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めぐみちゃんとでぇと
第伍拾壱話 超嬉しいって感じぃ!

金曜日の朝になりました。
公くんは、いつものように半分寝ながら階段を下りてきました。
「おふぁふぉう(おはよう)。あさめ……」
台所を覗き込んで、公くんは首を傾げました。
「あれ?」
コンロにかけられたお鍋からは湯気が立っています。やかんは盛んに蒸気を噴きだし、その合間を縫うように、トントンと包丁の音がリズミカルに鳴っています。
ただ、いつもと違うのは、エプロンを締めてその中にいるのが、二人だったことです。
「し、詩織? あれ?」
「あ、公くん。おはよう」
詩織ちゃんは振り返るとにっこりと笑いました。
「あ、ああ」
公くん、お母さんの方を見ます。
「お袋?」
「詩織ちゃんが朝早く来てね、料理を習いたいっていうから、一緒に作ることにしたのよ」
お母さんは笑って答えました。
「な、なんでまた?」
「こぉの、すっとこどっこいが」
赤くなった詩織ちゃんを見て、お母さんは公くんをどつきます。
「あいて」
「まぁ、待ってなさいって。ほら、行った行った」
そのまま、お母さんは公くんを台所から追い出しました。
詩織ちゃんは頭を下げます。
「すいません。無理にお願いしちゃって」
「あたしゃ、構わないわよ。でも、詩織ちゃんもそんな年頃になったんだねぇ。あたしも年とるわけだ」
「やだ、おばさんったら」
そう言って、詩織ちゃんは真っ赤になりました。
「いいのいいの。何も言わずにあたしに任せなさい。ばっちり公好みの味付けを教えて上げるからね」
「はい、お願いします」
キーンコーンカーンコーン
「ぎりぎり、セーフ!!」
鐘の音と一緒に教室に飛び込んでくると、好雄くんは一息つきました。
「間に合ったぁ……。あれ?」
自分の席に鞄をかけながら隣の席を見ましたが、公くんの姿はありません。
「あいつどうしたんだろ? あ、藤崎さん」
「早乙女くん、おはよう」
詩織ちゃんはそう言いながら、好雄くんの脇を通り抜けようとします。
好雄くんは何の気なしに詩織ちゃんに言いました。
「公のやつ、どうしたんだ?」
「わ、私は何にもしてないわよ。何にも。ええ、決して!」
そう言うと、そのまま小走りに自分の席に着く詩織ちゃんを、好雄くんは唖然として見送るのでした。
「……なんなんだろう?」
「ええー? 主人先輩お休みなんれすかぁ?」
お昼休みになって、3年A組にやってきた優美ちゃんは、公くんがいないのを知ると、口を尖らせました。
「そうなの。ごめんなさいね。おほほほほ」
詩織ちゃんは口に手を当てて笑いました。あれ? でも額に汗が浮かんでますね。
優美ちゃん、つまらなそうに床を蹴りました。
「つまんないなぁ。優美、せっかく先輩のためにお弁当作ってきたのにぃ」
公くん、休んだのは正解だったのかも……おっと、好雄くんが睨んでますね。
優美ちゃんは、詩織ちゃんに視線を向けました。詩織ちゃん、何となくイヤな予感がして後ずさります。
「な、なぁに、優美ちゃん?」
「藤崎先輩、お昼まだですよね?」
「あ、あの、あたし、その、ね……」
助けを求めて左右を見回す詩織ちゃん。でも、みんなさっと視線をそらせます。
優美ちゃんはにこにこしながら言いました。
「それじゃ、お弁当食べませんかぁ?」
(これが、因果応報ってものなのかしら……)
内心でるるるーと泣きながら、詩織ちゃんは頷きました。
「いただきます……」
「わぁい! 先輩とお弁当だぁ!」
無邪気に喜ぶ優美ちゃんでした。
その頃。
「うー、ううー」
公くん、ベッドに潜ったまま唸っています。
お母さんがお部屋に入ってきました。
「公、本当に大丈夫? 正露○、もっと飲む?」
「あ、あのね……」
何か言いかけたところで、公くん再び黙り込んで、迫り来る悪魔との戦いに没頭します。
お母さんは、ちらっと公くんのお部屋から見える詩織ちゃんのお部屋の窓を見やりながら、微笑みました。
「それにしても、これは鍛えがいがありそうね。ふふふ」
「……」
鍛えるのは結構だけど、実験作の試食だけは断固として辞退せねばと思う公くんでした。でも、公くんに拒否権なんて無いんですけどね。
「如月さん、いる?」
沙希ちゃんはB組の教室の入り口で、訊ねました。
「あ、虹野さん」
教科書をまとめていた未緒ちゃんは、沙希ちゃんを見て、ぱっとお顔をほころばせました。そして、立ち上がります。
「ああっ、めまいが……」
「き、如月さん!!」
慌てて沙希ちゃんは教室に飛び込むと、未緒ちゃんを支えました。
「大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございます……」
そのまま、至近距離で見つめあう二人。
思わず周りのみんなが遠巻きにして、息を殺して二人の様子をうかがいます。
沙希ちゃんは、ぽっと赤くなりました。そしてもじもじしながら未緒ちゃんに言います。
「あ、あのね、お弁当、作ってきたんだけど……」
「まぁ、ありがとうございます」
