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めぐみちゃんとでぇと
第四拾九話 わたくしたちも辛いのですよ

 ズダダダダダ、ザザーッ
 淳くんは、一つのドアの前で足を止めました。そして、ドアの上のプレートを見上げました。
 『科学部室』
 そこにはそう書いてあります。
「おい、戎谷! 待てって」
 勝馬くんがやっと追いついてきました。
 淳くんはそんな勝馬くんの方を見向きもせずに、ドアを睨んでいます。
「恵、待ってろよ! 今行くからな」
「おい、戎谷」
「カツ、止めるな。俺は……」
「わかってるって。手伝うぜ」
 勝馬くんは肩をすくめました。
「……すまんな、カツ」
「いいって。これも腐れ縁ってやつだよ」
 二人は頷きあいました。
 そして、淳くんはドアを開け放ちました。
「恵!」
「淳くぅん!」
 嬉しそうな声がしたかと思うと、恵ちゃんが駆け寄ってきました。そのままぎゅっと淳くんに抱きつきます。
「め、恵?」
「データの収拾は終わったから、その娘は連れて帰っていいわよ」
 その声に、二人は部屋の奥を見ました。
 結奈さんが、ディスプレイを見ながら、キーボードになにか打ち込んでいます。
 淳くんは部屋の中に入りながら声をかけました。
「紐緒さん。言っておくけど……」
「入ると……」
 バシュン
 淳くんの髪をかすめて、赤い光が走りました。
「……危ないわよ」
「そういうことは、もう少し早く言えよ……」
 冷や汗を浮かべながら、淳くんはさがりました。そこから叫びました。
「でも、嫌がる娘を無理矢理なんて、そんなことは……」
「あら。十一夜さんは自分から進んで協力してくれたわ。そうよね、十一夜さん」
「え、ええ……」
 落ちつかない様子で頷く恵ちゃん。
「なにしろ、その代わりに十一夜さんには……」
「きゃぁー、じ、淳くん、行こう! ね、ね!」
 恵ちゃんは半ば淳くんを押し出すようにして、科学部室から出ていきました。結奈さんは、ふふんと鼻で笑うと、ディスプレイに向き直りました。

