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めぐみちゃんとでぇと
第伍拾参話 美人の晴海お姉さまぁ!

キーンコーンカーンコーン
放課後を告げるチャイムが、ここ保健室にも鳴り響きました。
「よーし、今日は誰が来るかしらねぇ」
先生はにこにこと笑いながら、ノートをパタンと閉じました。
その先生に、声がかけられます。
「あ、あの……、先生……」
「あ、気がついた? 藤崎さん」
先生は振り返りました。
ベッドを隠すように置かれた間仕切りの間から顔だけ出して、詩織ちゃんは言いました。
「私の制服は、何処にあるんでしょうか?」
「そこのハンガーに掛かってない?」
「え? あ、ありました。すみません」
詩織ちゃんは仕切りの内側に引っ込みました。先生は、声だけかけます。
「もう大丈夫?」
「あ、はい。お世話になりました」
「あんまり早乙女さんを叱らないでね。本人もすごく反省してたみたいだし」
「ええ、わかってます」
そう言いながら、詩織ちゃんは制服のリボンをなおします。それから、先生の前に出てきました。
「それじゃ、私はこれで……」
「それにしても、うなされながら愛しい人の名前を連呼するなんて、やるわね」
先生はウィンクしました。
ボンッと赤くなる詩織ちゃん。
「え? わ、私、そんなこと言ってました!?」
「ええ、それはもう。他に人がいなくてよかったわね」
「あ、その、それは、えっと……」
学年一の優等生のうろたえる様なんて滅多に見られるものじゃありませんよね。
カラカラッ
未緒ちゃんは図書室のドアを開けました。途端に10人ほどの男子生徒に取り囲まれます。
「部長!」
「部長、ご苦労様です!」
「お待ちしておりました!」
「な、なんですか?」
思わずびっくりして立ち止まってしまう未緒ちゃん。だって、まるで刑務所から出所したや○ざの親分を迎える子分達といった感じでしたから。
もちろん、忠実な子分達は文芸部員の面々です。
そのうちの一人が進み出ました。
「部長、どうしてもお聞きしたいことがあります」
「何でしょうか?」
未緒ちゃんは聞き返します。
少し躊躇ってから、彼は言いました。
「虹野さんとの関係を、お聞きしたいのです」
「それは……」
口ごもる未緒ちゃん。
「部長!」
「教えて下さい、部長!」
「ま、待って下さい、皆さん」
口々に詰め寄るみんなを、未緒ちゃんは慌てて押さえようとします。
と、いきなりそんな未緒ちゃんに後ろから陽気な声がかかりました。
「ハァイ、未緒。ちょっといいかしら?」
「あ、片桐さん」
未緒ちゃんは救われた様な顔で振り返りました。それから、文芸部員達のほうに頭を下げます。
「ごめんなさい、ちょっと失礼します」
「あ、待って下さい、部長!」
「ホワット、なに?」
と、こちらは美術部長の彩子ちゃん。
「いや、そっちじゃなくて……」
「じゃ、未緒、行くわよ」
「あ、はい。それじゃ皆さんは部活、続けて下さいね」
未緒ちゃんはぺこりと一礼して、彩子ちゃんの後に付いていってしまいました。
鼻歌を歌いながら早足で歩く彩子ちゃんに、未緒ちゃんが声をかけました。
「あの、ありがとうございました」
「ノープロブレム。気にしなくていいわよ」
彩子ちゃんは振り返りました。
「でも、意外だったわ」
「何がですか?」
聞き返す未緒ちゃんに、彩子ちゃんは笑みを浮かべて言いました。
「だって、未緒ってもっと真面目だと思ってたのよ。結構ジョークのセンスもあるのね」
「そうですか? 私は普通だと思いますけど」
未緒ちゃんははにかんだように笑いました。
「でも、どうして片桐さんはそんなに色々してくださるんですか?」
「ホワイ、なぜ?」
「何故って……。片桐さんは、その、主人さんのことを……」
ちょっと赤くなって、俯き加減に言う未緒ちゃん。
「ああ、そういうことね」
彩子ちゃんはくすっと笑いました。
「ドントマインド、気にしないで。こう言っちゃ何だけど、あたし、恋のために友情までロストするなんてもったいないと思ってるのよ」
「……え?」
未緒ちゃんは聞き返しました。
「それじゃ、片桐さんは……」
「イエス、そうよ。確かに沙希も未緒もマイライバルよ。でも、たかが公くんのために、ステキな友達を二人も無くしたくないわ」
そう言って、彩子ちゃんは窓から青空を見上げました。
「あたしの知り合いの口癖なんだけどね、後悔なんかしたくないから」
「後悔……。そうですね」
彩子ちゃんと並んで青空を眩しげに見上げながら、未緒ちゃんも頷きました。
「あ、いたいたぁ」
「え?」
後ろから声をかけられて、音楽室の前で手持ちぶさたに立っていた淳くんは振り返りました。
「ああ、朝日奈。昨日はゴメン。淳くん、反省してるから」
「んなこと、もういいってばぁ」
夕子ちゃんを拝む淳くんに、明るく答える夕子ちゃんです。
(おや? なにかあったな?)
