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めぐみちゃんとでぇと
第伍拾六話 これで決まりねっ!

 土曜日の朝になりました。今日もいいお天気のようですね。
「いってきまぁす!」
 そう声をかけて、公くんは家から出て来ました。
 と。
「行ってきます」
 鈴を振るような声が聞こえました。公くんがそっちに視線を向けると、詩織ちゃんが笑顔で駆け寄ってきます。
「あっ、公くん! おはよう!!」
「おはよう……。詩織、どうしたの?」
「え?」
 聞き返す詩織ちゃんの目を、公くんは指さします。
「目、真っ赤だよ」
「あ、そ、そうかな?」
 徹夜してスコアをにらんでいたせい、とは言えない詩織ちゃん、慌てて笑いを浮かべます。
「そんなことないよ。……あふぅ」
 言ってるそばから欠伸をしちゃって、詩織ちゃん、真っ赤になります。
「ご、ごめんね」
「別に誤る事じゃないけど……。テストも近いからって、今さら根を詰めて勉強する事もないだろ?」
 公くん、心配げに詩織ちゃんを見ます。
 詩織ちゃん、そんな公くんにときめくのでした。
(ああっ、公くんが私のことを心配してくれているのね。そうよ、これが愛なのよね。ああ、私愛されてるのね!)
「……あの、もしもし? おーい、詩織ちゃん?」
 公くん、詩織ちゃんの目の前で手をひらひらさせましたが、反応がありません。詩織ちゃんはぼーっとあらぬ方を潤んだ瞳で見つめています。
「……だめだこりゃー。次、いってみよー」
 思わず懐かしいセリフを口走ってしまう公くんでした。歳、ばれますよ。
 だけど、詩織ちゃん。道の真ん中でそんなにぼーっと立ってたら、邪魔ですよ。
 ドシン
「きゃぁ!」
 ほら、走ってきた、ランドセルを背負った女の子とぶつかっちゃいました。
「おっと!」
 すかさず公くん、フォローして転びかけた子供を助けます。でも、黄色い帽子がすっとんじゃいました。
「大丈夫?」
 公くんは、その女の子に尋ねました。びっくりしたみたいに目を見開いて、女の子はこくんと頷きます。
「ごめんね」
 我に返った詩織ちゃんが、帽子を拾います。多分、学校指定の帽子なんでしょう。脇の所にひらがなで大きく名前が書いてあります。詩織ちゃんはそれを読みました。
「‘しのはら みゆき’ちゃんっていうんだ。ごめんね、みゆきちゃん」
 帽子をかぶせてあげながら、詩織ちゃんはにっこりと微笑みます。
「あ、ありがとう」
 女の子は、なかばどもりながらもお返事しました。公くんはその頭を撫でてあげました。
「君も、前をよく見ないとダメだぞ」
「う、うん」
 頷くその女の子に、横の方から声が聞こえました。
「みゆきちゃーん」
「あ、ゆかちゃん」
「お友達?」
 公くんが訊ねますと、女の子はまたこっくりとうなずきました。そして、公くんを見上げます。
 公くんは優しく頷きました。
「うん、いいよ」
「それじゃ、お兄ちゃん。ありがと」
 女の子はそう言うと、そっちの方に駆けていきました。
 それを微笑んで見送る公くんに、詩織ちゃんが後ろから呟きました。
「……公くんにしかお礼言わないんだ」
「え?」
 振り返る公くんに、詩織ちゃんはつんと横を向いてしまいます。
「なんでもないわよ」
「あ、そう?」
(詩織の奴、なんで急に機嫌悪くなったんだろう?)
 公くん、わけも分からずおろおろしていますね。

