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めぐみちゃんとでぇと
第四拾八話 いい友達って思ってるから

 時間は少し戻ります。

 カラァン
 公くんが飛び出すように出ていった後、喫茶店『Mute』の店内は、店名の通りの沈黙が流れました。
 ややあって、夕子ちゃんがぷいと前に向き直りながら、小さく、でも聞こえるように言いました。
「こそこそしてるなんて、さいてぇ」
「……」
 言われるとおりなので、好雄くん何も言い返しません。立ち上がると、制服の埃を払い落としました。
 そして、一言だけ呟きます。
「ごめん」
「……」
 夕子ちゃんは何も答えないで、自分の前にあるレモンスカッシュのストローに口を付けました。
 好雄くんは、レシートに千円札を挟むと、カウンターに置いて、鞄を掴みました。
 そのまま歩き去ろうとするところに、夕子ちゃんが声をかけます。
「何も……言わないの?」
「え?」
「……何も言ってくれないんだ、好雄くん」
 夕子ちゃんは、ちらっと好雄くんを見ました。
 好雄くんは、はっと気付きます。夕子ちゃんが好雄くんのことをそう呼ぶことはほとんどないんです。いつもは“よっしー”ですものね。
 好雄くん、コホンと咳をして、言いました。
「出ようぜ」
 好雄くんと夕子ちゃんは、並んで道を歩いています。
「なんか、久しぶりっぽいね。こうして一緒に歩いてるの」
「……そうだな」
 二人とも、なんとなくぎくしゃくしています。
 好雄くんが、そっぽを向きながら、言いました。
「最近、その、元気か?」
(ああーっ、俺は何を言ってるんだ!?)
 思わず心の中で絶叫する好雄くん。
「う、うん、元気よ」
(な、なに芸のない返事してんのよ、あたしは!)
 思わず心の中でじだんだ踏む夕子ちゃん。
 やっぱり似た者同士なのかも知れませんね。
「あ、あのさ……」
「うん?」
「ちょっと、座らないか?」
 好雄くんは、脇の公園を指しました。
 二人は並んで仲良くベンチに腰掛けました。
 好雄くんは空を見上げました。
 雲一つなく晴れた青空です。
「……空が高い」
「……そーね」
 何となく漏らした好雄くんの呟きに相槌を打つ夕子ちゃんです。
「……どれくらいになるっけ。俺と朝日奈が知り合ってから……」
「確か、中学に入ったばっかの頃よね」
「……そっか、もう5年以上かぁ」
「もうすぐ6年よ。我ながらよく保ったなぁって感じ」
 そう言うと、夕子ちゃんは好雄くんの方をちらっと見ます。
「たしか、席が隣になったのがきっかけだったよね?」
「ああ……」
 好雄くんは、空を見上げたまま頷きます。
「でも、あれから俺達なにも変わってないよな」
「……変わってない、か。そうだよね」
 夕子ちゃんは俯きました。
「変えない限り、変わらないよね」
「……朝日奈?」
 夕子ちゃんの方を見る好雄くん。
 俯いたまま、言葉を続ける夕子ちゃん。
「あたしさ、最近色々考えてたの。好雄くんのこと」
「……俺の?」
 思わず聞き返す好雄くん。夕子ちゃん、こくりと頷くと、目を逸らしたまま、一言一言噛みしめるように続けました。
「好雄くん。あたし、あたしね……」
「……」
「あたし……」
 夕子ちゃん、ベンチから立ち上がりました。ぎゅっと拳を握り締めます。
「あたし、好雄くんのこと、いい友達って思ってるから」
「……友達、か」
 好雄くんの顔に、苦々しげな笑みが浮かびました。
「そうだよな。俺達、友達だよな」
「……そ、それじゃ!」
 そのまま、夕子ちゃんは駆け出しました。その目から、光るものが飛んだのを、確かに好雄くんは見ました。