女の子の気持ちには聡いことで有名な淳くん(他の男どもがうとすぎるだけって話もありますけどね)、夕子ちゃんの微妙な変化に気がついたみたいですね。
でも、スグにそのことには触れないあたりが、淳くんの淳くんたる所以でしょう。
「ところで、日曜のことは考えてくれた?」
「あ、あのさ、そのことなんだけどぉ……」
夕子ちゃん、頭を掻きながら言いました。
「あたし、ちょっと都合悪くなっちゃったっていうかぁ、なんていうかぁ……」
(あ、そういうことか)
淳くん、心の中で頷きました。でも、表面上はそんなことおくびにも出しません。
「ええーっ!? 淳ちゃん楽しみにしてたのにぃ、もう超がっかりぃって感じ」
「ほんとーにゴメン! このとーり!」
今度は夕子ちゃんが淳くんを拝む番のようですね。
淳くん、悪戯っぽく笑います。
「なーんちゃって」
「へ?」
ぽかんとして淳くんを見上げる夕子ちゃんに、淳くんはくいっと音楽室の方を指して言います。
「話があるんだ。ちょっと付き合ってくれないか?」
「あ、うん。いいけど……」
「よし、決まり。ま、来いよ」
淳くん、夕子ちゃんの肩を抱くようにして、音楽室に入ろうとしました。
と、いきなり後ろから声がかかりました。
「ちょっと待て!」
淳くんは振り返りざまに叫びました。
「貴様、タイガージョー!!」
「この痴れ者がぁぁっ!! ……って、ちがうわい!」
「怒るな怒るな。血管が切れるぜ、早乙女」
淳くん笑って言います。
夕子ちゃんは目を丸くしました。
「ヨッシー、どしたん?」
「あ、いや、それはだな、たまたま通りかかっただけなんだが……」
途端にしどろもどろになる好雄くん。そんな好雄くんを面白そうに淳くんは腕組みして見ています。
好雄くんは淳くんに向き直りました。
「とにかくだな、朝日奈はもう断ったんだ。それを無理強いするなんて……」
「誰もしてないよ。ちょうどよかった、早乙女も来いよ」
「……?」
好雄くんと夕子ちゃんは顔を見合わせました。
音楽室のドアを開けた途端。
ズンズンドンバラバラバッシャン
辺りを揺るがすような重低音が響きます。
「わっ! な、なんだぁ?」
「お、戎谷。誰か見付かったのか?」
音が止んで、男子生徒の声が聞こえました。淳くんは答えます。
「いや。でも手がかりを連れてきたぜ」
「わぁー、これドラムセットじゃん」
いつの間にか、夕子ちゃんは音楽室に入り込んでいました。
音楽室の真ん中には、銀色のドラムセットが組んでありました。そしてその前には、冬だというのに、制服の上着を脱いで、シャツも袖までまくり上げた髪の短い男子生徒が座っていました。
淳くんは笑って言います。
「知ってると思うけど、改めて紹介するぜ。吹奏楽部の久我だ」
「ま、吹奏楽部じゃ目立たないけどな、ドラムパートなんて」
苦笑する彼に、夕子ちゃんはスネアドラムを珍しげにポンポンと叩きながら笑いかけました。
「でもさ、去年の文化祭の立役者じゃん。あれできらめき高校に久我弾ありって超有名になっちゃったもんね。あれ? でも弾くんってもうライブハウスに専属決まったんしょ? どうして学校に来てるわけ?」
「さすが、朝日奈。情報早いなぁ」
弾くんは、スティックをくるくると回しながら苦笑します。
後ろから淳くんが説明しました。
