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めぐみちゃんとでぇと
第四拾七話 ……ひどすぎます

 好雄くんを残して喫茶店を飛び出した公くん。自分の家の前まで帰ってきたところで、ふとお隣の家を見上げました。
 ピンク色のカーテンが掛かったままのお部屋。
「そういえば、今日詩織休んでいたよなぁ。後で見舞いに行ってみようかな」
 そう呟きながら、公くんは自分の家のドアを開けました。
「ただいまぁ……。あれ?」
 玄関に、見慣れない女物の靴があります。奥からは笑い声も聞こえてきます。
「誰か来てるの?」
 公くんは奥の部屋をのぞき込みました。
「あら、公くん。お帰りなさい」
「あ、こんにちわ、おばさん」
 居間で公くんのお母さんとおしゃべりしていたのは、詩織ちゃんのお母さんでした。
 公くんはぺこりと頭を下げて、訊ねました。
「今日、詩織さん、休んでましたよね。大丈夫ですか?」
「やだぁ、詩織さん、なんて。ねぇ」
「そうよ、公。いつもみたいに呼び捨てにすればいいのに」
 お母さん達はそう言って笑いました。公くん慌てます。
「だ、誰が呼び捨てになんか……」
「まぁた、この子は。前は良く部屋で叫んでたじゃないの」
「まぁ、そうなの? 何て叫んでいたの?」
「そうね、例えば、『詩織ぃぃ、どうして一緒に帰るのが恥ずかしいんだぁぁ!?』とかねぇ」
「まぁ、青春してるのねぇ。うちの詩織も最近よく叫んでるのよ」
「詩織ちゃんもなの?」
「そうよ。突然、『公くんなんてぇぇぇ!!』とかねぇ」
 公くん、草々に退散します。
「……あの人達には勝てない」