未緒ちゃんはにっこりと笑いました。沙希ちゃんはお顔を上げます。
「食べてくれる?」
「もちろんですよ。虹野さんの心がこもったお弁当ですもの。食べないなんてできませんよ」
「よかったぁ」
沙希ちゃんは胸をなで下ろしました。そして未緒ちゃんに言います。
「それじゃ、今日は天気がいいから、中庭に行かない?」
「はい、いいですよ」
頷く未緒ちゃん。
「それじゃ、行きましょう」
仲良く出ていく二人を、呆気にとられて見送ってしまうみんなでした。
「……マジか、それ?」
「マジマジ。あたしも二人が廊下を並んで歩いてくのばっちり見ちゃったもん」
ここはI組、夕子ちゃんのクラスです。
きらめき高校の誇る情報コンビこと好雄くんと夕子ちゃん、久しぶりにその全能力をフル稼働させているようですね。
好雄くんは、紙パックのコーヒー牛乳のストローをくわえながら、メモに何か書き込みます。
「……しかし、もったいない」
「あに言ってるんだか」
夕子ちゃん、笑いながら好雄くんの紙パックをぎゅっと掴みます。
「ブ、ブフェ。お、おまえなぁ……」
いきなりコーヒー牛乳を強制的に飲まされて思わずむせる好雄くんをよそに、夕子ちゃんは考え込みます。
「でも、あたしはちょっちおかしいと思うんだ」
「ゲホゲホ……。な、なにがだよ」
「考えてみぃな。沙希っぺにしても如月さんにしても、主人くんラブラブだったんしょ? それがいきなりああいう関係になると思う?」
「それは……。二人ともあいつに愛想つかして、でも寂しい。身体が疼く。『虹野さん、私……』『如月さん、私も実は……』……がばぁっっっ! って感じじゃ……」
「よっしー、超ウルバカ」
夕子ちゃん、一人芝居する好雄くんに冷たい視線を向けます。
「な、なんだよぉ」
「どっかのHな同人誌じゃあるまいし、今時男にふられたくらいで女の子に走るわけないっしょ。特に、沙希はそんな気はないわよ」
あっさりと断定する夕子ちゃんです。さすがにお友達のことはありますね。
「じゃあ、どうしてあんなことやってるんだ? あの二人」
「誰か、裏にもう一人いるっぽいんだけどなぁ……」
夕子ちゃんは顎に手を当てて考え込みました。そして、好雄くんの方に手を出します。
「よっしー、あたしのは?」
「へいへい」
好雄くん、やれやれって感じで肩をすくめて、紙袋からサンドイッチを出しました。
「これ買うの、苦労したんだぜ。購買部名物、スペシャルサンドイッチ。通称「クララが歩いた」!」
「へっへー、御苦労御苦労」
夕子ちゃんはサンドイッチを受け取ると、にんまりと笑いました。
「もう、超嬉しいって感じぃ」
「へへ」
好雄くん、嬉しそうな夕子ちゃんを見て、鼻の下をこすりながら笑いました。
その頃、詩織ちゃんと優美ちゃんは3年A組の教室で、向かい合わせになって座っていました。
優美ちゃんが、お弁当箱の蓋を開けます。
「はい、どうぞぉ!」
「わぁ、美味しそうね」
思わず詩織ちゃんは声を上げてしまいました。優美ちゃん、得意そうに笑います。
「えへへ。さ、どんどん食べてくらさい」
「わぁ、とっても美味しそう。どれから食べようかなぁ? 私、迷っちゃったぁ」
そんなこと言いながら、詩織ちゃんのお箸は、お弁当の上をさまよっています。
最初はにこにこしていた優美ちゃんのお顔が、段々険しくなっていきます。
「先輩!」
「わぁ、迷っちゃうなぁ」
「んもう。これっ!!」
優美ちゃんは詩織ちゃんの手をいきなり押さえつけました。お箸がざくっとジャガイモに突き刺さります。
「あ……」
「さ。食べてくらさいね!」
また、笑顔になる優美ちゃんを前に、詩織ちゃんは半分泣きながら頷くのでした。
「よぉし、今日こそは勝つぞぉ!」
「は、はい。がんばりましょう」
「よぉーし、ファイト、オー」
「お、おー」
気合いを入れる見晴ちゃんとめぐみちゃん。その二人を前にして、ゆかりちゃんはおっとりと微笑みました。
「用意は、よろしいですか?」
昨日負けちゃったことが悔しい見晴ちゃん、めぐみちゃんと一緒にゆかりちゃんにリターンマッチを申し込んだのでした。
「いいぞぉ!」
「あ、はい」
「それでは、参ります。では、連尺さん、審判よろしくお願いしますね」
「はい、部長」
たまたま部室でおしゃべりをしていたテニス部員の連尺みゆきちゃん、ゆかりちゃんにお願いされてはいやとも言えず、審判する羽目になったのでした。
(しくしく。なんて不幸な私……。ううん、こういう地道な努力がいつかきっと実を結ぶのよ。みゆき、ファイトォ)
みゆきちゃんはぎゅっと拳を握り締めて自分に言い聞かせると、さっと右手を挙げて、笛を吹きました。
ピピーッ
「今日こそは、ちゃんと入れるぞ! 昨日お姉ちゃんに頼んで、ア○ックNo1!のビデオをちゃんと見て研究したもんね!」
おお、見晴ちゃんが燃えてますね。
でも、ア○ックNo1!って、バレーボールじゃなかったでしょうか?
「ダブルフォルト!」
「……しくしく」
《続く》

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