「実は、弾の壮行会を兼ねてな、日曜にセッションしようって話をしてたんだ。俺がサックスで、弾がドラム。で、なんとカツがエレキ弾くんだぜ」
「まじまじ?」
夕子ちゃん、今度は淳くんに向き直りました。好雄くんは思わず口笛を吹きます。
「芹澤のやつ、珍しいじゃん。っていうより初めてじゃねぇか? 弾けるって噂は聞いてたけどよ」
「で、だ」
淳くんは顔を引き締めて二人に言いました。
「こっからが本題だ。もうひとり、キーボードを知り合いに頼んでたんだが……」
「あーもうみなまで言うな。そいつが手を怪我して出られなくなったんで、俺達に誰か変わりになる奴の心当たりはないかってことだろう?」
好雄くんが腕を組んで言うと、淳くんはその肩をポンポンと叩きます。
「さすが愛の伝道師。話が早いぜ」
「だけどよ、今日は金曜の放課後だろ? いくらなんでも時間がねぇよなぁ……。朝日奈、心当たりは?」
話を振られて、夕子ちゃんもシンバルをコツコツと叩きながら考え込みます。
「そぉねー……。明後日っしょ? それでもオーケーなキーボードとなるとねぇ……。二人くらいしか思い付かないわよ」
「二人?」
弾くんと淳くんは、同時に夕子ちゃんに迫りました。
「誰だ!?」
「教えてくれ! いや、教えて下さい!」
その剣幕に一歩下がりながら、夕子ちゃんは答えました。
「まずねぇ、片桐彩子」
「あう」
淳くんが気まずい笑みを浮かべます。それを見て、夕子ちゃんはぴっと指を立てました。
「もう一人はねぇ、藤崎詩織ってとこかな」
「確かに藤崎さんの趣味にピアノっていうのがあるけどよ、でもキーボードなんて出来るのか?」
好雄くんが訊ねると、夕子ちゃんはちっちっちと指を振りました。
「大丈夫よ。だって、同じ鍵盤でしょ?」
「それはそうかも知れないけど……あ」
好雄くんは首を振りました。
「だめだな。藤崎さんは日曜は公とデートの約束をしてる」
「まぁまぁ。よっしー、藤崎さんどこにいるか知ってる?」
「ああ。優美の弁当を昼に食わされて保健室直行したまま、午後の授業中は帰ってこなかったからな。まだそこにいるんじゃないか?」
「オッケー。じゃ、ちょろっと行ってくんね!」
そのまま夕子ちゃんは飛び出していきました。
ガラガラッ
「藤崎さん、いる?」
保健室のドアを開けて、夕子ちゃんは大声で訊ねました。
「あら、朝日奈さん。珍しいわね」
先生が声をかけます。
「あ、センセ、おひさ……」
ジロッ
思いきり睨まれた夕子ちゃん、深々とため息をついてから、両手をあわせて叫びます。
「ごめんなさぁい! 美人の館林おねえさまぁ!」
「あらぁ、可愛い事いうのね、このこの」
ポカポカ
「痛い痛い、センセ、痛い……」
「センセ?」
「あ、あの、お姉さまごめんなさい」
「よろし」
(つ、疲れる……)
がっくりと肩を落とす夕子ちゃんでした。
さてその頃、テニスコートでは。
「部長、どうしましょうか?」
「さぁて、どういたしましょうか?」
ゆかりちゃんも含めたテニス部員達が輪になってテニスコートを取り囲んだ、その真ん中では、見晴ちゃんが一人体育座りをして、うるうる泣きながら、ドナドナを歌っていました。
《続く》

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