「じゃーねぇー、お姉ちゃん!」
 これからまた別の塾に行くという千晴ちゃんは手を振って駆けていきました。
「がんばって、くださいね」
 ゆかりちゃんがにこにこしてお辞儀しながら言いました。それから、複雑な顔をしている見晴ちゃんに視線を向けます。
「どうかなさいましたか?」
「……ったく、誰に似たんだか」
 見晴ちゃんは口を尖らせて呟きました。それから笑顔になって二人の方に向き直ります。
「それじゃ、これからどうしようか?」
「あ、あの……」
 めぐみちゃんが遠慮がちに言いました。
「わ、私、詩織ちゃんのお見舞いに行きたいので、そろそろ……」
「藤崎さんの?」
「そういわれれば、藤崎さん、本日はお休みしておりましたねぇ。美樹原さん、よろしければ、わたくしたちもお見舞いに行きたいのですが、いかがでしょうか?」
 ゆかりちゃんはにこにこしながら言いました。めぐみちゃんはこくんと頷きました。
「うん、きっと詩織ちゃんも喜んでくれると思います」
 めぐみちゃんもにっこり笑いました。
「それじゃ、行こう行こう!」
 見晴ちゃんが元気良く言いました。
(たしか、藤崎さんの家って、主人さんの家のお隣よね。もしかしたら主人さんにも逢えるかも知れない。ううん、きっと逢える。絶対逢える。だって私達……うふふ)
 そんなことを考えながらにこにこする見晴ちゃんでした。
 自分の部屋で着替えてから、公くんはお隣に出かけました。チャイムを鳴らして、苦笑します。
「おばさんがうちに来てるんだから、誰も出てこないかもなぁ」
 予想通り、誰も出て来ません。公くんはノブを回してみました。
 カチャ(あれ? 不用心だな)
 そのままドアを開けて、中に入ります。勝手知ったる他人の家、間取りはちゃんと覚えている公くんでした。
「ま、詩織の様子だけ見て帰るかな」
 そう呟いて、公くんは2階に上がりました。
 ドアにはコルクボードがかかっています。
 『しおりのおへや』
(しおりのおへや。なんという甘美な響きだろう? それはまさしく男の脳髄をとろけさせる、妖しいまでに神秘な響き。これぞ脳直!)
 公くんはまた訳の分からないことを考えてますね。
 とりあえず、ドアをノックします。
 トントン
「……」
 お返事がありません。
(寝てるのかな?)
 もう一度ノックします。
 トントン
 そして、耳をドアにつけて聞き耳を立てます。
 微かに声が聞こえました。
「ん〜。んん〜〜」
(こ、この妖しい呻き声は!? ま、まさか詩織、お母さんが留守にしている間に潜入してきた、土地成金の親が死んで、その遺産を整理していて見つけたSM雑誌でSMの魅力に取り付かれた、汚れのない美少女を徹底的に汚しぬいて自分の奴隷にすることが究極の願いという奴に(中略)で、あーんなことやこーんなことをされているのではっ!?)
 思わずその場にしゃがみ込んで頭を抱えてしまう公くん。でも、次の瞬間すっくと立ち上がります。
「いや、俺の詩織への想いはそんなことでゆらぐものか! 詩織、今助けるぞ!!」
 バァン
 公くん、ドアを開け放ちました。
 カーテンがかかって薄暗い部屋の中は、特に乱れた様子もありません。
 公くんはベッドの方に視線をやり、がっくりとうなだれました。
「……遅かったのか」
「んー、んんー!」
 そこには、猿ぐつわをされた上にベッドに縛り付けられている詩織ちゃんがいたのです。
 公くんは、ゆっくりとベッドに歩み寄りました。
「ごめん、詩織。間に合わなくて……」
「んーんー」
 詩織ちゃんは首を振って、しきりに何か言おうとしているようです。
 公くんは気がついて、詩織ちゃんの猿ぐつわを取って上げました。
 ウルウルしながら公くんを見る詩織ちゃん。
「こ、公くん。あの、解いてほしいの」
「あ、そうだね」
 公くんはロープを解こうとしますが、解けません。
「ええっと、ここがこうなってそうなって……駄目だ。カッターで切った方が早いや」
「そ、それでもいいの。は、早くしてぇ」
「あ、ああ」
 妙にせっぱ詰まった様子の詩織ちゃんに急かされるように、公くんは詩織ちゃんの机の上にあるカッターを取って、ロープを切りました。
 プツン、プツン
「よし、これで……」
「あ、ありがと。ごめんなさいっ!」
 言うが早いか、詩織ちゃんはベッドから飛び起きると、部屋から飛び出していってしまいました。
 取り残された公くんは、呆気にとられてそれを見送っていました。
「な、何なんだ、詩織?」
「ごめんね、公くん」
 しばらくしてお部屋に戻ってきた詩織ちゃん、なにか恥ずかしいのでしょうか、真っ赤になって俯いています。
 一方の公くんは誤解したまんまのようです。
「お、俺はそんなの気にしてないから」
「え? ……う、うん」
 ますます俯く詩織ちゃん。
 公くんは優しく微笑みます。
「さぁ、今日はもうゆっくり休むんだ。後のことは心配しなくても良いから」
「……え?」
 詩織ちゃん、公くんの口調に何となく引っかかるものを感じて顔を上げます。
「それって……」
「何も言わなくて良いよ」
 公くん、詩織ちゃんを抱きしめます。
「えっ! あ……」
 詩織ちゃん、さらに赤くなってもがきます。
「や、やめて、公くん」
(やだ、パジャマ1枚だし、汗かいちゃってるし……。あーん、ついでにシャワー浴びてくればよかったぁ)
 公くん、慌てて離れて謝ります。
「ご、ごめん!」
(やっぱり、トラウマになっちゃってるのかなぁ? お、俺は一体どうすればいいんだ!? 教えてくれタイガージョー!!)
 一方の詩織ちゃん、ちょうどその時、自分の机の上にフォトスタンドが立てっぱなしになっているのに気付いたのです。
(ああっ! ど、どうしよう。公くん、見ちゃったのかな?)
 詩織ちゃんは慌てます。
「あ、あの、公くん。私、大丈夫だから」
 そう言いながら、じりじりと公くんを迂回しながら机に近づく詩織ちゃん。
「で、でも……」
「ほ、ホントよ」
 そう言いながら、うまいこと詩織ちゃんは机と公くんの間に割り込みました。
「ホントに、大丈夫なんだってば」
 後ろ手でフォトスタンドを倒してほっと一息つく詩織ちゃん。
「よかった……」
「何が?」
「あ、ううん、なんでもないの」
 慌てて言いつくろう詩織ちゃん。
 そして、奇妙な沈黙が流れます。
 二人は同時に言いました。
「こ、公くん……」
「し、詩織……」
 そして、二人はお互いに「え?」という顔をして見つめあいました。
 また沈黙。
 その沈黙を破ったのは、今度は詩織ちゃんでした。
「……あのね、私……嬉しかった」
「え?」
「公くん、私を選んでくれて……」
「あ、うん」
 公くん、とりあえず頷きます。
 詩織ちゃんは潤んだ瞳を公くんに向けます。
「私ね、もう気持ちは決まってるの。とても恥ずかしいんだけど……。でも公くんなら……いいって……」
「いいって、あ、あの、詩織?」
「……公くん」
 詩織ちゃんはそっと目を閉じました。
(いいよね。私、絶対後悔しないもの……)
(いいのか? いや、詩織のためにもここは詩織の望むようにしてやらないと……)
 ごくりとつばを飲み込むと、公くんは詩織ちゃんの両肩に手を置きます。
 ピクンと詩織ちゃんは身を強ばらせます。それは公くんにも伝わってきました。
「なぁ、詩織。イヤなら……」
「ううん。大丈夫だから」
 詩織ちゃんは首を振りました。
(詩織がここまで言ってるんだ。それに答えてやるのは男の使命というものだよなぁ)
 公くんは一人頷くと、ゆっくりと顔を近づけて……。
「そ、そんな……」
 不意にドアの方から声がしました。二人は同時にそちらを見ます。
 詩織ちゃんは悲鳴のような声を上げました。
「メグ!?」
「……美樹原さん、どうして……ここに?」
「……ひどすぎます」
 一言呟いて、めぐみちゃんは身を翻しました。そのまま階段を駆け下りる足音がします。
 階下から声が聞こえます。
「どうしたの、愛ちゃん?」
「ごめんなさい。私、帰ります」
「あらぁ、もうお見舞いは、終わられたのですか? それでは、わたくし達も、藤崎さんにご挨拶しなくては……。あら? 美樹原さんはどちらに?」
「ちょっと、愛ちゃん! 待ってってば!」
 詩織ちゃんは、真っ青な顔で公くんに視線を向けました。
「ど、どうしよう? メグに見られちゃった……」
「どうしようったって……」
「どうし……」
 そのまま、詩織ちゃんはずるずると崩れ落ちるように倒れました。慌てる公くん。
「わぁーっ! 詩織大丈夫か、傷は浅いぞ!!」
 そうでしょうかねぇ?

《続く》

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