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めぐみちゃんとでぇと
第四拾伍話 ううん、なんでもないの

 保健室では、望ちゃんの話を先生が聞き終わった所でした。
「そうなんだ。要するに、自分でもよくわかんない。それでいらいらしちゃうのね」
「……ああ」
 望ちゃんは頷きました。そして、先生をじっと見つめます。
「あたし、どうなっちゃったんだろ?」
(うぶね)
 先生はくすっと笑いました。そして、言います。
「清川さん。本当はわかってるんでしょ?」
「え?」
「本当は自分でもわかってる。でも、認めたくない。そんなところかな?」
「それは……」
「だったら、私がずばり言ってあげるわ。あなたは恋をしてるのよ!」
 先生は望ちゃんにぴしっと指を突きつけました。そして、おもむろに脇からプラカードを出して望ちゃんに渡します。
「はい、これを自分の後ろに掲げて」
「はぁ?」
 望ちゃんがそのプラカードを見ると、大きく『ガガーン』と書いてあります。
「こんなの、何処から持ってきたんだよ?」
「いつの間にかあったのよ。使わないともったいないでしょ?」
「……そういうものかぁ?」

 さてその頃、通学路にある喫茶店では。
「……で、そう言ったらカツのやつ逃げだしちまってさぁ」
「やっだぁ、なにそれぇ。もうさいってぇじゃん!」
 カウンター席で仲良くお話ししている淳くんと夕子ちゃん。
 好雄くんと公くんは、カウンターからは陰になるボックス席に座って、二人の様子を伺っていました。
「好雄、どうして俺まで……」
「しっ! 静かにしろぃ」
 ぶつぶつ言う公くんを押さえつけるようにして、好雄くんは二人の方に視線を向けています。
「そんなに気になるなら、二人の前に出ていけばいいじゃ……」
 言いかけて、公くんは隣のボックスに、同じように二人をじーっと陰から見ている人がいるのに気付きました。
 トレンチコートに帽子をかぶり、ご丁寧にサングラスまでした、まるで全身で「私は怪しい人ですっ!!」と叫んでいるような格好です。
 帽子の隙間から、水色の髪と黄色いリボンが見えていますね。
「好雄、おい……あれ……」
「うるせぇ、俺は今それどころじゃねぇ!」
 好雄くん、とりつくしまもありません。
 公くんは肩をすくめると、運ばれてきたコーヒーを飲みました。そして、怪しい人の方に視線を向けます。
(あれ、どう見てもバスケ部の十一夜さんだよなぁ。あんな格好でなにやってるんだろう?)
 本物の恵ちゃんがここにいるはずがないなんて、公くんは知る由も無いのでした。
 その頃、恵ちゃんは……。
 科学部室。それはきらめき高校のトワイライトゾーンと呼ばれる危険地帯です。無断で進入しようとした新聞部の記者がすでに数人殉職したという噂も流れています。
 その科学部室に今たおやかな少女が一人、連れてこられています。
「で、わ、私に用事って、なんですか?」
 恵ちゃんは辺りを見回しながら、正面の白衣の女生徒に尋ねました。
 ちなみに、周囲はいかにもという機械パネルで多い尽くされています。とてもここが学校の教室の一つには見えません。
 白衣の女生徒、きらめき高校の誇る英知の結晶であり、史上最年少ノーベル賞受賞者である紐緒結奈さんは、笑みを浮かべて恵ちゃんを見つめています。
「ちょっと、実験を手伝って欲しいの」
「あ、あの……」
「報酬は、こんな物でどうかしら?」
 パチン
 結奈さんが指を鳴らすと、……何も起きません。
「あ、あら?」
 結奈さん、慌てて二度、三度と指を鳴らしますが、まだ何も起こりません。
「……あの、紐緒さん?」
「ちょっと待ってなさい。音声認識回路がおかしいのかしら?」
 パネルの一つを開けて、結奈さんは何やらごそごそし始めました。そしてしばらくして、納得したように顔を上げます。
「そうか、昼休みに世界征服ロボからサイバーファングを起動させたときにエネルギーリバースが起こってたのね」
「あの〜、用がないんなら、私は……」
「あるって言ってるでしょう? 報酬はこれでどう?」
 向き直った結奈さん、パチンと指を鳴らします。と、パネルの一角にあるモニターが点灯しました。
 そこに映し出されるのは、恵ちゃんもよく知ってる二人。
「淳くん……」
「私の新開発した偵察メカの映像よ。これが報酬でどう?」
 結奈さんはにまぁっと笑いました。
 恵ちゃんは頷きました。
「何をすればいいの?」
「私は、前から思っていたのよ。占いという非科学的なものを科学的に定量する方法はないものか、と。十一夜さん、あなたは校内でも有名な占い師。あなたの身体、分析させて欲しいのよ」
「う、占い師なんて、そんなことないですぅ……」
「大丈夫。ちょっとだけ痛いかも知れないけど、これも科学の為なのよ!」
 笑みを浮かべたまま、結奈さんは近寄ります。
「や、やだぁ……、やだよぉ……、淳くぅん」
「!?」
 不意に淳くんは顔を上げました。
「どったの?」
 夕子ちゃんが訊ねます。
「あ、いや。誰かに呼ばれたような……。気のせいか?」
 淳くんは辺りを見回しました。そして、柱の陰にすっと茶色の髪が隠れたのをめざとく見かけてにんまりとしました。