 つんとして歩いていく詩織ちゃんと、それをあたふたしながら追いかける公くん。
 その二人を、さっきの女の子はぽぉーっと見送っています。
 もう一人の女の子が、彼女をつつきます。
「もう、みゆきちゃんったら、どうしたのよぉ」
「な、なんでもない……」
「あ、もしかして……」
 公くん達の後ろ姿と彼女を交互に見やって、女の子はくすくす笑います。
「そんなのじゃないってばぁ!」
「ほらぁ、早く行かないと学校に遅れちゃうぞ!」
「あ、いっけない!!」
 二人は仲良く駆け出しました。
「あ、未緒ちゃん!」
「虹野さん」
 校門の前の並木道を歩いていた未緒ちゃんが振り向くと、沙希ちゃんが走ってきました。
「おはよ!」
「おはようございます」
 丁寧にお辞儀する未緒ちゃんです。
 沙希ちゃんは、そんな未緒ちゃんの肩を軽く叩いて笑いました。
「今日も元気元気、ね!?」
「何かいいことでもあったのですか?」
「え? あ、うん。まぁね」
 にこっと笑う沙希ちゃんです。
「ちょっと嬉しいことがあってね」
「そうなんですか? よかったですね」
「うん。もう何だか超嬉しいって感じなの!」
 そう言うと、沙希ちゃんは未緒ちゃんの腕を抱え込みます。
「ちょ、ちょっと虹野さん!」
「もう、やんやんやん」
 沙希ちゃんは未緒ちゃんの腕を抱きしめてすりすりしました。
「え? あ、あの、あの?」
 慌てて辺りをキョロキョロ見回す未緒ちゃん。通りすがりのまわりの生徒達が、二人を見てくすくす笑っています。
「あ、あの、虹野さん? ちょっと……」
「だって、嬉しいんだもの。にひひっ」
 沙希ちゃん、どうやらすっかりイッちゃってるみたいですね。
「……ってわけだから、今日こそは勝つもんね!!」
 沙希ちゃんと未緒ちゃんのちょっと後ろを、見晴ちゃんとめぐみちゃんが連れだって歩いています。
 見晴ちゃんは赤い目をしながら、拳を握って力説します。
「そのために、お姉ちゃんにビデオ借りて、徹夜して見たんだもん!」
「あ、あの、何のビデオを見たんですか?」
「なんとかを狙えってやつ」
「そうなんですか?」
「うん。でも、どうしてテニスと巨大ロボットが関係あるのかよくわかんなかったんだけどね」
 そう言って、見晴ちゃんは欠伸をしました。
 でも、見晴ちゃん。それってやっぱりビデオが違うんじゃないでしょうか?
「うおおー! 見てなさいよゆかりちゃん! 今日こそは勝つっ! お姉さま、私に力を貸してっ!!」
「あ、あの、あの……」
 確かに、めぐみちゃんは見晴ちゃんより半年産まれが早いんですけれどねぇ。
 さて、そのお相手となるゆかりちゃんは、今朝は夕子ちゃんと一緒に登校してきましたね。
「ってわけでさ、日曜にライブするんだってさぁ!」
「まぁ、そうなんですか?」
 鞄を担ぐようにしながら話す夕子ちゃんに、ゆかりちゃんはというと、鞄を両手で前に下げるように持ってますね。鞄の持ち方でも個性が出るものです。
「そそ。ゆかりも見に行く?」
「それは、よろしいかもしれませんねぇ」
 ゆかりちゃんはにっこり笑って頷きました。夕子ちゃんはパチンと指を鳴らしました。
「オッケイ! これで決まりねっ!」
「はい。それでは、楽しみにしておりますね」
 そう言うと、ゆかりちゃんは聞き返しました。
「あのぉ、今回は主人さんは参加されないのですね?」
「うん。あ、そっか。ゆかりって……」
「そのようなことはありませんのよ。ええ、決して」
 おやおや。頬をピンク色に染めたゆかりちゃん、ちょっと早口になってしまいましたねぇ。
「おうおう、このこのぉ」
 夕子ちゃん、ゆかりちゃんを肘でつつきます。
「あらあら、どうしましょう?」
 ゆかりちゃんは頬を手で挟んで、俯いてしまいましたね。
 そんなゆかりちゃんの頭を、夕子ちゃんがかいぐりかいぐりします。
「もう、可愛いんだから、このこのぉ」
 端から見てると、とっても危ないですね。

《続く》

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