「あ、あさ……」
 でも、好雄くんの伸ばした手は、夕子ちゃんに届きませんでした。
 そのまま、好雄くんはベンチに腰を下ろします。
「……そうか、友達かよ……」
「スキップスキップランランラァーン。優美ちゃんってば、今日も絶好調!」
 部活も終わって、優美ちゃん上機嫌でてくてくと帰り道を歩いていました。
 と、目の前の公園から夕子ちゃんが飛び出してきます。
「あれ? 朝日奈先輩だぁ。せんぱーい!!」
 大きく手を振る優美ちゃん。でも夕子ちゃんは、ちらっとこっちを見たけれど、そのまま走って行ってしまいます。
「あれぇ? どうしたんだろ? おっかしぃなぁ」
 首を傾げながらも、優美ちゃんは公園の方を見てみました。
「あ〜! お兄ちゃん!」
 ベンチに座ってうなだれているのは、間違いなく好雄くんです。
 元気のいい優美ちゃん、公園の垣根を飛び越えて、好雄くんに駆け寄りました。
「お兄ちゃん! 今朝日奈先輩見たけど、どうしたの?」
「あ、優美か?」
 好雄くんは顔を上げると力無く笑いました。
「ざまねぇな」
「ねぇ、どうしたのよぉ」
「今、きっぱり言われちまったよ。お友達だって」
「ええー!?」
 優美ちゃん、思わずどんぐり眼を見開きます。
「そ、そんなぁ。でも、だって、朝日奈先輩……」
 好雄くんは、自嘲気味に呟きます。
「笑ってくれよ」
「きゃははは」
「笑うなぁ!」
「どっちよぉ?」
 ……いい兄妹ですね。
「とにかく、何かの間違いだよぉ」
 優美ちゃん、小さな拳を振り回して力説します。
 好雄くんは笑いました。
「何が間違いなもんか。本人の口からきっぱり言われたんだぜ。これ以上確かなことがあるもんかよ」
「そんなぁ」
 情けない声を出す優美ちゃん。
(これで朝日奈先輩とお兄ちゃんが別れちゃったら、それって優美のせいだよぉ。そんなの、やだよぉ……)
 そもそも、いまいち煮えきらない好雄くんと夕子ちゃんを刺激しようとして(本当はも一つ目的があったんですが)淳くんに夕子ちゃんとデートしてくれるように頼んだのは優美ちゃん自身なんです。ところが、実際は仲が深まるどころではなくなってしまったわけです。
 そんな経緯を知らない好雄くん、優美ちゃんの頭をくりんと撫でます。
「優美が気にするこっちゃないさ。これは俺の問題だから」
「違うモン」
「……優美?」
 その声に驚いて、好雄くんは優美ちゃんの方を見ます。
 優美ちゃんは顔を上げました。
「優美、朝日奈先輩と話してくる!」
「あ、おい!!」
 好雄くんが声を上げたときは、もう優美ちゃんは駆け出していった後でした。
「朝日奈先輩!!」
 後ろから呼ばれて、てふてふと歩いていた夕子ちゃん、制服の袖でごしごしと顔を拭って振り返りました。
「あら、優美ちゃんじゃん。どったの?」
「お話があるんれす」
 優美ちゃんは、有無を言わさぬ顔で迫りました。
「お話?」
「朝日奈先輩、ホントにお兄ちゃんのこと、ただのお友達だって思ってるんれすか!?」
 ズバリと言う優美ちゃん。
 夕子ちゃんはふぅとため息をつきました。
「優美ちゃんがうらやましいわ」
「へ?」
「なーんもない」
 そう言うと、夕子ちゃんは優美ちゃんの方に向き直りました。
「優美ちゃん」
「あい」
「……ごめんね」
「……」
 優美ちゃんは、口をつぐんでそのまま歩き去る夕子ちゃんを見送ることしかできませんでした。
(優美……。朝日奈先輩のあんな顔見たの、初めてだよ……)

《続く》

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