「お、おい、恵。なんだよ、一体」
「なんでもないのよ、なんでも。えへへ」
 恵ちゃんはひきつった笑いを浮かべました。
 と。
「あ、いたいた。無事だったみたいね、みんな」
「奈津江かぁ」
 勝馬くんはそっちを見て軽く手を振りました。
 奈津江ちゃんは駆け寄ってくると、恵ちゃんに話しかけます。
「大丈夫だった? 恵。なにかひどいことされなかった?」
「ううん。なんか機械のついたわっかを頭に乗せて、質問に答えただけ」
「それだけなの? 本当に? 麻酔で眠らされて、小さな機械を頭に埋め込まれたりしていない?」
 真顔で訊ねる奈津江ちゃん。
 慌ててぶんぶんと首を振る恵ちゃんです。
「そんな事されてないよ。それが終わってから、ちょっとおしゃべりしてただけだもん」
「おしゃべり?」
 3人が同時に聞きました。
 恵ちゃんはこくんと頷きました。
「そうだよ」
「あの紐緒女史とおしゃべりとは、さすが恵だなぁ」
 そう言って、淳くんは恵ちゃんの頭をくしゃっと撫でました。
「ま、恵も無事みたいだし、どこかに寄って行かない?」
 奈津江ちゃんが提案します。
「お、鞠川の案に乗った。カツは?」
「俺も構わないぜ」
「あたしも行く!」
「決まりね」
 奈津江ちゃんは笑って頷きました。
 すっかり暗くなった頃。
「……でね、優美、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃって……ぐすん」
 優美ちゃんはちゃぶ台の前にぺたんと座り込んで、鼻を啜っています。
「だからって俺の所に来られても……」
「だってぇ、もう勝馬しか頼れる人いないんだもん」
「俺は、人の事には干渉しない主義だって、優美ちゃんだって知ってるだろ?」
 勝馬くんはそう言うと、優美ちゃんの前に買い置きのポテトチップを出しました。
「食べる?」
「勝馬、ごまかそうとしてない?」
「食べないんなら……」
「食べるれす」
 そのままパリパリとポテトチップをかじる優美ちゃん。
 勝馬くんは救いを求めるように壁の時計を見ました。
「……いつもならそろそろ……」
「え?」
 優美ちゃんが顔を上げた、ちょうどその時。
 バタン
「勝馬、夜食持ってきたわ……、あら、優美ちゃん」
「あ、奈津江先輩。お邪魔してるれす」
 優美ちゃんはぺこりと頭を下げました。奈津江ちゃんは苦笑しました。
「勝馬。あんたのところ、駆け込み寺になってない?」
「……あのな」
 その頃。
「はい、主人……。あ、好雄か。ちょうど良かった。実は相談したいことが……。え? 優美ちゃん? いや、俺は知らないけど……あ、こら、待て!」
 ツーツーツー
 公くんはため息をついて受話器を置きました。
「切れちまった。好雄の奴、何慌ててるんだろう?」
 と。間髪入れずにベルが鳴ります。
 トルルル、トルルル
「誰だよ。……はい、主人です」
「あ、公くん? 私」
「詩織? どうした……って聞くこともないよな。美樹原さんのことだろ?」
「うん……。せっかく公くんのおかげで仲直りできたと思ったのに……」
 受話器の向こうの詩織ちゃん、涙ぐんでいるようです。
「いまね、メグに電話したんだけど……、メグ、何も言わないで電話切っちゃって……」
「詩織……」
「私、もうどうしたらいいのか……」
 そう言って、詩織ちゃんは本当に泣き出してしまいました。
 公くんは、受話器を握り締めます。
「詩織、泣くなよ。俺が何とかするから。な?」
「でも、でも……」
「とにかく、明日も休むことになっちゃ大変だから、今日はもう休んで。ね?」
「……うん」
 詩織ちゃんは、頷きました。
「ごめんなさい……。公くんには迷惑ばっかりかけてるね、私……」
「そんなことないよ。詩織に頼られるのは、男冥利に尽きるってもんさ」
「まぁ、公くんったら」
 微かに詩織ちゃんの口調に明るさが戻って来たのを感じて、公くんもほっと安堵の溜息をもらします。
「それじゃ、お休み、詩織」
「うん。Ich liebe dich」
「いひ?」
「な、なんでもないの。それじゃ、お休みなさい」
 プツッ
 電話は切れてしまいました。公くん、受話器を見つめたまま、しばらく悩んでいました。
「詩織、いひってなんだ?」
 めぐみちゃんは、受話器を電話に戻した姿勢のまま、じっと動きませんでした。
 その唇から、小さな呟きが漏れます。
「嫌い……」
「それで、よろしいのですか?」
「……え? きゃぁ!」
 思わず、めぐみちゃんは小さな悲鳴を上げました。
「こ、こ、古式さん?」
「私もいまぁす!」
 みょこっと見晴ちゃんが顔を出しました。
「い、いつ来たんですか?」
「いつも何も……」
 見晴ちゃんが言いかけた後を、ゆかりちゃんが引き取って言いました。
「美樹原さんが藤崎さんの家を飛び出して行かれましたので、わたくしたちはずっと後を追いかけて参りましたのですよ」
「そうだよぉ。ずっとそばにいたのに、気付いてなかったのぉ?」
「あ、あの、その……」
 めぐみちゃんは真っ赤になりました。
 タイミングを見計らったように、めぐみちゃんのお母さんが顔を出します。
「愛、ご飯の用意が出来ましたよ。お友達もご一緒にどうですか?」
「わぁい。ありがとうございますぅ」
「これはこれは、わざわざ申し訳ありません。お断りするのも、かえって失礼と存じますので、遠慮なくいただかせていただきます」
「1階に用意してありますから、降りてきてくださいね」
 めぐみちゃんのお母さんは、にっこりと笑って、階段を降りていきました。
「あー、美味しかったぁ。満足満足」
 笑いながら見晴ちゃんはムクを撫でています。
 クゥーン
 ムクは、見晴ちゃんに身体をすり付けています。
 ますますもってうらやましい犬ですね。
 ゆかりちゃんが、落ちついた笑みを浮かべながら、めぐみちゃんに訊ねました。
「なにがあったのですか?」
「……」
「話したくないことなのなら、それはそれで構いませんよ。……でも、出来ることならお話ししていただきたいのです。わたくしも、館林さんも、美樹原さんのことは大切なお友達と思っています。美樹原さん、あなた一人が苦しんでいるのを見るのは、
わたくしたちも辛いのですよ」
 めぐみちゃんは、ゆかりちゃんを見ます。
 ゆかりちゃんは頷きます。
「はい」
 その笑顔に誘われるように、めぐみちゃんは話し始めていました。

《続く》

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