りを見回して、奈津江ちゃんの姿を認めると、手招きします。
「あら、何かしら? 優美ちゃんは練習を続けてて」
「はぁい、えへへ」
(……だめだわ、こりゃ)
 奈津江ちゃんは額を押さえましたが、とりあえず入ってきた女生徒の方に駆け寄ります。
「何か御用? 紐緒さん」
「用がなければ来ないわ」
 あっさりと答える結奈さん。奈津江ちゃんも納得します。
「それもそうね。で、ご用件は?」
「あなたには用はないわ。私が用があるのは、あの娘よ」
 結奈さんは、ぴしっとコート脇でクリップボードを抱えているジャージ姿の女の子を指しました。
「恵に?」
「え?」
 恵ちゃんは、自分の名前が呼ばれたので顔を上げました。
「なぁに、奈津江ちゃん?」
「恵に何の用?」
「ちょっと調べたいことがあるのよ」
 結奈さんは唇のはしに笑みを浮かべながら言いました。奈津江ちゃんは我知らず背筋が冷たくなるのを感じていました。
「もう大丈夫ですから」
「やだわぁ、そんなつれない」
「そ、それじゃ失礼しますっ!」
 男子生徒は、足に怪我をしてるとは思えない勢いで保健室を飛び出していってしまいました。先生はふぅとため息をつきます。
「惜しかったなぁ。もうちょっと押せば落ちたかもしれないわね。よぉし、今度逢ったら……くふふふ」
 と、
 トントン
 ノックの音がしました。先生はきりっと顔を引き締めて答えます。
「どうぞ」
「あ、あの……」
 ドアを開けて顔を出したのは、望ちゃんでした。
「あら、珍しいわね、清川さん。きらめき高校でも有数の健康優良娘がここに来るなんて、身体測定の時くらいじゃないかしら」
「ほっとけ……、あ、いや……」
「ま、とにかくお入りなさいな」
 先生はそう勧めると、いそいそとお茶菓子の用意を始めるのでした。
「お、おい、先生……」
「そんな清川さんが保健室にやって来るってことは、それはすなわち相談事があるってことでしょ? コーヒーでいい?」
「え? あ、うん」
「インスタントでごめんねぇ」
 カップにお湯を注ぎながら、先生はそう言いました。それから振り返って望ちゃんがまだ立ったままなのに気付きます。
「あら、ごめんね。その辺りの椅子に適当に座っていいわよ」
「あ、ああ」
 望ちゃんは椅子に腰掛けました。そんな望ちゃんにコーヒーカップを渡してから、先生は自分の椅子に座りました。そして話しかけます。
「コーヒー、飲まないの?」
「え? あ、飲むよ」
 コーヒーを啜る望ちゃん。その瞬間を見計らったように、先生はぼそっと言いました。
「……人工呼吸」
「ゲホゲホゲホッ!!」
 望ちゃんはむせて咳き込みました。そして真っ赤になった顔を上げました。
「な、なにを!?」
(やっぱりねぇ)
 先生は心の中でうんうんと頷くと、望ちゃんにずいっと近づきます。
「な、なんだよぉ?」
「んもう、可愛い!」
 ぎゅっと望ちゃんを抱きしめる先生でした。
 さて一方、部活も終わった沙希ちゃんは、帰ろうとしていました。
 下駄箱で靴をはきかえていたところで、声をかけられます。
「ハァイ、沙希!」
「あ、片桐さん」
 顔を上げると、彩子ちゃんが鞄を提げて立っています。どうやら彩子ちゃんもちょうど帰るところみたいですね。
「ジャストタイミング! ちょうどよかったわ。一緒に帰らない?」
「ええ、いいわよ」
 沙希ちゃんは頷きました。その顔を彩子ちゃんはのぞき込みます。
「あらぁ、沙希。顔色悪いんじゃない?」
「そ、そんなことないよ。ほら、元気元気」
 体操してみせる沙希ちゃん。彩子ちゃんはそんな沙希ちゃんを見てにこっと笑います。
「オッケイ、よかったわ。それじゃ行きましょうか」
「え? どこに?」
「オフコース、もちろん、如月さんのお見舞いよ。ほら、今日休んでたでしょう?」
 くらぁっ 沙希ちゃんよろめきます。今日何度目でしょうね?
 下駄箱に掴まって身体を支えながら、聞き返す沙希ちゃんです。
「わ、私も?」
「何言ってるの? あなたが行かないと意味がないでしょう? カモン、レッツゴー!」
(どうしてあたしが行かないと意味がないのかな?)
 そんな疑問を持ちながらも、彩子ちゃんに聞けない沙希ちゃん、未緒ちゃんの家にお見舞いに良くことになったのでした。

《続く》

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