「なによ、それぇ」
「あ、やっぱり気のせいみたいだ」
 そう言うと、淳くんは夕子ちゃんの方に向き直りました。そして、肩越しにちらっと視線を走らせます。
(やっぱり来てたな)
「あら、未緒のお友達なの? まぁ、お見舞い? 未緒、きっと喜ぶわ。どうぞどうぞ」
 上品そうな未緒ちゃんのお母さんに居間に通された彩子ちゃんと沙希ちゃんでした。
 彩子ちゃんは部屋を無遠慮に見回しています。
「ワァオ。なかなかシックな雰囲気ねぇ。そこはかとないさりげないコーディネイトがセンスいいわね」
「ちょ、ちょっと、片桐さん」
 沙希ちゃん、慌てて彩子ちゃんの制服の裾を引っ張ってたしなめます。
 未緒ちゃんのお母さん、上品に笑いながら部屋を出ていきます。
「今、なにかお持ちしますわね」
「あ、おかまいなく!」
 と叫ぶ沙希ちゃん。やっぱり遠慮深いんですね。
 待つことしばし、居間のドアがカチャリと開いて、パジャマにガウンを羽織った未緒ちゃんが入ってきました。さすがに今まで寝ていた様子で、いつもは左右に分けている髪も、今日はストレートにおろしています。
「わざわざすみま……」
 そこまで言った所で、未緒ちゃんは沙希ちゃんに気付いて動きを止めました。
「に、虹野さん……」
「きっ、如月さん!」
 沙希ちゃんは、思わずかけていたソファから立ち上がりました。
 彩子ちゃんはそんな二人を面白そうに見比べていました。
 ずずーっとコーヒーを啜りながら、先生は言いました。
「まぁ、清川さんが主人くんに惚れちゃったって事実はハッキリしたわけだ、これが」
「ちょ、ちょっと! そんなにハッキリ言うなよ」
 望ちゃん、真っ赤になりながら言いました。
 先生は指を振りました。
「大丈夫。保健室は完全防音だから」
「ホントかよ?」
「本当よ。CIAだって盗聴できないってあの娘は言ってたもの」
 あの娘、というのが誰か容易に想像できますね。
 望ちゃんはそれを追求することはしませんでした。代わりに先生に尋ねます。
「あたし、どうすればいいんだろ?」
「難しい質問だねフェルブスくん」
「誰がフェルブスくんだよ!」
「ほらほら、すぐ怒鳴るのは女の子らしく無いぞ」
 まぁまぁと先生は望ちゃんの肩を押さえながら言いました。そして、その緑色の瞳をんぞきこみます。
「望ちゃんはどうしたいの?」
「あたし?」
 望ちゃんは俯きます。
「それは……」
「……わからないんでしょ? 何をしたらいいのか。だから、憂鬱なんだ」
「……う、うん……」
 ますます赤くなって俯く望ちゃん。
「んもう、可愛いんだから」
 先生は笑いながらポンとその頭を叩きます。
 望ちゃんは顔を上げました。
「可愛い?」
「そうよ。女の子はそうやって恋して悩んでるときが可愛いのよ」
「ま、まさかぁ……」
「本当です。幾多の女の子を落としてきたこの私が言うんだから間違いないわ」
 先生はウィンクしながら言いました。
「そっか……。え? 女の子を落とした?」
 思わず聞き返す望ちゃんに、先生はしまったという感じで口を押さえていました。そしてやおら向きなおると言いました。
「ううん、なんでもないの。バーイ藤崎詩織ってところで手を打ちましょう。ね? ね?」
 ますます怪しい先生ですね。
 パッコォン
 ゆかりちゃんの返したボレーをネットにダッシュした見晴ちゃんが打ち返します。
「まぁ、ネットプレーがお上手ですねぇ」
 そう言いながらふわりと浮き玉を打ち返すゆかりちゃんです。
「あ、あの、えいっ!」
 目の前に来たボールを、めぐみちゃんが目をつぶりながら打ち返します。
「あらあらあら」
 大きく上がったボールを、ゆかりちゃんは追いかけて打ち返します。
 そのボールが見晴ちゃんの目の前に来ます。にまっと笑うと、見晴ちゃんはラケットをバックハンドで振りました。
「もらったぁ!!」
 ボスッ
 ボールは突き刺さります。……ネットに。
 ゆかりちゃんはにこにこしながら、ひょいと顔を右によけます。そのお顔をかすめて、ラケットが飛んでいきました。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫?」
 慌てて見晴ちゃんがネットを回って駆け寄ってきました。ゆかりちゃんは答えます。
「はい、大丈夫ですよ」
「よかったぁ」
「でも、これでわたくしの勝ち、ですね」
「あ、そっかぁ。えへ、負けちゃったな。やっぱりテニス部長にはかなわないや」
 見晴ちゃんはぽりぽりと頭を掻いて笑いました。
 ゆかりちゃんはめぐみちゃんのほうに視線を向けました。
「いかがでしたか、美樹原さん」
「あ、あの、楽しかったです」
 めぐみちゃんは汗をタオルで拭いながら笑いました。
(こんなにスポーツするのが楽しいなんて、今まで知らなかったな)
「それは、よろしゅうございました」
 ゆかりちゃんはにこっと笑って一礼しました。そして二人に言いました。
「それでは、着替えて帰ることにしましょう」

《続く》

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